未来は予測するものではない──安川新一郎氏が語った「未来思考」の正体

「未来が見える人」と聞くと、特別な能力を持った人を思い浮かべてしまう。しかし、本当にそうなのだろうか。ソフトバンクで14年間、孫正義氏の側近として未来構想に携わった安川新一郎氏の話を聞いていて、私はその見方が大きく変わった。未来が見える人は、未来を見ているわけではない。見ているのは、未来へ続く「構造」なのである。だから彼らは、未来を予測しようとはしない。過去から現在へ続く変化を観察し、その中に現れ始めた小さな「予兆」を読み取り、人より少し早く行動する。
その積み重ねが、振り返ったときに、「未来が見えていた」と評価されるのだ。今回の講演で最も印象に残ったのも、この「未来予測」と「未来思考」の違いだった。
1997年に描かれた2015年の社会。2010年前後に一斉に現れた技術革新。AI時代の経営。
そして、D4DRが掲げた「江戸に帰る」という今回のフォーラム全体のテーマ。一見すると、それぞれ別々の話のように思える。しかし、その奥には一本の筋が通っていた。未来とは、突然やって来るものではない。過去、現在、未来を一つの構造として捉えたとき、その兆しはすでに現在の中に現れている。
安川氏の話は、そのことを具体例の積み重ねによって教えてくれる講演だった。
未来が見える人は、未来を見ているわけではない
① 孫正義は、なぜ「少し先」が見えていたのか
安川氏は14年間、孫正義氏の側近としてソフトバンクで働いてきた。社長室長として数々の経営判断を間近で見続けてきた人物である。その経験を振り返りながら、安川氏はこう語る。
「孫さんは、少し先が見えている人だった」と。
確かにそうだろう。シスコへの関わり、ボーダフォン買収、iPhoneへの投資、そして数々の新規事業。振り返れば、その多くは時代を先取りしていたように見える。
② 未来予測が、人を守りに入らせる
しかし、ここで重要なのは、「未来が見えていた」という結果ではない。なぜ見えたのか、である。僕たちはつい、「未来が見える人」には特別な能力があると思ってしまう。しかし、安川氏の話を聞いていると、そうではないことが分かる。
彼らは未来そのものを見ているのではない。未来へつながる構造を見ているのである。
未来予測とは、「これから何が起きそうか」という情報を集める行為だ。だから情報が増えるほど、不安も増えていく。
実際、安川氏はサッカーのワールドカップを例に挙げていた。優勝経験のある国は、「勝つ」という未来を前提に試合を進める。一方、日本は強くなったとはいえ、「ここまで来た」「延長に持ち込めれば」「PKなら勝てるかもしれない」という発想になりがちだという。未来を恐れ、守りに入ってしまうのである。
③ 「お前の予測には意思がない」の意味
未来予測は、起こる出来事を当てようとする。未来思考は、自分が望む未来へ向かって行動を決める。この違いは大きい。
安川氏が紹介した、孫正義氏から何度も言われたという言葉も象徴的だった。
「お前の予測には意思がない。」
数字は正しい。分析も正しい。だが、その前提条件の中で、自分たちはどう動くのか。その意思が欠けている。中立で客観的な分析だけでは、未来は変えられない。だから未来思考とは、未来を当てることではなく、自ら未来へ介入していくための思考なのである。
構造で考えると、過去と未来は一本につながる
① 未来を見るには、まず歴史を見る
では、その未来思考は、どうすれば身につくのだろうか。安川氏の答えは、とても意外だった。未来を見るなら、まず歴史を見よ、というのである。
普通に考えれば、未来と過去は正反対だ。しかし、未来思考では違う。過去、現在、未来は、一つの構造でつながっている。
だから、構造が分かれば、未来も見えてくる。安川氏はチャーチルの言葉を引用した。
「過去を遠くまで振り返ることができれば、未来もそれだけ遠くまで見渡せる。」
20年先を考えたいなら、40年前を見る。そうやって長い時間軸で変化を見ることで、一時的な流行ではなく、時代を動かす構造が浮かび上がってくるという。
② 徳川家康は、267年前から学んでいた
その象徴として語られたのが徳川家康だった。
家康は『吾妻鏡』を読み込み、鎌倉幕府がなぜ滅びたのかを徹底的に研究した。そして、朝廷、公家、有力大名の連携が武家政権を崩したという構造を見抜き、公家の統制、武家諸法度、参勤交代、一国一城令などの制度を築いていく。
面白いのは、家康が参考にした鎌倉幕府の滅亡は、およそ267年前。そして、その約267年後に江戸幕府も終焉を迎える。もちろん偶然の部分もあるだろう。
③ 歴史は、未来の設計図になる
だが重要なのは年数ではない。家康は歴史を知識として学んだのではなく、未来の設計図として読んでいたということだ。
安川氏の話の核心は、未来だけを見るのではなく、過去と現在を構造で結び直すことにあった。未来思考とは、未来だけを見つめることではない。過去と現在を構造で結び直し、その延長線上にある未来を考えることなのである。
だからこそ、歴史は古い話では終わらない。未来を考えるための、最も実践的な教材になるのである。
1997年に描いた未来は、なぜ今も古びないのか
① 27歳が描いた「2015年」という未来
未来思考が、単なる理論ではないことを示す象徴的な話があった。安川氏は1997年、当時27歳のコンサルタントだった頃に、「2015年の社会はどうなっているのか」という未来ビジョンを考えるプロジェクトに携わっていたという。今から約30年前の話である。
そのとき描いた未来を、今回あらためてスクリーンに映し出した。労働人口は減少する。経済成長は鈍化する。医療や社会保障の負担は増える。製造業は海外へ拠点を移していく。
人材の流動化が進み、リモートワークが広がる。ベンチャー企業が増え、企業経営はROEを重視するようになる。ライフスタイルは多様化し、生涯学び続けるリカレント教育が当たり前になり、資産や所得の格差も広がっていく。
驚くのは、それらが今読んでもほとんど違和感がないことだ。もちろん、未来を100%当てることなど誰にもできない。しかし、大きな流れは確かにその方向へ進んできた。
② 当たったのではない。構造を見ていた
では、なぜ30年近く前に、それだけのことが見えていたのだろうか。僕は、その答えが「構造を見る」ということなのだと思った。
安川氏は、「1997年に20年先を考えることができたのなら、2025年の今から2045年を考えることもできる」と語っていた。この言葉は、とても示唆的である。未来を当てようとしていたから当たったのではない。
人口動態や産業構造、働き方の変化といった、大きな構造を見ていたからこそ、その延長線上にある未来を描くことができたのである。
だから、このスライドは古びない。一つひとつの出来事ではなく、それらを生み出す構造を書いていたからだ。未来思考とは、未来だけを見る技術ではない。現在を支えている構造を理解し、その先に続く景色を考える技術なのである。
予兆は必ず同時に現れる──2010年に始まっていた未来
① 未来は、別々の場所から始まった
では、その構造は、どのように現れるのだろうか。安川氏は、その答えを「予兆」という言葉で表現した。未来は、ある日突然やって来るわけではない。必ず、小さな変化として現在に姿を現す。
しかも、その予兆は一つだけではない。構造が変わるときは、さまざまな分野で、同時多発的に変化が起きるのである。安川氏が例に挙げたのが、2010年前後だった。
GoogleはGoogle Xを立ち上げ、自動運転へ本格的に取り組み始めた。AmazonはAWSを事業として育て始め、後に世界最大級のクラウド企業となる礎を築いた。Facebookは「アラブの春」を通じて、SNSが人と人をつなぐだけでなく、社会そのものを動かす力を持つことを証明した。
AppleはiPhone、iPadを次々と世に送り出し、スマートフォン時代を決定づけた。Netflixはレンタルビデオ会社から、ブロードバンド配信へと大きく舵を切る。InstagramやUberも、この頃に産声を上げている。
② すべてを動かした「コンピューティングパワー」
さらに、AIではディープラーニングが実用化へ向かい、IBM Watsonが登場した。ゲノム解析ではCRISPR-Cas9が現れ、後にノーベル賞へとつながる技術となる。ドローンという言葉が広まり始めたのもこの頃であり、ビットコインもサトシ・ナカモトの論文をきっかけに、新しい金融の可能性を示し始めていた。
これらを一つひとつ見れば、まったく別々の出来事である。
しかし、安川氏は違う見方をしていた。背景には一つの共通した構造があるというのである。それが「コンピューティングパワー」の劇的な進化だった。計算能力が飛躍的に高まり、そのコストが急速に下がったことで、それまで現実的ではなかったことが、一斉に実現可能になった。
スマートフォンが爆発的に普及したことで、カメラやセンサーは大量生産され、価格は一気に下がる。ゲノム解析も、わずか数年でコストが1000分の1になる。
その一つの変化が、AI、自動運転、クラウド、ロボット、バイオ、SNSといった、まったく異なる分野へ同時に波及していったのである。ここで初めて、別々のニュースが一つの構造でつながって見えた。
③ ニュースではなく、構造を見る
多くの人は、それぞれのニュースを別々に見ていた。しかし、未来思考とは、そのニュースを生み出している「一つの構造」を見ることなのだ。だから、未来が見える人は、新しい出来事を追いかけているのではない。
構造の変化を見つけ、その構造から生まれる未来を、人より少し早く行動へ移しているのである。
AIが未来を予測する時代、人間は何を考えるべきなのか
① AIは「未来予測」を得意とする
未来思考の話は、生成AIが普及した今だからこそ、より重みを増しているように感じた。
というのも、未来予測そのものは、これからAIがますます得意になるからである。株価予測。売上予測。需要予測。天気予報。
あらゆるデータを学習し、未来の数字を予測することは、AIにとって最も得意な仕事の一つになっていく。安川氏も「予測の数字はAIに任せられる」と語っていた。
② 中期経営計画が消え始めた理由
だからこそ、人間の役割は変わる。未来を当てることではない。変化の構造を理解し、その中で自分はどう動くのかを決めることだ。安川氏は、その象徴として、中期経営計画の話を紹介した。かつて多くの企業は、三年後の目標を定め、その計画に沿って経営を進めてきた。
しかし今、その前提が崩れ始めている。
キリンホールディングスをはじめ、中期経営計画を取りやめる企業が現れ、NECも途中で計画を見直した。さらにキーエンスやトヨタ、ソフトバンクのような企業には、そもそも従来型の中期経営計画が存在しないという。あるのは長期のビジョンと、その年ごとの意思決定である。
なぜか。三年前に立てた前提が、三年後には成り立たなくなるほど、変化が速くなったからだ。
だから、未来を細かく予測して計画を守ることよりも、変化そのものを見続けることの方が重要になる。ここでも、未来思考の本質は変わらない。
数字を見るのではない。変数を見る。構造を見る。
2045年は「危機の年」ではない──未来を事業機会として見るという発想
① 四つの時間軸が交わる2045年
安川氏の著書(『未来思考2045』)のタイトルにもなっている「2045」という数字も、未来予測として語られたわけではなかった。2045年に何が起きるかを断言したいのではない。
なぜ、その頃に世界が大きく変わる可能性が高いのか。その構造を示したかったのである。安川氏は、2045年前後に四つの大きな時間軸が重なると説明する。
一つは、ムーアの法則が積み重なった先にあるAIの進化。一つは、戦後100年という地政学的な節目。一つは、団塊ジュニア世代が後期高齢者となる人口動態。
そして、地球温暖化という環境問題である。本来、それぞれは異なる速度で動くテーマであり、その異なる時間軸が、2045年前後に重なり始める。
② イーロン・マスクは何を見ていたのか
だから、大きな変化が起きる可能性が高いというのである。だからこそ、ここで例を挙げたイーロン・マスクの話がしっくりくる。
AIにはOpenAI。宇宙にはSpaceX。エネルギーにはテスラ。人体にはNeuralink。それぞれの事業は、一見すると無関係に見える。
しかし、安川氏が伝えたかったのは、「2045年にはこうなる」と断言することではない。
未来は一つではないからである。
③ 未来は「答え」ではなく「意思決定」で変わる
講演の最後に紹介したのが、シェルが経営に取り入れた「シナリオプランニング」という考え方だった。
そこでは、複数の未来を想定しながら経営判断を行う。重要なのは、未来を言い当てることではない。むしろ、その複数の可能性を前にして、「自分ならどう意思決定するのか」を問い続けることだという。
安川氏は、シナリオプランニングの目的は、経営者に答えを教えることではなく、「揺さぶり続けること」だと説明していた。僕は、この話もまた未来思考そのものだと感じた。
未来を知ることに価値があるのではない。未来を考え続けることで、自らの行動を変え続けることに価値がある。
だから2045年というのも、「未来を当てる年」ではない。未来をどう迎えるかを考え続けるための、一つの座標なのである。
未来は、過去の延長線上に静かに始まっている
① なぜ「江戸に帰る」だったのか
未来思考という言葉を聞くと、多くの人は、まだ見ぬ未来だけを想像してしまう。2045年。AI。人口減少。環境問題。
そうした未来の出来事ばかりに意識が向く。しかし、安川氏の話を最後まで聞いていて感じたのは、その視点そのものが未来思考ではないということだった。
未来思考とは、未来だけを見ることではない。過去、現在、未来を一つの構造として捉えることである。
そう考えると、この日、フォーラム全体のテーマが「江戸に帰る」だったことも、不思議なくらい自然に思えてくる。
江戸を懐かしむためではない。そこに、人が支え合う共同体の仕組みがあり、商人八訓のように、人間の本質を見抜いた知恵があり、何百年経っても変わらない構造が残っているからである。
未来を考えるために、歴史へ学ぶ。これは決して後ろ向きではない。むしろ、構造を理解するための最も合理的な方法なのだ。
② 過去を学ぶことは、未来を学ぶこと
だから、未来思考とは、未来を予測する技術ではない。過去から現在へ流れる構造を理解し、その中に現れた予兆を見つけ、自ら行動を決めるための思考法なのである。
振り返れば、この日語られたすべての話は、その一点へ向かっていた。孫正義氏の経営も。1997年に描いた2015年の未来も。2010年前後に一斉に現れた数々の予兆も。2045年という未来も。
そして、江戸という過去も。
それが、未来思考なのである。未来は、突然どこかからやって来るものではない。過去から現在へと続く道の、その延長線上に、静かに始まっている。
だからこそ、未来を変える第一歩は、未来を当てることではない。今日という一日を、どう行動するかなのである。
今日はこの辺で。







