SOYは、一日にして成らず。──「すててこねっと」が25年かけて磨いた武器と、その次の使い道

楽天市場で一年を通じて優れた店舗だけに贈られる「ショップ・オブ・ザ・イヤー(SOY)」。初受賞を果たした「すててこねっと」を運営するすててこ株式会社 笹原博之社長に、SOYトリップへの出発前と帰国後、二度にわたって話を聞いた。話を重ねるほど見えてきたのは、ネット通販の黎明期から、時代ごとに「売り方」を学び直し、自分たちの武器を磨いてきた店の姿だった。
下着や靴下に商材を絞る。PBを作る。サイズを広げる。受注を予測し、物流に投資する。一つひとつの選択が次の強みを生み、四半世紀の積み重ねが、SOYという評価へつながった。
そしてSOYトリップで出会ったのは、その強みを次の時代にどう届けるかという、新しい問いだった。
① 流行を追わなかったから、25年売れ続ける店になった
洋服屋が、アウターを売らないと決めた
すててこねっとの原点は、意外にも「街の洋服屋」である。ところが2000年頃、「このままでは街の洋服屋では食べていけない」と感じ、ネット通販への挑戦を決断した。ここで最初の分岐点が訪れる。
普通なら、洋服屋なのだからメンズやレディースのアウターをネットで売ろうと考えるだろう。しかし、笹原博之社長は逆の判断を下した。
理由は極めて現実的だった。当時のデジタルカメラでは洋服をきれいに撮影することが難しく、ネットで魅力を伝えられない。しかもアウターは流行に左右されるため、売れ残れば終わりである。ページを作っても、サイズや色が欠ければ販売は続かない。
ネット通販は、一度作った商品ページが長く売れ続けてこそ価値が生まれる世界だ。その構造を考えたとき、アウターはネット向きではないと判断したのである。
定番商品が、商品ページを資産に変えた
そこで着目したのが、下着や靴下、ストッキングだった。
福助の「満足」、グンゼの「サブリナ」のような定番商品は、パッケージを見るだけで商品が伝わる。メーカーのカタログをそのまま商品情報として活用でき、商品ページも効率よく作れる。そして何より、一度買ったお客様が同じ商品を繰り返し購入してくれる。
つまり彼らが選んだのは、「売れる商品」ではない。「売れ続ける商品」だったのである。
振り返れば、この判断がその後のSOYへ続く最初の一歩だった。流行を追いかけるのではなく、リピートが積み上がる商材を選んだ。だから商品ページは資産になり、レビューも積み重なり、お客様との関係も続いていく。
ECは新しい商品を次々に投入することが強さだと思われがちだ。しかし、すててこねっとは、その逆を選んだ。変わらず売れ続ける商品を選んだからこそ、25年間積み上げる経営が可能になったのである。
この集中は屋号にも表れた。洋服屋としての看板を捨て、「すててこねっと」を名乗ったことで、会社の進む方向と、お客様に覚えてもらう名前が一致したのである。
② 仕入れだけでは未来はない。だから利益を生む商品を作った
価格競争を抜ける答えは、PBだった
もっとも、最初の成功体験だけでは、SOYまでは届かない。ネット通販が普及すると、グンゼや福助といったメーカー自身もECへ本格参入し、同じ商品を扱う店舗は急速に増えていった。当然、価格競争も激しくなる。
僕も率直に疑問をぶつけた。「昔は良くても、そのやり方だけでは通用しなくなったのではないですか」と。
返ってきた答えは明快だった。だから、自分たちで作るようになったのである。
楽天市場では、検索結果を価格順に並べる利用者も多い。量販店として勝負する以上、お客様が「安い」と感じる価格帯に入らなければ選ばれない。一方で、仕入れ商品は利益率に限界がある。安く売れば売るほど利益が薄くなり、頑張るほど苦しくなる。
そこで笹原氏は、中国・大連へ渡り、自社商品の生産を始める決断を下す。初回は約300万円を投じて製造した商品だったが、それは瞬く間に売れたという。中間流通を省き、自ら作ることで、1000円以下でも利益を確保できる仕組みが見えてきたのである。
PBの利益を、次の差別化へ回す
取材時点で、自社PBは売上全体のおよそ32%を占めるまでに成長している。一方で、品番数を見ると全体約1万品番に対し、自社商品は約1500品番しかない。それでも売上への貢献度は極めて高い。
ここに、この会社の本質がある。
商品数を増やして売上を作っているのではない。利益を生みやすい商品を戦略的に育て、その利益を次の投資へ回しているのである。
つまり、自社商品は利益を稼ぐためだけに存在しているのではない。その利益が、さらに次の差別化を生み出す原資になっていく。このあと語られるサイズ展開も、在庫戦略も、物流投資も、すべてはこの利益構造があったからこそ実現できたのである。
③ 「どこでも買える商品」を、「ここでしか買えない商品」へ変えた
100センチから8Lまで。「欲しいサイズがある店」へ
とはいえ、一つ疑問が残る。靴下や下着は、どこでも売っている商品である。自社で作ったからといって、お客様がわざわざ「すててこねっと」で買う理由になるのだろうか。
そこで僕は、その違いは何なのかを率直に尋ねた。返ってきた答えは、「サイズ展開」だった。なるほど、と膝を打った。
同社では、子ども用100センチから8Lまでという幅広いサイズを揃えている。特に4Lや5L以上の大きなサイズは、仕入れ商品では十分に揃わないことも多い。だからこそ、自社で生産する意味があるのである。
ここで重要なのは、「オリジナル商品だから売れる」という話ではない。お客様が求めるサイズを徹底的に揃えた結果、「欲しいものが必ずある店」になったことだ。一度、自分に合うサイズの商品を見つけた人は、次もまた同じ店で探すようになる。しかも下着や靴下は消耗品であり、定期的に買い替える商材でもある。
つまり、サイズ展開そのものがリピートを生み出す仕組みになっていたのである。
在庫リスクを、受注予測で武器に変える
もっとも、サイズを増やせば、それだけ在庫リスクも増える。普通なら怖くてできない。ところが、すててこねっとは、そのリスクすら仕組みに変えていた。
注文データはSKU単位で管理され、Power BIによって、どのサイズが、どのタイミングで、どれだけ売れているかを可視化している。受注予測に基づいて補充発注を行うため、属人的な勘に頼る必要がない。社長だけでなく、バイヤーでも適切な発注ができる体制が整っているのである。
僕は取材の中で、「楽天という場は、お客様が集まっているからこそ、データが蓄積しやすいですよね」と話した。まさに、その通りだった。楽天市場は単なる販路ではない。誰が何を買ったかという膨大なデータが集まり、それが次の生産計画へつながっていく実験場でもある。
だから、適正在庫が実現する。適正在庫だから、サイズを増やせる。サイズを増やせるから、お客様はまた戻ってくる。利益を生むために始めたPBは、いつしか「ここでしか買えない理由」を生み出す存在へ変わっていたのである。
④ 自社サイトを“捨て”、勝てる場所に集中した
もう一つの転換は、自社サイトブームが広がった時期に訪れた。
同社も自社サイトを拡充し、Google広告やSEOで集客を試みたが、その費用は楽天市場で負担する手数料と大きく変わらなかったという。
下着や靴下は「どこでも買える」商材である。だからこそ、自前でお客様を集めるより、すでにお客様が集まるモールで、品揃え、価格、配送を磨くべきだと判断した。そこで自社サイトを“捨て”、モールに力を集中した。
商材を絞り、売り場を絞り、対象も「30〜40代の忙しいママ」に定める。
何でもやるのではなく、勝ち筋のある場所へ資源を寄せる。その選択が、次の物流投資へつながっていった。
⑤ 利益は、物流への投資となり、顧客満足へ変わった
「安さ」の次に必要だったのは、「速さ」だった
こうして見ていくと、自社商品は単に利益率を高めるためだけの存在ではないことが分かる。利益が生まれたから、サイズ展開を広げられた。サイズ展開が広がったから、データが蓄積された。
そして、そのデータは、さらに次の投資を可能にした。それが物流である。
楽天市場で勝つ条件は、価格だけではない。笹原氏が強調したのは、「時間」だった。どれだけ安くても、届くまでに時間がかかれば、お客様は不満を感じる。だからこそ、翌日配送に対応できることが、大きな競争力になるという。
しかし、それを実現するには、大量の在庫を抱えなければならない。海外で生産した商品はコンテナで届く。当然、その商品をすぐ出荷できる状態にしておかなければ、翌日配送には対応できない。
もし、それを外部の物流サービスへ預け続ければ、コストは膨らみ、利益は失われてしまう。だから、自分たちで物流を持つ。この判断もまた、極めて自然な流れだった。
同社は約10億円を投じ、80メートル×60メートルの物流センターを建設した。そこには約5.5億円分の在庫が保管され、注文が入ればすぐ出荷できる体制を整えている。
物流は、すべての積み上げをつなぐ最後のピース
ここまで話を聞いて、僕はようやく全体の構造が見えてきた。PBが利益を生み、その利益がサイズ展開を可能にする。サイズ展開がデータを蓄積し、そのデータが適正在庫を実現する。適正在庫が物流への投資を支え、物流が「すぐ届く」という新たな価値を生む。
つまり、自社物流は物流だけの話ではない。PBも、サイズ展開も、データ活用も、そのすべてを最大限に生かすための最後のピースだったのである。
だから、仕入れ商品ですら価値が上がる。
自社商品だけでなく、メーカー商品も「この店ならすぐ届く」という体験を通じて、お客様の満足度を高めていく。こうして、一つひとつ積み上げてきた施策が互いを支え合い、単独では生まれない大きな強みへと育っていたのである。
⑥ 25年の積み上げが、SOYという評価になった
話を聞き終えたとき、僕は素直に「なるほど、これはSOYを獲るよね」と思った。受賞したからすごいのではない。ここまで積み上げてきたからこそ、ようやくSOYという形で評価されたのである。
笹原氏によれば、今回が初めてのSOY受賞だった。しかし、それまでにもショップ・オブ・ザ・マンスやショップ・オブ・ジ・エリアを積み重ね、ようやく今回、その先にあるSOYへたどり着いたという。楽天市場へ出店した当初から憧れていた賞だっただけに、その喜びもひとしおだった。
僕は、このタイミングだったことにも意味があると思う。
もし25年前、下着や靴下へ特化していなければ、リピートは生まれなかった。もし価格競争を前に、自社商品へ踏み出していなければ、利益は残らなかった。もし利益がなければ、100センチから8Lまでというサイズ展開は実現しなかった。もしデータを蓄積していなければ、受注予測はできなかった。そして、もし物流へ投資できなければ、「すぐ届く」という顧客満足も生まれなかった。
つまり、どれか一つ欠けても、今の姿にはたどり着かなかったのである。
⑦ 楽天市場は「売り場」ではなく、売る力を育てるインフラだった
すべてを失い、楽天市場の門を叩いた
ここまでの積み上げを、聞いていて、一つ、共通していることに気づいた。楽天市場の捉え方である。楽天市場は一見すると、売る場所でありながら、その仕組みを通して、「ネットでどう売るか」を学び直せる場所であるということだ。実は、ここがとても、笠原氏にとって大きかったのだと思う。
④で触れた、自社サイトを“捨てる”という戦略的な決断より前のことだ。
笹原氏は一度、自社サイトを思いがけず失っている。自らHTMLを書き、FTPで商品ページを上げていたネット通販の黎明期。データを保存していたハードディスクが倒れ、顧客データも、商品データも、サイトのデータも、すべて消えた。
一度はサイトを閉じた。それでも、時代がネット通販へ向かっている感覚は消えなかった。再起をかけ、契約社員一人、パート一人とともに楽天市場の門を叩いた。この出店が、同社にとって“二度目の創業”に近いものだったのではないかと思う。
RMSとECCが教えた、「ネットで売る」のイロハ
ただ、当初は、担当者から受けるのは広告の提案が中心、という感覚だったという。
だが、店が市場の中を少しずつよじ登り、売上を伸ばすにつれ、助言は店の事情に踏み込んだものへ変わっていった。お客様への対応、商品ページに載せる情報、広告の使い方、サイトの構成、カテゴリーの置き方。
そして、先ほど、触れた、その仕組みを通して、「ネットでどう売るか」を学び直せる場所という部分である。
笹原氏自身がRMS(楽天市場の店舗運営システム)を触り、ECコンサルタント(ECC)とやり取りしながら、自社サイトを一人で運営しているだけでは得にくかった「ネットで売るためのイロハ」を身につけていったのだ。
つまり、自社ECよりも効率的だと考える所以はそこであった。
楽天市場自身も運営を重ね、時を重ねるほど、多くの店とともに「売れるための知見」を蓄えていく。その知見がRMSという仕組みに共通化され、その仕組みをフックにして、ECCが一つひとつの店で使いこなせるように並走する。ここで笹原氏は、「ネットで売る」ための型を手に入れたのである。
そして、大事なことは、それが実は、構造的には、今も変わらないのであり、変わってきたのは手段のほうであるということなのだ。そして今回、その新しい手段の一つが、SOYトリップで笹原氏自身の武器と結びついた。
⑧ 武器は変えない。届け方を、動画へ更新する
動画が、「自分たちの商売」の話になった
初参加だった笹原氏は、SOYトリップを「受賞店舗へのご褒美旅行」だと思っていたという。だが、現地で始まったのは、チームビルディングや企業訪問、講演が続く本格的な研修だった。
そして、アリババの会場で開かれたセミナーには、笹原氏のスイッチを入れる話があった。登壇したのは、第一世代のTmallマーケターとして「ダブル11」に携わり、現在は株式会社HHOの社長・CEOとして越境ECプラットフォーム「7sGood」などを展開する克琳氏である。そこで語られたのが、動画による衝動購買だった。
買い物のすべてが動画へ置き換わるのではない。
しかし購買動機の何割かは、検索して比較する買い方から、動画を見た勢いで買う「衝動購買」へ移っていく。笹原氏自身も、TikTokで十数回買い物をしていたことに気づいた。そして、衝動購買と相性がいいのは、手を伸ばしやすい価格の商品である。
すててこねっとの客単価は約2200円。扱う下着や靴下には1000円以下の商品も多い。
幅広いサイズを揃え、必要な在庫を持ち、すぐ届けられる物流もある。その話を聞いた瞬間、笹原氏の中で、四半世紀かけて作ってきた自分たちの武器と、ショート動画が一本の線でつながった。「うちの商材と、めちゃめちゃ合う」と。
「どこで売るか」から、「どう買ってもらうか」へ
それまでの問いは、楽天市場、Amazon、Yahoo!ショッピングなど、どの販売チャネルで売るかだった。ところが、ここで問いは「どこで売るか」から「どういうきっかけで買ってもらうか」へ変わった。商材を変えるのではない。これまで磨いてきた武器の使い道を、時代に合わせて更新するということだ。
この話は、誰にでも同じように刺さるものではない。笹原氏に刺さったのは、「動画が大事」という一般論ではなく、自分たちの商品なら、動画でもっと多くのお客様へ届けられると具体的に想像できたからである。言葉として知っていた動画が、自分の商売の言葉へ翻訳され、初めて腑に落ちたのだ。
だから、行動は早かった。帰国後すぐ、約400万円規模の動画関連投資を見据えて助成金を申請し、社内に動画制作のスタジオとノウハウを築くためのコンサルタントも選定した。
講演がなければ、「動画は大事だ」という漠然とした意識で止まっていただろうと笹原氏は話す。SOYトリップがもたらしたのは、遠い未来への驚きではなく、自分たちの強みを次へ運ぶための、具体的なスイッチだったのである。
SOYが、店の過去と未来をつないだ
言っておくが、笹原氏はSOYを経営の目的にはしていないと僕は見ている。本人も「SOYを求めて経営を委ねてはいけない」と話している。受賞のために広告を増やし、前年を超えることだけを追えば、経営そのものがゆがんでしまう。
目的は、お客様に提供できるサービスの質を高め、その結果として売上を伸ばすことだ。SOYは、その先でもらえればうれしい「ご褒美」なのである。
僕は本当に、彼の言葉に気付かされた。見学先でその世界の勢いを目の当たりにし、「世界に負けてたまるか」と奮起する店舗がある。一方で、笠原氏が持ち帰ったものは、もっと足元にあった。自分たちがすでに持っている武器、つまり商品をどう活かせばいいのか。その可能性に気づけたことに、大きな意義を感じていたのだ。
「大振りはできない。僕はコツコツ、バントヒットな男なんです」。笹原氏はそう笑った。しかし、自分の立ち位置が見えた瞬間の動きは速い。地道に磨いてきた武器があるからこそ、新しい手段を流行で終わらせず、具体的な一手へ変えられるのだろう。
その距離感が、むしろ、この店らしい。
この受賞が果たした役割があるとすれば、過去を飾る勲章になったことではない。四半世紀かけて築いた強みと、その強みを次の時代に生かす方法が出会う機会を作ったことだ。
SOYは、一日にして成らず。けれど、その先の成長もまた、一日にして成るものではない。手段を変えながら、自分たちの武器を磨き、届け方を広げていく。すててこねっとでは、もう次の積み上げが始まっている。
今日はこの辺で。







