DAOの真髄:中央集権を超える新しい経済とつながりの未来

最近、DAO(分散型自律組織)って言葉がデジタル界隈を賑わせている。「中央集権」と対比して使われ、ビジネスにも応用され始めていて、必ずこれから脚光を浴びるだろう。僕は「InterBEE」というイベントに行って、バンダイナムコエンターテインメント吉本行基さん、クリエイターのMISOSHITAさん、NORIFORCE中田宣明さんらの話に耳を傾けた。そこで語られたのが「DAO」なのである。
・関係性を深める今のコミュニティの根本
例えば、ここ数年、NFTが脚光を浴びたことも、これが大きく絡んでいる。NFTの本質とは、どこにあるのだろう。これまでなら、投機的な価値で語られることは少なくないん。だが、実は、その本質はコミュニケーション性の高さにある。つまり、NFTはデジタル上の祐逸無二の資産なので、有限なものである。
それがコニュニケーション性の高さにつながる理由はどこにあるのか。それは、売り主とNFTホルダー(保有者)を明確にするから、その保有者と売り主であるクリエイターが密接に結びつきやすいのである。
そりゃそうだ。自分の価値観を受け入れ、購入までしてくれるのだから。「ありがとう」という気持ちで、その両者に絆が生まれるからだ。リアルも有限でありながら、デジタルほど絆を強くできないのは、それ自体を持っていても、ホルダーの存在を明示できないからだ。
さて、ここで唯一無二の資産にして、それが、強力なコミュニティの礎となる理由がわかった。でも、大事なのはここからである。
・つながりを強くする横の連携
要するに、デジタルの世界ではホルダーを可視化する。実は、それがオープンになることで、保有している人同士は共感しあえる土壌ができるということなのだ。
自ずと、そのコミュニティとして対・アーティストだけではなく、横同士の結束を強めることになる。クリエイターは保有者の存在を重んじるのはいうまでもない。ただ、同じく保有している人同士は、共感しあい、関係性をより深める。
ここに今までには考えもしなかった価値が醸成される。そもそもホルダーは近い価値観の持ち主だから、その売り主であるアーティストの動きをきっかけに、人が結びつきやすい。極論、その出会った仲間が、そのコミュニティの中で新たな活動を模索することすら可能。だから、自ずと、そのコミュニティとしての結束を強めるわけだ。
それゆえ、NFT界隈ではそのコミュニティの“リアルの”オフ会が開催されて、この熱狂ぶりには驚かされる。新しい発想の持ち主がそこに集結するからだ。
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・アーティストはきっかけ。
アーティストは、下手すれば「きっかけづくり」をした人ということになる。そう考えると、アーティストとファンは横一列になる。下手すれば、アーティストの持つ個性をファンの表現力で、新しい派生の仕方をして活性化するかもしれない。
だから、きっかけなのだ。
この関係性にDAOという考え方ができるわけである。アーティストがいて、ファンがいる。その一方通行的な従来型のビジネス。それが今までだ。時を経て、ファンの存在すらも明確になっていくと、その結びつきは強くなる。そして、その人たちもまた、ほぼアーティストと同じ目線で、そのコミュニティを形成する一員となる。
だから、IP(知的所有権)などに関係するコンテンツのあり方も変わっている。その一つとして、今回話題に上がったのが「電音部」だ。
ダンスミュージックに興じる女の子のアニメーション。バンダイナムコエンターテインメントが扱うコンテンツ。それでありながら、今までのように、ライセンスを行うわけではない。

・コンテンツも一方通行ではない
ダンスミュージックに興じる女の子のアニメーション。誰しもライセンスでの収益を思い描くはずだ。バンダイナムコエンターテインメントの吉本さんはそれを否定する。
「ライセンスというと普通は監修作業という部分が伴います。でも、このIPではそれはない。基本的にどう使ってもらおうと自由です」。そう言い切った。
基本的に、ダンスミュージックを土台にして、それぞれの女の子に得意なジャンルがある。そういう骨格部分はある。そこにファンが熱狂する。ここまでは従来と同じである。
ファンは従来型のようにファンとして存在しつつ、その骨格部分は守られる。ただ、それを人であれ、企業であれ、どうアレンジしてもいいと言っている。つまり、その部分ではバンダイナムコの手を離れているとも言える。だから、そこで得た収益はそれらの権利とともに、分配して、皆がシェアしていく。
・作家はきっかけでファンも含め横一列
何が言いたいか分かるだろうか。「DAO」というのは中央集権とは真逆にある。
アーティストとファンといった考え方はそこに紐づく。でも、これからは違う。下手すればファンすらもそのコンテンツを自由にアレンジして、それをファン同士が発展させていくことすらある。そうすると、もはや大元のアーティストはそれを生み出す「きっかけ」でしかない。
非常に面白い。つまり、DAOというのは集まる人の誰もが主役。横一列で同じ目的を果たしていくというわけである。それができる理由は、今やネット上で参加者一人一人の存在を認識できるようになったから。それぞれの立ち位置で活性化させようという動きになるのが自然である。
だからこの「電音部」もDAO型IPといっているのは、そういう形で集まる人がそこにある素材を活用して、各々の才能でクリエイティブに作り替えるというものだから。それを受け入れることによって、その元のコンテンツやそれを発揮するクリエイター全て、発展していこうというわけである。
・ファンもコラボ相手になりうる
だから、MISOSHITAさんのような存在も出てくる。彼は、メタバースクリエイターであり、フォートナイト上でゲーム【GLITCH RAVE】を作り出した。プレイヤーたちは自分だけの『島』でゲームモードやルールを創造し、他のプレイヤーと協力して遊ぶことができる。そんな彼も「もはやファンとの触れ合いすらも意識していない」。

ゲームの中身すらもユーザーが自分たちで作り上げていて、そして彼はそのきっかけを作り出しているに過ぎない。だから、ゲームに対してそのゲームファンは存在するけど、これからはそのプレイヤー自身の才能も含めて、ゲームが進化していく。
自ずとそれはゲームにとどまらず、IPの育成もしていき、今、漫画などに広がっている。それは彼曰く【GLITCH RAVE】のストーリーを伝えるには最適なコンテンツであるから。
結局、同じことである。今まででいえば、クリエイターが上に来て、そこについていくファンの構図があった。でも、彼の中ではファンを求めるよりは、コラボレーションできる相手を求めている。それがファンの人の中から生まれるなら、それでいいと。
自らの作品をきっかけに、お互いの力を持ち寄る。自分の作品の価値が上がるとともに、その手がけてくれた人の価値も上がる。そういう全く新しい経済のはじまりだ。まさにこれこそが中央集権とは真逆で、こういう考え方こそが、 DAOというわけである。
・リアルのグッズもコミュニケーションツールに
全く今までとは違う価値形成をしていることがお分かりいただけただろうか。だから、中田さんは、そこでLGT Tagの可能性について、言及していく。彼はフィジタルというフィジカルとデジタルの融合する中にこれまで以上の熱狂があると語る。商品にこのタグをつけていると、スマホをタップさせるだけで、それに関連したサイトにアクセスするのだ。

例として挙げたのは「PUMA® x Roc Nation RS-XL「Mixtape」コレクション」。PUMAが、ヒップホップ・カルチャー50周年を機に取り組んだもので、彼らはカセットテープ、CD、プレイリストの3つの軸で、シューズを作る。
そこにはLGT Tagがついていて、このタグをスキャンすると、これらにまつわるミックステープのリリースなど、シューズが敬意を評した独自コンテンツへと誘う。こうなれば、フィジカルアイテムがデジタルと一緒に価値を持ち、熱狂が生まれる。
・リアルとデジタルを行き来しながら、より人間的な深いつながりへ
これが何を意味しているかというと、物理的なもので完結させないということ。例えば、そこでNFTを付与すれば、その瞬間、商品は物理的な価値ではなくなる。ブランドとの絆は勿論、彼らが大切にする価値観を通して、横同士の関係構築の材料にもなる。
この話は、今やD2Cを筆頭に生まれている店とファンの熱狂の進化系にも思えてくる。今は、店やブランドは、その価値を強く語ることで、そこにファンが生まれている。商品を語りその付加価値を受け入れてもらうことで、ビジネスが成立している。
でも、今後は寧ろ、そのファンであることを通して、同じ価値観の人と巡り合い、ファン同士がつながることでも、そのブランドが意味をなすことだってありそうだ。そして、さらには出会ったもの同士で新しい価値を作り出すこともあるだろう。
それこそが中央集権とは異なる「DAO」の真髄である。全く企業やブランドの躍進の定義が変わっていくかもしれない。
そう考えた時に、今存在する企業はそれだけの価値を自分たちに見出しているだろうかという話である。これからの世界は、自分と他者の価値を尊重しながら、自分は自分としてその価値を、どこに誰とどうやって投げ込むかということになりそうである。
今日はこの辺で。