鎖国を破ったのは“黒船”Netflixだった──世界へ羽ばたく日本アニメ、その現在地と未来図

皆さんは“黒船”と聞いて、何を思うだろう。ネガティブなイメージ?いいや、僕はそうは思わない。世界を魅了する日本アニメ。その言葉が今、単なる誇張ではなく現実になりつつある。2025年3月、AnimeJapanビジネスセミナーでは、Netflixというまさに“黒船”の登場がもたらしたアニメ界の進化について、第一線の実務者たちが率直に語り合った。
トムス・エンタテインメント、MAPPA、そしてNetflix、さらにモデレーターにはnoteプロデューサーの徳力基彦氏が参加。アニメの国際化を支える“現場の声”から見えてくるのは、アニメが持つポテンシャルと、まだ誰も見たことのない未来だった──。
- ・株式会社トムス・エンタテインメント取締役 吉川広太郎氏
- ・株式会社MAPPA代表取締役社長 大塚学氏
- ・Netflix コンテンツ部門 バイス・プレジデント 坂本和隆氏
“骨太”な物語を紡ぎ続けてきた老舗──アニメ黎明期から今を走るトムス・エンタテインメント
本題に入る前に、登壇している会社について説明しておこう。「名探偵コナン」や「ルパン三世」といった、世代を超えて愛される作品群。その多くに関わってきたのが、1946年創業のアニメ制作会社・トムス・エンタテインメントだ。
長年にわたりアニメを作り続けてきた同社は、「感動体験を創造し続ける」という理念のもと、制作現場の革新にも挑み続けている。近年ではNetflixオリジナル作品『範馬刃牙』などを通じて、国内外でのプレゼンスを高めている。
まさに“日本アニメの屋台骨”とも言える存在が、今も世界に向けて物語を届けている。
熱量で突き進む“制作の最前線”──MAPPAが示すアニメの次なるステージ
『呪術廻戦』『進撃の巨人 The Final Season』『チェンソーマン』──いずれも、今を象徴する話題作だ。それらを次々と世に送り出してきたのが、2011年創業の制作スタジオMAPPAである。
“ファンの期待に真っ向から応える”を貫く同社は、スピード感ある決断と、作品ごとの最適な制作体制で急成長を遂げてきた。原作人気の高い漫画に加え、オリジナル作品への挑戦も強化。時には単独出資でアニメを生み出すなど、業界内でも異色の存在感を放っている。
作品づくりに真摯なスタンスが、国内外のファンを惹きつけてやまない。
3億世帯がアニメを観る時代に──Netflixが築いた“日常”としてのアニメ視聴
さて、世界190か国以上で配信されるNetflix。2025年現在、3億世帯以上が加入し、7億人がコンテンツを楽しんでいるという。そしてそのうち、約半数が「アニメを視聴している」という事実が、時代の変化を物語る。
Netflixでアニメ事業を統括する坂本氏は、近年アニメの視聴時間が5年で約3倍に増加したと語る。「アニメは作品の多様性とともにジャンルも拡充してきた。そこに対する視聴者の反応が、まさにデータとして現れている」と。
トムス・エンタテインメントの吉川氏は、その影響力の大きさを肌で感じている。「『範馬刃牙』がNetflixオリジナルで全世界配信された際、グローバルのランキングでトップ10入りした。それまで海外で認知がなかったタイトルが、一気に名前を知られるようになったんです」。
かつて「アニメ=日本国内のもの」という枠に閉じ込められていた感覚は、もはや過去のものだ。聞いていて気付かされたが、Netflixのローカライズ戦略──字幕34言語、吹き替え12言語という展開力が、それを可能にしたのだ。
“独占”がすべてではない──アニメ特有の展開モデルが切り拓く新しい地平
通常、配信プラットフォームは「独占」がセールスポイントだ。しかし、三人曰く、日本のアニメにおいては、それが必ずしもベストな手法ではないこともある。
例えば『SAKAMOTO DAYS』は海外ではNetflix独占。だが、日本では地上波放送と並行しながら展開されている。トムス・エンタテインメント吉川氏は「国内ではテレビ視聴習慣の強さもあり、地上波を起点とした盛り上がりがNetflixでの視聴にもつながると考えた」と語る。

坂本氏も「Netflixがオリジナル作品を全面プッシュするのは事実だが、作品の性質や文化、そして受け入れられ方によって戦略は柔軟に変えている」と補足する。こうした“作品ごとの最適解”を見極めていく姿勢が、アニメという特殊なコンテンツにフィットしている。
まさに「独占」にこだわらないことが、逆に作品の広がりを生む。その自由度の高さも、今のNetflixと日本アニメの関係性の魅力なのだ。
“元からある熱”をどう活かすか──漫画起点の強みと、新たな創造の課題
思うに、日本アニメがここまで広がりを見せた背景には、何があるんだろう。僕が聞いていて思ったのは、漫画という“オーディエンスを内包する原作”の存在が大きい。
Netflixは実写では独自のオリジナル作品を数多く展開しているが、日本のアニメではそうした流れは少ない。
その理由は、日本アニメの多くが、すでに人気のある漫画を原作としているからだ。つまり、アニメ化される前からファン(オーディエンス)が存在しており、その土台が作品の強さ=「盤石さ」を支えている。
だから、逆に、Netflixは、この点を重視して作品を選定できることになる。Netflix坂本氏も「漫画にはすでに読者というファンベースがある。だからこそアニメ化することで、彼らをグローバルの文脈に連れて行ける」と語る。
なるほど。日本のアニメとNetflix、手堅く、良い関係性が築けている。
今までにないチャレンジも必要
しかしその一方で、MAPPA大塚氏は「オリジナル作品への挑戦も必要」だと強調する。「今は漫画原作のアニメが中心であっても、オリジナルで挑戦する文化が生まれてこそ、次の10年があると思う」。
そう発言できるのは、MAPPAが新興勢力ゆえに、チャレンジングな取り組みがしやすく、また、脚光を浴びやすいという特徴もあるからだ。
実際、MAPPAのチャレンジといえば、彼らが手がけた『チェンソーマン』がある。長らく、日本のアニメ界を支えてきた制作委員会方式を取らず、単独出資で制作されたことで話題となった。つまり、だからこそ、まだ挑戦の余地がある。
彼らは、実写作品同様に、Netflix独自のアニメを作れたら、と夢を描く。
届けるために変わる。Netflixが描く“共創の未来”とは?
これまでになかったアニメの広がり方をすることで、Netflixもまた、違った動きをすることにもなっている。つまり、コンテンツの視聴体験だけでなく、仕掛けにも深く関与する。独占作品においては、プロモーションやグッズ展開など、立体的な戦略を設計し、グローバルに一気に押し出す。
「3億世帯のうち誰に届けるか。その精緻なマーケティング戦略と社内コミットメントの高さが、作品の“熱量”を世界に伝える力になる」とNetflix坂本氏は語る。
一方で、プロデューサー側のトムス・エンタテインメント吉川氏は「もっと詳細な視聴データが得られれば、次の企画に活かせる。Netflixの成長にもつながるはず」と期待を寄せる。
これはまさに“共創”の精神であり、より良い作品を生むための建設的なリクエストだ。Netflixはもはや“配信の場”ではなく、“共につくる場”となりつつある。
“海外では通用しない”という思い込みを超えて──アニメは希望の産業だ
セミナーの終盤、モデレーターの徳力氏が語ったのは、かつて自身が抱いていた“日本のコンテンツは海外では通用しない”という固定観念だ。だが今や、それは完全に過去の話となった。
「Netflixが来たことで、僕らは鎖国していたことに気づいた」。その言葉に、登壇者たちは頷いた。
トムス・エンタテインメント吉川氏は「中国・韓国と比べても、日本のアニメはストーリーテリングと表現力で圧倒的に優位」と言う。実に面白い動きであると思った。
これまで日本アニメは、漫画を原作にテレビや映画で展開されるのが主流だった。だから、漫画からアニメへ──その先が広がりにくかった。そこに登場したのがNetflixのような配信サービスである。
アニメは「いつでも・どこでも見られる」日常的な存在になった。気になる作品を観ているうちに、Netflixの中で、ふと別の作品にも目がいく。そうした中でも、やっぱり、日本アニメのクオリティが改めて際立つようになったのである。
おわりに
間違いなく、アニメというコンテンツが転換期を迎えていると思った。Netflixの坂本氏は締めくくりにこう言った。「Netflixは、アニメに関しては最優先課題と位置づけている。これからも、制作者と視聴者の橋渡しを全力で担っていきたい」。
その言葉が全てであろう。アニメは実写作品と変わらぬ存在感を、視聴者の間で放っている。その時日本の真価が発揮される。
このセッションは、ただの成功事例を語る場ではなく、“日本のアニメがどう進化し、どう世界と繋がっていくのか”を考える機会となった。Netflixという良い意味での“外圧”がもたらしたのは、アニメの価値を再発見するチャンスでもある。今、日本のアニメには、可能性という名の翼がある。あとは、それをどう羽ばたかせるか──。
今日はこの辺で。