「また来たくなる」は、どう作られるのか──國屋がLINEと挑む“記憶に残る飲食店”の正体

純粋に、今の時代って、ようやくリアルのお店が報われる時代に来たのではないかと思う。どういうことか。例えば、ECで言えば、確かに誰もがどこでもモノを買えるようになった。でも、純粋に飲食店で食べるという行為は、どうであろう。アナログであり、人力に頼らざるを得ない部分がかなりあったように思う。しかし、今回、「Hello Friends! W!th LINE ヤフー」に来て実感したのは、言葉を選ばずに言えば、ようやくそういう人たちにデジタルでも光が当たり始めたということだった。
だから僕は、イベントを聞いて終わりにせず、あえて個別に話を聞いてみたいと思った。
今回、取材を試みたのは、LINEヤフービジネスパートナーズ代表取締役社長・富永翔氏、そして、株式会社國屋 経営企画部長 / Sake stanD 凛 店長・禰宜田賢二氏である。むしろ、飲食という“人の温度”で成り立ってきた世界を、デジタルがどう支えられるのか。その可能性を、双方が真剣に考えている対話だったのである。
特に、禰宜田氏の話は実に面白かった。あえて、どういう流れで、彼がこの仕事に就いたのかを聞くと、そのデジタル化において、本当に大事なものが見えてくるのである。
1. 「飲食業は価値が低すぎる」──バーテンダー出身の男が抱いた違和感
株式会社國屋の経営企画部長・禰宜田賢二氏は、18歳からバーの世界に入り、飲食の現場で人生を学んできた。だが、その中でずっと感じていたのが、「この仕事はもっと評価されるべきだ」という違和感だった。飲食業界は、長年“3K”と言われてきた。給料が安い、労働環境が厳しい、水商売扱いされる。けれど、彼は現場で真逆のものを見ていた。
人を笑顔にする。誰かの人生の節目を彩る。食を通して、人と人を繋ぐ。何より、飲食という仕事は、絶対になくならないものである。それにもかかわらず、そこで働く人の価値は低く見積もられている。その構造に対して、禰宜田氏は強い問題意識を持っていたのである。
これが不思議と、國屋という会社の姿勢にも合致している。つまり、食材の背景を語り、生産者の思いを届け、人の営みそのものを価値に変えていくということ。その象徴が、“100社以上との直接仕入れ”である。
実は、普通の飲食店なら、数社の取引先があれば十分成り立つ。それでも國屋は、「誰が作ったのか」を徹底的に掘り下げていった結果、気づけば100社以上の生産者や業者と繋がっていたというのだ。
これは効率だけを考えれば、完全に非合理である。
だが逆に言えば、それだけ“人”に向き合っている。玉ねぎにも顔があり、牛肉にも物語があり、日本酒にも土地の背景がある。その積み重ねによって、お店そのものが“メディア”になっているのである。
つまり國屋は、「料理を売っている」のではない。“人の物語”を届けているのだ。
2.関わる生産者とも深く向き合う
だから、自ずと彼らの目線は、目の前のお客様だけでは終わらない。生産者や取引先まで含め、誰もが納得感を持てる循環へ向かっている。特に印象的だったのは、禰宜田氏が「売り手が価値を上げなければ、生産者にお金が届かない」と語っていたことだ。
例えば、お米農家は薄利多売に苦しみ、後継者不足が進んでいる。価格を適正化すれば、「高い」と言われる。けれど、そのままでは、作り手そのものが消えていく。だからこそ、飲食店側が「なぜこの価格なのか」を語らなければならない。
つまり國屋は、単に料理を出しているのではない。生産者の“代弁者”として機能しているのである。
だから僕は彼らに言ったのである。「國屋は、飲食店をメディアと捉えている」と。
新宿という世界有数の人が集まる街を、“港”のような場所として捉え、全国から集まる食材や酒、人の思いを、ここから発信していく。この発想自体が、すでに単なる飲食店ではない。
「人と物語を編集する場」として、國屋は存在しているのだ。
3. ネットが20年かけて得た力を、リアル店舗が持ち始めた瞬間
一方で、顧客に目を向けると、冒頭でも触れた通り、飲食店や美容室のようなリアル店舗は、どうしても“その場限り”になりやすかった。どれだけ感動的な体験を提供しても、店を出た瞬間に関係性が途切れてしまう。そんな難しさを、長年抱えてきたのである。
もちろん、常連文化は昔から存在していた。けれど、それはあくまで、人の記憶や店側の感覚に支えられた世界だった。そこでLINE公式アカウントの存在が出てくるわけだが、正直に言えば、最初の頃の僕は、そこまでピンと来ていなかった。けれど、それが大きく変わったのが、ミニアプリの存在が見え始めてからだった。
例えば、メンバーズカードをデジタル化する。すると、単にポイントを貯めるだけではなく、来店履歴やコミュニケーションが蓄積され、お客様との関係性そのものを深めていけるようになる。つまり、「また来てもらう」という行為が、感覚論ではなく、“繋がり続ける仕組み”として成立し始めたのである。
改めて考えると、この変化を支えているのは、やはり日常的に多くの人が使っている「LINE」という存在の大きさだろう。新たなアプリをわざわざダウンロードしてもらう必要がなく、普段使っているコミュニケーションの延長線上に、お店との接点を自然に置ける。
だからこそ、リアル店舗は初めて、“継続的な関係性”を無理なく築けるようになってきたのだ。もしかしたら、リアル店舗は変わるかもしれない。
4. 「忘却」を「思い出す」に変える──飲食店にもたらす最大の変化
これを踏まえて、彼らが繰り返す「忘却が、思い出すに変わる」という話にたどり着く。飲食店というのは、実はとても残酷な商売でもある。どれだけ素晴らしい生産者の話をしても、どれだけこだわった食材を使っていても、最後に残るのは、「美味しかったね」「楽しかったね」という感情だけになりやすい。
禰宜田氏が語っていた「ピークエンドの法則」の話は、まさにそこを突いていた。人は最後の印象で体験を記憶する。つまり、飲食店は本来、体験価値の塊であるにもかかわらず、その中に含まれていた大事な文脈が、時間と共に薄れてしまうのである。
だが、LINEで繋がっていることに意味がある気がした。なぜなら、LINEがコミュニケーションの上に成り立ったサービスだからだ。そこで、面白いのは、モバイルオーダーに関してのことなのだ。その言葉を聞くと、多くの人は「効率化」を思い浮かべる。
店員を減らせる。注文ミスが減る。オペレーションが楽になる。確かに、それも間違いではない。ただ、今回、禰宜田氏や富永氏の話を聞いていて、僕の中で少し見え方が変わった。
特に僕が印象的だったのは、「LINEタッチ」を入口に展開されるLINEレストランプラスである。これは、店頭でスマホをタッチするだけでLINE上に注文画面が立ち上がり、そのままモバイルオーダーまで行える仕組みだ。
5. 「CLOSING THE DISTANCE」──LINEが“繋がり続ける”を重視する理由
その中で印象的だったのが、富永氏が語っていた、LINEの「CLOSING THE DISTANCE」という考え方だった。それは単に、“距離を縮める”という意味ではない。
「離れていても、繋がり続ける」。
つまり、リアル店舗がこれまで苦手としていた、“店を出た後の関係性”を支える思想なのである。考えてみれば、LINEというサービス自体が、元々「コミュニケーション」を前提に作られている。
だからこそ、LINE公式アカウントも、ミニアプリも、モバイルオーダーも、単なる機能としてではなく、「どう繋がり続けるか」という発想の上に設計されているように見えた。実際、今回の対話でも繰り返し出ていたのは、“効率化”ではなく、“関係性”という言葉だった。
つまり、LINEがリアル店舗に持ち込もうとしているのは、デジタル化そのものではない。“人との関係を、途切れさせない仕組み”なのである。
6. モバイルオーダーの本質は、「人間らしい接客」を取り戻すことにある
さて、どこにそれが現れているのか。普通、モバイルオーダーというと、それは、“全てのメニューを平等に並べるもの”として設計されがちだ。でも、彼らがやろうとしていることは、単なる“注文のデジタル化”ではないように思えた。
ここが、先ほど、禰宜田氏が話していた店への思いとリンクする。彼らが見ていたのは、もっと接客に近い世界だったわけだ。このお客様には、まず何を見せた方がいいのか。どういう順番なら、自然に体験へ入れるのか。
実際、LINEレストランプラスでは、「おすすめ」表示や、来店履歴・注文履歴を踏まえたメッセージ配信など、“その人に合わせた見せ方”を重視しているという。
つまり、ただ全メニューを並べて終わりではない。「何を先に見せるか」「どういう順番で体験へ入ってもらうか」という、“接客の感覚”そのものを、デジタル上でも実現しようとしているのである。どんな写真なら、感情が動くのか。それを考えること自体が、すでに“コミュニケーション”なのである。
それを具現化しているのが、この彼らなりの“モバイルオーダー”なのだ。
要するに、リアル店舗でスタッフが無意識にやっていた、“空気を読む接客”を、デジタル上でもどう実現するか、という話になっている。だから、逆に言えば、LINEでの履歴が意味を持つ。それはコミュニケーションの上に成り立っているからだ。ここに、他のモバイルオーダーとは明らかに違う構想がある。
7.より気づける店員に
だとすれば、LINEが提案するものは、似て非なるものだとわかる。そして、何より、禰宜田氏が強調するのは、モバイルオーダーは“人件費削減ツール”ではないということだ。
むしろ逆であるべき。デジタルが人間的であるほど、「人が接客するための余白を作るツール」となるべきだとしているのである。
極論、「すみません」と呼ばなくても注文できること自体は、あくまでストレスフリーを担保しているだけだと禰宜田氏は語る。しかも、それを彼は「満足度ゼロ点」と表現していた。
水を頼んで、水が出てくる。それは当然のこと。出てこなければマイナス。出てきてゼロなのである。
そこにプラスアルファが乗って、初めて“記憶に残る体験”になる。
つまり、仕組みで担保できる部分はデジタルが支える。それを人間的にする。けれど、その仕組みだけでは届かない部分を、人間が察し、補っていく。
だからこそ、接客をする店員自身の価値が、むしろ高まっていくのである。決して、人の仕事が減るわけではない。寧ろ、人間がもっと気づけるようにしていくことに、この“モバイルオーダー”が価値を持つということなのだ。
8.「あえて不自由を残す」──便利すぎる時代に、人間の価値をどう残すのか
禰宜田氏の話が深いのは、それが最終的に、“働くスタッフへの還元”へ繋がっている点である。とかく今の世の中は、とにかく“便利”へ向かっている。タップすれば注文できる。無人レジで会計できる。アプリが最適解を提示してくれる。
しかし、その先に何が起きるのか。禰宜田氏は、その危うさをかなり強く感じている。なぜなら、多くの企業が、デジタル化を「人を減らす方向」に使ってしまっているからだ。
けれど、國屋の発想は真逆だった。
これが少し前の話と繋がる。モバイルオーダーによって注文時のストレスを減らし、その分、スタッフが“人にしかできない接客”へ集中する。そして、お客様の満足度が高まり、結果として客単価が上がっていく。つまり、デジタルと人によって生まれた価値を、今度は“スタッフの給料”へ還元していこうとしているのである。
これは単なる効率化ではない。
「飲食で働く人の価値を、どう高めるか」という、禰宜田氏が最初から抱いていた問いそのものに繋がっている。こういう考え方だから、実際、國屋では、客単価が倍になった実績も出始めているという。
だから國屋は、デジタルを導入しながらも、「人が入り込む余地」を絶対に消そうとしていない。むしろ逆だ。モバイルオーダーで注文ストレスをなくし、その空いた時間で、人にしかできない接客へ向かう。
そしてこれは、飲食業界だけの話ではない気がする。AI時代に入り、様々な仕事が効率化されていく中で、本当に価値を持つのは、“人間にしかできないこと”へ向き合える人になる。
9. 飲食店は「関係性を編集する場所」になっていく
今までの飲食店は、その場で完結していた。どれだけ良い体験をしても、それを受け止め、繋ぎ続ける“受け皿”がなかったのである。これで、「店を出た後」も含めて飲食体験になる。
後日届くメッセージ。季節ごとの案内。生産者イベント。「あの時のお酒」の紹介。
それらが取引先の付加価値を高め、同時に、顧客の体験価値も高めていく。そうやって、来店体験を何度も更新していけば、“一回来店した”だけでは終わらない。
ここで初めて、LINE公式アカウントが意味を持つわけだ。だから僕は、「ピンと来た」と書いたのである。今回の話を聞いていて、僕は、飲食店がようやく“ネット的な強さ”を持ち始めたのだと感じた。
そして結局、デジタルの話をしていながら、逆説的ではあるが、デジタルだけでは人の心は動かない。その奥に、「誰が、どんな思いでやっているのか」があるから、人は惹かれる。
だから今回の対話は、「これから人間の価値はどこへ向かうのか」という話だったように思う。便利になる時代だからこそ、人の温度そのものが価値になる。そして今、その温度を、途切れさせずに繋ぎ続けられる時代が始まろうとしているのかもしれない。
今日はこの辺で。







