日本でその美しい棚田を失わぬために 自治体やふるさと納税ができる事
日本の各地にはまだ僕らが知らない価値がある。一方で、その価値が知られることなく、消えていく危機に瀕していることに、気づかなければならない。ネット系の企業が果たす役割には、こういうところにも光を当てることなのかもしれない。さとふるから「棚田」に関しての取り組みを聞かされ、そう思ったのである。お恥ずかしい話だが、「棚田とは何?」僕はその存在をよく知らなかった。
棚田の守り方でネット企業ができること
1.棚田とは?
棚田とは如何に?山の斜面などの傾斜地に、階段上に作られている田畑。この美しい作りが、棚田である。
棚田にはその地域の長い歴史と紐づいていて、一朝一夕にできるものではない。最も知られるところでは、その地形は美味しいお米を育むという要素かもしれない。ただ、それが語り継がれるにはそういう要素も含めて、それなりの理由がある。例えば、雨水や地下水を蓄えることで、地すべりや洪水などの災害の発生を防止する機能がある。その他、多種多様な生き物を育む生態系の宝庫にもなっているのである。つまりなくてはならないものである。
ただ、棚田での農作業は、大きな機械を使った農作業が困難。平地にある水田と比べ労力が要し、扱いが難しい。そこに加えて地方における人材不足もあり、これらが失われようとしているわけだ。
その価値を知っている地元としてはそれをなんとか守ろうとする動きが活発化している。「先祖から受け継いだ大切な財産である棚田を未来に残していきたい」と。その肥えた土壌から生み出される生産物の質は高い。冒頭話した通り、美しい景色や優れた作物は日本の誇りとも言える。とはいえ、それはそのアナウンスは地元からだけでは限定的。そこに着目したのが「さとふる」だったというわけだ。
2.棚田は優れた生産物を生み出す土壌
さとふるは「棚田特集」をサイト内に作り、様々な棚田を紹介。それとともに、その棚田に絡めた返礼品を用意して、それを寄付できるようにした。棚田に関わる事業者の応援を通して、棚田を支援しようという動きである。僕が見た限り、返礼品はやはり米にまつわるものが多い。
例えば、毛原の棚田は鬼伝説で有名な大江山の麓に広がる棚田。棚田米と棚田で栽培した酒米から醸造した新酒「大鬼」など。
ただ、米以外で注目したのは、井仁の棚田の返礼品。棚田で採れるカボチャをもとに、現地の湧水を使った「カボチャの焼酎」で、それを返礼品として用意した。
3.さとふるが立ち上がる意味
ちなみに、棚田から採れるこの瑞々しい「カボチャ」然り、いずれの生産物も評価も高いのに、我々が目にしない理由はなぜか。それは、生産数の関係で、大手の流通に乗るのは難しいから。結果、脚光を浴びづらく、それが衰退に拍車をかけるわけである。棚田がもたらすその価値を世間に示し、行動を促す「さとふる」の役割は確かなものである。
何より、僕が思うに、ふるさと納税のサイトであれば、利点は多い。そこには「日頃、支援に対しての意識が強いユーザー」が集まっている傾向が高い。故に関心を持ってもらえる度合いは、大きく、その親和性は高いからだ。
こういう日本の景色とその価値を守ろうとする地元の動きを、彼ら自身が発信することは、ネットが持つ可能性そのもの。つまり「多くの人が気づかぬ情報にアクセスできる」強みを活かして、彼らの「メディア」としての力が為せる技だなと改めて思った次第である。
どのような形でサポートするのか
1.棚田を知りそこに対して行動できる
遡ること、この取り組みに関して、さとふるが動き出したのは2021年8月。2022年1月から先ほどの本格稼働していて、その特集ページを見ながら思うのは、ユーザーたちが寄付行為を通して、その棚田を守っていくことができるようになった、という事の意義である。「知るだけではなく『行動できる』」という事だ。
かつ、税金を有効活用する流れで「支援ができる」ふるさと納税特有の強みは、単純に財布の中から出すのとは違って、それだけ多くの人に対して、この棚田をサポートする「行動」へと駆り立てやすい環境を作ったのだと思う。
2.寄付者にとっての特別体験をもっとアピール
さて僕も「さとふる」と話してみて、その役目を十分に果たすことを讃える一方で、もう一つ、これからの展望にも指摘させてもらった。
「棚田」を「守ろう」とする動きの必要性をただひたすら説く以上に、それ自体をコミュニティとして育むことの大事さである。棚田の魅力を地元の人と寄付者が一体となって作り上げる場面を作り、関わる人同士、心通いあうシーンの価値を、メディアとして実感させることはできないだろうかと。
寄付者にとってのかけがえのない体験がそこで出来ると「知れば」拡散されやすくなる。寄付者たちが率先して自分の仲間すらも呼び込むことになるだろう。そして何より、それは寄付行為というその時の一過性にとどまらず、その人の人生にも深く、長く「密着して」関係性を築くものとなりそうだと思うからだ。
3.かけがえのない体験は生涯、忘れず愛着となる
そんな話をしていたら、最後に何気なく、新潟での棚田の取り組みを耳にした。
地元の農家で稲刈りや田植えができる他、地元の女子サッカー選手がその田植えに一緒になって、参加することもあるそうだ。田植えの奥深さ、人との繋がりが、その「棚田」を補完しているのが素敵だ。
もはやそれは単なる「寄付行為」にとどまらず、「心に残る思い出」となって、その意識も高まるのではないだろうか。もちろんそれが、棚田を皆で守っていこうという機運を高めるに違いない。
「返礼品」は形を変えた交流である。自治体やこういう課題に対して寄付者との間に“繋がる”価値をもたらすものであるから、僕はより深く、心を動かす価値をさとふるには、期待したいのだ。その温もりを大事にする「棚田」の取り組みであれば、もっと各々の寄付者にとってかけがえのない、未来に残したい大事な価値となって、広がるものもあるのではないか。心から応援したい、良きニッポンを守るために。
今日はこの辺で。