鶏の価値は誰が育てたのか──東京わかどり会70周年で見えた、真っ当な商売の積み重ね

鶏肉は、身近な食材である。スーパーに行けば買える。惣菜売場には唐揚げが並び、焼き鳥も手軽に手に入る。だからこそ、鶏の価値を高めることは簡単ではない。安く、早く、便利に買えるものとして見られがちな食材に、どうすればもう一段深い価値を宿すことができるのか。
東京わかどり会70周年の場で語られたのは、まさにその問いだった。鳥藤、加賀屋のように焼き鳥店の細かな要望を受け止める問屋がいる。
酉玉の伊澤史郎氏のように、希少部位と日本酒を通じて焼き鳥の文化性を磨いてきた店がある。五反田の信濃屋は、メディアにも度々、取り上げられ、地域の専門店として地道に鶏の魅力を届け続ける。水郷のとりやさんは、ECで全国へ届けながらも、対面販売の温度を失わない。そして日本食研は、店の惣菜づくりを裏側から支える。
立場は違う。売り方も違う。だが、話を聞いていて一本の筋が見えた。鶏の価値は、誰か一人が引き上げたものではない。目の前の仕事を真っ当に積み重ねてきた人たちによって、少しずつ育てられてきたのである。
異なる立場の人たちが、同じ問いを語っていた
東京わかどり会は1955年に創設された、鶏肉流通や外食産業に携わる人たちが学び合う団体である。
設立70周年を迎えた今回の記念式典では、鳥藤の鈴木昌樹氏、加賀屋の越村健太郎氏、酉玉の伊澤史郎氏による「焼き鳥店と鳥問屋」の対話と、信濃屋の石坂優貴氏、水郷のとりやさんの須田健久氏、日本食研の上野裕行氏による「小売とEC、そしてメーカー」の対話が行われた。司会はトーモトの樋口 和氏。進行はグルメプレゼンターのはっしーこと、橋本陽氏が務めた。
そこで語られた内容は多岐にわたる。だが、話を聞いているうちに、そこには共通する一本の筋があることに気づいた。
それは、鶏の価値は誰か一人が作るものではなく、それぞれが持ち場で真っ当な商売を積み重ねることで育まれてきた、ということだった。
鶏の価値は、単なる値上げでは育たない

まず最初に、焼き鳥と聞いて、その印象をどう受け止めるだろうか。実は、焼き鳥の価格は、上がっている。
かつて一本100円台で食べられていた焼き鳥は、今では大衆店でも客単価が上がり、中級店、高級店へと価格帯の幅も広がっている。大衆店は2000円以内から4500円前後へ。中級店は3500円から4500円ほどだったものが6000円から8000円へ。高級店では8000円から15000円、さらにそれを超える店も出てきている。
この変化だけを見ると、焼き鳥が高級化したように見える。しかし、本質はそこではない。価格が上がること自体に意味があるのではなく、その価格にお客様が納得できるだけの理由があるかどうかである。鶏肉そのものの原価には、当然ながら現実的な限界がある。いくら話題性をまとわせても、素材の価値を超えて一時的に高く見せるだけでは長く続かない。
伊澤史郎氏の話が響いたのは、まさにその冷静さだった。鶏の原価を知っているからこそ、上がりようのない価格がある。その上で、空間や酒、接客、店主の個性、焼きの技術が重なって、初めて価格は価値になる。
つまり、鶏の価値を高めるとは、単に高く売ることではない。鶏という素材に対して、どこまで誠実に理由を積み上げられるか。その積み重ねこそが、焼き鳥の価値を育ててきたのである。この後でもう少し詳しく、その辺について触れてみたい。
鳥藤が見せた、問屋という仕事の細かさ

それを語る前段として、鶏問屋、鳥藤の仕事ぶりを象徴していたのが、発注書の細かさである。そこには、ただ「もも肉何キロ」「むね肉何キロ」といった大まかな注文が並んでいるわけではない。100グラム単位の指定があり、ひき肉ひとつでも、もも、むね、軟骨をどの割合で混ぜるかまで決められている。焼き鳥の串も、50本単位ではなく、10本、15本といった小ロットで求められることがある。
外から見れば、それは非効率に見える。だが、その非効率こそが鳥藤の価値である。焼き鳥店には、それぞれの店の考え方がある。串の大きさ、部位の切り方、脂の残し方、扱いたい銘柄。店主が求める細部に応えられるかどうかで、店の味は変わる。
鳥藤は、そうした注文を日常として受け止めている。冷凍された串を半解凍し、ばらし、ドリップが出ないように扱う。店の冷凍庫の容量まで考え、小さな単位で納品する。そこには、単に鶏肉を流通させる問屋ではなく、焼き鳥店の表現を支える職人としての姿がある。問屋がここまでやるから、店は自分たちの味を追求できる。
焼き鳥の価値は、店のカウンターだけで生まれているわけではない。その前段階にある、こうした細かな仕事の上に成り立っている。
加賀屋が支える、銘柄鶏と店ごとのこだわり
加賀屋の話からは、また別の問屋の姿が見えた。銘柄鶏や地鶏を扱う中で、焼き鳥店からは実に細かな指定が入る。特定の銘柄が欲しい。なければ次はこの銘柄。それもなければ別の銘柄。代替の順番まで決まっている。砂肝ひとつ、手羽先ひとつを取っても、山の数や形にまでこだわる店がある。
それは、良い焼き鳥店ほど素材の状態に敏感だからである。焼き鳥はシンプルな料理だ。串に打ち、火を入れ、塩やタレで仕上げる。だからこそ、素材の微差がそのまま味に出る。店主が「ここ以下は使いたくない」と思うラインがあり、問屋はそのラインを理解して応える。
加賀屋の役割は、単に注文通りに届けることではない。
焼き鳥店ごとに異なるこだわりを理解し、希望する銘柄や部位を探し出し、必要であれば代替品を提案する。店が求める銘柄や部位を揃え、なければ代替を考える。焼き鳥店が求める品質基準を把握し、それに見合う素材を届ける。
この関係は一方通行ではない。焼き鳥店が高い要求を出すことで、問屋の選別力も上がる。問屋が応えることで、店はさらに細かな表現に挑戦できる。加賀屋の仕事は、まさに焼き鳥店とともに技術を磨く仕事である。鶏の価値は、こうした相互作用の中で育ってきた。
希少部位は、鶏を深く味わう文化を作った
酉玉の伊澤史郎氏の話は、焼き鳥の価値がどう広がったかを象徴していた。みさき、心のこり、そろばん、ひざがしら、きんちゃく。一般のお客様には聞き慣れない部位が、酉玉の世界では一つひとつ意味を持つ。
伊澤氏が好きな部位として語った「みさき」には、横浜の串焼き店で受け継がれてきた記憶があった。ガーリックバターを使い、噛んだときに旨味を感じさせる。その部位に出会った経験が、今の店づくりにもつながっている。
希少部位の価値は、珍しさだけではない。一羽の鶏の中に、これほど多様な味わいがあることを知る体験に意味がある。お客様は、次はどの部位を食べようかと楽しむ。
焼き鳥は、ただ肉を焼いた串ではなく、鶏という素材を少しずつ読み解く料理になる。
ただし、それを実現するには問屋の力が欠かせない。
部位ごとに分け、形を整え、店が使える状態にする。店の要望に応えることで問屋の技術も上がり、問屋の対応力があるから店の表現も広がる。希少部位の広がりは、焼き鳥店だけの功績ではない。鳥藤や加賀屋のような問屋の細かな仕事があってこそ、鶏の奥行きが料理として伝わるようになったのである。
伊澤史郎氏が語った、高級化への冷静な視線
伊澤史郎氏の話で最も大事だと思ったのは、焼き鳥の高級化に対する冷静な視線である。酉玉は海外展開もしている。日本酒にも深く向き合い、酒侍としての知見も持つ。店としての価値は十分にある。それでも、客単価は8000円程度だという。
そこに、伊澤氏の商売観が表れている。
高い酒を置けばいいわけではない。しつらえを整えればいいわけでもない。話題の店になり、雑誌に取り上げられ、一時的に高単価を取ることはできるかもしれない。しかし、そういうお客様は新しい店が出れば移ってしまう。店主のキャラクターや、本当にその店に行きたい理由がなければ、長く続かない。
これは、非常に重要な指摘である。焼き鳥の価値が上がることと、焼き鳥を高級に見せることは違う。前者は文化を育てる。後者は流行で終わることがある。
鶏の原価は見えている。だからこそ、その上に何を積むのかが問われる。技術なのか、酒なのか、空間なのか、人柄なのか。そこに本当の理由がある店だけが残っていく。伊澤氏の言葉は、鶏の価値を上げるとは何かを、最も現実的に教えてくれた。
信濃屋が守る、専門店としてのリアルな価値

五反田の信濃屋は、地域に根ざした鶏肉専門店である。産地から届く鶏を店で手さばきし、惣菜もできるだけ手作りする。鮮度を大切にし、新しいものを届ける。その姿勢は、派手ではないが強い。
今はスーパーでも焼き鳥が買える。惣菜も買える。価格だけを見れば、専門店が不利に見える場面もある。では、なぜお客様は信濃屋に行くのか。そこには、専門店にしかできない手間がある。一度捌いた鶏を一日寝かせることで、骨の旨味が肉に移る。そうした手間は、見えにくい。SNSで派手に語れるものでもないかもしれない。
しかし、食べれば違いになる。地道な仕込み、手作りの惣菜、店頭での会話。そうした積み重ねが、地域の人にとって「ここで買う理由」になっている。信濃屋はSNSにも取り組んでいる。厨房の様子や調理の風景を見せることで、遠方の人にも店の存在が伝わる。
しかし、石坂氏が語っていた通り、最終的に大事なのは商品である。商品が良くなければ、お客様は来てくれない。伝える力は大事だが、その前に伝えるべき中身がある。信濃屋の強さは、そこを見誤らないところにある。
水郷のとりやさんは、ECで対面販売を再現した
水郷のとりやさんの話は、ECの本質を考える上でも非常に示唆的だった。千葉県香取市という立地では、飲食店への卸を広げるにも限界がある。近くにスーパーができれば、お客様はそちらに流れる。そこで2001年、楽天市場への出店に踏み切った。
面白いのは、当時インターネットでは何でも売れる時代だったにもかかわらず、水郷のとりやさんは鶏肉専門店であることを崩さなかった点である。魚屋がプリンを売る。肉屋がケーキを売る。そんな時代に、鶏肉を売り続けた。その軸があったから、今につながっている。
さらに大事なのは、ECを無機質な自動販売機にしなかったことだ。お客様の顔が見えないからこそ、自分たちの顔を見せる。誰が作っているのか。どんな思いで届けているのか。食卓でどう食べられるのか。そこまで想像してページを作り、メールを書き、レビューを反映する。
須田氏は、対面販売と同じことを通販でもやると語っていた。これが本質である。ECだから人間味を削るのではない。ECだからこそ、人間味を意識して届ける。だからレビューは高くなり、全国のお客様が店のファンになる。
水郷のとりやさんが売っているのは、鶏肉だけではない。顔の見える専門店としての信頼なのである。
日本食研は、店の味を裏側から支えている
日本食研の存在も、この流れの中で欠かせない。焼肉のたれのイメージが強いかもしれないが、実際には長年、町の肉屋や鶏肉専門店の惣菜づくりを支えてきた。フライドチキンの粉、ローストチキンの調味料、照りを出すタレ。
クリスマス商戦をはじめ、店頭の売れ筋商品を裏側から支える役割を担っている。
上野氏の話で印象的だったのは、「家庭で食べる瞬間」を見ていることだった。揚げた直後だけ美味しければいいわけではない。お客様が家に持ち帰り、食卓で口に入れたときに美味しいことが大事である。チキンカツなら衣で肉汁を閉じ込め、冷めても柔らかくする。胸肉でもパサつきを感じにくくする。現場で誰が作っても一定の品質になるようにする。
これは単なる調味料販売ではない。店の課題を見て、どうすれば美味しく届けられるかを考える仕事である。人手不足の現場では、再現性も重要になる。日本食研は、その部分を支えることで、鶏肉専門店の価値を守っている。
店が美味しい惣菜を出せる。お客様が喜ぶ。店の信頼が増す。その結果、鶏の価値も上がる。表には見えにくいが、日本食研の仕事は、鶏文化を支える重要な土台である。
真っ当な商売が、鶏の価値を育ててきた
今回の話を聞いていて、最後に僕の中で浮かんだのは「真っ当な商売」という言葉だった。
鳥藤は、店ごとの細かな注文に応え続ける。加賀屋は、銘柄鶏や部位のこだわりを受け止める。酉玉は、希少部位と日本酒を通じて焼き鳥の文化を広げる。
信濃屋は、地域の専門店として日々の手間を惜しまない。水郷のとりやさんは、ECでも人の温度を失わない。日本食研は、店の味づくりを裏側から支える。
誰か一人が劇的に業界を変えたわけではない。それぞれが、自分の持ち場でやるべきことを積み重ねてきた。その結果として、鶏の価値は上がってきた。
ただ、付加価値とは、無理に高く見せることではない。目の前のお客様に喜んでもらうために、素材を理解し、手間をかけ、伝えるべきことを伝える。その積み重ねの先に、価格への納得が生まれる。
東京わかどり会が70周年を迎えた意味も、そこにあるのだと思う。問屋、店、メーカー、生産者。それぞれの立場を超えて、鶏の良さを引き出し合ってきた。だからこそ、この会が受け継いでいくべきものもまた、同じなのかもしれない。
真っ当な商売を貫くこと。
この会に集う人たちが、それぞれの持ち場で積み重ねていく仕事の先に、これからも育まれていくのだと思う。
今日はこの辺で。







