由緒ある建物と漫画家の価値の“保護” 旧尾崎テオドラ邸がもたらす伝統と革新の中身
写真に映っている人が誰かをパッと答えられるだろうか。共通点があり、それは漫画家さんであるということ。痛感したのは、ビジネスはこうして生まれるのだなということ。きっかけは、明治時代に作られた木造建築で、世田谷・宮の坂に建つ「旧尾崎テオドラ邸」。その文化的価値に着目し、補修して残そうという動きが生まれ、費用で助け舟を出したのが、漫画家であった。また、その施設を守る動きに関連して、ネット通販で海外に対して、漫画をアピールしようとして、逆にこの場所によって漫画家の才能が羽ばたこうとしている。
当時のモダンがそこにある「旧尾崎テオドラ邸」
・明治時代のイギリス風に風情がある
例えば、左は三田紀房さん。ドラゴン桜の作者といえばわかるだろうか。つまり、互いの持つ価値をシェアすることで、大事なものを守っていくという動きで、そこにビジネスが寄与している。
もともとは、憲政の神様と言われた、元東京市長尾崎行雄さんの旧邸宅。写真を見ても分かる通り、イギリス式洋館である。時は明治時代。当時の日本の香りを醸し出しつつも、屋根や窓の作りに特徴がある。異国情緒あふれるこの邸宅は、この令和の時代にこそ、文化的価値を持つ意味のある建物だ。
今回、僕がここにやってきた理由は、この建物が3月1日から「旧尾崎テオドラ邸」としてギャラリー&カフェスペースとして提供されるからなのだ。(世田谷線「宮の坂」から5分ほど)。
・なくなるはずが踏みとどまったその理由
当時としてはこのような建物は異例。このような様式を屋敷に取り入れた理由。それは尾崎行雄さんの妻 テオドラさんが英国育ちということにあり、そこへの配慮もあったよう。愛のあるエピソードではないか。少しばかり、豊かな人の贅沢という感じがしなくもないが(失礼!)。
まさに、そこにストーリーの始まりがある。実は、もう、この場所は売却されかかっていて、なくなるはずの存在だった。なくなるはずだったのに、ストップがかかった。その理由は、漫画家の新田たつおさんが、自らこの土地の費用を出したからである。
実は、令和の時代にあって、当時の香りを感じさせるその佇まいは、残すべき価値がある。かねてより、強く語り続けていたのが、社団法人 旧尾崎邸保存プロジェクトの代表理事を務める、漫画家のお二人、山下和美さん、笹生那実さんである。
つまり、新田さんの奥様が、笹生那実さんであることから、その行動が生まれた。それによって、建物の取り壊しの話は消えて、どう保存していこうか。今回の一連のストーリーの歯車が回り出すわけである。かくしてバラバラになるはずだった建物の運命は、まるでジグソーパズルのピースのようにして、漫画家というキーワードでつながりあっていくわけだ。
修復に漫画家が動き出す
・思いに共感して一つになって動き出す
そこまではよい。ただ、その要となる屋敷の方に課題があった。それだけの時を経過しており、修復の必要性があったのだ。その修復に必要な金額は、当時の見積もりで1億円。さあ、どうする。
本格的に今の形が動き出すのは、漫画家の三田紀房さんが関わってくるあたりから。山下さんのSNSでこの屋敷についての投稿を目にした三田さんは、とある着想をする。「何かできるのではないか」。
面白いのは、三田さんの発想は、単純に屋敷を保存させるだけではないのである。保存して、その屋敷を活用する過程で、新しい価値を創出できるのではないか。そう考えたことにあって、僕が強い関心を抱いたのは、ここでの漫画家の連携プレー。
その可能性を思い、三田さん自身もお金を出した。しかし、それでも補えないので、同じく漫画家の三人、高橋留美子さん、福本伸行さん、高橋のぼるさんにも、お金の支援を得て、改修のめどがたった。でも、この段階ではまだ、その「何かできる」の「何か」には答えがなかった。
・幻想的な旧尾崎テオドラ邸
その「何か」とは何だったのか。それを考える上で、この生まれ変わった「旧尾崎テオドラ邸」について紹介してみたい。
スリッパを履いて入る古風な屋敷。洋風でありながら、レトロな感覚で、太陽の日差しが入り込ると、幻想的でもある。映画のワンシーンのような美しさがそこにはある。一階は喫茶室になっていて、ここでその“シーン”に浸りながら、ゆっくりと豊かに時を刻む。
ギシギシという感じが、なんとも昔ながらで、階段を登っていく。
すると、そこには部屋があった。その部屋には一面、ギャラリーさながらの漫画作品が並ぶ。
直筆の原画だからこそ、伝わってくるものが多い。
階段を降りると、喫茶店の横にショップ、フォトスポットが用意されている。
この建物の雰囲気に浸りながら、日本の誇れる価値、漫画に思いを馳せる。記念すべきその1日は、グッズを購入するきっかけとなり、写真を撮ってSNSなどにアップするわけだ。昨今、若い世代ではレトロブームが起きているからこそ、当時のモダンテイストは意図せずとも格好の“ばえる”場所だ。
漫画家が立ち上がったことで生まれた価値
・この場所が存在すること以上の価値があって、存在意義が倍加する
何より、僕が注目したのは、漫画家が動いたことによる価値である。勿論、この場所が存在するだけでも価値があるだろう。しかし、ここに漫画という文化がかけ合わさったことで、1+1が3にも4にもなった。この場所限定の商品が売られるが、更にネット通販にも着手するという。
リアルを売りにしたこの場所にして、そういう考えに至るのは、なぜか。
三田紀房さんはこう話す。「ここを起点に海外の人にも漫画に触れられるきっかけを作る為」と。二階のギャラリーに並んだ作品の一部は、ネット上でオークションをして、漫画を愛する人の手に渡る。それだけではない。この場所をきっかけに、生まれた漫画家同士のネットワークにより、また新しい原画を生み出して、それらをネット通販(EC)で販売していくのだとか。
そうか。漫画本来の価値をこの場所が際立たせる。そして、それは彼らの自身の価値観を世に発信する機会となる。だから、共感が生まれて然るべき。それ相応の価値を感じて、取引が行われるほど、ここを起点にリアル、ネット問わず、人が集まることになる。それは、この屋敷があることによって生まれたことだから、この屋敷自体へのリスペクトに繋がって、長く保存しようという意識に繋がるわけだ。だから、ビジネスとして面白いと思った。
・漫画家が結集して生まれる文化の創造
これこそが、三田さんが最初に話していた「何か」であろう。だから僕は「互いに持っている価値をこうやってシェアしていく」ことの意味を思い、考え出したその仕組みが面白いと書いた。漫画家が持っていた持っているお金をそのままにすることなく、ある意味、運用している。そして、それは、邸宅という財産のポテンシャルを最大化に引き出し、才能を加えることで、文化的価値の裾野が広がる。
そして、思いがけず、三田さんがそこまでする理由を口にしていた。それは実は、残された原画は税金などの対象となって、後に残る人に迷惑をかけることもなくはない。だからこそ、作家によっては自らその書いた原画を、“燃えるゴミ”で捨ててしまう人だっていなくはないと。
僕は、思ったよ。この動きは、才能のサステナブルだと。
だからこそ、才能ある“原画”は、この場所の保護を持って救われる。そして、その価値観が、世界中の人と繋がれる、ネット通販などをきっかけに広がるとすれば、たとえ小さな一歩でも、日本の文化にとって大きいものだと思うのだ。
そして、気が付かないだろうか。実はここで言われる「保護」はこの「旧尾崎テオドラ邸」だけではなく、作家の才能を「保護」して、後世に残していくという意味もありそうだと。だから、シェアし合うその価値は注目に値すると僕は思ったのだ。
今日はこの辺で。