物流は止まらない──日本郵便の運送許可取消問題とEC・配送現場への正しい理解

2025年、物流業界を揺るがす大きなニュースとして「日本郵便の運送事業許可取り消し問題」が注目を集めている。この問題は単に一企業の経営課題にとどまらず、物流の現場、制度、そして社会全体にさまざまな影響を与える可能性をはらんでいる。
そこで、株式会社エニキャリ 代表取締役 小嵜秀信氏が、物流 専門家・前谷正弘氏とともに、制度の仕組みから現場の実態、そして我々の生活に与える影響までを多角的に読み解いてくれたのだ。
①:そもそも「日本郵便」とは?構造と事業内容を理解する
大前提として、日本郵便についての理解を深めることにしよう。
まず最初に整理しておきたいのが、「日本郵政」と「日本郵便」の違いである。日本郵政グループの中には大きく3つの事業体があり、それが「日本郵便」「ゆうちょ銀行」「かんぽ生命」である。今回問題となっているのは「日本郵便」であり、グループの中で郵便・物流事業を担当している。
その日本郵便の中にも4つの事業セグメントが存在する。
- 郵便・物流事業
- 郵便局窓口事業
- 国際物流事業
- 不動産事業
今回の問題は、この中の「郵便・物流事業」に関わる部分であり、許認可の対象となったのは「自社トラックによる運送業務」である。
②:実態と数字で見る日本郵便の経営状況
日本郵政グループ全体では、2025年3月期の売上が11兆4,683億円、経常利益が8,145億円と非常に大きな規模である。しかし、日本郵便単体で見ると、売上は3兆4,534億円ながら経常利益はわずか25億円。当期純損益はマイナス42億円、営業損益に至ってはマイナス383億円という厳しい状況が続いている。
さらに、郵便物の取扱数量は年々減少しており、郵便の利用が7.5%減と大きく落ち込んでいる。ゆうパケット等が健闘しているものの、全体の減収傾向には歯止めがかかっていない。
このように、収益は減少傾向であるものの、構造改革が進む中で、利益率は伸びている中での許可取り消しという事態である。その影響は小さくはなくとも会社が傾くというレベル感ではないということを理解しておきたい。
③:運送許可取消の概要と制度上の位置づけ
今回、日本郵便で取り消されたのは「一般貨物自動車運送事業」の「許可」に関してである。この事業は、トラックを用いて他人の貨物を有償で自分で運ぶものであり、「許可制」となっていて、設備・人員・法令試験など厳しい条件をクリアする必要がある。
一方、「軽貨物運送業」は軽バン(軽貨物車両)が対象で、「届け出制」。比較的簡易な手続きで事業が可能である。また「利用運送事業」というのもあり、言うなれば、「自分では運ばずに、他社に運ばせる」物流のプロデュース業である。
その自社で輸送せず外部に委託するモデルは引き続き許可が維持されており、日本郵便は自社トラックが使えなくなっても、他社委託で配送を継続できる体制を維持していけるわけである。
だから、誤解をしてはいけないのだが、一般貨物許可がなくなっても、軽貨物(黒ナンバー軽バン)やバイク配送は通常通り稼働する。さらに、日本郵便は「利用運送事業」の許可を持っており、他社に委託して運ばせることができるのである。ここが大事だ。
④:社会的な波紋と影響範囲
ゆえに、報道では、「ゆうパックが届かないのでは」という不安が取り上げられたが、それは実態にそぐわない。実際には対象となったのは2,500台のトラックのみであり、全国136万台の営業用トラックに対する割合は約0.22%に過ぎないのである。
また、上記に示した取り、軽バン(約32,000)や原付バイク(約83,000台)は引き続き利用可能であり、ラストワンマイル配送は継続される見込みである。日本郵便輸送やトナミ運輸などグループ会社による補完もあり、致命的な混乱には至っていない。
ただし、外部委託の拡大により輸送コストは上昇し、感染輸送(拠点間輸送)におけるコスト増や委託先確保の困難化が避けられないという課題は残る。ここが抑えるべき本質だろう。
⑤:EC事業者が知っておきたい正しい情報と安心材料
殊更、ニュースの話題が不安を煽るものだから、今回の問題に対して、EC事業者の中には「配送が止まるのでは?」と不安を感じる方も多いかもしれない。しかし、上記に示した通りである。
実際には日本郵便は元々から外部委託を多用しており、自社車両が使えなくなっても、配送網全体がストップすることはない。
たとえば、ゆうパックやゆうパケットなどの配送は、軽貨物事業者や委託パートナーのネットワークによって支えられており、実運送の多くは外注されている。今回の取り消しは一部の区間・業務に影響するのみであり、配送品質や到着の遅延といった混乱は基本的に発生していない。
ここで、注意すべきは「運賃水準」である。今回のような制度的混乱があると、一時的にコスト増が発生する可能性があり、特に、「大口配送」や「拠点間輸送の委託コスト」は見直しが進むと見られている。つまり、EC事業者においては、コストの部分でも直接的な影響は小さいと考えるのが妥当だ。
⑥:物流単価上昇と「価格転嫁」の現実
ただし、物流費の上昇は、企業経営において避けて通れないテーマである。日本郵便の事例でも、委託拡大によるコスト増は不可避であり、1台あたり月額20万円で年間換算すれば数百億円規模の負担増につながる。
こうした負担は、当然ながら荷主側にも影響を及ぼし始める。とくにBtoC領域では、物流費が商品価格に転嫁されるケースが出てくると見られており、EC業者にとっても「見えないコストの上昇」が現実味を帯びている。押さえておくべきなここなのだ。
ただし、ここで強調すべきは、「適正な単価設定」による持続可能なビジネスモデルへの転換もまた求められているということ。過剰な値引きや不健全な物流契約の見直しに踏み切る機会として、今回の件をポジティブに捉えることもできる。
⑦:制度強化がもたらす今後の構造変化
許可制度の強化や監査体制の厳格化が進むことで、中小運送業者にとっては、手間とコストの増加が重くのしかかることになる。たとえば、従来は紙で行っていた点呼や日報管理がシステム化され、デジタル運用の義務化が加速するなど、法令順守のハードルが上がっている。
このような環境変化は、業界全体に再編の波を呼び込む可能性がある。
特に小規模な事業者ほど、対応が困難になり淘汰される懸念もある。とはいえ、逆に言えば、物流業界が健全化し、安心して任せられるプレイヤーが明確になるという意味でもあり、長期的には信頼性の高いインフラ形成に向けた過渡期とも言えるだろう。
配送は止まらない
今回の日本郵便の運送許可取消問題は、物流業界全体に波紋を広げる契機となった。
「配送が止まる」などの誤解が先行しがちであるが、実際には代替体制や制度上の柔軟性があり、大規模な混乱は回避されている。
とはいえ、物流コストの上昇や制度厳格化、業界再編など、見過ごせない構造的変化が進行していることは事実である。このような環境変化の中で、我々は現場と制度の両面から状況を見つめ、冷静な判断と対策が求められている。
今後も、物流の「これから」を考える視点を持ち続ける必要がある。
今日はこの辺で。