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サンリオ 時代に“先駆け”60年の歴史 その功績を“サンリオ展”に想う

 いやー深い。今でこそ、街中で何気なくキャラクターグッズを目にすることはあれど、創業当初を思えばそれがどれだけ画期的であったろうと思う。信じるものは救われる。時代の中で正しいと信念を貫き、やり抜いたからこそ、今があるのだと思う。折りしも「 サンリオ展 」へ僕はやってきて痛感したのだ。サンリオという会社は実は時代の殻を破り続ける、先駆ける会社であったという事に。

サンリオ展 で気づく 商品にこだわり商品だけにこだわらず

 少しだけ話が逸れるが、日本でキャラクターグッズというと何を浮かべるだろうか。

 代表的なのは「サンリオ」や「ディズニー」といったところなのではないかと思うけど、その背景は全く異なると言って良い。改めて、僕はこの「サンリオ展」にやってきて、当時、「ファンシー」と呼ばれて、時代を謳歌するに至ったキャラクターの存在が日本に定着したのは、彼らの並ならぬ情熱と行動力に裏付けられていることがわかったのである。

 参考までに「ディズニー」のことも触れると、それで言うならこだわりは「アニメーション」や「映画」に向けられており、まさに会社を経営しながら制作をやり続ける舵取りの難しさを乗り越えた先に今がある。ミッキーマウスの「蒸気船ウィリー」でアニメの面白さを伝え、世を席巻した後、抜かりなく「白雪姫」で人を感動させるクオリティに仕上げて、それが映画に匹敵する価値を示したわけである。その情熱は尋常ではない。

 その熱狂ぶりにそれらのイラストが描かれたキャラクターグッズは飛ぶように売れて、ライセンスを見出すに至るが、逆に言えば、興行収入だけではなく、それも映画制作を支えていた要因となって、ここに彼らのベースがある。

 対して、サンリオのこだわりは「商品」に向けられており、しかも、それが深く人々に伝わるようにと、価値観の醸成に力を注いできたことも、忘れてはならない。それはここへ来て初めて気付かされた事だ。

 元々サンリオという会社は、グッズ制作の「山梨シルクセンター」という会社とグリーティングカードを手掛ける「サンリオグリーティング」という会社が一つになって産声をあげたのであり、前者はポップで親しみやすさ、後者は美しい画力で勝負し、それらを相互に補完するデザイン性の高さが売りで、商品重視もうなづける。

実用品ではないから価値がある サンリオ

 サンリオはそうやって商品に重きを置くわけだが、僕が感銘を受けたのは「実用品以外を目指す」という姿勢である。

 商品が溢れる現代において、僕らは商品に対して、そんな定義もしないだろう。しかし、考えなくてもわかるが、世の中の商品で代表的なものは実用品である。対価に見合った価値訴求がしやすいからである。

 現に、僕がメーカーなどとも接していて思うのは「売れるかどうか」であり、商売をしようとすればするほど、「実用品」を作る事になる。それ自体、何らおかしなことはなく世の中のニーズが顕在化させて、そこに目がけて、販売する方が確実に売れるからだ。

 逆にいうと、実用品ではないものは漠然としていて、当時として売るのも難しかったろう。多くは避けて通るだろうが、ここがサンリオが他とは違う点。しかも彼らが提供しようとしていたのは、先ほど商品と書いたが、極論、商品というより商品がもたらす価値観と言った方が彼らの想いに近いと思う。

 業界紙のライター時代に、新米記者の僕がサンリオの創業者 辻信太郎さんに「この会社を何故、作ったのか」と聞いた際の言葉は今に残っている。「子供の時に、幼稚園(だったと思う)でプレゼントをする習慣があって、それは貰う側は喜んでいるのは勿論だけど、渡す方も嬉しそうだった。僕はこの間に入りたいと思った」と。

 すると、彼らは当然、どうすれば人は胸打つ商品を作れるだろう、という一点に集約される。彼らの企業理念である「Small Gift Big Smile」に行き着くのも自然な流れである。実用性があるかどうかではなく、より喜んでもらえる商品作りをしていくことに照準を定めるわけである。

 彼らはそこで「カワイイ」に着地したわけである。しかも、それが小手先では伝わらないこともわかっていて、それこそ全身全霊で、メッセージ性を持った「カワイイ」にこだわることになったのだろう。

商品をより感動的にする為に価値を育てる

 故に彼らは何の抵抗もなく、出版に対しても挑戦していた。その理由は世界観や価値観を「伝える」のにベストだったからだろうと推測される。不思議なものだが、この時期、やなせたかしさんと出会い、彼が主張する詩集をそのまま、自ら出版事業を立ち上げて、実現させてしまうのである。

 その「詩集 愛する歌」の出版後も、彼らは季刊誌「詩とメルヘン」や「いちごえほん」も刊行して、「かわいい」の深掘りを行い、その根本的な考えを発信することを怠らなかった。今ならまだしも何十年前の話であって、受け入れられるか分からないチャレンジングな要素であったろうと思う。これは不思議と今のネットでの文化に通じる話にもなるが、だからこそ価値観には共感が生まれ、ファンが増えたのだろうとも思う。

 特に僕が感銘を受けたのは「リリカ」というマンガ雑誌で、彼らはとことん「カワイイ」に振り切っていることがそこでわかるからだ。1976年からわずか3年ほどで終わったしまったが、美しい絵が描ける作家を集めて、「カワイイ」が凝縮された誌面は、少なからず当時のサンリオのそこへの執念を示すものだと僕は思う。

 それでも理念こそあれど、オリジナルキャラクターはいなかった。逆に言えば、その黎明期を支えた内藤ルネさん、水森亜土さんなど“かわいい”世界観を持つ作家との連携は、サンリオが何を伝えたいかを果たすには十分すぎるほどであったと思う。

 一方、サンリオはサンリオでメーカーとして、商品を軸に心を動かすかという視点で考えると、オリジナルでキャラクターを開発して魂を吹き込む方が開発上、商品との親和性は高くなるから、自然にキャラクター創造への道へと舵を切るようになるわけだ。

 商品でありつつ、商品を通して価値観を伝えることに重きを置いたサンリオらしく、自ら手掛けるものでもその片鱗がうかがえるもので、彼らにとっての最初のブランドが「Love is」である。「愛とは」という哲学的なことをテーマに据えてデザインを書き起こしている。言うまでもなくこういう姿勢がサンリオらしいキャラクターを生み出す契機となって、また転機は訪れるのである。

 ファンが増えてからもその価値観の醸成にはこだわった。それを顕著に示すのが「いちご新聞」であろう。創業当初から現在に至るまで欠かさず毎月発行されていて、今の時代でいうところのコミュニティをどこよりも先駆けて作っていたと言っていいだろう。実用品ではない商品の価値は人の心を動かすことにあって、一見すると商品自体とは直接関係のない、ファンとの交流を大切したのも彼らの姿勢を見れば必然である。

 人が集まれば、伝説も起こる。例えば、東京・田園調布には「いちごのお家」という建物が期間限定で用意されたのだが、閉店しようとした際に、「クローズしないで!」という読者(それを「いちごメイト」という)の声が会社を動かし存続が決まった。そして驚くなかれ、その後28年間、この「いちごのお家」は存続し続けた。

 僕も誌面の原稿を「サンリオ展」で見ていたが、時に親友のようであり、時にきょうだいのようであり、親のようでもある。だから、ファンに対して「みんな仲良く」といったような大事なメッセージが「ここぞ」という時に発信すればしっかり届く。皆で作り上げてきた60年なのだと思った。

 創業者の「いちごの王さま」が「いちご新聞」に寄せて書いていた原稿である。それを見るだけでもその想いは伝わってくるではないか。

 何気なく、僕らの身の回りにある雑貨店や文房具屋で、サンリオのグッズがごく当たり前に、置かれているのは、数々のチャレンジゆえのことで、そこには上の「いちごの王さま」の文章然り、愛で溢れている。

 ただ単純に「カワイイ」だけでやっていたら、今はないだろう。人として真っ当に生きようというごく自然なメッセージを大真面目に発信し続けるその姿勢に、人は振り向いて、サンリオのグッズを買うようになったのである。それは、実用品を作り続けた名だたる企業にはない独自性であって、冒頭、話したように、それは当時としては型破りであり、先駆けの連続であったのだろうと思うのだ。

 信念はブレていないから強いのだろうし、挑戦し続けられただと思うから、その意味で、これからも先駆けであり続けてほしいと願う。そして、「サンリオ展」のような機会が、また百周年の時にも迎えられ、その熱意とごく真っ当な人としての愛を実感する人が多くいることを祈りたい。

 今日はこの辺で。

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