楽天はAI時代に何を変えようとしているのか──ポイント経済圏から「生活エコシステム」への進化

エコシステムの最大化はここにあったか。楽天グループ代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏が、「Rakuten AI Optimism」で講演を行い、そう思った。講演の内容は多岐にわたり、物価高騰などのマクロ経済から始まり、楽天モバイル、AI、中国・深圳の視察、AI店長、そしてスーパーエージェントまで至った。
一見すると、それぞれ独立した話題にも見える。しかし講演全体を通して聞くと、一つの方向を目指していることが分かる。それは、AIを使って生活者と事業者の双方に新しい価値を生み出し、その循環によって楽天のエコシステム全体を進化させるという構想である。
これまで楽天は、「ポイント経済圏」という言葉で語られることが多かった。しかし今回の講演から見えてきたのは、その先にある世界だった。AIによって生活そのものへ入り込み、利用者と事業者の関係まで変えていく。そんな楽天の新しい戦略を読み解いていきたい。
① AIではなく、インフレから話を始めた理由
三木谷氏は講演の冒頭で、「今日はマクロ経済、モバイル、AIについてお話しします」と説明し、まず最初に日本を取り巻く経済環境について語ったのだ。この6年間で物価は13.6%上昇し、「ここでは止まらないだろう」との見通しを示す。
その背景には円安だけでなく、AIの普及による半導体需要や電力需要の拡大、さらには世界情勢など複数の要因があるという。AIのイベントにもかかわらず、最初に語られたのはAI技術ではなく、社会そのものだった。
僕は、ここに今回の講演の出発点があると感じた。
つまり、AIは、それだけで価値を持つものではない。社会が変わり、生活環境が変わる中で、人々の暮らしをどう支えるか。そのための手段としてAIを位置付けていたのである。
だから、このあと語られるモバイルもAIも、単独の事業戦略ではない。すべては、「これからの生活をどう支えるか」という一つの流れの中で語られていた。
② モバイルは、生活へ入り込むための社会インフラだった
その流れで、三木谷氏は楽天モバイルについて説明した。楽天モバイルを始めた理由として、「家計のかなり大きな部分を占めている通信費を下げようということで、このプロジェクトを進めてきた」と話している。
以前から語られてきたことだ。通信費は毎月必ず発生する支出であり、物価高騰が続く中では、その負担を軽くすることが利用者の生活を支えることにつながる。
しかし、今回の講演全体を聞くと、その意味はもう一段深いように感じた。楽天は、まず人々の生活そのものに関わる社会課題へ向き合う。そこで生活との接点を持つことが、その後のサービス全体へとつながっていくからだ。
その象徴がモバイルである。
モバイルは、一日に何度も利用する生活インフラだ。楽天市場のように買い物をするときだけではない。日々の暮らしの中で、最も自然に利用者と接点を持てるサービスである。
だから、インフレという社会課題への対応と、モバイルを通じて生活へ入り込むことは、別々の話ではない。そして、その生活との接点があるからこそ、その上にAIが乗る意味が生まれる。
AIによって生活体験がより豊かになれば、楽天のサービスはさらに生活の中へ浸透していく。その循環が、楽天のエコシステム全体の価値を高めていくのである。
③ AIが変えるのは、サービスではなく「生活」だった
70を超えるサービスが、一つの生活につながる
そして、その生活全般を支える土台として、楽天市場、楽天カード、楽天銀行、楽天証券、楽天トラベルなど、70を超えるサービスを展開している。これまで楽天経済圏は、それぞれのサービスを利用することでポイントが貯まり、お得になる仕組みとして成長してきた。
しかし今回の講演から見えてきたのは、その延長線上ではない。AIによって変わるのは、それぞれのサービスではなく、「生活」そのものなのである。
これは、この講演後に三木谷氏がモデレーターを務めたAIセッションを聞いて、より強く感じたことでもある。
その考え方を象徴していたのが、「スーパーエージェント」という構想だった。
スーパーエージェントが示したのは「生活を支えるAI」
デモでは、沖縄旅行の計画を立てる場面が紹介された。旅行プランを作るだけでなく、過去の利用履歴や家族構成を踏まえてホテルを提案し、カレンダーへ予定を登録し、メールで家族へ共有する。さらに楽天市場では、過去の購買履歴をもとに日焼け止めまで提案していた。
ここで重要なのは、「旅行予約が便利になった」という話ではない。
旅行という生活の一場面をきっかけに、楽天が持つさまざまなサービスが自然につながり、一人ひとりに合わせた体験を生み出していることだ。この考え方が広がれば、旅行だけでは終わらない。
例えば、仕事の予定や家族のスケジュール、買い物、健康管理など、生活全体をAIが支える世界へ発展していく可能性がある。
つまり楽天が目指しているのは、サービスをAI化することではない。生活をAIで支え、その生活の中で楽天のエコシステム全体が自然につながる世界なのではないだろうか。
④ 中国で見たのは、「AIを使う社会」ではなく「AI前提の社会」だった
中国が先を行っていたのは、AIではなく社会の変化だった
さらに三木谷氏は、SOY TRIPに参加し、中国・深圳を視察した楽天市場の店舗運営者へ現地で感じたことを尋ね、AIの話へと移っていく。店舗運営者たちは、テンセントなどを訪問し、AIが社会へ浸透している様子を目の当たりにしたという。
そこで語られていたのは、「どのAIを使うか」という段階ではなかった。「AIを前提に業務そのものを組み直している」ということだった。
日本との違いとして、AIは特別な存在ではなく、社会の前提条件になっていると口をそろえる。
だから三木谷氏は、中国のAIに注目していたのだろう。それは、中国製AIを導入したいという話ではない。AIを社会インフラとして活用する発想や、その進化を支えるオープンソースの考え方をどう楽天のエコシステムへ取り入れていくか。その視点で見ているように感じた。
TikTokが示したのは、人とサービスをつなぐAIだった
ここで、もう一度、三木谷氏の講演へ戻りたい。僕の中で、この話が一本につながったのが、TikTokを例に挙げた場面だった。
三木谷氏が注目していたのは、TikTokというサービスそのものではない。利用者一人ひとりに合わせて最適な動画を届ける、その裏側でAIが当たり前のように機能している点である。
つまり、AIは表に出るサービスではない。サービスの価値を支えるインフラなのである。
だから楽天もまた、AIを前面に押し出したいのではない。楽天市場や楽天トラベル、楽天カードなど、それぞれのサービスをAIが裏側で支え、人とサービスがより自然につながる体験をつくろうとしている。
ここまでの話を重ね合わせることで、その構想がより鮮明に見えてきた。
⑤ AI店長は、事業者の新しい価値を生み出す
AI店長が変えるのは、接客のあり方だった
そうすると、三木谷氏が講演の最後で紹介した「AI店長」の意図も見えてくる。AI店長とは、店舗ごとの接客や専門知識を「楽天市場」上でAIが受け継ぎ、利用者一人ひとりに合わせて提案する仕組みである。
単純に商品が並んでいるだけではない。まるで画面の向こうに店員がいるように、それぞれの商品について説明し、利用者に寄り添いながら接客を行う世界を目指しているのである。
しかし、これを「AI時代だからできる接客」とだけ捉えるのは、少し違うように思う。ここで三木谷氏が目指しているのは、TikTokの裏側でAIが利用者ごとに最適な動画を届けているのと、本質的には同じ考え方ではないだろうか。
つまり、AIそのものが価値なのではない。AIを介して、人とコンテンツを最適につなぎ、一人ひとりに合わせた体験を生み出すことに価値があるのである。
楽天市場には商品があり、店舗があり、利用者がいる。さらに楽天グループには、カードや銀行、証券、トラベルなど、生活全体を支えるエコシステムがある。その蓄積されたデータを生かしながら、これまでにはできなかった顧客体験を実現しようとしている。その土台になっているのがAIなのである。
AI時代だからこそ、店舗の「思い」が価値になる
ちなみに、講演後のセミナーでは、「AI店長を活用するために店舗側が準備しておくべきことはあるか」という質問が出た。このやり取りこそ、これから事業者が意識すべきことを象徴している。
三木谷氏は、一般的な商品情報だけでは十分ではないと答えている。重要なのは、その店舗ならではの「うんちく」や「思い」、そして、なぜその商品を勧めるのかという背景を商品ページへしっかり書くことだという。
ここが非常に重要だ。AI店長は、接客を自動化するための仕組みではない。店舗ごとの個性や価値をAIが理解し、それを利用者へ伝える、新しい接客の仕組みなのである。
そして、この考え方が広がれば、事業者自身の発信も変わっていく。商品説明を書くだけではなく、その背景やストーリー、専門知識まで含めて伝えるようになるだろう。
つまり、AIは、業務を効率化するためだけの存在ではない。事業者が新しいコンテンツを生み出し、新しい顧客体験を設計するための土台にもなっていくのである。
⑥ 生活者と事業者が進化することで、楽天のエコシステムも進化する
まさに、これこそが三木谷氏のいう「スーパーエージェント」の真意なのではないだろうか。つまり、生活者の体験が変わる。事業者の提案が変わる。
その結果、楽天のサービスをより自然に利用するようになる。
その中で、たとえば、EC事業者は、AI店長を通じて、これまで以上に商品の魅力や専門性を伝えるようになる。新しい提案や新しいコンテンツが生まれれば、利用者の体験もさらに良くなる。すると、また利用者が楽天を使い、その体験がAIを育てていく。その循環によって、楽天のエコシステム全体が進化していくのである。
これまで楽天経済圏は、「ポイントがお得だから使う」という価値で語られることが多かった。
しかしAI時代は、その構図だけではない。AIを通じて生活者と事業者が互いに価値を高め合い、その循環を楽天のエコシステムが支えていく。
今回の講演で三木谷氏が、インフレから始まり、モバイル、中国、AI店長、スーパーエージェントまでを一つの流れで語った理由は、ここにあったのではないだろうか。
⑦ AI時代、楽天が目指すのは「ポイント経済圏」のその先だった
今回の講演を聞いていて感じたのは、楽天がAIを使って新しいサービスを作ろうとしている、という話ではなかったことだ。物価高騰という社会課題から始まり、モバイルで生活との接点を持ち、その上でAIによって生活者一人ひとりに寄り添う。そして事業者もまた、AI店長のようなものを通じて、新しい接客やコンテンツを生み出していく。
つまり、生活者と事業者の双方がAIによって進化し、その循環を楽天のエコシステム全体が支える構想なのである。繰り返しになるが、これまで楽天の強みは、「ポイント経済圏」として語られることが多かった。もちろん、その価値はこれからも変わらないだろう。
しかしAI時代になると、その意味は大きく広がる。生活者の体験が良くなるほど、事業者はより良い提案ができるようになる。事業者の価値が高まるほど、生活者の体験もさらに良くなる。楽天が目指しているのは、ポイントによってサービスをつなぐ経済圏ではない。AIを土台に、生活者と事業者が互いに価値を高め合う「生活エコシステム」なのではないだろうか。
だから三木谷氏は、AIだけを語らなかった。インフレも、モバイルも、中国で見たAI前提社会も、AI店長も、スーパーエージェントも、すべては「生活エコシステム」という構想を実現するためのピースだったのである。
今日はこの辺で。







