AIは“道具”から“チーム”へ──マルチエージェント運用と人材再配置で変わる仕事の設計図 トランスコスモス所年雄さん

先日、トランスコスモスの所年雄さんと話をしていて、ひとつの気づきを得た。──これから僕らは、AIを“使う”のではなく、“組織していく”時代に入るのではないか、と。AIを活用する人が増える一方で、最近感じるのは「単一AIの限界」である。ChatGPTのような生成AIは、使い込むほどにユーザーの癖を学び、“あなた仕様”の人格を形成していく。それは便利でありながら、時にノイズにもなる。新しい分野に挑もうとすると、過去の会話履歴に基づく気の利いた回答が、逆に方向性を誤らせてしまうのだ。
だからこそ、もはや1つのAIに全てを任せるのではなく、AIを複数使い分け、チームとして組織する時代に入っている。以下、その構造を見ていこう。
1. モデルを替えるだけで景色が変わる:性能的な違いと関係的な違い
AIを複数使ってみると、まず気づくのは“性能としての得意・不得意”だ。
たとえば、文字起こしならClaudeの精度が高く、企画構成ならChatGPTの柔軟性が光る。Geminiは情報検索や外部参照が強い。そんな具合に、それぞれが異なる能力特性を持っている。ここまでは、いわば“ツールとしての比較”の話だ。
しかし、もう一段深いところにあるのが、“関係性としての個性”である。
ChatGPTは、一度築いた文脈を大切にしすぎるあまり、過去のやり取りを前提に考えすぎる傾向がある。まるで「真面目すぎる部下」のように、前提を崩さず律儀に応えようとするのだ。
一方、ClaudeやGeminiは、毎回ゼロから理解し直すため、前回の情報に引っ張られず、柔軟に再構築できる。言い換えれば、同じテーマでも、別のAIに相談すると新しい視点が得られるということだ。
1つのAIに任せきると、どうしても思考の癖や文脈の偏りが積み重なり、結果が歪んでしまう。
だからこそ、複数AIを横断的に使う“マルチエージェント運用”が有効になる。詰まったら“別の人格”に引き継ぐ柔軟さこそが、生産性と創造性を両立させる鍵なのだ。
この発想を実務として必要だと実感しているのが、トランスコスモスの所年雄さんだ。
2. 所年雄が示した“次の地平”:AIを現場に組み込むという思想
所さんはAIを単に「使う」段階ではなく、「どのAIを、どのプロセスに配置すべきか」を設計する段階に踏み込んでいる。僕は彼に、こう話した。
「例えば、ChatGPTで生成した原稿をClaudeが論理面から検証し、Geminiが外部情報との整合性をチェックする。AI同士のクロスチェックを工程として定義し、人間はその設計と調整に専念する。そういうフェーズに持ち込むことで、より上記のような問題はなくなるのではないか」。
所さんは頷きながら、こう返した。
「人間と同じなんです。いつしか熟練の人には過去の成功体験にとらわれ、新たな発想を受け入れられなかったりすることってありますよね。まっさらな状態でその業務をAIが請け負ってもらえれば、その仕事の精度は余計なノイズがなくなり高くなる」。
この考え方は一見専門的だが、実は極めて人間的でもある。なぜなら、AIの出力を支配するのではなく、「AIの個性を理解し、適材適所に配置する」という思想だからだ。
その先に見えてくるのは、“AIを組織する”という新しい働き方であり、ツールの運用ではなく、チームのマネジメントに近い感覚である。そこで必要なのが、“相互監査”の発想だ。上記然りClaudeがGPTを審査し、GeminiがClaudeを検証する。――AI同士のクロスチェックによって、誤りは減り、出力の透明性が高まる。
AIを“ひとりの天才”に頼る時代は終わった。これからは、多様なAIの才能を束ねる「指揮者」こそが人間の役割である。
3. チームとしてのAI:オーケストレーションと役割分担
いま、AIをひとつの道具としてではなく、“チーム”として運用する動きが広がっている。たとえば開発の現場では、1つのAIがすべてを担うのではなく、5〜6体のAIがそれぞれ役割を分担して働いている。
あるAIは課題を整理し、別のAIが設計図を描き、次のAIがコードを書く。さらに別のAIがその内容をチェックし、最後のAIがテストする――まるでプロジェクトチームのように。このように複数のAIが連携して動く仕組みを「マルチエージェント・オーケストレーション」と呼ぶ。
人間はもはや“実務者”ではなく、AIチームを率いる“指揮者”になる。
そして、作業の最終段階では「GitHub Copilot(ギットハブ・コパイロット)」のようなAIが引き継ぐ。これはマイクロソフト傘下のGitHubが開発したプログラマー向けのAIアシスタントで、コードを自動で補完したり、バグを修正したり、コメントから処理を生成したりする。
つまり、人間の代わりにコードの保守や改善を担う“相棒AI”である。
こうして、“ひとつのAIで完結する時代”は終わり、複数のAIが協力し合いながら、精度とスピードを同時に高める時代が到来しているのだ。
4. 現場に送り込むAI時代の“触媒人材”
こうなると、働く現場の風景は大きく変わっていく。一方で、従来の枠組みで考えてきた「仕事のあり方」そのものも見直しを迫られる。所さんの話で印象的だったのは、AIの活用を“外側の導入”ではなく、“内側の気づき”として育てている点だ。
たとえば、一見パフォーマンスが振るわない社員を、他社の事務部門に派遣し、ルーチンワークを繰り返してもらう。従来型のビジネスであれば、それで業務は完結していた。
しかし、AIはその枠を越えていく。そこで所さんは、こう伝えるという。
「自分の仕事をAIで置き換えてみろ」と。
すると、地味に見えた日常業務の中に、驚くほど多くの改善余地が眠っていることに気づく。フォーム化、転記の廃止、メール自動化――AIやRPAが力を発揮するのは、まさにそうした“隙間業務”の部分だ。
こうした改善を主導した社員は、“不要な人材”ではなく、“変革を起こせる人材”として評価される。しかも、その知見を活かして派遣先の業務を刷新し、結果的に人件費の削減まで実現する。
当然ながら、そこで得られる報酬も上がっていく。重要なのは、AIを“扱う”スキルではない。「AIに置き換える発想」を持つことこそ、本当のリスキリングであり、AI時代の人材戦略の要なのだ。
5. AI導入のKPIは「人件費の構造変化」
AI導入を“効率化”だけで測るのはもう古い。見るべきは「固定費の構造変化」だ。4人で回していた仕事を2人で回せるようになった瞬間、企業の経営設計そのものが変わる。
日本企業には、転記・承認・調整といった「誰の仕事でもない仕事」が山ほどある。
AIはそこに入り込み、組織の摩擦を減らす。
こうした変化の積み重ねによって、業務はより洗練され、精度も高まり、人間はさらに“考える仕事”に集中できるようになる。人間の才能の拡張は、AIによって次のフェーズに進もうとしている。
それは、AIと人間が共に進化する“新しい人間像”の始まりかもしれない。AIを使いこなすとは、支配することではない。
むしろ、それぞれの個性を理解し、役割を与え、信頼しながら育てていくことだ。AIを“チーム”として迎え入れる時代。
その関係性の中にこそ、人間の創造力が再び輝く余地がある。
──今日はこの辺で。







