「属人化しない商品開発とは?―IKホールディングスが実践するヒットの仕組み」
新しい商品を生み出し続けることは、どの企業にとっても重要な課題だ。しかし、商品開発が「属人化」しやすいという問題に直面する企業も多い。特定の担当者に依存すると、継続的なヒットを生み出すのが難しくなり、組織全体の成長も停滞してしまう。
DMGコンサルティング主催の立春セミナー&交流会、IKホールディングス 代表取締役社長兼COO 長野庄吾氏の登壇で気づきを得た。組織全体で商品開発を進める仕組みを整え、着実にヒットを生んでいるのである。その秘訣について「商品開発をいかに組織的にマネジメントし、再現性を持たせるかが重要」だと語っており、多くの企業にとって応用のきく仕組みであったのだ。
組織で商品開発を回す仕組み
IKホールディングスの長野庄吾氏は、「商品開発は個人のひらめきだけでなく、組織的な仕組みとしてマネジメントすることが重要」と強調する。同社では、マーケティングメーカーという独自の概念を掲げ、マーケティング視点から商品を生み出す体制を構築している。
扱う商品はアパレルから化粧品まで幅広い。それでも一定レベルでヒットを出せる理由は、商品開発の仕組みが共通化されているからだ。長野氏は、商品を製造するために必要な要素を3つに分類する。
- ・ものづくり
- ・見せ方
- ・人づくり
これらをバランスよく組み合わせ、商品の完成へと導く社内環境を整えている。そのために、以下の仕組みを導入している。
- ・市場調査を組織的に行う「定点チェック制度」
- ・社員が専門知識を習得する「教えるテーマ」制度
- ・アイデア創出のための「イモベーション」(イノベーション+イミテーション)
- ・売り方の工夫を意識した「ESP(Emotional Selling Proposition)」のアプローチ
これらの仕組みによって属人化を防ぎ、誰もが商品開発に関われる環境を作り出している。
定点チェック制度で市場の動向を把握する
商品開発の着想には、特別な才能よりも適切なインプットが重要だ。IKホールディングスでは、新入社員や中途採用者を問わず、入社後1年間は担当カテゴリーの市場動向を定期的にチェックする「定点チェック制度」を義務付けている。
この制度では、毎週市場の変化を観察し、競合商品の動向や売れ筋トレンドをレポートとして提出。これにより、社員全員が市場の変化をリアルタイムで把握できる。
しかし、ただ情報を収集するだけでは成長にはつながらない。そこで、「教えるテーマ」制度を導入。社員自身が得た知識を社内セミナーで共有することで、学びを深める機会を提供している。
例えば、「キャッチコピーの作り方が苦手な社員」には、そのテーマで社内セミナーを開催するよう指示。講師役を務めることで強制的に学習し、知識を深める。この制度は、社員のスキル向上だけでなく、社内コミュニケーションの活性化にも貢献している。
アイデアを形にするための「イモベーション」
こうした土台を整えた上で、次に重要なのが、どのように商品を生み出すかだ。IKホールディングスでは、単なるイノベーション(革新)ではなく、イミテーション(模倣)も含めた「イモベーション」という考え方を重視している。
商品開発には大きく分けて2つのアプローチがある。
- 0→1開発(ゼロからイノベーションを生む手法)
- 1→1’開発(既存商品の進化形を作る手法)
しかし、長野氏の提唱する「イモベーション」は、消費者の目的から逆算し、既存の要素を組み合わせて新しい価値を創出するものだ。
例えば、「こんにゃくラーメン」がヒットした際、多くの企業が類似商品を開発したが、それだけでは差別化は難しい。しかし、IKホールディングスでは「フリーズドライのこんにゃくライス」という新しい切り口で市場にアプローチし、新たなヒット商品を生み出した。
イモベーションの本質は、ヒット商品を模倣しながらも、それとわからないのは、その商品自体の本質を見ているからだ。つまり、商品が売れるには、消費者の今を把握することにある。その上で、ヒット商品を「商品で見る」というよりは、「構成要素」で受け止めるわけだ。つまり、商品を因数分解して、「消費者の今」から逆算して、その再構築していくこと。ここにイモベーションの意味がある。
因数分解で商品を再構築していく
だから、「こんにゃくラーメン」と同じカテゴリーに「こんにゃく米」の存在があることに着目するわけだ。そこから米という軸で見た時に、こんにゃくラーメンが解決しきれていない要素を見抜く。すると、味がイマイチで作るのが面倒だと気づく。すると、自然と、手軽で美味しい、ご飯を使ったカニ雑炊などのフリーズドライの商品に着目することになる。
かくして「フリーズドライのこんにゃくライス」として新たなヒット商品に仕立てた。このように、市場のニーズを観察し、競争の激しい業界でも新しいアイデアを生み出せる体制を整えている。
今の時代、商品力を伝える努力も欠かせない。そこで、IKホールディングスでは「ESP(Emotional Selling Proposition)」を採用。スペックではなく「感情」に訴えかける売り方を重視している。例えば、高齢者向けのイメージが強いショッピングカートを「おしゃれなデザイン」に特化することで、若年層にも受け入れられるヒット商品とした。
どれだけ優れた商品でもそこから受ける印象が良くなければ、関心すら抱いてもらえない。だから、今の消費者の気持ちから逆算して、感情に訴えかける要素の大事さを説く。それで実感が伴えば、それがスペックによるところだと気づき、信頼となるのだ。
こんにゃくライスの販売においても、キャッチーなフレーズで使用シーンを連想させ、購買意欲を高めている。
商品開発のマネジメントで会社の未来を拓く
単純に商品を模倣するのではなく、成功した商品に敬意を払いながら、その要素を分析し、人の心が動くポイントを突き止める。それが「イモベーション」の真髄である。
それを最大化させる組織での仕組みづくりも大事だ。IKホールディングスでは、社員がただインプットするのではなく、アウトプットを通じて学ぶ習慣を根付かせている。その結果、消費者のニーズを見極め、ヒット商品を生み出す力が鍛えられていく。
マーケティングの本質は、消費者の求める要素を的確に抽出し、適切に組み合わせること。だから、冒頭、書いた通り、マーケティングメーカーだとしているのである。
ある意味、聞いていて思ったのは、具体と抽象のバランスが絶妙だということ。物事には、具体と抽象があって、具体的に見ると、本質が見えない。だから、時に、一歩引いて、俯瞰して見ることが大事なこともある。
これらの仕組みは、自然と、具体と抽象の間で、しかるべき抽象度を見極め、消費者の求める商品を特定していける力を身につけることなのだと思った。ゆえに、どの商品開発も博打にならず、ヒットの精度が上がっていく。商品開発なくして、小売は存在し得ないのだから、この仕組みづくりに学ぶところは大きい。
今日はこの辺で。