SOYは売上だけでは獲れない──デンタルフィットが「一つの賞」を追いかけて見つけた、本当の企業成長

企業の成長は、売上や利益といった数字で語られることが多い。もちろん、それは間違っていない。けれど先日、SOY(ショップ・オブ・ザ・イヤー)2025を受賞した株式会社デンタルフィットの大畠和哉さんに話を聞いて、その捉え方が少し変わった。企業が成長するために必要なのは、機械的に売上や利益を伸ばす仕組みだけではない。その仕組みと、人の士気を高め、同じ方向へ向かわせるための「インフラ」がセットになることで、組織はより大きく成長していく。そのことを、彼らの歩みから実感したからだ。
「結局、企業とは人でできている」。
デンタルフィットとSOYの関係を追っていくと、まさに、人が動くことで数字が生まれ、その数字がまた人を動かしていく循環が見えてくる。だからこそ、この話は面白い。
① 後発だったデンタルフィット──売上を伸ばすために、楽天市場という手段を選んだ
BtoBからBtoCへ
デンタルフィットのことについて、まず触れよう。今回話を聞いた大畠和哉さんは、株式会社デンタルフィットの代表取締役社長であり、自らEC店舗の店長も務めている。彼らの親会社は、もともと歯科医院向けにオーラルケア用品を販売してきた会社である。その中で大畠さん自身、「こういう商品を自分でも使いたい」と感じるものがあった。
当時は、現在のように歯科専売の商品がドラッグストアに普通に並んでいたわけではない。そこで、これまでBtoBで扱ってきた商品を、一般消費者にも直接届けられないかと考えたことが、BtoCへ踏み出すきっかけだったという。
約15年前のことである。
自社ECをまずはスタートして、その後、楽天市場への出店も始めたが、デンタルフィットは後発。すでにオーラルケア用品を専門に扱う店舗はいくつも存在していた。
専門性を味方に
普通に販売しても、勝ち目はない。そこで生きたのが、BtoBで蓄積してきた専門性だった。一般的な歯ブラシや歯磨き粉だけを並べるのではない。
たとえば、自分で歯の状態を確認するための商品を、口元を大きく見せるようなページで訴求する。
つまり、売上を伸ばすために、自分たちが持っていた専門性を、消費者へ伝えるための手段として使ったのである。商品を考え、売り方を考え、目の前の数字を伸ばす。ある意味、BtoBから始まっているからこそ、他にはない差別化要因となった。その積み重ねで、デンタルフィットは着実に成長していったのである。
② 売上は伸びた。それでも、人は疲弊した──SOYという「形ある目標」が必要になった
伸びたけれど何かが欠けていた
しかし、その一方で、少しずつ疲弊していく姿も見えるようになったという。経営者から見れば、売上が前年比で何%伸びた、利益が増えた、注文件数が増えたという数字は、会社が成長している証しになる。
だが、その数字を作っている人にとってはどうだろう。昨日より多く出荷する。前年より高い売上目標を追う。達成したら、また次の目標がやってくる。
数字は伸び続けても、その仕事をしている本人の中に「ここまで頑張った」という実感が残るとは限らない。むしろ事業が伸びれば伸びるほど、仕事は増えていく。成長しているはずなのに、人は疲れていく。
大畠さんが感じていたのは、その矛盾だったのではないだろうか。
そこで考えた。これだけ一生懸命やってくれているスタッフと、その成果を一緒に喜べる「形に残るもの」はないだろうか。その時に知ったのが、SOY(ショップ・オブ・ザ・イヤー)だったというのだ。楽天市場で、その年に最も優れた店舗を表彰する年間アワードである。
楽天には少々失礼な言い方になるかもしれないが、外から見れば、それは一つの「アワード」に過ぎない。
人の側の課題に答える存在
では、なぜそのアワードが、疲弊しかけていた人たちを動かし、やがて会社そのものを変えていくほどの力を持ったのだろうか。最初からSOYを獲るために会社を作ってきたわけではない。むしろ逆である。
売上を伸ばそうと走り続けた結果、人の側に課題が生まれた。その課題に対して、「SOYを目指す」という新しい目標を置いたのである。これが思わぬ結果を生むことになる。
まず、以前はそれほど深く関わっていなかったECC(楽天のECコンサルタント)にも相談するようになった。
自分たちだけで走るのではなく、外から見た店舗の状況や、改善すべきポイントを聞く。SOYという目標ができたことで、楽天市場にある仕組みの使い方そのものが変わったのである。
もちろん、最初から受賞できると思っていたわけではない。大畠さんは、楽天市場のイベントでECCに「SOYを取るにはどうしたらいいのか」と聞いたものの、当時は受賞対象となる期間すらよく分かっていなかったという。
③「売る」だけでは会社は強くならない──TFTの取り組みが存在意義を形にした
「いい活動だな」で終わらせなかった
実は、SOYを目指し始めた頃、デンタルフィットではもう一つ、大きな出来事が起きている。ある日、テレビ番組『カンブリア宮殿』で、開発途上国の子どもたちへ学校給食を届ける取り組み「TABLE FOR TWO(TFT)」を知ったのである。
普通なら、「いい活動だな」で終わる話かもしれない。しかし、デンタルフィットは違った。翌日には、その団体へ連絡を入れていたのである。
当時、同社には「歯医者さんからのチョコレート」という人気商品があった。そこで、お店が10円、お客様にも10円を負担してもらい、一商品につき20円を寄付する仕組みを自ら考えた。結果として、アフリカの子どもたちへ給食二食分を届ける取り組みが始まったのである。
極論、この活動が彼らの手がけるオーラルケアと直接結び付くわけではない。ただ、「どちらも食べることにつながる」。そんな考えから、この活動を始めたという。
利益だけではない、「会社らしさ」を形にする
何気ない話のようだが、この行動は、先ほど触れた「形に残るもの」を求める姿勢と、どこか重なる。売上や利益だけでは測れないものを、目に見える形にする。
そして、それを会社に関わる人たちと共有する。大畠さんの中で、そうしたものを大切にしようという意識が、少しずつ強くなっていたことがわかる。
社員が胸を張って働ける会社であること。お客様も一緒に社会へ貢献できること。会社が利益だけを追いかける存在ではないこと。
そうした価値を形として積み重ねていこうとしていたのである。
これが不思議な話、結果としてSOYへとつながっていく。デンタルフィットが「SOYを取りたい」と考えた時、ECCもまた、その思いを実現するために動いた。
今の彼らの実績や取り組みを見ながら、SOYの中でどこなら可能性があるのかを考え、たどり着いたのがサステナブルに関連する「特別賞」だった。もちろん、好業績が前提にあってこその挑戦である。しかし、この会社らしさを表す活動が、その評価を後押ししたことは間違いないだろう。
④ECCとの伴走で見えた、「客観性」という視点
さて、以後、彼らは、こうして売上を上げるとともに、SOYを目指すことを意識し始めた。ある意味、それは、視野を広げることにつながった。
僕が印象的だったのが、「1対N」という考え方だった。僕なりに言い換えるなら、それは「自分たちを客観視するための視点」である。EC店舗は、一つのお店が何千人、何万人というお客様に向き合う。だから、日々考えるのは、自分たちの商品、自分たちのお客様、自分たちの売上のことになる。
ただ、その世界だけで仕事を続けていると、知らず知らずのうちに、自分たちだけの物差しで判断するようにもなる。けれど、楽天市場という大きな市場の中で見たとき、自分たちは今どの位置にいるのか。それが見えづらい。
そこでECCの存在が効いてきたというのだ。ECCもまた「1対N」で仕事をしている。ただし、そのNはお客様ではなく、数多くの店舗だ。
つまり、ECCには、デンタルフィットにはなかった「比較するための景色」がある。その視点に触れることで、デンタルフィットは初めて、自分たちを店の内側からではなく、楽天市場全体の中から見るようになった。
⑤ 客観視した先で見つけた、自分たちの役割──「売る店」から「伝える店」へ
すると、次に考えることも変わっていく。単に「どうすれば、もっと売れるのか」ではない。「自分たちは、お客様に何を届ける店なのか」。
デンタルフィットの現在の主力商品は、歯ブラシである。歯ブラシなら、ドラッグストアでもスーパーでも簡単に買える。それでも、多くのお客様がデンタルフィットを選ぶ。
その理由を掘り下げていくと、彼らが販売しているのは、歯ブラシという「モノ」だけではないことが見えてくる。
歯ブラシは一か月ごとに交換した方がいい。家族でまとめて用意しておけば、自然と交換する習慣ができる。さらに歯間ブラシやワンタフトブラシも取り入れれば、日々のケアそのものが変わっていく。
つまり、デンタルフィットが届けているのは、商品というより「健康な口腔環境を維持する習慣」なのである。だから、お客様との関係も一度きりでは終わらない。実際、リピーターは約六割を占めるという。
⑥SOYトリップで突きつけられた現実──今度は「日本そのもの」を客観視する
日本のトップ店舗が、揃って驚いた
そして、SOYを受賞した先には、もう一つの景色が待っていた。受賞店舗だけが参加できる「SOY TRIP」である。ちなみに、2026年、デンタルフィットが訪れたのは中華圏で、そこで目にしたものが、自分たちの価値観を揺さぶるほどのものだった。
たとえばテンセント。大畠さん自身、それまで強く意識していた企業ではなかったという。ところが実際に訪れてみれば、山を切り開くような規模でサーバー設備を構築し、事業の一つひとつが想像以上のスケールで動いている。
驚いたのは大畠さんだけではない。
そこにいたのは、楽天市場をはじめ、日本のECの最前線を走ってきた店舗経営者たちである。少なからず「自分たちは日本のECを牽引している」という自負を持って集まった人たちが、同じ景色を見て、同じように驚いていたという。
この構図が非常に面白い。
ECCとの関わりによって、デンタルフィットは楽天市場の中で、自分たちの立ち位置を客観視できるようになって、SOYも受賞した。
さらに大きく一段外へ出る
ところが「SOY TRIP」では、その視点がさらに一段外へ出る。今度は、日本のECそのものを世界の中から眺めることになるのである。
そこで見えたのは、技術だけではなかった。むしろ、大畠さんが繰り返し口にしていたのは「スピード」と「マインド」だった。日本では、問題が起きないように慎重に考え、ある程度完成してから動こうとする。一方で中国では、三割、四割の状態でもまず動き、走りながら形を作っていくように見えたという。
ただ、同じ時間を使っているつもりでも、その積み重ねが数年後には途方もない差になる。
「このままでは、日本はまずいのではないか」。
SOYトリップは、頑張った店舗へのご褒美であると同時に、自分たちが立っている場所を、もう一度外側から見つめ直す機会にもなっていたのである。
ただ、大畠さんの話を聞いていて面白かったのは、その差を「どうにもならないもの」として受け止めてはいなかったことだ。
⑦中国にはなれない。ならば、自分たちなりの「テンセント」をつくればいい
AIが縮めるのは、仕事ではなく「挑戦までの時間」
では、その巨大な差を目の前にして、ただ危機感を抱いて帰ってくるだけなのか。彼の場合は、そうではなかった。僕にはむしろ、ここから少しずつ希望のようなものが見えてきた。
その鍵の一つがAI。
中国の企業を見て大畠さんが感じたのは、彼らが「これからAIを使おう」としている段階ではないことだった。AIという言葉を前面に掲げるのではなく、すでに事業の中へ入り込み、成果を出すための手段として使われ始めている。
一方、デンタルフィットでも変化は始まっている。社内では生成AIを活用し、これまで人が時間をかけて作っていたデータを短時間で整理できるようになった。
大畠さんが挙げた例では、過去二年間の商品別販売実績を集計する仕事が、かつてなら担当者に頼んで二時間ほどかかっていた。それが今では十数分で形になり、しかも翌日からは最新データへ自動的に更新されていく。
これは、単なる「二時間が十分になった」という効率化の話ではない。もっと重要なのは、その先だ。
同じ規模になれなくても
人間が集計作業から解放されれば、「では来年、歯ブラシをどれだけ仕入れるのか」「どの商品へ力を入れるのか」「自分たちは次に何をすべきなのか」を考える時間が増える。
そして、この小さな変化を見ていると、僕は先ほどの中国企業の話を思い出す。中国の企業と同じ規模にはなれない。同じ国民性にもなれない。同じ資本力を持つ必要もない。
けれど、AIによって、これまで二時間かかったものを十分にし、一週間かかった判断を一日に縮めることはできる。そう考えると、世界との距離を縮める方法は、案外、自分たちの手元にもある。僕はここに、“日本なりのテンセント”を作る可能性があるように思う。
自分たちが持っている強みを理解し、AIによって速度を上げ、そのうえで、人間にしかできない判断へ時間を使う。世界を真似するのではなく、自分たちなりの方法で、世界が振り向く価値を作る。
その意味でAIは、人間を必要なくする技術ではない。むしろ、人間がもう一度「何をするべきなのか」に集中するための技術なのである。
⑧ 同じ景色を見て、同じ場所で語る──その時、人はもう一度、前へと歩んでいる
そして、周りにいる、SOYを受賞した店舗の経営者や担当者たちとも語り合ったという。これも大きい。それぞれが、日々、似たような悩みを抱えながら走っているからこそ、語り合えるのだ。
経営や店舗運営をしていると、目の前の問題は、どうしても自分たちだけが抱えているもののように見えてくる。しかし、同じ場所を走っている人と話せば、「自分たちだけではなかった」と分かる。それだけで、人は少し前を向ける。
ここで、最初の話へ戻りたい。大畠さんがSOYを目指したきっかけは、一生懸命働くスタッフと、その成果を一緒に喜べる「形に残るもの」が欲しかったからだった。けれど、それで終わりではない。たどり着いた先には、人がもう一度、未来へ向かうための景色まで用意されていた。
そして、冒頭に話した言葉を思い出してほしい。最後に問われるのは、何を知っているかでも、どんな技術を持っているかでもない。それを使って、人が何をしようとするのか、なのだと思う。
企業とは、結局、人でできている。
だから、人の見ている景色が変われば、会社の未来も変わる。本当の成長とは、売上の先にある、そこだったのではないだろうか。
今日はこの辺で。







