「LINEで売る」はもう古い──中川政七商店とBAKEに学ぶ、店舗とECがつながる“関係性設計”の本質

今求められているのは、「どのように顧客とつながり、どうやって関係性を深めていくのか」。その本質を問い直すために記した。LINEヤフーが主催するイベント「Hello Friends! with LINEヤフー」で、登壇したのは、創業300年の老舗・中川政七商店と、革新的なスイーツブランドを展開するBAKE。両者は、リアル店舗とECをどう繋ぎ、どのような思想で顧客との信頼を築いているのか。その実践と思想を通じて、小売業の“これから”が見えてくる。
1:LINEは“販促ツール”ではない──顧客と企業の“関係性のインフラ”
中川政七商店が捉える「CRM=理解」の思想
中川政七商店のCRM戦略は、極めて思想的だ。CRMでの顧客の分類の仕方に、その企業としての個性が顕在化する。
同社では顧客を「ランク」ではなく「クラスター」で分類する。「あなたは上客かどうか」ではなく、「あなたは何を大切にしているか」に基づいて分類し、接し方を変えているのだ。
たとえば「内祝い」クラスターの顧客が、ペアグラスを贈った後、数ヶ月~数年後に出産祝いを買うのだという。面白いのは、その後、他人に対して送っていた購買体験が、自分用へと変わっていく。最初は購入しやすいタオルやサニタリー商品。そのうち、肌に直接触れるコスメにたどり着く。贈り物から始まり、自分自身へのギフトへ──生活の変遷に寄り添った配信設計がここにある。
これはCRMというよりも、「人間の物語を丁寧に編集する」ための思想だと思った。
UI設計は顧客だけでなく“従業員”にも向いているか?
そういう土台があるから、逆に顧客接点が大事になる。中川政七商店がLINEを導入したのも自然な流れだ。そこで、成果を出せた背景には、「使いやすさ」の徹底がある。
店頭スタッフが“自分で操作して説明できるLINEの”UI設計。デジタルに強くない従業員でも、「LINEで登録できますよ」と自然に声をかけられることが、文化として定着したのだ。
結果、登録率は3倍に。これは単なるデジタル導入ではない。「人が使いこなせる環境」を整えた文化設計そのものなのだと思う。
2:LTV向上の“設計図”──ブランドをまたぐ体験のピラミッド構造
BAKEのCRMを支える「メンバーシッププログラムという土台」
一方で、BAKEがLINEをCRMの中核に据える理由は明快だ。「複数ブランドをまたぐ顧客体験を、設計図として構築できるから」である。
同社では、LTV(顧客生涯価値)の最大化を「ピラミッド構造」で捉えている。最下層にはLINE広告やギフトで接触した潜在層があり、店頭の声かけやリッチメニューからライトカスタマーへ。さらに、会員登録によってロイヤルカスタマーへとステップアップしていく。
そのピラミッドを支えているのが、「BAKEメンバーシッププログラム」である。
背景にあるBAKE CHEESE TARTリブランディング
この背景にあるのが、リ・ブランディング構想である。それまで、BAKEは「BAKE CHEESE TART」「RINGO」「PRESS BUTTER SAND」などのブランドが存在。個々では知られていても、それらを運営しているのがBAKEだとは知られていないことが多かった。
そこで、今はBAKEというマスターブランドを全面に出し、ブランド間の連携や体験価値を高める戦略にシフトしている。つまり、 チーズを核に多様な菓子(クッキー、スフレ、ケーキ等)を展開する「拡張型」ブランドへ移行したのだ。
だから、それらのプロダクトを横断させて、BAKEの価値を感じてもらえるために、上記のメンバーシッププログラムが大事になる。そこで、多ブランド横断を前提とする設計は、LINEのリッチメニューやミニアプリによる会員導線と親和性が高いということなのだ。
「潜在顧客→ロイヤル顧客」へと育てるピラミッド構造が、ブランド横断型のCRM構造とリンク。
リッチメニューで“売る”のではなく“導く”
その中で、BAKEでは、LINEリッチメニューが戦略の要となっている。リッチメニューとは、LINEのトーク画面下部に常時表示される画像付きのメニュー。ここから特設ページやECサイトへ直接遷移できる。
だが、BAKEが重視しているのは“心理設計”だ。たとえば、友達登録したユーザーに、リッチメニュー上で“鍵付きコンテンツ”を提示する。「限定クーポン」「プレゼントを見る」など、気になるワードをタップするとき「会員登録」が必要となる。つまり、公式アカウントへの友達登録とセットで、この会員証の発行をもたらす手法は、心理的ハードルを下げた安心設計に基づくものなのだ。
そして、この登録が、BAKEのメンバーシッププログラムに繋がり、ブランド横断での体験の入り口になる。つまりリッチメニューは、“売るボタン”ではなく、“関係性を深めるトリガー”として機能している。
だから、顧客単位での接点の充実を、ブランド価値総出で計ることができるようになったというわけだ。
3.店頭のひと声が、ECの成果に変わるとき
人生設計に関わる
中川政七商店のCRMに話を戻せば、商品を管理するものではない。顧客の暮らしそのものを、静かに見つめる装置であることがわかる。先ほどのクラスター単位の話然り、他人への贈り物だった選択が、いつの間にか“自分の暮らし”に重なるように変わっていく。この変化を、同社はデータの中に見出し、ストーリーとして設計しているのだ。
これは、「商品ラインナップを広げている」だけでは到底実現できない。誰にとって、いつ、どんな瞬間に、何が必要になるのか──それを、クラスター単位で丁寧に設計しているからこそ、顧客の記憶に沿ったプロダクト提案が可能になっている。
だからこそ、ごちゃつかずに“綺麗に整理されている”のだ。CRMの名を借りた、人生編集。それが中川政七商店のクラスター運用の本質である。
LINEが“店頭での出会い”を、ECにつなぐ最大要因に
このCRM思想を、さらに自然な流れで体現しているのが、LINE公式アカウントの活用なのだ。
実を言えば、かつては、会員登録といえばECサイトでのフォーム入力が主流だった。だが、店頭で住所やパスワードを入力させるには無理があった。登録率は低く、運用側の負担も大きかった。
そこで中川政七商店が切り替えたのが、「LINEの友達登録を起点にした会員接点」だったのだ。
LINEなら、誰もが知っている。デジタルに不慣れなスタッフでも、「LINEで登録できますよ」と素直に案内できる。結果、登録率は格段に向上した。
そして、LINE上での配信を通じて、メッセージが定期的に届くようになると、ROAS(広告費用対効果)も安定的に高い水準をキープ。登録者数の母数自体が多いため、メルマガよりも売上効果が高いという結果も出てきている。そして、その裏側では、クラスター単位のアプローチが効いてくる。
店頭とECがつながる
中川政七商店の取り組みを見ていると、ひとつの確信が生まれる。それは、“店頭とECは別物ではない”ということだ。
たとえば、店頭での出会いがある。スタッフがLINE公式アカウントへの友達登録を促す。LINEでは定期的にメッセージが届き、そこから自然とオンラインストアに誘導され、ECでの購買が発生する。
すると、次はその購買履歴や商品ジャンル、閲覧行動がCRMに蓄積される。それを基に、顧客は「この人は“内祝い”クラスタだな」と分類され、そこから先ほどの“人生ストーリー”のようなコンテンツや商品群が提示されていく。つまり──店頭での接客が、ECの体験に反映され、さらにCRMの精度が高まり、また店舗体験が豊かになる。
これは偶然の連鎖ではない。相関関係として意図された“顧客との関係構築の循環モデル”なのだ。
4:「構造最適」と「個別最適」──CRMに滲む、ブランドの哲学
CRMの思想が企業の“在り方”を映し出す
BAKEと中川政七商店、どちらもCRMに真摯に向き合っているが、そのアプローチはそれぞれ異なる。BAKEは「構造最適」。LTVピラミッドやメンバーシップを中心に、ブランド横断の顧客体験を滑らかに編んでいく。複数ブランドでの“好き”を束ねるマスターブランド戦略が中核にある。
対して中川政七商店は、「個別最適」。クラスターごとに異なる文脈と生活感に寄り添い、「その人にとって、いま、必要なもの」を提案する。人生の物語を読み取りながら、接点を最適化する“個人編集型のCRM”と言える。LINEというツールを同じく活用しながら、思想の出方が違う。
だが、どちらもブランドが“どう在るか”という問いに正面から答えている。
「伝える」ではなく「寄り添う」へ
BAKEと中川政七商店に共通しているのは、「顧客が自然にそのブランドを好きになっていく構造」を、LINEなどを通じて、たくみに実現していることだ。
リッチメニュー、ミニアプリ、クラスターごとのアプローチなど。それらはすべて、「何を伝えるか」ではなく、「どんな関係を築くか」のためにある。顧客が、「このブランドは、私のことをわかってくれている」と感じる瞬間。それは、次の購買だけでなく、次の“信頼”を生む。
「好きの連鎖」が生まれる設計思想
中川政七商店の事例からは、「店頭とECが分断されたものではない」ことが明らかになる。
店頭でLINEの友達追加を促すことで、自然な流れでECにつながる。そこでの購買や行動がCRMに蓄積され、クラスター化されて配信が最適化される。そして、また店舗や商品で“わかってくれている感覚”を得る──この循環が、相関的に売上を押し上げていく。
関係性のデザインが、ブランドの“好き”をつくる。
そして“好き”は、何度でも購買を生む。
結語:ブランドの記憶は、設計された関係から生まれる
リアルとデジタルが融合したこの時代、顧客体験とは単なる“UIの快適さ”や“情報の正確性”ではない。
それは、企業が「どれだけ誠実に顧客の時間を預かろうとしているか」の証であり、「このブランドと出会ってよかった」と思える“記憶の質”にかかっている。
中川政七商店とBAKEの試みは、LINEというプラットフォームを超えて、「関係性をデザインする」という思想の実践である。
ブランドとは、何を伝えるかではない。どんなふうに、あなたの記憶に残るかだ。
今日はこの辺で。