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“女性”の次が来た——HERSTORYが突き止めた「壁」の内側と、消費が細分化する時代の読み解き方

 消費行動の根っこを辿ると、「女性の感性」を抜きに語れない——HERSTORYの日野佳恵子さんの話を聞くたび、いつもそう思わされる。ただ今回、創業35年の節目に行われた「女性インサイトセミナー2026」を聞いて、もう一段、景色が変わった感覚があった。男女差の理解は前提として、いま起きているのは「女性の中の細分化」だ。

 スマホとSNSとアルゴリズムが、生活者を小さな世界に分け、当人はその世界を“常識”だと思って生きている。HERSTORYがそれを「見えない壁」と呼ぶ理由が、今回ほど腑に落ちたことはない。

 本稿では、セミナーで語られた要点を辿りながら、なぜ「壁」なのか、なぜ「内側で語られること」が重要なのか、そして企業はどう“顧客の解像度”を上げるべきかを、具体例とともに紐解いていく。

1. 消費の本質に「女性の感性」が立ち上がる理由

 消費は、合理性だけでは起きない。もちろん機能も価格も重要だが、それだけで人が動くなら、世の中の広告はもっと効いているはずだ。

 では、なぜ買うのか。ここを突き詰めると、女性の感性——もっと正確に言えば「関係性のなかで行動が決まる」という性質が、避けて通れない。

 HERSTORYが長年追ってきたのは、まさにその「売れた後」ではなく「売れるまでの胸の内」だ。

 セミナー冒頭で語られたのは、顧客獲得の難化、広告費の高騰、そして「顧客が見えなくなっている」という実感だった。

 AIが生活や仕事を変えた2025年を経て、2026年はその影響が“購買の心理”にまで染み出してくる年になる、と。ここで大事なのは、女性マーケティングを「女性向け商品を売る技術」と誤解しないことだ。

 日野さんが自社を「女性を分析している会社」と言い切らず、「女性の購買行動の背後を研究してきた会社」と表現したのは象徴的だった。

 背後とは、家庭、夫、親、友人、職場、地域といったつながりの中で、どんな責任感や安心感が働き、どんな“ためらい”が立ち上がり、何が最後の一押しになるのか。その解像度を上げることが、商品企画にも、売り場にも、コミュニケーションにも効いてくる。消費の本質を辿るほど、女性的感性が「時代の先端」に見えてくるのは、この関係性のレイヤーが、いまの社会で一層重要になっているからだ。

2. 35年の到達点は「女性の理解」ではなく「顧客の解像度」だった

 HERSTORYの語りで一貫しているのは、「顧客の解像度を上げる」という言い方だ。これは、単にデータを増やすという意味ではない。デジタルでデータは集まる。

 にもかかわらず生活実態が見えない——この矛盾に向き合うために、彼女たちは“背後”の研究を積み上げてきた。企業の現場はどうしても、自社商品、競合、数値、KPIから始まる。だから「なぜ買ったのか」「なぜやめたのか」に深く入り込むことは、時間もコストもかかるし、担当者の実感ともズレる。結果、わかったつもりになりやすい。

 そこで彼女たちが作ったのが、生活者を「N=1の個人」としてではなく、「関係の網の目の中にいる存在」として捉える枠組みだ。象徴が「クラスター年鑑」である。

 これは世帯調査であり、夫や親の存在も含めて“生活の構造”を可視化する。年鑑の意義について日野さんが強調した「女性たちはN=1個人で物を買っていない。誰かの影響を受け、また誰かに影響を与えていく」という言葉は、マーケティングの前提をひっくり返す力がある。

 ここに、僕が今回強く感じた「次のフェーズ」がある。男女差の理解は土台として残り続ける。

 しかし、生活環境が変わったいま、同じ“女性”という括りの中でも、情報の受け取り方、判断の仕方、誰の声を信じるかが、さらに細分化していく。解像度は、上げれば上げるほど「共通化できる枠組みが小さくなる」。それは難しさであると同時に、見つけ方がわかれば「特定しやすくなる」というチャンスでもある。

3. なぜ売れないのか——顧客側にある「見えない壁」という前提

 セミナーの核心の一つは、「顧客の心理には潜在的な見えない壁がある」という前提だ。作り手・売り手は、良いものを作れば届くと考えがちだが、顧客側は情報の洪水の中で「閉じて」いる。

 しかもこの閉じ方は、気分や気合いの問題ではない。フィッシング詐欺や偽メールが日常化し、どれが正しい情報かわからない。つまり、生活防衛として“壁”を高くせざるを得ないのだ。

 ここで興味深いのは、デジタル社会は広がっているように見えて、実は「閉じる力」を強めているという指摘である。選択肢が増え、手に入る情報が増えた結果、安心できるもの以外を入れない。

 これは、買う前に比較検討するどころか、検討の土俵に乗せない、という現象を生む。企業は「届かない理由」を広告表現や商品力の問題に還元しがちだが、そもそも顧客の心が“入場制限”をかけているなら、どんなに完成度を上げても届かない。

 僕の見立てでは、この壁の存在を「女性の感性」と結びつけて捉えると、理解が進む。女性の消費は、他人とどう共存していくかという流れの中で起こる。

 夫婦、親子、友人、コミュニティ。性別を超えたつながりの単位で、判断が“個別に”起きる。壁とは、単に情報遮断ではなく、「この関係性の中で安心できるか」というフィルターの総体なのだ。

4. 壁をつくる3要素——「安全情報」「推奨」「非個人化」が同時に進む

 HERSTORYは壁を構成する要素を三つに整理していた。

 第一に、情報過多による「安全情報」へのシャットダウン。情報量は30年で6万倍、さらに2030年に向けて加速する。面白さよりも「安全が保障された情報」でなければ入れない。

 第二に、信頼できる「推奨」への依存。広く浅い情報の海から、狭く深い安心の場所へ逃げ込む。判断を自分で背負わず、信頼できる誰かの推奨に委ねる。AIの存在すら、その推奨の一部になっているという話は、いまらしい。

 そして第三が、購買意思決定の「非個人化」である。これが実は一番、企業の設計を変える。従来は顧客をN=1で捉え、個人最適の広告や体験を作るのが正義だった。

 しかし、意思決定が個人で完結しないなら、個人最適だけでは足りない。むしろ「私は一人で決めたわけではない」という責任分散が動機になっているケースすらある。夫婦で使うものは夫に相談する、妹のおすすめと同じ家電を買う。そこにあるのは、機能比較ではなく、関係性の安心だ。

 この整理を、僕なりの言葉に引き寄せるとこうなる。アルゴリズムが人を小さな世界に振り分け、当人はそれを世界の常識だと感じる。だから、外からの広告は「別世界のノイズ」になりやすい。入れるのは、内側の誰かが“安全だ”と言ったものだけ。ここまで来ると、売り手の努力は「説得」ではなく、「内側で語られる状態をどう作るか」に移る。

5. 「壁の内側で語られる存在」になる——マーケティングのゴールが変わった

 セミナーで僕が特に面白いと思ったのが、「内側から語られる存在になる」という提案だった。

 これは、企業が“情報発信の主体”であるという前提を静かに崩す。顧客は、企業の言葉だけで動かない。むしろ、相談した相手が共感・合意できるかどうかが重要になる。つまり購買の最後の決裁者は、企業ではなく、顧客の小さな安全圏にいる誰か、あるいはその共同体の空気なのだ。

 では企業は何をすべきか。広告を増やす、露出を増やす、ではない。

 壁の内側で語られるための“材料”を積み上げることになる。セミナーでは安全圏の条件として、実名・顔が見える、継続関係、共感前提、接触頻度、時間の共有、金銭のやり取り、生活やリスクの共有などが挙げられていた。ここから見えるのは、短期キャンペーンよりも、日々の信頼設計の方が効くという現実だ。

 僕がここで重ねたいのは、「女性的感性」は、関係性の中で磨かれるという点である。

 だからこそ、家族・友人・コミュニティ・専門家の声が行動を決める。壁の内側で語られる、というのは、女性だけの話ではない。いまや全世代がスマホを持ち、シニアも含めて「安心できる推奨」を軸に動く。だからこの論点は、女性マーケティングの範囲を越えて、いまの市場そのものを説明する言葉になっている。

6. 「80%が目的買い」の罠——コンビニ調査が暴いた“数字では見えない現実”

 ここからが、HERSTORYらしさが一気に立ち上がる場面だ。

 コンビニのウェブ調査で「買うものは事前に決めてから店に入るか」と聞くと、約80%が「当てはまる」と答えた。一見すると、目的買いが主流で、売り場の役割は「目的の商品を取りやすくすること」になる。しかし彼女たちは、ここで止まらない。80%をクラスター別に分けると、まったく違う実態が出た。

 若手シングル層は「決めてから入る」けれど、その中身は「毎回違うものを買う」。朝SNSで新商品情報をチェックし、今日の目的を作っている。

 つまり“情報が売り場を設計している”。一方、ミドル夫婦層は「決めてから入る」けれど、その中身は「毎回同じものを買う」。定番のお酒のお供を、二人で話しながら選ぶ。ここでは“関係性が定番を強化する”。

 同じ回答率なのに、売り場に必要な設計は真逆になる。

 前者なら新商品の入れ替えとトレンドの可視化、後者なら定番を切らさない在庫運用。数字は嘘をつかないが、数字だけでは真実に届かない。「壁の内側」とは、こういうところにある。表の言葉は同じでも、背後の理由が違う。企業が本当に向き合うべきは、売れた後の集計ではなく、売れるまでの胸の内——インサイトなのだ。

7. ふりかけと野菜ちゃんぽん——インサイトは「商品名」ではなく「困りごと」に宿る

 女性インサイトラボ所長 加藤沙貴子さんのパートで語られたインサイトの事例は、実務に直結する強さがあった。

 「2歳の娘のためにキャラクターの絵がついたふりかけをよく買う」。

 これを表面で受け取れば、キャラクターふりかけが好き、で終わる。しかし背景を聞くと、偏食で困っていて栄養をとらせたい、いろいろ試している、という話になる。つまりインサイトは「ふりかけ」ではなく「子どもにご飯をたくさん食べてほしい」。解決策は、ふりかけに限らない。

 「仕事帰りにコンビニで野菜ちゃんぽんをよく買う」も同じだ。

 好きだから、ではなく、疲れて自炊できない、野菜不足が気になる、短時間で栄養を取りたい。インサイトは「野菜ちゃんぽん」ではなく「手軽に野菜を摂りたい」。ここでも解決策は複数ある。

 この二つの話が示すのは、企業が商品を起点に世界を見ている限り、壁の手前でしか語れないということだ。顧客の中には、商品名ではなく、困りごとと願いがある。

 そこに寄り添う言葉が、壁の内側に入る鍵になる。僕がセミナーを聞きながら「マスから発信されるものが全てではなくなったからこそ価値を持つ」と感じたのはここだ。情報が溢れ、広告が疑われる時代ほど、“胸の内”に触れた設計だけが信頼される。

8. 2026年の転換点——「女性の中の細分化」と、企業が持つべき新しい設計図

 思うに、HERSTORYは長年、男女差という大きな軸を扱ってきた。しかし今回のセミナーで実感したのは、その先だ。男女の違いは前提として、いまは女性の中で壁が細分化し、しかもその壁はアルゴリズムと関係性によって強化されている。人は自分の小さな興味世界の中で暮らし、それを常識だと思っている。

 だから外からの言葉は入らない。入るのは、安全が保障された情報と、信頼する誰かの推奨、そして「私は一人で決めたわけではない」と言える関係性の合意である。

 ただ、この状況を悲観する必要はない。むしろ「特定しやすくなった」と捉えることもできる。誰に向けて何を提供すべきかは、関係性を起点にすれば見えてくる。

 夫婦、親子、友人、コミュニティ、専門家。どのつながり単位で意思決定が起きているかを見れば、顧客が本当に求めている要素が浮かぶ。HERSTORYが「壁」という言葉で示したのは、顧客を閉ざされた存在として諦めるためではなく、壁の構造を理解し、内側で語られるための手段を設計するためだ。

 創業35年の節目で、この話が「進化の時」を迎えたように感じたのは、女性マーケティングが“女性向け”の枠を越え、現代の市場の説明原理になりつつあるからである。企業が次に持つべき設計図は、ターゲットの年齢や属性ではなく、壁の内側にある関係性と、そこで交わされる言葉の設計だ。ここに気づけた人から、見えなくなった顧客が、もう一度見えるようになる。

 今日はこの辺で。

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