のっけからこんなタイトルにして申し訳ない。だけど、僕は西武渋谷店で、藤原麻里菜さんの考えに触れて、すごく本質的で素敵だなと思った。何気なく見るその日常も、他人の視点を取り入れて変えてみると、気づきは多い。けれど、実はこれを読んでいる皆さん自身の視点も特別であり、その視点を重んじることの意味を感じたのだ。西武渋谷店での「“見る角度を変えてみた”サステナブルな提案」というイベントでのことである。
西武渋谷店に藤原麻里菜さん
1.西武渋谷店 新しい視点
藤原麻里菜とは誰ぞや?と思われる方もいるだろう。その前に、西武渋谷店について触れておくと、彼らは渋谷という場所柄、「Art meets Life」ということをコンセプトに、このようなイベントを重ねている。恥ずかしい話、僕は初めて知った次第であるけど、このイベントもそういう流れをくむ一環で、実は定番的なものではあるけど、その中身に魅せられて僕はやってきた。
では何がテーマになっているかというと「サスティナブル」。と言っても、ありがちな「自然が大事だ」というような切り口ではなく、「人々の多様性を重んじる」というものであって、そこにいうアートの親和性があるというわけである。
さて、そんなわけで、多様性を語る上では、この藤原麻里菜さんの作品は欠かせない。
藤原さんは「無駄づくり」というコンテンツのもと、これまで200点にも及ぶ作品を手がけている。いずれも頭の中に浮かんだ「不必要なもの」を作るというテーマで、これがまた、気づきの多いものである。
2.無駄づくりとは?
では「無駄づくり」とは何か?こちらのYouTubeを見てほしい。ここはネットショップ系の読者が多いので、敢えてこれをセレクト。「アレクサーー♪」ってやつである。
例えば、「アレクサ」は自動音声認識のデバイスです。要件を頼むと、天気予報を教えてくれたりする。ところが、相手も機械で意思疎通が難しかったりして、そこに気まずい空気が流れる事がありませんか?と。
それを打開しようと、彼女はアレクサを分解。そしてデバイスを黒電話にするという「発明」をやってのけます。それで、動画の中で、黒電話の受話器に向かって、「アクレサ、あのさ、、、」って要件を頼むわけである。無茶苦茶で奇想天外だから面白い。
出来上がったものは確かに無駄なものではある。しかし「共感できる」から、多くの人から人へと口コミで広がり、話題となっている。人の心を掴むだけあって、人間の本質的な部分を捉えていて、彼女自身の発想は素敵に惹きつける。
実はすごく本質的な「無駄づくり」
1.完璧である必要はない
彼女はいつもこれらの作品を製造過程も含めてYouTubeでアップロードしており、Twitterではその核心を切り取ってコンパクトにその面白さを伝えていて、見事である。下の写真は、西武渋谷店で展示されている作品。単なるパーカーのようでいて、フードのところを見てほしい。何か入っている。実は、こちらは「他人のパーカーをお皿にしてしまうプレート」である。(下の写真をスライドするとより一層分かる。)
その無駄っぷりを堂々とすました顔でやってのけるから、清々しくもある。それで、イベントに絡んで、西武渋谷店 スタッフに、藤原さんのセンスを讃えたら、流れで少し彼女と話すきっかけができた。
2.自分に寛容になれるかが大事
ヒントは日常ながら、それを彼女の独創的なアイデアでそれ自体をコンテンツに変えている事が素晴らしい。一見すると、それは「無駄」であって、世の中からは必要とされないはずなんですけど、コンテンツとして見ると、だから、面白い。
それで僕は思ったのだ。何にも土台のないところから、全く予想もし得ない視点で切り出してくる作者はどういう思考で、こういう事をやっているのだろうと。「あ、いらっしゃいました!」とスタッフが言うと、その向こうからやってきたのが藤原麻里菜さん。YouTubeでの様子と変わらず、無表情でズンズンズンと前へ前へ。たじろぐ僕。おっかなびっくり、それを聞くのである。
でも、すごく言っていることはシンプルで本質的であった。彼女はこう語るのである。
「ものを作るというと、完璧が求められていたり、綺麗じゃなきゃダメだと言われがちです。でも、ものを作ることは自由であるはずです」と。
しかし、彼女は実際にはそういう世の中になっていないことを残念に思っているようだ。故に「人それぞれが自分がいいと思うものを作ればいい」というメッセージを込めて、こういう作品を作っている。無表情の彼女とは裏腹に、案外、世界に対して温かな叱咤激励を感じるわけである。
3.もっと自分なりにやったらいい
そうか、それを聞きながら思ったのである。今回の西武渋谷店のイベントは、視点を変えて発信する藤原さんのような人に触れることで、凄いね!で終わらせるつもりではない。それを見る事で自分の視点を尊重して、自分らしく生きようというメッセージなのかもと。それを個性を重んじる渋谷のこの地で提案するのは相応しい捉え方であろう。
とはいえ、一方で「彼女は特別だから」というような声も聞こえてきそうに思う。けれど、実はそれも藤原さん本人に聞くと「私は不器用です」と言い切った。
そしてこう続けるのである。「失敗というものが生まれたとしても、それを寛容的になって、受け入れることで、また新しい価値が生まれる」と。彼女自身、振り返ると、不器用だからこそ「何かを作っても線がごちゃごちゃで、うまくいかないことも多い」と。でも今がある。だから、そんな自分に寛容になれるかが大事と説くわけだ。
ふと、チラッと横のモニターを見ると、こんな動画が流れている。このイベントのために、西武渋谷店の人と一緒になって作ったそうだ。そんな彼女が、これだけ大手の百貨店を動かしている。
3.過去の自分が今に活きる
思えば、一番最初は、テーブルの端にある醤油をとってくれる『ピタゴラスイッチ』のような機械を作るところから始まっている。実際、彼女はそれを作るのに2週間ほど、かけたそうだけれど「思った通りのものはできなかった」と語る。
でも、それでよかった。彼女は、その思い通りにならなかったものをきっかけにして以後、「無駄づくり」として活動を始めたのである。
「自分の心地のいいものを作ればいい」と彼女は語る。彼女の著書も読んでみると、色々なものに何らかの意味づけをしていて、それがいつしか結びつきあって、アイデアに至っていることが多そうだ。
そこで藤原さんの場合、元々、「お笑い芸人」を志していた事もあって個性が発揮されている。日常の中のその気づきが「クスッ」とした笑いに直結している事が多いのはそれ故だろう。だから、それこそ、過去の経験すら、今に活きていて「生きる事自体、無駄がない」。そのアイデアは彼女なりの遊び心のある独創的なものとなって、これだけ受け入れるに至ったのだろうと思う。おそらくこの「意味づけ」のフィルターに関しては十人十色であるはずだろう。だから、価値は開かれている。
4.独創性で受け入れられたら価値がある
思いがけず、僕はこんな話をした。「最近、アートに関して独創的であるべきだけど、そうは言っても作家自体もまた、生計を立てなければいけない。その時に、藤原さんにとってはそこで描かれるアートはどっち寄りの動きなのでしょう」と。
すると、まず彼女は「これらの作品をアートだと思ってはいない」と前置きして「商業的な要素はあると思います」と語り始めた。ただ、それはあくまでも「自分の好きなもの」を作って、それが「社会の人に受け入れられていくことで、価値が生まれていく」という事を意味している。
だから、逆に言えば「最初から社会に向けて、自分の独創性を曲げるようなことは絶対しない」ということになるわけである。すると、やっぱり、それが最初の話に戻ってくる。「自分が気持ちいいものを作る事が大事」。「社会からどう見られているかは考えない」。そこで生まれた価値が人の心を動かせばいいのだから。結果、自分に対して寛容になっていくことの大事さを語る彼女の原点にも繋がっていく。
西武渋谷店が仕掛けた角度の違った世界はあたたかだった
わずか数分だったが、聞きたい本質は彼女の口から聞けた。取材後、感謝の意を、西武渋谷店のスタッフに伝えたら、本当に喜んでくれて、最後に「ぜひ、これも見てください!」と言って、連れられたのがここだ。
そうか、そうだった。このイベントでは、先ほどの藤原麻里菜さん以外にも何人かのアーティストが作品を出されている。スタッフに連れられ、向かった先は西武渋谷店A館1階のショーウインドー。アーティストKAORUKOさんが描きあげた巨大な「K子」がたたずむ。これも、なんとインパクトのある作品だろうか。
股から顔を出している女性。この女性はK子という。Kにしていて、敢えて誰かを特定せずイニシャル風にして謎めいている。そして、K子に色んな人を当てはめて、色々角度を変えて覗いてみたら、ワクワクと、今より世の中も明るく見えてくる。KAORUKOさんは、その女性がしているこのポーズに、そんなポジティブなメッセージを込めたのだ。
サスティナブルには様々な意味がある。だけど、今回、思ったのは人の多様性を受け入れ、個性に溢れた世界である。どんな人も、どんな生き方も、どんな考え方も、無駄に思えて無駄じゃない。無駄って大事なこと。
だから、藤原さんの言葉を借りれば、もっとそれぞれから見える世界に自信を持ち、寛容になろう。そんなポジティブな力がこのイベントに働いている。取材後の渋谷を歩く今日の足取りは軽かった。
今日はこの辺で。
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