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女性の感性は、消費を読み解く地図になる—西野博道氏と日野佳恵子氏が語った「顧客理解」の現在地

 顧客を理解したい。企業は長年そう言い続けてきた。アンケートを取り、購買データを分析し、LTVを計測する。けれど、その数字は本当に顧客を見ているのだろうか。今回の対談で印象的だったのは、通販・健康食品業界を長く見続けてきた西野博道氏が、自らの実務で積み上げてきた理論を否定するのではなく、その限界を率直に語ったことだった。一方、女性マーケティング第一人者のHERSTORY日野佳恵子氏は、女性の人生や身体の変化に目を向けながら、顧客を“クラスター”で捉える重要性を説いた。

 今回の対談は、日野佳恵子氏の新著『彼女は誰かのためにモノを買う』をきっかけに実現した。顧客をどう理解するのか。その問いに対し、西野氏の実務経験と日野氏の研究が交差しながら議論が深められていった。

 二人の話は別々のように見えて、実は一つの場所で交差していた。それは、人は数字だけでは理解できない、という事実である。 

 僕はこの対談を通じて、女性の感性に基づいて築かれた“クラスター”こそが、これからの消費行動を考える指標になると感じた。数字を否定するのではない。

 むしろ、数字が本来見るべき人間の実態に近づくために、女性の生活、身体、関係性、そして日々の小さな選択を丁寧に見ていく必要がある。その意味で、日野氏の理論は机上の空論ではない。西野氏が長年向き合ってきたCRMの現場と重なった時、それは極めて実践的な顧客理解の方法として立ち上がってくる。

数字は顧客を理解したつもりにさせる

 西野氏が最初に指摘したのは、通販業界で広く使われている「年間LTV」の問題だった。LTVとは本来、ライフタイムバリュー、つまり顧客生涯価値を意味する。ところが現場では、それが一年単位で区切られ、新規獲得コストを一年で回収できるかどうかの指標になっている。言葉はライフタイムなのに、実態は短期の刈り取りになっているのである。

 この指摘は重い。なぜなら、西野氏自身がその数字の力を誰よりも知っている人だからだ。健康食品通販の世界で、顧客の購買行動を見ながら、仕組みを作り、売上を大きく伸ばしてきた。その人が、今の年間LTVの使われ方に違和感を抱いている。つまり、問題は数字そのものではない。数字を見ているつもりで、顧客を見なくなってしまうことにある。

 一年で回収する。一年で成果を出す。一年で判断する。その発想になると、顧客との関係はどうしても短くなる。買ってくれた人に次も買わせようとする。

 反応がなければ、さらに追いかける。それでも反応がなければ、顧客は離脱したものとして扱われる。しかし、人間の生活は一年で完結しない。特に女性の場合、身体や環境の変化によって、買うものも、欲しいものも、必要なものも変わっていく。ここに、日野氏の理論が重なってくる。

女性は一年で別人になる

 日野氏の話で強く印象に残るのは、女性は一年で体調が変わる、という視点である。売る側は、去年買ってくれたものを今年も買ってくれると考えがちだ。

 けれど、女性の側から見れば、去年と今年では身体の状態が違うかもしれない。妊活に入っているかもしれない。更年期に差しかかっているかもしれない。出産後で生活が一変しているかもしれない。

 日野氏の原点には、自身の婦人科系疾患の経験がある。若い頃に病気をし、親しい友人を同じ婦人科系疾患で亡くした。そこから、女性は男性とは違う歩み方をしているのではないか、という実感が生まれた。

 これは単なるマーケティング上の分類ではない。身体の変化が生活を変え、生活の変化が消費を変える。その現実を見てきた人の言葉である。

 だからこそ、女性の顧客を「一度買った人」としてだけ見てはいけない。ある時期に買わなくなったとしても、それは商品に飽きたのではなく、今の身体や生活に合わなくなっただけかもしれない。

 二年後、三年後にまた必要になることもある。西野氏が語る三年、五年で見るLTVの重要性は、ここで日野氏のライフタイムジャーニー(LTJ)とつながる。顧客を長く見るとは、売上を長く追うことではない。その人の人生の変化を待つことなのだ。

 まさに、西野氏が一番、強調したのは、LTJであった。

関係を終わらせないために

 そして、西野氏は、日野佳恵子氏の新著『彼女は誰かのためにモノを買う』を読み込み、自ら整理したメモを手にこう語るのである。そこに書かれていたのは、顧客を数字ではなく人生として捉える視点だった。

 顧客を一年で判断してしまえば、関係性はそこで終わる。

 しかし、人の人生は一年では終わらない。

 西野さんの視線は、常にその先に向いていた。

 そして、西野さんは彼らしい「解約した顧客への接し方」の話を持ち出す。一般的な通販会社は、解約された瞬間から引き留めに入る。メールを送る。DMを送る。キャンペーンを送る。もう一度買ってもらおうとする。

ストーカー営業は、なぜ嫌われるのか

 しかし、西野氏が言っているのは、真逆のことだった。長く利用してくれた顧客が解約する時は、お礼を伝える。そして半年間は何もしない。

 大きくうなづく日野氏。長い目で見るという点で二人の意見は一致する。そして、対談の中で二人が盛り上がって、声を揃えてこんなことを言い出した。

 「恋愛と同じですよね」。

 一度別れたいと言った相手を追いかけ続ければ、相手は怖くなる。善意であっても、相手には重く映る。本人は好意のつもりでも、受け手にとってはストーカーになってしまう。

 日野氏もまた、この考え方に強く共感していた。

 女性は商品だけを見ているのではない。企業との関係性も見ている。

 だから最後に良い印象が残れば、三年後に戻ってくることもある。そう考えると、年間LTVが「一年以内に回収できるかどうか」を測る指標として使われがちなことに、西野さんが違和感を抱く理由も見えてくる。顧客を一年で切るのではなく、その人の人生の変化の中で見ていく。その視線が、日野氏のLTJと重なるのである。

SNSが作った「壁」

 では、なぜ今、この考え方が必要なのだろうか。その理由は、顧客を取り巻く環境そのものが大きく変わったからである。

 今の時代、人は同じ社会で暮らしているようでいて、実は違う世界を生きている

 SNSを見れば、流行も、反応も、話題の商品もわかる。けれど、そこに危うさがある。私たちはSNSで見えている世界を、あたかも世の中全体のように受け止めてしまう。しかし実際には、アルゴリズムによって見えるものは選ばれている。自分が見ている世界は、極めて狭い世界である可能性がある。

 日野氏は、こうした分断を「壁」として捉えている。

 人は同じ社会に生きているようで、実は異なる環境、異なる価値観、異なる情報接触の中にいる。だから、同じ「コンビニで目的買いをする」という行動であっても、その意味は世代やライフステージによってまるで違う。

 たとえば、コンビニの定量調査で「買うものは事前に決めてから店に入るか」と聞くと、約80%が「当てはまる」と答えた。

 そこだけ見れば、多くの人は「目的買いが主流なのだ」と理解する。だが、若年層とミドル世代では、その目的の作られ方が違う。若年層は朝SNSで新商品を見つけ、それを買いに行く。情報が今日の目的を作っている。

 一方、ミドル夫婦層は、いつもの定番商品を買うために行く。そこでは、関係性が定番を強化している。同じ目的買いでも、まるで違う行動なのだ。

 逆に言えば、人は同じ理由で買い続けているわけではない。同じ人を見ているつもりでも、その人を動かしている背景は変わっていく。日野氏が人生を見ようと言い、西野氏が長い時間軸で顧客を見ようとする理由も、そこにある。

クラスターは、生活の違いを浮かび上がらせる

 ここで重要になるのが、日野氏の“クラスター”の考え方である。クラスターとは、単に年齢や性別で分けることではない。どんな環境にいて、誰と暮らし、何に悩み、どんな場面で商品を使うのか。その生活のまとまりを見つけることである。

 女性を一括りにしてはいけない、という日野氏の指摘は極めて実践的だ。20代独身の女性と、40代で小学生の子どもが二人いる女性では、同じ女性でも見ている世界が違う。50代の女性が靴に求めるものと、20代の女性が靴に求めるものも違う。

 にもかかわらず、企業は「女性向け商品」としてまとめてしまいがちである。

 それでは届かない。なぜなら、消費は属性ではなく、生活の中で起こるからだ。どんな商品を買うかは、年齢だけでは決まらない。子どもがいるか、夫婦で過ごす時間があるか、仕事をしているか、ペットと暮らしているか、旅行に行くか、美術館に行くか。

 そうした生活の差異が、商品との出会い方を変えていく。“クラスター”は、その違いを見えるようにするための地図である。

Instagramに現れる女性の生活世界

 ただ、残念ながら、こういう話をすると、それが実際の売上向上にどう直結するのかという声が出てくる。具体的に、どう使えばいいのかわからない。

 そこで興味深かったのが、日野氏が語ったInstagram分析の話である。

 広島のハンドメイドシューズブランド、スピングルの女性顧客を増やすために、日野氏は公式Instagramのフォロワーを見ていったのである。店頭販売では家族構成まではわからない。そこで、フォロワーのプロフィールを一人ずつ見たのである。

 プロフィール?そう思う人がいるだろう。たまたまこの日、開いたInstagramにすらヒントがあった。

 それを見ると、女性はプロフィールに自分の生活をかなり具体的に書いていることがわかった。「骨格ウェーブ」「何歳の母」「6y・4y・0y」といった表記が並ぶ。

 この意味がお分かりいただけるだろうか。

 実は、6y・4y・0yとは、6歳、4歳、0歳の子どもがいるという意味である。男性から見ると暗号のように見えるが、女性同士では自然に伝わる。そこには、誰とつながりたいのか、どんな話題を共有したいのかが表れている。

繋がりたい心理が現れている

 僕は、この話がとても重要だと思った。多くの人は、Instagramのプロフィールを単なる自己紹介だと思っている。

 しかし日野さんの見方は違う。それは「どんな人間かを説明する場所」ではなく、「どんな人と繋がりたいのかを示す場所」だというのである。

 たとえば、「6y・4y・0y」と書く人は、6歳、4歳、0歳の子どもを育てていることを伝えたいのではない。同じような子育て環境にいる人と繋がりたいのである。子どもの水筒をどうするか。夏休みのお弁当をどうするか。そうした日常の悩みや喜びを共有できる相手を探している。

 これは、最初に日野さんが語っていた「女性は人との関わりの中で意思決定をしていく」という考え方と重なる。女性は商品だけを見ているわけではない。

 その商品を使う人、その商品を語る人、その商品を介して生まれる関係性まで含めて見ている。だからInstagramにも、その価値観が自然と表れる。

 そう考えると、プロフィールや投稿は単なるSNS上の情報ではなくなる。どんな場所へ出かけるのか。何を大切にしているのか。誰と時間を過ごしているのか。どんな場面で商品が登場するのか。そこには定量調査だけでは見えてこない生活世界が広がっている。

 そして、この時の西野さんの表情が印象的だった。長年CRMの最前線で顧客を見続けてきた人が、「そんな見方があったのか」と驚いている。その輝きは、単なる知識を得た人の反応ではない。長年追い続けてきた顧客理解という問いに対して、新しい扉が開いた瞬間のように見えた。

スピングルの競合はナイキではなかった

 さて、ここでスピングルの事例が示しているのは、顧客を正しく見ると、競合すら変わるということだ。スピングルはスニーカーを作っている。だから普通に考えれば、競合はナイキやニューバランス、アディダスになる。しかし、Instagramから見えてきた女性顧客の姿は、それとは違っていた。

 日野氏が見つけたのは、子どもがいない夫婦、ペットを飼っている人、美術館や博物館に行く人たちだった。彼女たちは、子どもを追いかけて泥だらけになる生活をしているわけではない。キャンプやスポーツのためにスニーカーを選んでいるわけでもない。

 夫婦で出かける時に、歩きやすく、それでいてきちんと見える靴を求めている。

 そうなると、競合はスポーツブランドではなくなる。むしろ、柔らかいレザーのビジネス系シューズとスニーカーの間にある領域が見えてくる。ここにスピングルのブルーオーシャンがある。

シーンが見えた時、商品は変わる

 商品開発やマーケティングで本当に大事なのは、顧客がその商品を使うシーンが浮かぶことだと思う。スピングルの場合、それは美術館や博物館に夫婦で出かける場面だった。そこには、泥だらけにならない生活があり、夫婦で一緒に靴を選ぶ関係性があり、プレゼントとしての可能性もある。

 ここまで見えてくると、伝え方も変わる。単に「履きやすい靴です」と言うのでは弱い。「夫婦で出かける休日に」「美術館を歩く日に」「革靴ほど硬くなく、スニーカーほどカジュアルすぎない一足」と言えば、顧客の生活に入っていける。商品説明ではなく、生活の提案になる。

 日野氏のクラスターが強いのは、分類で終わらないところにある。

 分類した先に、具体的な場面が見える。誰に届けるのかがわかる。どんな言葉で届ければいいかがわかる。だから、クラスターは単なる分析ではなく、商品と顧客をつなぐ設計図になる。ここで初めて、女性の感性に基づいた顧客理解が、消費行動を考える指標として機能し始める。

西野氏の理論と、その先にある課題

 一方で、この対談を日野氏の理論だけで語ってしまうと、重要なものを見落とす。それは、西野氏が長年積み上げてきたCRMの実践である。西野氏は、顧客を数字で見ながら、関係性を仕組み化し、通販ビジネスを大きく成長させてきた人である。その実績があるからこそ、今の違和感に重みがある。

 西野氏が語る年間LTVの問題は、単に「短期指標はよくない」という話ではない。顧客を知るための手段だったはずのLTVが、いつの間にか結果を求めるための指標になってしまったことへの危機感である。

 稼働顧客を一年単位で見ること自体には意味がある。起点を変えて二年分を見ることで、予兆を察知できる。問題は、その数字を顧客理解の入口ではなく、成果判断の出口として使ってしまうことだ。

 かつては、それでも成り立った時代があった。

 女性の社会進出が今ほど進んでおらず、生活の型が比較的読みやすかった時代には、大きな箱で捉えても顧客を把握できた。

 しかし今は違う。女性の生き方は細分化し、身体の変化、働き方、家族構成、情報接触が複雑に絡み合っている。だからこそ、西野氏の大きなCRMの理論に、日野氏の繊細なクラスター分析が必要になる。

女性の感性は、消費を読み解く地図になる

 今回の対談が面白いのは、西野氏と日野氏が互いを補完していることだ。西野氏は、長年の現場経験から、顧客を長く見ることの重要性を知っている。しかし、今の顧客をどう細かく見ていくのかという部分に課題感を持っている。日野氏は、女性の人生や生活の変化を見ながら、顧客を“クラスター”で捉える方法を示している。

 つまり、この対談は、CRMの過去と未来がつながった場でもあった。西野氏の理論は、顧客との関係性を長く見るための土台である。日野氏の理論は、その顧客が今どんな生活世界にいるのかを読み解くための解像度である。

 どちらか一方では足りない。長く見るだけでは、今の顧客の実態に届かない。細かく見るだけでも、関係性を育てる設計にはならない。

 だから僕は、女性の感性に基づいて築かれたクラスターは、これからの消費行動を考える指標になると感じた。数字を見るなという話ではない。数字の奥にいる人を見ようという話である。SNSの向こうにある生活、プロフィールににじむ関係性、身体の変化によって揺れる選択。そこに目を向けた時、商品は単なる物ではなく、その人の人生のある場面に寄り添うものになる。

 CRMとは、顧客を管理することではない。顧客を理解し続けることだ。その意味で、西野氏の実務と日野氏の理論が交差した今回の対談は、いま企業が顧客理解をどう捉え直すべきかを示していた。数字の時代が終わったのではない。数字だけでわかったつもりになる時代が、終わろうとしている。

 今日はこの辺で。

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