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突破は売り場から生まれる──タカラとトミーを横断して見えたマーケティングの正体

 ヒットは、才能の産物だと思われがちだ。けれど、現場に入ると、少し景色が変わる。売れた理由はあとから語られるが、実際に動いているのは、もっと地味で、もっと具体的なものだ。売り場の空気、値札の重み、箱の写真の見せ方、そして「限定」という言葉の扱い方――。

 タカラとトミー、二つの文化を経験した黒岩和信さん(キャラクターマーケティングオフィス 代表)の話を追っていくと、そこには一貫した視点がある。それは「どう作るか」ではなく、「どう置くか」という発想だ。勇者シリーズの在庫処分で信頼の重みを知り、チョロQで市場を見つけ直し、プラレールで循環を設計し、「いえそば」でその構造を応用する。すべては、売り場から逆算する思考の延長線上にある。

 マーケティングとは、広告の技術ではない。あるものを、意味のある場所に置くことだ。黒岩さんの歩みを辿りながら、その本質に迫ってみたい。

第1章 信頼を失った日と、市場を見つけた日──売り場を見るという癖

 1993年。黒岩さんの大学時代はバブルの余韻が残っていた。コピーライターやクリエイターがテレビに出て、マーケティングという言葉がどこか格好よく響いていた。メーカーに入り、ロングセラーを担当し、いずれはマーケッターになれたらいい。そんな、少し浮ついた志望動機でタカラ(現タカラトミー)に入った。

 だが現実は、甘くなかった。

 研修で営業部長が無言で配ったのは、社内資料ではなく週刊誌の記事だった。そこには、タカラの「創業以来の大赤字」に関する、決して会社にとって明るいとは言えない内容が書かれていた。コピーされた紙を手にしたとき、空気が凍る。

 入社式の高揚は、そこで一度止まった。会社の内側にいるのに、外側の評価を先に見せられる。その感覚は、強烈だった。

1| 前年実績という安心

 その前年、当時放送されていた「勇者シリーズ」を軸に展開された合体ロボ玩具は、子どもたちの間で爆発的な人気を博していた。数字は美しい。会議室で前年実績は絶対的な力を持つ。

「去年これだけ売れたんだから、今年はもっといける」

 とはいえ、アニメの勢い、競合の動き、子どもの関心の移り変わり。前年と同じ条件はひとつもない。それでも売上目標は前年超え。倉庫の箱は増え続ける。

 そこで、正規ルートで消化できない分を、ディスカウント系の卸へ流す。結果何が起こったか。8,000円の商品が、12月初旬に3,000円前後で市場に出回る。当時はまだ、値引きが常態化していない時代だ。定価販売が前提の世界。町のおもちゃ屋も百貨店も、メーカーを信じて仕入れている。

 その正規の売り場を飛び越えて、安い価格の商品が先に市場に出る。価格が崩れた、という事実だけが広がる。翌年、新卒として挨拶回りに出たとき、その空気の重さで、ようやく事の大きさを実感する。

 「よく来たね」その一言の奥に、冷えた温度がある。怒鳴られはしない。だが、問いは重い。「どういうつもりなんだ」怒っているのは価格ではない。怒っているのは、信頼だ。定価で売る前提で組み立てた売り場が、裏切られたと感じている。ここで初めて理解する。売上は、作れる。だが信頼は、削れる。

 マーケティングとは広告の技術ではなく、売り場との関係をどう保つかという視点なのだと、身体で知る。

2| 売り場に立つということ

 この経験は、あとから振り返ると“癖”になった。会議室で数字を見る前に、売り場を思い浮かべる。棚に並ぶ姿を想像する。値札の重みを考える。店主の顔を思い出す。数字よりも先に、空気を見る。この癖が、次の出来事に繋がる。

 その後、黒岩さんは、チョロQを担当する。チョロQは売れていた。300円台の定番商品。コロコロと連動し、カスタマイズモデルも出ている。棚に並べれば、自然に動く。だが売り場に立っていると、こう囁く声があった。

「子どもに混じって、大人がいる。」

 親ではない。付き添いでもない。棚の前で、真剣な目をしている。しかも、何度も見かける顔がある。大人が買う市場は、すでに存在しているのではないか。そう考えた黒岩さんは、大人向けのセットを用意し、限定数量でいいので、1万円越えの高価格帯で展開しようと提案する。

 子ども向けが常識だとされた時代、その考えは否定された。しかし、何とか実現に漕ぎ着けると、あっという間にそれが完売した。この経験もまた、全ての答えは売り場にあるという当たり前の現実に気づかさせるものであった。ある意味、マーケティングの原点である。

3| 売れているものほど、再編集する

 チョロQの部隊に配属された後、1999年という節目の年に、イベントをやろうと考えた。

 ただしそれは、いわゆる「発売20周年」ではない。商品として店頭に並び始めてからではなく、チョロQという発想が生まれてから20年――いわば“生誕20周年”という位置づけだった。

 この企画もまた、実に消費者心理を掻き立てるものだった。話を持ち込んだ先は、日産。銀座の日産ギャラリーに実車化したキューブを置き、歴代モデルを並べる。ビンゴ大会を開き、体験を作る。

 そして、同じく銀座にある博品館トイパークでもイベントを仕掛けた。会場を二つに分け、時間差で開催する。整理券制にすることで、自然と“回遊”が生まれる設計だ。銀座の中央通りで様子を見ていると、整理券を求めて人が集まり始める。子どもたちの列の中に、明らかに親ではない大人の姿がある。しかも一人や二人ではない。

 やがて、遠くから走ってくる人影が見える。ぜえぜえ言いながら整理券を受け取り、参加し、終わるとまた別会場へ走る。同じ顔が何度も往復する。

 子どもを楽しませる企画でありながら、大人のコレクター心理も刺激する。限定モデルを用意し、銀座という場所に実車を置く。その組み合わせは、日産にとってもブランド価値を損なわない“好条件”だった。

 つまりこれは、単なる記念イベントではない。子ども市場と大人市場を同時に動かす、再設計だった。

 こういう視点が、やがてプラレールの箱を見たときに、「綺麗すぎる」と感じる違和感へと繋がっていく。

第2章 完結させない勇気──プラレールが教えてくれた“循環”という発想

1|綺麗すぎる箱に感じた、静かな違和感

 その後、黒岩さんはタカラからトミーへと移籍する。最初に任されたのは「プラレール」だった。担当として最初に目に入ったのは、セット箱の写真だ。そこには、完璧に整えられた世界が広がっていた。

 楕円に組まれたレール。中央を滑らかに走る車両。左右対称に配置された駅と踏切。背景まで整えられた、いわば“理想の完成形”。パッケージ写真としては申し分ない。だが売り場でその箱を手に取った瞬間、別の問いが立ち上がる。

 ――これで、終わってしまわないか。プラレールは、そのセットを買って終わる商品ではない。レールを足し、車両を増やし、情景を広げる。拡張していくことで世界が深くなる玩具だ。

 なのに、箱の写真は“完成”を提示している。確かに、完成は、気持ちがいい。だが完成は、止まりでもある。この違和感は、デザインの好みの問題ではない。

 売り場の視点から見たときの、商売としての違和感だった。その延長線上で、プラレールの箱を見る。「このセットを買ったあと、次は何を買う?」その問いに、箱が答えていないように見えた。

2|文化の衝突は、発想の衝突でもある

 その問いについて考える前に、一つ面白い指摘があるので取り上げたい。実は、彼がタカラからトミーへと移って、その両社には決定的に違う文化があることに気付いた。

 トミーには、強い開発文化があった。まず面白いものを作る。試作を見せて、「これいいでしょ?」と問いかける。感覚が先に走る。その力は本物だ。爆発的なヒットを生む土壌でもある。

 一方で、タカラは違う文化を持っていた。「誰に、どう伝わる?」「売り場はどう動く?」「流通は喜ぶか?」商品は、完成品としてではなく、“市場に置かれるもの”として扱われる。この点、まるで文化が異なった。

 黒岩さんは、この両方を経験している。だからこそ、完成されたレイアウトを前にしても、単純に「いい」とは言わない。完成している。でも循環は生まれるか。ここで出した提案は、決して派手ではない。オーバルの最後を分岐レールに変える。

 あえて左右対称を崩す。“少し気持ち悪い”形にする。だが社内の反応は厳しい。

「気持ち悪いレイアウトにしやがって」

 営業にとって、完成形は武器だ。説明がいらない。誰にでも伝わる。ただ黒岩さんには、「元タカラ」というフィルターが重なる。売れるためにどうするか――その視点が、どうしても前に出る。

 文化の違いは、論理だけでなく感情にも触れる。提案は、正論であっても、すぐには通らない。

3|売り場の一言が、空気をひっくり返す

 だから、現場に出て、バイヤーに見せる。そのとき返ってきた言葉は、拍子抜けするほどシンプルだった。

 「これなら、他のパーツも売れるよね」

 それだけだった。そこには、売り場の本音が詰まっている。店は、一度きりの売上より、繰り返し動く商品を求めている。セットが売れて終わるより、追加レールや車両が継続的に動く方がいい。

 完成形より、広がる余白。美しさより、循環。その瞬間、空気が変わる。社内では否定的だったレイアウトは、“売り場にとって意味のある形”に変わる。その後、そうした“少し未完のセット”が継続していく。これはデザインの話ではない。商売の設計の話だ。完結させないことで、次が生まれる。

 未完を残すことで、想像が動く。チョロQで市場を再編集し、プラレールで循環を設計する。商品が“回る構造”を磨く。完結させない勇気は、売り場から逆算した思想だった。

 この話を聞きながら、僕は次第に気づいていた。黒岩さんの強みは、タカラで培われたマーケティング起点の発想にあるのではないか、と。

第3章 熱狂は設計できる──コロコロからいえそばへ、装置という発想

1|15日という「時間の装置」

  売る視点は企画にも現れる。何気なく、子どもたちが手にする「コロコロコミック」。それは、玩具会社にとって、ただのマンガ誌ではなかった。毎月15日発売。この日付が、商品開発のリズムを支配していた。7月15日号に最大露出をかける。誌面で写真を出し、ルールを説明し、景品を見せる。そして7月末に商品を出す。夏休みに入った子どもが、その足で店に向かう。

 発売日は単なる物流上の都合ではない。誌面と売り場を同期させるための装置だった。

 さらに12月。クリスマス商戦前の号で再び最大露出をかける。ボーナス期とも重なる。家庭の財布が緩むタイミングと、子どもの熱量が重なる瞬間を狙う。ここで重要なのは、偶然のヒットを待たないことだ。

 売れる可能性のある商品を、売れる瞬間に最大化する。こういう要素を特に大事にしようとするのも、黒岩さんらしい。そのために、時間を設計する。15日という定点があるから、メーカーはそこに向けて動く。

 編集部はそこを中心にページを組む。流通は発売タイミングを合わせる。時間そのものが、装置になっている。こうした発想こそが、黒岩さんの心を躍らせる。店を起点に仕掛けを考え、売れ筋を作っていく。その循環が見えるからだ。

2|大会という「体験の装置」

 誌面だけでは熱は持続しない。そこで大会がある。全国のおもちゃ屋で公式大会を開く。ルールを決め、そのルールに有利な機能を持つ新商品を投入する。勝てば、非売品がもらえる。非売品という言葉は、子どもにとって魔法だ。店で買えない。大会に参加しなければ手に入らない。努力と報酬が直結する。

 そこに重なるのが「限定」だ。大会限定。店舗限定。数量限定。

 限定は、熱を一点に集める。コレクター心理を刺激する。走るおじさんたちが現れたのも、限定モデルがあったからだ。

 顧客起点で物事を考える黒岩さんは、同時にこうも語る。「限定」という言葉は強い。だが、強いからこそ危うい、と。売り場から逆算する思考を持っているからこそ、顧客対応にも細心の注意を払う。

 ある日、お客様相談室に一本の電話が入った。「限定品だと思って買ったのに、別の店にもあった」

 売る側の“限定”と、買う側の“限定”は、意味が違う。店舗限定なのか、期間限定なのか、数量限定なのか。曖昧にすれば、信頼が削れる。

 ここで黒岩さんは学ぶ。熱狂を作るには、言葉も設計しなければならない。限定は煽り文句ではない。約束だ。ある種、これらは最初の勇者シリーズで失った信頼にも直結する話である。

3|いえそばは“玩具の応用”だった

 そして、「いえそば」での経験でも、彼らしい才覚が生かされる。団塊世代向けに開発された、家庭で手打ちそばを楽しむためのキットだ。実は、その発売時期は、団塊世代が定年を迎えるタイミングだった。アンケートを取ると、やりたい趣味の上位は「陶芸」と「手打ちそば」。

 前年に出した電動ろくろは、そこそこ手応えがあった。ならば次は、そばだ。理屈は通っている。

 問題は、どうやって興味を引くかだった。しかも使える予算は限られている。普通なら、そこで立ち止まる。広告費が足りない。露出が足りない。だから売れない――そう考えるのが自然だ。

 だが、結果は違った。「いえそば」は、確かにヒットした。そこに僕は、黒岩さんの“売り場から逆算する思考”を見た。

 お金をかける代わりに、置き方を設計する。装置を組む。素材の意味を変える。諦めるか、知恵を使うか。その分岐が、結果を分けたのだ。

 会社帰りに黒岩さんは、スーパーのつゆ売り場を眺めていた。ヤマキの商品のおつゆ「更科堀井」の名前が目に入る。麻布十番の老舗。そばの三大系譜のひとつ、更科の本家。これだ、と思った。

 翌日、だし・調味料メーカーヤマキに電話をかける。「今度こういう商品を出すのですが、何かご一緒できませんか」。まずは、会うことに意味がある。

4|玩具ではない素材で、同じことをやる

 ヤマキから紹介してもらい、開店前の更科堀井を訪ねる。創業230年の老舗で手強い相手。最終的に出した提案は、店を借りてマスコミ発表会を開かせてほしい、というものだった。

 記者が自分でそばを打ち、職人が茹で、朱色のせいろで出す。つまり、本格志向のその場所で、記者が自ら作り、食べ、そして、その更科のつゆを添えて、出すことで、話題性を作り出したわけだ。

 最後は、その場で食べるわけで、自分で作った以上、まずいとは書けない空間を作る。これはごまかしではない。本物と並べて、耐えられるかどうかの勝負であり、それは当時に、玩具会社の商品で大丈夫か?という声に対してのメッセージでもある。

 ある意味で、それはコロコロコミックを使ってチョロQの熱狂を設計したときと同じ構造だった。広告費に頼るのではなく、記者を巻き込み、メディアの力を装置として使う。ここにも、売り場から逆算するマーケティングの視点がはっきりと現れている。

 いうまでもなく、多くのメディアで“面白がって”取り上げられたこともあり、ブレイクしたのである。お金をかけることが大事なのではなく、商品がどうすれば売れるかから逆算して、設計したことが大事なのである。

5|装置を持つ人間

 黒岩さんの強みは、商品を作ることではない。素材を見抜き、時間を設計し、体験を組み、言葉を定義し、流通を巻き込む。熱狂は自然発生しない。装置で作れる。だが信頼を削れば、続かないから、売り場を見る。全ては同じ思想の応用だった。

 これらの話は、まだSNSが当たり前ではなかった時代の出来事だ。けれど、本質は少しも変わっていないように思う。使う手段は変わっても、答えは変わらない。商品が売れるかどうかのヒントは、常に売り場にある。

 商品の特性を理解し、時代を読み、意味のある場所に置く。そして、その意味がきちんと伝わるように設計する。その構造こそが、マーケティングなのだ。

 逆に僕は、これらの話を聞くほどに、いまの時代だからこそ学びがあると感じた。自分が向き合っている仕事に、構造の抜けや甘さはないか――そう問い直さずにはいられなかった。

 今日はこの辺で。

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