パンデミックが変えた世界の小売――2021年データから読み解く、未来を見据えた業界地図

世界は、2020年を境に小売業の常識を大きく塗り替えた。新型コロナウイルスのパンデミックは、生活様式だけでなく、購買行動そのものを一変させ、企業の戦略を再構築させた。そんな転換点を如実に映し出すのが、デロイト トーマツグループによる「世界の小売業ランキング2021」である。本レポートは、2019年度の業績をベースにしているものの、そこに映し出された数値や戦略からは、すでに次の時代への胎動が読み取れる。本記事では、同レポートをもとに、小売業界の構造的変化と地域差、トップ企業の戦略、コロナ禍による影響を読み解きながら、「今」と「これから」の小売の本質に迫っていく。
トップ250社に見る、グローバル小売業の現在地──平均成長率と利益率が物語る構造的変化
世界の上位250社の小売売上高は総額4.85兆米ドルに達し、そのうち約32.7%を上位10社が占める。これらの企業は事業展開国数が平均11カ国に及び、売上の22.2%を国外事業から得ている。グローバル展開がますます重要視される中、注目すべきは収益性の回復傾向である。2019年度の平均純利益率は3.1%、総資産利益率(ROA)は4.3%と、いずれも前年より改善された。
一方で、250社のうち64.8%が国外展開をしており、残りの3割強はローカル志向を貫いている。
特に欧州勢においては、自国市場の飽和を背景に国外進出が成長の柱となっている。構造的には5年間のCAGR(年平均成長率)が5.0%と安定しており、成長性と収益性のバランスが取れた業界の様相を見せている。こうした傾向の中で、消費者のニーズとグローバルサプライチェーンをどう結び付けるかが、今後の持続的成長のカギとなるだろう。
ランキング上位10社が示す戦略の多様性──WalmartからAmazon、Schwarz Groupまでの軌跡
2019年度において、売上トップに君臨したのはWalmart(米国)。実に20年連続の首位である。そのWalmartは、米国国内での既存店売上を中心に、積極的なM&Aとオムニチャネル戦略を展開。Flipkart(インド)、Seiyu(日本)など海外子会社の戦略的売却や持分維持により、グローバルポートフォリオを再編している。
Amazonは、成長率13.0%を記録し2位に浮上。
プライム会員の拡大や、食料品配達サービスの強化、テクノロジー投資への集中が功を奏した。実店舗を持たないEC専業として、従来の小売モデルとは一線を画しつつも、次なる常識の形成者であることを証明している。

他方、Schwarz Group(ドイツ)はLidlやKauflandを抱えるディスカウンターで、33カ国で事業を展開しつつ、独自クラウド「Stackit」開発にも踏み出した。小売とITの融合を進める姿は、非米系企業でも競争力を高める具体策となり得る。
このように、トップ企業の共通項は「選択と集中」であり、自国中心かグローバル展開か、実店舗かオンラインか、そのどちらか一方ではなく、時代に応じて最適な組み合わせを模索し続けている点にある。
上位3社に対しての分析
さて、デロイト トーマツグループがこれらの上位の企業を洗い出したところでそれぞれの企業の最近の推移に関して分析したものが下記である。
一位のウォルマートはオムニチャネル戦略を拡充し、米国、カナダ、メキシコ、中国で、配送や店舗受け取りのプロジェクトを立ち上げている。2020年9月にはメンバーシッププログラムとして、ウォルマート・プラスを開始して、無制限の無料配達、アプリでバーコードをスキャンすることで、レジを利用せずに買い物ができる「スキャン&ゴー」などの提供をしてその裾野を広げようとしている。
Amazon 会員サービスをフックに食料品も強化
そして第二位のAmazonは前年度に続き、2019年度も上位10社の中で最も高い13%の小売売上高成長率を記録し、これによりコストコを追い抜く格好となった。小売売上高の伸びは、商品の配送料の値下げ努力、有効在庫の充実と、品揃えの拡充とが後押ししたものと思われる。なお、この数字はマーケットプレイスおよび、物流にかかる料金、その他小売以外の売り上げを小売売上高から除外したものである。
小売企業の買収などを行わなかった分だけ、テクノロジーやノウハウの取得に充てられた。その純利益率は昨年度よりも若干下がったものの、上位10社の中で二番目に高い4.1%という内容である。
なんといっても、プライム会員サービスと配送サービスに投資をしており、今年度の有料プライム会員数は全世界で1億5000万人あまりとなっており、特にブラジルで2019年9月からそれを開始して、急速にその勢いを伸ばしたとしている。
なお、Amazon freshとwhole food Marketの食品配達注文は、第4四半期に対前年同期比の2倍以上の伸びを見せていて、限りなくAmazonがそのプライム会員の制度を背景に、普通に人々の日常に浸透していると言って良い。ちなみに、Amazon freshを利用した配送サービスは以前、1ヶ月14.99米ドルの有料だったが、現在はプライム会員の特典として無料になっているのだ。
リアルをネットに活かす動きが成長に
3位はコストコであり、Amazonに抜かれはしたものの彼ら自体は健闘している。というのも、小売売上高成長率は上位10社の中で三番目に高い7.9%の伸びである。既存店売上高は6%増であり、米国に16カ所、初上陸した中国を含め、国外に4箇所倉庫型店舗を新設したことが、成長に寄与したという。また、既存店売上高には、購買頻度と客単価の増加のほか、既存のECの売上高が23.1%増加したことも注目に値する。
これを見ても分かる通り、世界的に見れば、小売において今やネット通販での販売にとどまることなく、その売り方(会員制など)とインフラづくりまでトータルで考えていかずして、売上増は見込めなくなっている。
ちなみに、日本企業でトップ250入りした企業数は昨年より1社減の28社。最上位は14位にランクインしたイオンであり、また今回、株式会社ヤオコーが初めて249位にランクインを果たしている。
地域別に見る成長の可能性──北米・欧州・アジア太平洋で異なる景色
北米(米国・カナダ)の企業は全体の約3分の1を占め、売上の総額は2兆2,846億ドルに達した。成長率は4.2%、純利益率は3.6%と安定感があるが、パンデミックの影響でレストラン・観光など接触型産業の低迷と、ECへの急激なシフトが進んだ。
欧州勢は62.1%が日用消費財の企業で構成され、堅実ながらも実店舗依存が強く、EC比率では米中に劣る。一方でドイツのAldiやSchwarz Groupのようなディスカウント系企業は海外展開に積極的で、国外売上比率が6割を超える企業もある。
アジア太平洋地域では、AlibabaやJD.comのようなEC専業の伸長が目立ち、地域全体の成長率は7.1%と全地域中で最高。特に中国企業は、コロナ下でのモバイルコマース基盤を活かし、EC比率の高さが成長を後押ししている。一方、日本の小売企業は回復の兆しはあるものの、構造的な課題(価格志向、実店舗依存など)が依然として重くのしかかる。
パンデミックで浮き彫りになった業態別勝者と敗者──「在宅」と「非接触」が勝敗を分けた
2020年度におけるデータ分析(先読み的要素)では、オンライン専門のAmazonやJD.com、在宅需要を捉えたHome DepotやLowe’sが急成長。EC売上比率でAmazonは92%、JD.comは100%に到達。特にTargetは、当日配達や車中受け取りなどのマルチチャネル戦略により、既存店売上高19.3%増という驚異的な成果を挙げた。
一方で、LVMHやファッション、百貨店業態は店舗閉鎖の影響を強く受け、売上高が20%を超えて減少するケースも散見された。セブン&アイのように、ネットコンビニや7NOWといった新サービスに投資を進めた企業もあるが、全体としては「オンライン対応のスピード感」が生死を分けた。
コロナは単なる一過性の危機ではなく、消費者の行動様式を根底から変えた。これにより、売上構成の見直しやサプライチェーン再構築が加速。勝ち組企業は「オンラインとリアルの融合」「自社の強みを活かした柔軟な戦略」をいち早く打ち出せた点が特徴的だ。
ランキングの本質は「現在」ではなく「兆し」にある──読み解くべき未来の地図
本ランキングは2019年度の業績をもとにしたものである。だが、真に注目すべきは、ランキングの「現在」よりも、そこに織り込まれた企業の選択や戦略が示す「兆し」である。
Walmartは配達インフラを強化しつつ、TikTokと連携を図ろうとするなど、新たなタッチポイントの獲得に余念がない。Amazonは自社倉庫の自動化とサブスクによるロックインを強化し、生活基盤を支配しつつある。ドイツ勢はECには慎重ながら、マーケットプレイスのM&Aで土俵を変えている。
こうした中、日本企業が果たすべきは「遅れている」の自覚ではなく、「どこで勝つか」の再定義である。世界のベストプラクティスに学びつつ、自国市場に根差した強みを活かす発想こそが、未来のランキングに食い込むための鍵となる。
おわりに
「世界の小売業ランキング」は単なる順位表ではない。数字の奥には、それぞれの企業の哲学と戦略が刻まれている。コロナという未曾有の危機に直面した小売業界が、どのように未来を描き変えていくのか。その答えは、ここに記された“選択”の積み重ねにある。
コロナ禍でECの伸びが際立つ
分析は最近のものまで及んで説明しているものの、数値に関しては2020年6月30日までの会計年度なので、来年のランキングにおける数値では新型コロナウイルス感染症の影響がもっと強く反映されているものと思われる。
ただ、同社がこのランキングの発表に準じて、下記のようなデータを明らかにしていて、いずれもECの伸び具合が尋常ではない。例えば、英国ではオンライン小売売上高2020年1月の19.5%から2021年1月には35.2%増に急増。ドイツでは、2020年下期の食料品のECの売上高が前年同期を約90%増加。
米国では小売売上高に占めるECの割合が2020年第1四半期の11.8%から第2四半期には16.1%に拡大。中国では小売売上高に占めるECの割合が2019年8月の19.4%から2020年8月には24.6%に拡大。
新型コロナウイルスの感染拡大が起こる前から、世界の小売トップ企業においてはネット通販の強化していたことがわかる結果であり、その準備は感染拡大とともに、彼らにとっても利する結果になったのではないか。
ただ、逆に言うと、それら以外はネットへの対応が徹底されていたとは言いがたく、サービス業など、大きくダメージを受けたものと言え、トップはトップたる所以、先を見越した投資をしていることがわかった次第である。
今日はこの辺で。