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倉庫から始まる顧客体験設計|“届ける”を超えてブランドを支える現場力

 ECという世界は、実は“水と油”である。表ではバーチャル空間で商品を受け付けながら、その裏では、倉庫という極めてアナログな場所で出荷が行われている。本来、相反するはずのこの二つが一つに繋がり、まるでリアルの商取引のように成り立っていること自体、奇跡なのかもしれない。だからこそ、これからのECに必要なのは、バーチャルの表側とアナログの裏側が寄り添いながら、顧客の体験をどう設計するかという視点だ。“効率”も抑えつつ、今の時代にあった“心の通うやり取り”をどう仕組みに落とし込むか。

 その問いの先に、ECのこれからが見えてくる気がした。スクロール360の高山隆司さん、リンクスの小橋重信さんと語り合ったのは、「倉庫を単なる物流拠点ではなく、“顧客体験の起点”として捉えられるか」というテーマ。AIや自動化が進む今だからこそ問われる、“人の温度を宿すロジスティクス”とは何か。効率を超えて“体験を設計する倉庫”の姿を、現場の哲学とともに描き出したい。

倉庫は“水と油の共存”をつなぐ場所

 改めて、ECは“水と油の共存”だと僕は思う。デジタルとアナログという異なる世界が、ひとつの購買体験の中で混ざり合っている。この“矛盾の同居”を成立させているのが、まさに倉庫という場所だ。

 高山さんは言う。「それを最大化していくためには、“リピートしてもらうこと”を前提に考えることが大切なんです」。

 この言葉が深いのは、単なるリピート通販の話にとどまらないからだ。それは、マーケットプレイスにおける継続利用──つまり、“またこの場で買いたい”という気持ちを設計することにも通じている。

 高山さんはまず、リピート通販の現場を例に挙げた。

「F1(初回)・F2(2回目)・F3(3回目)で挨拶を変えるのが基本。初めての人には“ようこそ”、2回目の人には“再びありがとう”、定期の人には“いつもありがとうございます”と伝えるだけで、お客様の感じ方はまったく違う」。

フロントと倉庫──二つの“顧客接点”を一致させる

 一見、フロントの話のように聞こえるが、実は倉庫側でもそれを把握していることが重要だという。「2回目のお客様に、倉庫としてどんな“おもてなし”ができるかが肝なんです」と高山さんは強調した。

 小橋さんはそれにうなづいて、LINEでのマーケティングの例を挙げた。

「それには、顧客データが整理されていなければなりません。たとえばフロントで考えるとわかりやすい。LINEの配信で、まったく関係のない内容を送ってしまう。車を買ったばかりの人に“そろそろ買い替えませんか”と届いた瞬間、信頼は崩れる。“誰に、どんな温度で届けるか”。それは、荷主側が顧客データを正しく持ち、それをフロントだけでなく物流側とも共有し、活かすことが大切なんです。そこが噛み合わなければ、すべてが無機質になる。」

 つまり、荷主側が“お客様の状況”を正しく理解していなければ、フロントはおろか、倉庫の価値をどう活かすべきかを見誤るということだ。

 そして、フロントと同様に、物流を味方につける。逆に、倉庫側も同じ意識を持ち、情報と心の両面で連携できれば、そこは単なる出荷拠点ではなく、顧客の感情とブランドをつなぐ“対話の場”になる。

人の温度が宿る「最後の一手間」

 そして、こう続けた。

 「ビームスの倉庫では、最後の袋詰めをあえて人の手でやる。機械でできても、手で畳むからこそ“届ける人の想い”が伝わるんです」。

 この言葉に象徴されるのは、“ラスト・ワン・タッチ”の思想。それを日々、実践しているのが高山さんのいるスクロール360だ。そこでは、袋詰めも、封入も、単なる作業ではなく“ブランドを体現する最終工程”として捉えられている。

 彼らの現場では、時にお客様へ直筆の手紙を添えることもある。折り鶴を折って同梱することもあるという。面白いのは、ブランドの並行輸入をするECサイトでは、ローソクをつけていたりもする。実は、それがあると、バッグなどのジッパーを開けるときに、重宝するからだ。

 リピートを前提に、相手の顔を思い浮かべながら、一人ひとりに寄り添うアプローチを物流側で担う──表だけでなく“裏の手”が心を動かす瞬間だ。

温度を宿す“ラストワンタッチ”

 高山さんは、ドモホルンリンクルで知られる再春館製薬の接客にも感銘を受けたと語る。

「コールセンターのスタッフが、お客様との会話内容を手書きで入力すると、その文字が印刷データになって、出荷時に“その人の字”として商品に添えられるんです。『この間の風邪は治りましたか』『お肌の調子はいかがですか』って。まるで手紙が届くような温かさがあるんですよ」。

 一つの挨拶が、リピート率を変える。“人の心が入る物流”は、データでは測れないけれど、確実に結果を出すのだ。ここに本来、水と油のフロントとバックエンドが一つに融合する。

 小橋さんもうなずき、こう続ける。

「例えば、段ボール一つにも思いは宿る。ガムテープを少し折り返して剥がしやすくする。それは、爪の長い女性でも開けやすいように工夫した結果。そんな小さな気遣いが、お客様の印象を変えるんです」。

 無機質な箱に温度を吹き込む──それこそが、倉庫の美学である。

人とテクノロジーが共存する倉庫

 ただその一方で、デジタルが最大化され、進化が求められているのも、物流現場である。人間味と生産性、そのあいだでどう帳尻を取るのか──。僕はそこに、今という時代を踏まえ、ひとつの問いを投げかけた。

 小橋さんが紹介したのは、ビームスのRFID導入だった。

「バーコードを一つひとつ読むのではなく、電波で一括管理できるようにした。このRFID(Radio Frequency Identification)は、無線通信で商品の情報を自動的に読み取れる仕組み。これにより、スタッフが作業から解放されたけど、その理由が大事なんです」。

 一見すると、生産性を高めるための仕組みに思える。だが、その本質は“人を活かす”ことにある。ビームスでは販売スタッフが店頭で輝くことを使命としており、この導入は、その時間とエネルギーをお客様との関係づくりに取り戻すために行われたのである。

 結果として、空いた時間でスタッフはSNSで発信したり、接客の質を磨くことになった。

 つまり、テクノロジーとは“人が輝く余白”を生み出すためにこそある。聞いていて、AIと同じだなと思った。使うこと自体を目的にしても、何も得られない。自分のやりたいことを拡張するために使うからこそ、意味がある。そこには企業ポリシーと連動する。物流の自動化もそれと変わらない。

 作業を減らし、想いを増やすための仕組み──それが本来の姿だ。効率と温度。この二つを両立できたとき、倉庫は“無機質な場所”から、“人の創造が息づく現場”へと進化していく。両者のバランスが見えた。

多様な物流拠点の使い道

 だから、フロントだけではなく、裏側への意識も大切なのである。それは、上記すらも、物流の価値の使い道の一つに過ぎないからだ。その使い道は多種多様であり、荷主によって商品を生かす土壌を捉えてこそ、それが活かされるのである。

 小橋さんは、大手通販で実際に手がけたジュエリー物流の話を持ち出した。10万円以上する高級ジュエリーで、普段は受注生産。確かにそれで売れていた。ただ、さらに売上を伸ばそうと、“注文すればすぐ届く”仕組みを試し、あらかじめ在庫を用意した。

 結果、1500本が瞬間で完売。それで、以前よりも大きく売れて、喜んだのも束の間。

 実際、そのうち900本が返品となったのである。いうまでもなく、在庫となれば売り切らなければならないので、同じ商品が、定価で売れるとは限らないし、売れ残れば、廃棄のリスクもある。

 そう考えると、待ってでも顧客が喜ぶ体験を作り出すことも一方で大事である。商品の特性に合わせて、然るべき物流の活用をしてこそ、それが企業における価値を高める要素となる。

スピードの裏に潜む代償と、最適な距離感

 つまり、物流をどう捉えるかを見誤ってはいけない。高山さんは語る。

「うちの関連会社で“ナチュラム”という釣り用品ECがあるんですが、SKUは50万点を超えています。釣り好きにとっては、“欲しいと思った瞬間にすぐ届く”ことこそがブランド体験なんです。つまり、スピードや在庫の安定性そのものが信頼になるんです」。

 これは先ほど触れた“折り鶴”とは対照的な価値の使い方だ。どの商品を、どのタイミングで、どれだけ持つか──在庫設計が生命線であり、そうした強みを活かしてこそ、物流の価値は最大化される。

フロントと倉庫──二つの“顧客接点”を一致させる

 だから、店の価値を最大化させる戦略を、荷主とともに考える必要がある。それこそが、物流の本質である。

 小橋さんのジュエリー通販の例で言えば、“受注生産こそが最適解だった”ということを、物流の現場が教えてくれた格好だ。そしてこの経験が示すのは、「待つこと」もまた体験価値の一部であるということ。

 その使い分けを荷主側が的確に把握し、フロントだけでなくバックエンドを含めて設計できてこそ、本当の顧客満足が生まれる。では、顧客が期待を高めながら商品を待つ時間をどう設計するか。商品の特性に合わせて、最適な物流の形を選ぶことこそ、企業価値を高める鍵になる。

 高山さんは語る。

「現場に蓄積された膨大なデータに基づいて需要を予測し、商品管理のあり方を考えてこそ、企業にも顧客にも“継続的な利用”を促す土台ができる。それはリピート通販に限らず、すべてのビジネスに当てはまる話だ。」

 つまり、それこそが、冒頭で高山さんが語った“リピートを前提に考える”という思想の原点である。倉庫は、単なる管理の場ではない。“顧客体験のリズムを整える設計”そのものなのだ。

返品が生む“もう一度の機会”

 まさに物流視点をデジタルと掛け合わせて新たな“使い道”を示したのが、中国発のファストファッション・SHIEN(シーイン)だ。返品無料や即時返金を武器にしていて、先ほどのジュエリーの話になぞらえるなら、その裏には「廃棄される商品」という課題が横たわっている。

 しかし、高山さんは言う。

「SHIENの返品数は、意外にも一般的なアパレルより少ないそうなんですよ」。つまり、返品そのものの数は多く見えても、それを“もう一度届けるための整形”をして再販しているのだ。返品を“終わり”にせず、“もう一度の機会”に変えているのだ。

 何が、どれだけ売れて、どれだけ戻ってくるのか──。そのデータを物流が握るからこそ、返品を前提に生産計画を立て、在庫を適正化し、結果として、顧客体験と回転率の両立を実現している。「返品品を再販できるように整えるのは、出荷より三倍の手間。でも、それを仕組みで回すことができれば価値になる」。

返品を逆にチャンスに変える思想

 高山さんの言葉を借りれば、手間をコストではなく“再生の技術”と捉える発想が、ブランドの差を生む。

 小橋さんも、海外の事例を挙げて続けた。

「アメリカには“Optoro(オプトロ)”という会社がある。返品を一括で買い取り、セカンドハンド市場に流す仕組みです。“誰かが選んだモノには意味がある”と考え、サイズ違いなどを整えて再販する。過剰な在庫を生まず、モノの命を次へつなぐんです」。

 返品とは、顧客が再びブランドと出会う入り口でもある。この発想は、ものづくりの世界にも新しい視座を与える。作って終わりではなく、“もう一度使われる未来”までを設計する。そんな循環の思想こそが、単純にトレンドではなく、生産性とぬくもりの両面から求められるという点が大事なのだ。

在庫という“見えない資産”──需要予測が導く共創関係

 在庫を「眠るコスト」と見るか、「顧客の期待をつなぐ資産」と見るか。その違いを理解できるのは、物流を正しく捉えたときだけだ。

 商品と顧客、そしてそれらを結ぶ物流の関係において、通り一辺倒な解釈は禁物である。顧客にはそれぞれ異なるシーンがある。日用品のように“今すぐ欲しい”というニーズもあれば、時間をかけてでも“丁寧に届けたい”という想いもある。

 そこにこそ、人の営みの奥行きがある。それなのに、物流だけをコストセンターとして切り分けてしまうのは本末転倒だ。トイレットペーパーのような日用品も、折り鶴を添えるような心のこもった商品も、同じ倉庫で扱われていても、その目的と届け方はまったく異なる。

 だからこそ、荷主がそれを理解し、物流と手を取り合うことが大切なのだ。そこを取り違えれば、ブランドにとって致命的な結果を招く。物流の設計こそが、顧客満足を左右する最も重要な要素である。

 結局のところ、これはリピート通販だけに限った話ではない。すべての事業において、“どう届けるか”を考え抜くこと。それこそが、成熟したブランドが持つもう一つの哲学なのだ。

時代を掴み、仕組みを超える──物流が映す未来

 だからこそ、物流の世界でも同じことが言える。たとえば返品は、その象徴だ。時代によって、その捉え方は変わっていく。それを単にSDGsや環境配慮の文脈で語るのではなく、“顧客を理解するための材料”として捉えてみる。

 それが物流視点であり、企業としての伸びしろでもある。こうした発想の裏側を支えているのが、AIのようなテクノロジーであり、まさに今という時代だ。かつては手間のかかる作業だったことも、いまでは人の手を介さずとも情報が循環する仕組みが整いつつある。

 しかし、どれほど仕組みが進化しても、そこに“人の知恵”がなければ感動は生まれない。時代を捉え、仕組みを味方につけて、顧客を喜ばせる。それが、企業の使命なのだ。

 僕らが生きるのは、バーチャルとリアルが交差する時代。だからこそ、何が人の心を動かすのかを丁寧に見つめ、考え抜く知恵が求められている。倉庫は、もはや「物を動かす場所」ではない。物流は、企業の思想を映し出し、価値を高めるための装置である。

 今日はこのへんで。

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