リアルの「色気」とオンラインの「光」が交差する時代―感性を瞬時に切り取り、仕組み化する株式会社yutori・片石貴展氏の挑戦―

ファッションワールド東京のセミナーに登壇した株式会社yutori 代表取締役の片石貴展氏。彼は「若者が熱狂するブランド」を次々と立ち上げながら、IPO(株式上場)やM&Aを駆使して急成長を遂げている時代の寵児である。表向きは“Z世代ストリート企業の成功者”と見られがち。だが、その実、彼の狙いはもっと奥深い。なぜなら、売り切り御免のネット通販の“光”と、長く愛されるリアル店舗の“色気”とを同時に追求しているからで、そんな姿にこそ、この時代にフィットするファッションビジネスの姿が浮かび上がる。
その言葉が響いたんだよな。
「ネットは一瞬の熱量を逃さず売り切る。そのスピード感は光のように速い。一方、リアル店舗には奥行きや継続力があり、それこそが色気としてお客様に伝わる」。
こう語る片石氏は、ECに軸足を置いて成長してきた一方で、リアル店舗への積極投資も行い、急拡大を成し遂げている。考え方が本質的。このセミナーでは、Z世代向けビジネスを起点に躍進したyutoriが、いかに“リアル”と“オンライン”を使い分けながらブランドを長く浸透させているのか、その背景にある戦略と想いが余すところなく語られたのである。
1.リアルがもたらす“色気”とオンラインの“光”
ファッション企業の多くは、オンラインとオフラインの接点をどう扱うかに頭を悩ませている。
特にコロナ禍を経て、ECを強化する流れが加速してきたのは言うまでもない。一方で、「リアル店舗はオワコン」的な言説が一時期取りざたされたのも事実。しかし片石氏は、まさにその真逆を示すかのように、「リアル店舗」の拡大に力を注いでいる。
でもそれは、過去、ネットを通して、生産性高く、圧倒的速さで躍進したからこその着地点だ。
「ネットは“光”のように一瞬で売れる反面、あっという間に流れ去ってしまう。でもリアルは同じ服を置いていても‘色気’がにじみ出る。店舗の空気、照明、スタッフとの会話――それらが奥行きを生み、ブランドを長く支えてくれるんです」
この「色気」という言葉は、実に面白い。商品自体が持つ魅力というよりは、「店舗空間でしか味わえない雰囲気」だと片石氏は語る。
ECは“いま売れるもの”を見逃さず、瞬間最大風速でヒットを作ることに適している。
それを“光”と表現し、ときに定番商品を育てることよりも目先のトレンドを優先する傾向を指摘する。そこに対して、リアル店舗こそが“色気”を宿し、ブランドとしての文化や歴史、人とのつながりをしっかりと育んでいく。
両者の相互作用をうまく使い分けるからこそ、yutoriは若者向けのストリートブランドをオンラインで一気に拡大しつつ、実店舗で奥行きのある世界観を伝えることに成功しているのだ。
2.“古着”に始まるブランド創造――一点物ECがもたらした試行錯誤
yutoriの出発点は“古着”で、時代背景を読む嗅覚があった。 「自分たちが学生の頃は、ネットで古着を買わなかった。けれど、ファストファッションが流行り、それに替わるものとして、古着を買うようになっていくと思った」。
片石氏は、まず「古着女子」というInstagramメディアの立ち上げに触れている。まさに、24歳で起業した片石氏がまだ資金もスキルもない状態のとき、唯一の武器として始めたものだ。
しかし、当初は苦労も多かったという。古着は一点物であり、在庫管理が難しい上に、写真撮影や採寸、商品コメント作成(いわゆる「ささげ」業務)に膨大な手間がかかる。
それをECで売ろうとしても、同じ商品を大量に販売できるわけではないからスケールがしにくい。実際に運営してみると「費用対効果が悪すぎる」ビジネスモデルだったのだ。
ただ、若者のリアルな声や流行の種を次々と拾い上げる“センサー”として、古着メディアは機能した。
すると次第に「新品を作ったほうがいいのでは?」という気づきが社内で芽生え、ストリートブランドやルームウェアなど、ヒットを生むさまざまなブランドが派生していった。ここで大きかったのが、「新品なら在庫をまとめて作れる」 という、古着にないスケールメリットだった。
一方、古着に取り組んだ経験は、「一点物を売り切るための瞬発力」や「デザイン・撮影での魅せ方」といった土台をもたらした。結果的に、最初の古着事業は莫大な売上を上げたわけではない。だが、そこに現場の感性が凝縮され、それが次の事業への飛躍に繋がったのだ。
3.色気と光の掛け合わせ―すぐ売る・長く愛される、それぞれの価値
売り切りが得意な「オンライン」は、スピード重視の“光”のようにパンと広がる。一方、「リアル店舗」は、ブランドを深く愛してもらうための“色気”の要素が強い。yutoriは、どちらかを捨てるのではなく、両方を最大化している。
たとえば、SNSやECで勢いよくヒットを生むブランドを「短期集中」で打ち上げる一方で、一定以上の売上規模や人気が得られたブランドに関しては、積極的に実店舗を展開する。
現代のファッションは瞬時に消費されるイメージが強いが、リアル店舗があることで「店舗スタッフの接客」「商品の陳列・空間づくり」「直接コミュニケーションできるイベント」といった色気を帯びる余地が生まれる。
そこでは顧客がゆっくりとブランドの世界観に浸り、作り手の想いを感じ取り、結果的に長期的なファンになっていく。
しかも、その色気が強化されればされるほど、オンラインで販売する際のブランド価値にも上乗せされる。すぐ売り切る“光”の勢いと、じわじわ続く“色気”の底力。この両輪こそが、片石氏の言う「感性を最大化する仕組みづくり」なのだろう。
4.ブランドの「やめ時」をルール化する―Yリーグの真意
アパレル事業では、新しいブランドを立ち上げる以上に「撤退の決断」が難しい。デザイナーや担当者は思い入れが強いため、売上が伸びなくても“愛着”で惰性運営してしまうケースは珍しくない。そこに対してyutoriは「Yリーグ」という仕組みを導入している。
「月商700万円を1年以内に達成しなかったら撤退」
この厳格なルールをあらかじめ提示することで、情や愛着ではなく“経営”としてブランドの存続を決める仕組みを作り上げたのだ。
もちろん、立ち上げ当初からそれを目指すのは容易ではない。
しかし、ルール化することで当事者にも「ブランドとして勝ち残る」明確な目標が示され、逆に言えば「達成できなければストップする」という潔さが伝わる。すると現場も最初から全力を尽くし、成功したブランドにはより熱が集まり、結果として非連続的な成長を引き出す要因になった。
つまり、このYリーグという共通化させたプラットフォームの上に、30以上のブランドが集まることになった。そうすれば、古着単体の商売よりも生産性が高く、スケールしやすくなる。SNSなどを巻き込み、尖った感性が常にそこに集約される格好になった。
実際、yutoriは創業7期にして、売上予想80億円(※セミナー当時)の規模まで成長している。その影には、多くのトライ&エラーがありながらも「やめ時を決める」選択が効いていたわけだ。
完成という曖昧なものを仕組み化でカバーし成果に繋げたわけである。案外、論理的で、本質的である。
5.Z世代だけじゃない――M世代や多世代を巻き込む拡張戦略
SNSを武器に急拡大したyutoriは、一見「Z世代専業」のようにも見える。しかし片石氏は「Z世代だけにこだわっているわけじゃない」と明言している。ここが実に彼らしい。Z世代すらキッカケでしかない。
彼の視点は「自分たちがリアリティを持てる領域に全力を注ぐ」という単純明快なスタンスにある。
企業として立ち上げて間もないころは、片石氏も20代半ば。自分たちの強みを最大限に生かすには、同世代のトレンドを読むことが得意だった。それゆえZ世代向けのストリートファッションから着手し、大きく成長できたのだ。
だが、実際に上場を達成し、事業領域を拡げる段階に入りはじめた今、「ストリート以外のテイストでも、自分たちがリアルに理解できるジャンルや、協業できる仲間がいればチャレンジしたい」という姿勢を見せる。
Her lip toを子会社化したのもその一例だ。これは“小嶋陽菜さん”というまったく別のターゲット層を持つブランド。yutoriの中でも年商10億程度の店が多い中、Her lip toはその数倍をいく。だが、ある種の“切り口”を共有し、双方が学び合える関係性があったからこそ成立している。
6.異なる世界観でも共鳴する、“感性の設計図”という切り口
「Her lip to(ハーリップトゥ)」は、確かに、一見、yutoriとは対照的である。それにも関わらず、根底にある“切り口”の共有があったのだ。
それは、テイストやターゲットではなく、「感性を起点にブランドを育てる」という哲学の一致だ。
Her lip toは、30代女性に向けたロマンティックで洗練された世界観。それを、SNSやEC、そしてリアルイベントを通じて届けている。
一方、yutoriはZ世代のストリートカルチャーに根ざしたプロダクトを次々と打ち出してきた。ターゲットもテイストも異なるが、「自分たちがリアリティを持てるカルチャーを熱狂の構造に乗せて育てていく」という発想は共通している。
お互い、“感性の設計図”を持つ者同士。だからこそ、違いがあってこそ学び合えるという着地を得た。片石氏が「お互いに刺激を与え合える関係性」と表現するゆえんは、まさにこの部分にある。
さらに海外展開にも積極的。韓国ブランドや台湾の商業施設への出店など、今後は若者中心だった日本国内からアジア全域への拡張を狙っている。
そう考えると、「Z世代=若さ」だけではない。「その世代が育んできた商品起点のコミュニティ文化を、他世代にも通じる形にリミックスできるのか」。その発想がyutoriの独自性だと言える。
7.M&Aと“若者帝国”――次々と仲間を増やす仕組み
yutoriの成長を加速させているもう一つの要因が、やっぱり、M&Aへの積極的な姿勢だ。ファッション業界におけるM&Aといえば、LVMHのような巨大グループの例が思い浮かぶかもしれない。しかし、yutoriは“ベンチャー”でありながら、短いスパンで複数ブランドを取り込んでいる。だから、熱狂するというわけだ。
- • Her lip to(ストリートとは真逆のフェミニン路線)
- • オーバープリント(規模が小さいながらも熱量のあるブランド)
- •ミニュム(minum)(プチプラコスメのリブランディング)
いずれも、単なる買収による売上増を狙うというより、「異なる感性を持つチームをグループに迎え入れ、若者帝国としてパワーを拡張する」イメージだ。
加えて片石氏が強調するのは「人材を呼び込むためのニュースづくり」の重要性でもある。上場した企業が次々にM&Aを仕掛けると、市場からの注目度が高まる。
7.“Sランク”が当たり前になる世界へ──M&Aが引き上げる全体のレベル感
同時に、yutoriは独自に採用している「NICOモデル」というのがあり、ブランド戦略の中核を担う仕組みだ。
これは、N(ニッチ)→I(アイコニック)→C(コラボ)→O(オフライン)の頭文字を取ったもの。
ニッチで熱量の高い市場を選び、象徴的な商品を企画し、コラボで拡張し、リアルで体験させるという流れが特徴だ。
このモデルをベースに、yutoriは「Sランク商品」と呼ばれるヒットアイテム(=1シーズンで500万円以上売れる商品)を数多く生み出しているのだ。
実際、2023年2月〜7月のシーズンでは、全社売上の約2割をこのSランク商品が占めたとか。つまり、限られた“当たり”を狙うのではなく、ヒットを“仕組み化”して再現性を持って量産している。
こうした再現性あるヒットを、自社ブランドだけでなく、M&Aによって取り込んだブランドにも横展開していくことで、全体のレベル感を底上げする。
8.M&Aで掴んだブランドを自らの仕組みと掛け合わせる
たとえば、Her lip toのように既に高い完成度を誇るブランドをグループに迎えることで、「Sランクが当たり前」の空気が社内に広がる。すると、既存ブランドにも良い緊張感が走り、“普通のヒット”では満足できない組織文化が自然と育っていく。
片石氏の言う「ニュースをつくるためのM&A」や「人材を惹きつける磁力」とは、単なる買収ではなく、全体の感性と成果の水準を引き上げるための成長装置なのだ。M&Aはyutoriにとって、新しい“熱”を取り込み、自社の成長ループを加速させるエンジンでもある
そうすると、結果的に「面白い人が入りたがる」環境ができる。
それをするのは、ファッションビジネスは何より「人材」が命だと彼は考えているからだ。
そのためには常に新しい話題性を提供し、世の中の才能が「yutoriグループ面白そう」と思ってくれる状態を作ることが肝要。企業の体力が増すほどに、M&Aでダイナミックに事業領域を広げる。それは従来の老舗アパレル企業とは異なる、ベンチャーらしい“攻めの姿勢”と言えるだろう。
9.新時代のブランドづくりに学ぶ――「好き」を軸に未来を切り拓く
片石氏が繰り返し口にするキーワードが「好きなことを、好きな人たちとやりたい」だ。マインドともいえよう。これは設立当初から変わらないyutoriの根幹であり、そのうえでビジネスを“仕組み化”しながら感性を伸ばしてきた。
- • 一点物の古着をどう扱うか?
- • Z世代がリアルに欲しがる新品をどう企画するか?
- • “やめ時”をあらかじめ決めることで、熱量と経営判断を両立させる仕組み
- • オンラインとオフラインを「光」と「色気」で結ぶブランドの奥行き
- • 縦軸(世代)と横軸(テイスト)を拡張し、多層的にコミュニティを作る
こうした総合力こそが、今の時代を象徴するファッションビジネスのモデルになりつつある。
冒頭のリアルに対しての視点、それから多世代に対しての視点はある種、共通している。例えば、オンラインで瞬間的に売り切るスピード感が、情報飽和の現代では確かに効果的だ。
だがその分だけ、ブランドやコミュニティの“温度”が抜け落ちてしまう危険もある。
だからこそ片石氏は、「あえてリアル店舗を増やす」ことで、ブランドを深める“色気”の部分に価値を見出し、そこにこそ再投資をしているというのだ。
また、「Z世代だけに限らず、自分たちがリアリティを感じられる領域で勝負する」姿勢は、どの世代に対しても応用がきく。それは、まさにZ世代における武器だった、SNSの利用度合いを見て感じるという。
10.ブランドの“核”は、リアルとデジタルの掛け算にある
その利用度合いからして、SNS活用など、むしろ30〜50代の人に対してアプローチすることのほうが伸び代があるのでは。要は転がっている曖昧なニーズをどう仕組み化するかなのだ。
事実、YouTubeを始めとする動画プラットフォームの利用者層は確実に広がっている。だから、その“新しい波”を見逃さない姿勢が成長を後押しする。
さらにM&Aにおける人材の巻き込み方などを見ると、「自分の好きなことを自分よりも得意な人と組むことで大きく飛躍できる」という考え方が根本にあるのがわかる。
足りない部分を補い合うのではなく、得意を掛け合わせて“爆発”させる。この発想があるからこそ、片石氏のもとには異なるテイストのブランドが次々に集まってくるのだ。
繰り返すが、片石貴展氏の語りから浮かび上がるのは、「光(オンライン)と色気(リアル)」のあいだにあるダイナミックなブランド運営である。ネット通販は一瞬の売れ筋をさっと捉え、華やかな“光”の力で売り切る。
その一方で、店舗というリアルな場では、スタッフやディスプレイ、空気感を通じて“色気”を感じさせる奥行きを育む。短期間のスピード消費と長期間の愛着維持をうまく両立できる。だからこそ、yutoriのブランドは若者の間で爆発的に広がり、さらには時代を超えて多世代に支持され始めている。
そして、「辞め時」をあらかじめルール化するYリーグや、コミュニティを巻き込むM&A戦略などを見ると、そこには「好きなことに集中するための仕組み作り」が徹底されていることがわかる。
(結び)一瞬を捉え、永遠を育てる──それが“yutori式”の本質
一見すると感性重視の“ふんわり”した企業に見えて、実はきわめて合理的な意思決定が貫かれているのだ。
今、若者文化を先端としてファッション業界は大きく変革している。
ゆとり世代(Z世代)を軸に、アジア全域へと挑むyutoriの姿勢は、その変化を象徴する事例と言っていいだろう。だが、彼らが示すのは単なる“若者向け”ではなく、「好き」を起点に“光”と“色気”を行き来する新たなブランドづくりの在り方そのものだ。
そこには、「時代の感性を瞬間的に切り取りながら、長く愛される土壌を同時に育てる」強い意志がある。片石氏の話が説得力を持つのは、まさにこの二面性を両立させるために、彼自身が日々もがき続け、その仕組みを実装してきたからだろう。
ファッションの光と色気が混ざり合うこの時代のビジネスを、どのように楽しみ、どのように広げていくのか。yutoriの事例は、そのヒントがたっぷりと詰まっている。
若者向けビジネスを越えて、あらゆる世代のプロダクトやコミュニティづくりにも応用できる要素が多いはずだ。「自分がリアリティを持てるジャンルで、“好き”を徹底的に仕組み化する」。
そこにこそ、今を生きるブランドに必要な“核”があるのではないだろうか。
今日はこの辺で。