自ら語り始めた「鈴廣オンラインショップ」老舗の価値をメルマガ&コンテンツに落とし込むその戦略とは?

一見すると、特に何かを仕掛けなくても売れ続ける状況にあっても、貪欲に可能性を追い求めることで、新たな道が開ける。そのことを、160年の歴史を持つ老舗「鈴廣蒲鉾本店」から学んだ。すでに贈答品として定着しているにもかかわらず、彼らは現状に甘んじることなく、ECのリニューアルを決断。そして、自社のかまぼこの価値をコンテンツとして発信し、メルマガなどのデジタルマーケティングを活用することで、新たな市場を切り拓いた。その先には、創業200年というさらなる未来が見えている。
そしてその受け皿となったのがECだ。この日、僕はeコマースフェアに足を運び、シナブルの曽川雅史氏のモデレートのもと、鈴廣企画開発部の松井孝成氏が、どのようにしてこの挑戦を形にしたのかを語ってくれるのを見た。本記事では、鈴廣がどのようにEC戦略を立て直し、コンテンツの充実とメルマガ活用によって市場を広げたのかを解説する。
1. 老舗の挑戦—リアル店舗主体の企業がECに踏み出した理由
鈴廣蒲鉾本店は、1865年創業の老舗。これまではリアル店舗や贈答品需要を中心に展開し、ECは補完的な役割だった。
しかし、2020年のECサイトリニューアルを機に、戦略を大きく転換する。ただ、正直、決断を思いとどまる時期も長かった。決定打に欠けていたからだ。ここが老舗ゆえの悩みかと思う。冒頭、書いた通り、小田原の名店として、贈答品として既に売れているのである。
だから、その投資に見合った実績が求められる。ここが一つのポイントではないかと思う。
そこで、投資に見合う価値は、日常の中で蒲鉾に触れてもらうことにある——そう松井氏は確信した。
その気持ちが固まったからこそ、基盤のインフラもアイテック阪急阪神のHIT-MALLでリプレイスを決定。これまでとは異なるコンセプトを打ち立てた。
それこそが、「かまぼこのある暮らし」。
心から納得した。間違いなくECはただの物売りではなく、表現の場である。繰り返しになるが、そこでは、ギフト需要だけでなく、日常的な食卓での利用を促進する方向へ舵を切ったのだ。これが大きいし、今の時代の店舗運営を痛感させられる。
「これまでのECは、ギフト需要が中心でした。しかし、普段の食卓でかまぼこを食べてもらうためには、もっと“使い方”を伝える必要があると感じたのです。」
2. 「かまぼこのある暮らし」—贈答品から日常食へ、EC戦略の転換点
地元、小田原で培われた店舗の伝統は大切にしていく。ただその一方で、蒲鉾が持つ新たな可能性にも目を向け、それに合わせた「コンテンツ」を充実させていった。その一例を下記に紹介しよう。
改めて見ると、『確かに!』と思うものばかりだ。
- • アレンジレシピの提案(かまぼこを使った簡単おつまみや朝食メニュー)
- • 保存方法やカットの仕方(「どうやって切ればいいかわからない」顧客の疑問に答える)
- • 日常使いのシーン提案(お弁当や朝食での活用)
いかがだろう。あなたの知らない「蒲鉾の世界」である。こうしたコンテンツを通じて、蒲鉾の新たな使い方を知ってもらう。そして、それをECサイトへとつなげることで、『かまぼこ=ギフト』という固定観念を覆し、日常的な需要の拡大へとつなげた。それがそのまま、新しいマーケットだ。
コンテンツが充実するほど、その奥深さに気づき、魅力に惹かれていく。つまり、それは“ファンづくり”につながる。一過性のものではなく、継続的な繋がりを生む土壌にもなるだろう。だから、そのまま会員登録へと誘導する。これまでとは異なる層の固定客を生み出すことに成功した。これこそが、彼らが生み出したECの利点だろう。
ECを通じたつながりをきっかけに、より深く掘り下げられる。ゆえに顧客との関係構築が重要になる。これまでになかった新たな展開が生まれたのだ。
3. メルマガ×マーケティングオートメーション(MA)が生み出す顧客関係の深化
なるほど。だから、一緒に登壇したシナブルがでてくるのか。彼らは、関係構築を深めるためのツール『EC Intelligence』を提供している。これは、MA(マーケティング・オートメーション)と呼ばれる仕組みで、顧客とのつながりを強化するものだ。
『EC』という名前はついているが、本質的にはECは単なるきっかけに過ぎない。
リアル店舗やECの顧客データを分析し、最適なアプローチを自動化する仕組みが整っている。さらに、ECの利用がコンテンツの充実とともに伸びていくと、それに比例してメルマガの価値も自然と高まっていく。分析を接点であるメルマガに活かす利点が出てくる。
特に、お客様の悩みや疑問をコンテンツとして発信することで、それ自体が価値となる。ECでは『メルマガはもう古い』と思われがち。だが、実際はコンテンツ次第。工夫次第で売上に大きく貢献できるのだ。
それを証明したのが、160年の歴史を持つ老舗『鈴廣蒲鉾本店』であることに、大きな意味がある。
全体配信でのメルマガ開封率は、12か月平均で33%。メルマガの開封率20%ぐらいが一般的とされる中で、高い数値を記録している。さらに、メルマガ経由の訪問者はコンバージョン率が高く、メルマガを通じてコンテンツの価値が最大限に引き出されていることがわかる。
特に、ROAS(広告費回収率)は約8倍と高い成果を上げており、コンテンツ化との相性の良さが際立っている。
4.顧客をさらに特定していくことで効果増
鈴廣の施策とメルマガの相性が抜群だった。そこまでくると、ターゲットを特定することで、さらに価値が高まるのは言わずもがな。
特に、誕生日メルマガの効果は絶大。開封率は30%以上。開封から訪問に至る割合は9%、訪問からのコンバージョン率は11%と高水準を記録している。さらに、コンバージョン単価は通常のメルマガの約2倍。
ピンポイントなアプローチが、大きな成果につながっているわけだ。更に、お祝いの気持ちを示すクーポン配布による購買促進が大きく貢献。顧客との関係を深めつつ、売上に直結させている。
だから、メルマガもMAを活用し、『パーソナライズ配信』へと進化するのは自然な流れだ。そして、ここからが『EC Intelligence』の真骨頂。店舗来店者の購買履歴を把握。最適なタイミングでECへと誘導することで、より効果的なマーケティングが実現できる。
これらの施策が進むほど、実店舗も巻き込みながら会員化を推進する流れが加速していく。新しいアプローチが、これまでの顧客の可能性をさらに引き出し、リアルの動きすら変えていくのだ。勿論、それは売上の拡大につながる。そして、OMO(Online Merges with Offline)の仕組みを形成し、ECの成長を大きく後押ししている。
松井氏もこの点を強調する。
「単にECの売上を伸ばすのではありません。リアルとデジタルを繋ぐことが重要です。店舗での体験を起点に、ECでも購入しやすくする仕組みを整えました。」
4. リニューアルに伴うデジタル戦略—コンテンツの充実がカギに
この事例は老舗だからこそ、気づきも多い。そもそも実は、ECのリニューアルは決して簡単ではなかった。
なぜなら、いざ刷新をしようとすると、その関心は、売上や実績に目が行きがちだからだ。だが、それを支えるのは、充実したコンテンツにほかならない。
つまり、リニューアル直後はコンテンツが不足していた。そのため、外部の専門家と協力しながら記事やレシピを増やしていった。ここが正念場だったのかもしれない。ただ、それを参考に、徐々に社内スタッフも制作に関わるようになり、今ではデジタルマーケティングが社内文化として根付いている。
ここまでくれば盤石である。
「結果として、社員によって、より顧客目線のコンテンツが増えたと感じています。」(松井氏)
現在、鈴廣はリアル店舗とECを掛け合わせた施策を、徐々に強化し続けている。共通しているのは顧客との距離感を縮めるもの。
たとえば、LINE公式アカウントとIDを連携させることで、店舗での購入履歴をECと結びつけ、スムーズな購買体験を実現。また、リアル店舗での行動をもとにメルマガを配信し、よりパーソナライズされた情報を届ける工夫もしていく。
そして、これらの顧客データを統合していくことにより、一人ひとりに最適な提案を行う。これによって、生まれるのは何だろう。ただの売り手と買い手の関係ではない。より深い信頼関係を築こうとしている。
5.究極はファン作りになった。
こうした取り組みによって、店舗で購入したお客様がECでもリピートしやすくなる。いうまでもなく、新たな市場の開拓にも成功している。そして気づけば、鈴廣の目指す道は“ファンをつくる”ことへとつながっていた。
彼らの様な食品ECで成功するためには、ここが大事なのではないか。繰り返しになるが、単に商品を売るだけではなく、お客様との距離を縮め、信頼関係を築くこと。それが何よりも重要なのだ。とはいえ、老舗であればあるほど、すでに売上があるから、ECの強化は風当たりも厳しいこともある。
では、いざECを強化するために大切なことは何か? 振り返ると、以下の3つの要素が鍵となる。
ひとつは、コンテンツを通じてブランドの価値を伝えること。
もうひとつは、データを活用し、一人ひとりに合った提案を行うこと。
そして最後に、リアル店舗とECをシームレスにつなぎ、どこでも快適に買い物ができる環境を整えること。
そこにシナブルのリソースも大きく寄与している。鈴廣の事例は、長年愛され続けた老舗が、なおも挑戦を続け、新たな可能性を切り拓いた好例だ。
売れているからこそ現状に甘んじるのではなく、時代に合わせて変化し続ける。その姿勢が、食品ECの未来に光を灯している。これは、同じように新たな道を模索する企業にとって、大きなヒントになるはずだ。さあ、次に挑戦するのはあなたの番かもしれない。
今日はこの辺で。