アーティストのライブ・グッズに学ぶ生産性の高い商品企画と戦略
製造はコンテンツと結びつくと、また違った価値を生む。今回は、コンテンツに絡んで、商品開発をする三社の話を取り上げながら、そこにまつわる工夫に迫ろうと思う。実は、生産現場だけではなく、売り方や在庫を考慮することで、また新たな可能性をもたらせるからなのだ。今回は「LIVeNT」というイベントでの、アーティストグッズに携わる三社の話。これからそのアーティストが持つポテンシャルを最大化させるためには何が必要なのか。それをこの議論から考えてみたいのだ。
・それぞれにアーティストグッズ商品化に工夫がある
この日、登壇したのは、御三方。ソニー・ミュージックソリューションズ ライブ&イベントソリューションカンパニーMD事業部 部長 高渕 弘美さん。希船工房 代表取締役社長 鈴木 尚貴さん。ブシロードクリエイティブ 代表取締役社長 成田 耕祐さん。
希船工房はアミューズの子会社。ゆえに、同社所属のアーティストのグッズを手がける。ただ、それだけかといえば、そうではない。それらのグッズが同社の取扱高の半分を占める一方で、残りはアパレル事業。それらは子会社になる前から得意としていたジャンルで、百貨店などに卸していたりする。
アミューズの関連会社になった背景には、アミューズがライブに対して考え方を変化させたことがありそうだ。アミューズでも確かにグッズを製造、販売をやっていたけど、そこまで深い関心を持っていなかった。
しかし、逆に発注する側にその知見がなければ、商品がマンネリになる。ここに商品企画力のある企業を傘下に収めることで、アーティストの価値すらも向上させることができて、売り上げに繋げられる。だから、商品群に幅を持たせる意味合いで、希船工房 の力を借りたいと考え今に至る。
・元々雑貨との親和性の高いソニー
ソニー・ミュージックソリューションズに関してはいうまでもない。ソニー・ミュージックグループに、YOASOBIなど人気アーティストを抱えている。だから、専門性を持って感度の高い商材を手掛けてきた。ただ、最近ではその裾野が広がっているという。そのセンスはミュージアムなどの個性的な商材でも重宝され、彼らはそれらの事業まで手がける。
例えば、東京国立博物館では「春夏秋冬/フォーシーズンズ 乃木坂46」という催しが行われた。要するに、日本美術の名品の複製とアイドルグループの乃木坂46がコラボレーションした美術展。ただ、その格式の高さから、グッズもセンスが問われるようになる。
特に、彼らはそこで、日本の伝統にゆかりのある逸品とのコラボレーションを果たす。その美術展の価値をグッズの側面からも底上げしたわけだ。従来のグッズとは求められることが違う。だからこそ、彼らのデザイン性が生かされ、その事業の幅が広がるのである。
思えば、クオリティの高さは、グループ内にソニー・クリエイティブプロダクツという会社を持つことも大きいように思う。ソニー・クリエイティブプロダクツは、子供向けではなく、大人でも受け入れられるキャラクターのライセンス窓口としても定評がある。この日、説明した高渕さんもまた、元々同社所属である。素材の活かし方については、社内で知見がありそうだ。
・ライブグッズはナマモノゆえの在庫を考慮した知恵
一方、二社と異なり、変化球なのが、ブシロードクリエイティブである。昨今、話題の“推し活”の中で躍進を続ける。もともと、親会社ブシロードが敢えて言えば、“オタク系”グッズに携わっている。「ヴァンガード」など自社でIPも持っているなどして、その分野に長けているわけだ。だからブシロードクリエイティブも、そういうジャンルで商品化を活かす素地はあったのである。
ただ、彼らはもう少しその守備範囲が広い。IPを活かす商材を型にとらわれず、手掛けている。それらの知見は多くの企業にとって必要とされるものだから、自社IPに限らない。寧ろ、自社以外のIPで全体の7割を占めるくらい。
だから、そのジャンルにおいて彼らの存在がどれだけ必要とされているかがわかる。そうは簡単に作れる商材ではないということの裏返しである。でも、だからこそ、独創的にチャレンジできた。言うなれば、このチャレンジ精神こそ、彼らの真骨頂。
例えば、彼らはアニメーションに造詣が深い。けれど、それ自体だけではなく、裏側にいる声優などにもスポットを当てている。どういうことか。昨今、その声優たちの表現力が向上しているのだ。今までで言えば声優のイベントといえば、数十人しか集まらなかったのが今は違う。一度ライブを行えば、埼玉のベルーナドームを埋めるほどの規模となり、活況に満ちているのだ。
・商品企画とデザインと在庫のバランスを考慮
それを支えるのが、彼らが手がける商品群。具体例をあげるなら、ペンライトや法被など。おおよそ、日常では必要ないもの(笑)。だが、このライブ会場では必須となる。
この話は実に奥が深くて、前に書いた二社とは性質が異なり、工夫の跡が見られる。面白かったのは、例えばユニットが存在するとして、それを「ユニット単位で販売してしまうと売れない」ということだ。これには深くうなづいた。僕自身もアイドルグッズを手がけて痛感したことだから。
なぜか、わかるだろうか。
そこに“推し活”たる所以があるのだ。ユニットではなく個人を推すのだ。アイドルなどは、まるで戦隊モノのように、赤やピンクやブルーなど、担当カラーが存在している。だから、ファンは担当カラーを連想したグッズを購入したり、誰かを特定したグッズを買う。つまり、個々人への応援を兼ねている。だから、推しを明確にしたグッズを買うことで満たされるのである。
それに関連した彼らの動きで賢いと痛感したのは、「商品を固定させる」事。むやみやたらに商品を作らずに、ペンライトや法被などに固定する。その分、すべてのアーティストのすべてのメンバーごとに細かく用意していくわけである。そうすると、在庫の調達をしやすく、デザインのクリエイティブの安定を図れるというわけである。この辺はまさに推し活ならではのライブグッズの作り方であるといえよう。
・ファンの心理とアーティストの人気度合い
そして三人共通して述べたのは、アーティストはナマモノであるということ。
希船工房でいえばアミューズからその商品企画を任されているとはいえ、ここで読み間違えれば、死活問題である。立場的にはBtoBとして納品するわけではあるけど、関連会社であるがゆえ、グループ全体で見る事ができる。これは利点であり、それでその売れ残りを減らしていけるかを考えればいい。
ゆえに、チケットの販売数、来場者、そのアーティストに関連する売り上げデータなど。それらをよくよく吟味することで、そこの機会損失と過剰在庫を防ぐ動きをする。むやみにわからず作る事なく、それがメーカーとしての強さになっている。こうした動きはエンタメ系でもかなり浸透するのではないかと予測する。
ただそれでも想定外は起こる。Perfumeのライブグッズでミリタリーウェアの「MA-1」とコラボ商品を提案。挑戦的な1万円程度の高単価で販売して、三千枚の売上予測を立てた。結果、その数は1万枚に及んだというのである。
企画段階で、作り手が先入観を持たず、ファンの立場で欲しいかどうかを考慮することの大事さを思う。ブシロードクリエイティブの成田さんの話によれば、以前、DJに関連したコンテンツで、大失敗をしたという。DJが大きめのサイズの服を着用しているイメージがあるから、わざと大きめなサイズを全面に打ち出して販売。それは、見事にズッコケたと笑う。結論、「別に着たくないということなんですよね」と。
・決済を重んじることでリスクヘッジ
では、こうしたリスクをどう自分たちで軽減していくか。それへの対処として興味深かったのは、ブシロードクリエイティブの取り組みだ。彼らは作る側の取り組みだけではなく、売り場も多様化させた。
ライブでの販売というと、現地での販売が中心。どうしても現場は混乱し、その扱いが煩雑になりがちだ。そこで『決済』に注目したわけである。
まずは「事前決済」を用いて、最初にお金を支払ってもらう。そして、ライブ会場で当日、受け取りにする。それを可能にすることで調達すべき数と会場での受け渡しと販売に関する人員の予測を立てやすくなる。それを運用することで、在庫面と人件費の両面でリスクヘッジをするわけだ。
さらに「ライブ会場で買えなかった人に」という触れ込みで、ECで事後購入をフォローする。そうすれば、作った商品に対して、取りこぼしなく、欲しいファンに行き渡るとしているわけだ。
この三社に共通するのはライブをする側とメーカーとの距離が近いことにある。語弊を恐れずいえば、そのアーティストの人気に依存していたのだと思う。それはある意味、縦割りの弊害だったのかもしれない。ところがそこで生産性を高める為に、アーティストとの距離を縮めて、必要な商品を必要なだけ、販売していく流れが生まれつつある。
だから、制作段階でのリスクヘッジと、売る場面での決済に至るくだり。これらは、これからのコンテンツ産業を考える上では極めて大事な動きだと思った。ライブでの収入だけではなく、モノを作って売ることでその価値を最大化させるわけであるけど、そこの生産性を高めることが、この産業全体の盛り上がりにとって大事だからである。
今日はこの辺で。