磁石の可能性を拓く、マグエバーの挑戦 〜澤渡紀子さんのものづくり哲学〜

「ここをこうやってやると、ほら。」楽しそうに、実演して、創業以来の挑戦を振り返るのが、マグエバー代表取締役 澤渡紀子さん。主役は磁石である。小学校の時に、砂鉄を集めたくらいの経験しか、僕には記憶がない。本来、地味な存在で、主に企業の取引で使われる程度。馴染みがないけど、彼女は、その磁石のポテンシャルを、BtoCの世界で、日常に快適さをもたらすという切り口で、引き出した。その着眼点は、磁石の力で、僕らの生活を楽しく、救うのだ。
磁石にかける情熱——家業から独立へ
「磁石」と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは、N極とS極が引き合うというお馴染みの性質くらいだろう。普段の生活の中で特に意識することはないかもしれない。けれど、実は私たちの身の回りに“ひっそりと”存在し、重要な役割を果たしている。
例えば、自動車では電力を高めるために活用され、携帯電話ではマイクに使われて音質を向上させるなど、その影響は意外と広い。ただ、僕らが磁石を直接手に取って生活を変えるわけではないため、身近なものとは感じにくい。
だからこそ、澤渡さんは磁石に秘められた可能性をもっと別の角度で活かそうとする生粋の“磁石マニア”だ。ただ、その原点を辿ると、彼の父親が磁石を扱う会社を立ち上げ、まさにこうした用途で事業を展開していたことに行き着く。
極めて身近なところに磁石が存在していたが、それほど彼女は興味があったわけではない。その証拠に、彼女の社会人デビューはそれとは無縁の会社に就職したくらいなのだから。しかし、紆余曲折あって、悶々とする中、父親の会社、マグナで働くことになる。
磁石を活かした事業展開
最初は、これまでと変わらず働いていた。
しかし、仕事の面白さを知るにつれ、磁石への興味も自然と深まっていったのだから不思議だ。父親の会社は順調に成長していたものの、その規模の大きさゆえに小回りが利かず、工場の現状を目の当たりにした彼女は、改善に向けて動き出した。
組織の構造を見直し、士気を高めることで業績を向上させるという手腕を発揮したことで、仕事にのめり込んでいく。そして、「血は争えない」とでも言うべきか、その後、自らの道を切り開くべく、会社を離れ、ついには起業するに至る。その時には磁石の虜であり、そこへの愛ゆえと言っても過言ではない。人生とは、どこでどう転ぶかわからないものだ。
そして、起業して立ち上げた会社こそが、マグエバーである。
彼女が意図していたのは、まさに、社名の通り。磁石の価値は無限にあり、それを引き出す役目を担いたいということだった。
これは、彼女の優れた嗅覚があったからこそ成し得たことだ。
意外かもしれないが、磁石製品は日本のお家芸であり、他国ではあまり見られなかった。とはいえ、彼女は親の会社にいた頃から、海外市場の勢いを肌で感じていた。そして、このままでは磁石業界でも日本が埋もれてしまうのではないか。そんな危機感を抱いていたのだ。
磁石市場の変化と挑戦
だからこそ、彼女は親の会社のように磁石そのものを販売するのではなく、別の方向性を模索するようになった。つまり、磁石にはまだ活かしきれていない“無限の”可能性があると気づいたのだ。
とはいえ、道のりは決して平坦ではなかった。最初は親の会社の代理店として磁石関連の仕事をしながら、可能性を探り続けた。そして、ようやくその手応えを感じたのは、起業から5年が経った頃だった。
彼女が目指していたのは、磁石を活用して日常をより快適にすること。そのビジョンが少しずつ形になり始めていた。
それをもたらすヒントは、シリコンにあると考えていた。
実は、それは磁石の可能性を伸ばすものでもあった。というのも、僕は専門家じゃないので、軽く流すけど、フェライト磁石は鉄の酸化物を基にした安価な素材で広く使われている。一方、アルニコ磁石は高温でも性能を維持し、サマリウムコバルト磁石も独自の特性を持つが、磁力の強さではネオジム磁石に及ばない。こんな風に、磁石は年々、進化しており、続々と新しいものが出ている。

とはいえ、それらは一長一短であり、弱点があるのである。
磁石の「弱点」を克服する
その「磁石の弱点」を克服することに注目して、シリコンに注目した。つまり、彼女は父親の会社のように、磁石をそのまま販売するのではなく、シリコンで加工して別の用途に活かせないかと考えた。
「最初は父の会社でもシリコンコーティングを試したんです。でも、なかなか売れなくて……。それでも、私はこの技術には未来があると確信していました。」
そもそも、磁石の世界には、強い磁力がある一方で「サビやすい」「割れやすい」という弱点がある。特に最近、主流のネオジム磁石は強力な磁力を持つが、湿気や水に弱く、錆びてしまうという問題があった。
「ネオジムは錆びやすいんですよね。だから、それをどうにかしないといけなかったんです。」
その課題に対して、澤渡さんは試作を重ねた。そして、シリコンコーティング技術を適切な形で使うことへと辿り着く。マグネットの固定方法を見直したり、磁力とコーティングするシリコンのハイブリッド構造を取り入れることで、より使いやすい製品へと進化させたのだ。

そして、磁石を保護しながら、より使いやすくする発想を実現したのが「シリコンマグネット i フック」だった。
「シリコンマグネット」の誕生と革新
磁石をシリコンでコーティングし、フックをつければ錆びない。だから、そのままお風呂や台所で使える。実は、こうした場所にはタオルなどを掛けるスペースが少ないため、意外と便利なのだ。

とはいえ、言うほど簡単ではない。シリコンの形状を決め、それに合わせた金型を作り、大量生産の準備を整える必要がある。つまり、資金を調達しながら、税理士と相談しつつ、一歩ずつ進めていく。しかし、その形が本当に正しいのかは、実際に世に出してみるまでわからないのだ。
その怖さを思えば、どれだけ大きな挑戦かがよくわかる。
それらがBtoCの形で、次第に、世の中のお店に入って行った時には感慨ひとしおだったろうと思う。
さらに、彼女の発想はしたたかだ。シリコンコーティング用の金型を活用し、「マグサンド」という商品を生み出した。もともとの形状を別の用途に応用したものだが、これがきっかけで僕はこの会社を知ることになる。そのアイデアの巧みさに、思わず唸った。

つまり、「マグサンド」は磁石のS極とN極の特性を利用し、物をしっかり挟み込む仕組みになっているのだ。
すると、それこそ、磁石が吸い付かない場所でも、フックを作ることができる。ガラス窓に表と裏で挟み込めば、何もなかったところにフックが生まれるわけである。
生活を変える磁石の進化
「磁石ってシンプルに見えて、実は奥深いんです。」
その言葉どおり、彼女の製品開発には、磁石の弱点を一つひとつ克服しながら、新たな価値を生み出す挑戦が詰まっている。
彼女は自社のアイデアを形にするだけでなく、磁石の可能性を広げるため、学校にも積極的に足を運んでいる。どういうことかというと、磁石の原理を知ってもらうことで、新たな発想が生まれるきっかけになると考えているのだ。確かに、僕自身の記憶を振り返ってみても、子どもの頃に砂鉄を集めて「これが磁石の働き」と教わっただけでは、「ふーん」で終わってしまっていた。
例えば、磁石はそのままよりも、鉄で覆うことで磁力が強まる。これは、磁石が鉄に触れることで、鉄の中にS極とN極が生まれ、磁性が加わるためだ。このように、磁石の特性を活かすことで、無限の可能性を引き出せる。
だからこそ、彼女は柔軟な発想を持つ小学生に向けて授業を行い、考えることの楽しさを伝えているのだ。
さて、話を聞いていて思ったのは、この会社は「ラボ」だなということ。つまり、消費者の生の声から実際に改良を常にしながら、変化し続けるというのが彼らの真骨頂。
磁石の可能性は無限大
一つ一つの商品は、消費者との接点が織りなす結晶のようなものだ。そう考えると、マグエバーの存在によって、磁石は今後、より多くの産業や生活シーンで活躍する可能性を秘めている。
それは、正直、彼女だけがやっても、ダメだ。磁石の可能性を伸ばすには、まだまだ無限とは言い難いレベルである。だから、その裾野を広げるための学校での授業なのである。
磁石への愛は尋常ではない。
当初、会社は長く続かないだろうと言われていた。彼女が「このままでは海外にシェアを奪われる」と警鐘を鳴らしても、周囲は信じなかった。
しかし今、中国をはじめとする海外勢が磁石市場に深く入り込んでいる。その現状は、彼女の見立てが正しかったことを証明している。そして何より、マグエバーは15年を経た今も、しっかりと地に足をつけて成長を続けている。
そして、アイデアはもっと出てくる。その上で夢も語る。
「もっと環境に優しい磁石を開発したいですね。持続可能な素材との組み合わせも模索しています。」
日本の技術力にアイデアをプラスして、周りに左右されることなく、新たな市場を切り開いていくことを目指す。まさに、、、
「磁石の可能性は無限大。」
澤渡さんの挑戦は、これからも続いていく。
今日はこの辺で。