「近い国」なのに、ECの常識はこんなに違う──韓国から見えた、日本の「当たり前」

韓国は、日本にとって身近な国である。音楽やドラマ、化粧品、ファッション、食。日常の中で韓国の商品やコンテンツに触れる機会は多く、距離以上に近い存在として感じている人も少なくない。だからこそ、ビジネスにおいても「日本とそれほど変わらないのではないか」と思ってしまう。ところが、ECの世界を覗いてみると、その印象は大きく変わる。興味深いのは、単に「日本と韓国では仕組みが違う」ということではない。その一つひとつを追っていくと、EC事業者、プラットフォーマー、物流、そして消費者が、それぞれの役割を担うことで、全体として効率よく回る仕組みが作られていることに気づく。
では、日本企業が韓国へ進出するとは、どういうことなのだろう。
ECプラットフォーム「G1 Commerce」などを手掛け、企業ごとのカスタマイズを強みにしてきたUZENが、いまグローバルEC(グローバルEコマース)に目を向けている。その中で彼らが、あえて題材にしたいと言ってきたのが韓国だった。
同社のユ・ジヨンさん(クララ)と伊藤健さんに話を聞いて見えてきたのは、海外で売るための方法論だけではない。他国の商売を知ることで、自分たちの「当たり前」を見直す。そこにこそ、グローバルEC(グローバルEコマース)に取り組む面白さがあるのではないか。
① 「近い国」だからこそ、知らないことに気づきにくい
韓国を知るクララさんだから見える「当たり前」の違い
「韓国って、ちょっと面白いかもな、と本格的に思い始めたのは最近なんですか」。そう尋ねると、UZENから返ってきたのは、少し意外な答えだった。
同社にはもともと韓国法人があり、現地と連携してきた実績もある。
日本企業の韓国向けECサイトを構築した経験もあり、韓国は突然現れた新市場ではない。むしろ、グローバル案件が増えてきたことで、自分たちの立ち位置を改めて見直したとき、「韓国もグローバルの一つではないか」と、その価値を再認識したという。
そこで面白い存在となるのが、韓国出身で日本に暮らすクララことユ・ジヨンさんである。韓国ではECの消費者として買い物をし、現在は日本のECにも触れている。両方を知っているからこそ、韓国人にとっては何でもない「当たり前」が、日本のECに持ち込もうとした瞬間、「そんな仕組みが必要なのか」という話になる。逆もまた同じである。
ECの入口から、日本とは違っていた
その違いは、買い物の入口からいきなり現れる。
韓国ではECサイトへの会員登録に「本人認証」が組み込まれている。日本で一般的なメールアドレスやSMSだけによる認証とは異なり、本人に紐づいた携帯電話番号などを使って認証する仕組みが前提となる。しかも、ゲスト購入は韓国では消えつつあり、会員登録を前提とするECが多い。
つまり、日本企業が「韓国でも売れそうだから、ECサイトを韓国語にしよう」と考えたところで、それだけでは済まない。現地でECとして商売を始めるなら、その入口から韓国の仕組みに合わせなければならないのである。
ここに、韓国を最初の題材として取り上げる面白さがある。
日本では韓国の商品を普通に買えるし、韓国の音楽やコンテンツにも日常的に触れている。物理的にも遠くない。それだけに、欧米などと比べれば「ある程度、日本と同じ感覚で商売ができるのではないか」と思いやすい。ところが実際には、ECの入口から違う。
② クーパンが変えたのは「配送速度」ではなく、買い物の常識だった
「1日以内に届く」が特別ではなくなった
会員登録を終えて、ようやく商品を注文する。すると、次に現れるのが物流の違いである。
クララさんは、韓国でECを利用する感覚について「1日以内に手に入らないと、サービスが悪いと感じる」と話す。その背景にある大きな存在が、韓国ECを代表するプラットフォームの一つ、クーパンである。
クーパンは自社物流網を構築し、「ロケット配送」という速さを前面に出した配送サービスを浸透させてきた。それが普及した結果、翌日までに商品が届くことは、特別な付加価値というより、消費者がECに求める一つの基準になった。他のEC事業者も、その速度を意識せざるを得なくなったという。
ただ、僕が面白いと思ったのは「韓国は配送が速い」という話ではない。その速さを実現するために、買う側の行動まで変わっているのである。
速さを支えているのは、物流だけではない
例えば、玄関前への置き配が前提となれば、日本のように不在票を入れ、受取人と時間を調整し、もう一度届けに行くという作業を減らせる。
冷凍品などであれば、売る側が長時間品質を維持できる梱包を工夫する。一方、消費者側も商品が届くことを前提に、自分で受け取れる状態を整える。返品する場合も、商品を梱包して玄関前に置いておけば、地域を担当する配送側が回収する仕組みがあるという。
ここで関係が逆転する。
24時間以内に届けるために物流事業者だけが無理をしているのではない。24時間以内に届けるという共通の前提があるから、店も、物流も、消費者も、それに合わせて動けるのである。
再配達を減らせば、配送員は同じ場所を何度も往復しなくていい。その時間を次の荷物に使えるから、配送速度を維持できる。そして配送が速いことが分かっているから、消費者も受け取る準備ができる。速い物流と、それを成立させる消費者の行動が、互いを支えている。
それぞれが一定の役割を持つ
日本では「お客様のために」と、事業者側が負担を引き受けることをサービスと考える場面が少なくない。それ自体が悪いわけではない。
しかし、その積み重ねによって物流側の負担が増え、コストも上昇するのであれば、本当に全体として最適なのかは考える余地がある。
だから、韓国では、消費者だけを特別扱いするというより、事業者、プラットフォーマー、物流、消費者がそれぞれ一定の役割を持つ。その関係があるからこそ、結果として消費者も「早く届く」という大きな利便性を得ている。取材の中でも、それを「部分最適ではなく全体最適」と捉える話になった。
だから、クーパンが韓国のECにもたらしたものを「ロケット配送」という言葉だけで見ると、本質を見落とす。
変わったのは配送速度だけではない。EC事業者と消費者が、互いにどう振る舞えば便利な買い物が成立するのか。その“当たり前”そのものが変わったのである。
③ 「お客様第一」ではなく、店と客が互いに役割を持つ
「購入確定」で、消費者も取引を終わらせる
物流の話を聞きながら、もう一つ気になった仕組みがあった。「購入確定」である。
韓国では、商品を受け取った消費者が注文履歴から「購入確定」を選択する仕組みがあるという。購入確定をするとポイントが付与され、事業者側にとっても売上が確定する。
一方で、それを押した後は原則として返品や交換などの申し込みができなくなる。消費者が自ら「商品を確認した。これで取引を終えていい」と意思表示するわけである。操作しなかった場合も、一定期間が経過すれば自動的に確定する。
これは、単にECサイト上にボタンが一つ多いという話ではない。
消費者は早くポイントを得たければ、自分で商品を確認して購入を確定する。その代わり、確定した以上は自分の判断にも責任を持つ。事業者側はいつまでも返品やキャンセルの可能性を抱え続ける必要がなくなり、取引を終えるタイミングが明確になる。
先ほどの玄関前配送や返品回収も同じである。物流会社が何度でも消費者の都合に合わせるのではなく、決められたルールの中で、売る側は配送に耐えられる梱包を考え、買う側も商品が届くことを意識して行動する。
一方が得をするのではなく、双方にメリットを返す
取材をしながら僕は、「全部がどこかで紐づいている」と感じた。
一つひとつを見れば、韓国の仕組みは消費者に厳しく見える部分もある。しかし、消費者にも役割を持ってもらうことで、再配達などの無駄を減らし、その分、24時間以内に届くという別の利便性を返している。購入確定についても、消費者が意思表示する代わりにポイントを受け取り、事業者は売上を早く確定できる。
日本では長く「お客様第一」という言葉が大切にされてきた。要望があればできるだけ応え、多少の手間が増えても事業者側が吸収する。それを「おもてなし」と捉えてきた側面もあるだろう。
もちろん、その良さまで否定する必要はない。実際、伊藤さんも、そうしたやり取りから顧客とのコミュニケーションが生まれることもあると話している。
正解というより最適解を模索する
ただ、それを美徳として残し続けることが、今も最適なのかは別の話である。
韓国のECを見ていると、店と客のどちらかが一方的にサービスする関係ではなく、同じ仕組みの中でそれぞれが役割を果たし、その結果として双方がメリットを得る関係が見えてくる。取材の中でも伊藤さんは、それを「同じ平等のライン」で互いにメリットを得ているような感覚だと表現した。
海外の仕組みを知る意味は、どちらが優れているかを決めることではない。
日本では当たり前だった「お客様第一」も、一度その外側から眺めてみる。すると、消費者の利便性を守りながら、店や物流の負担も減らす別の設計があることに気づく。韓国ECから見えてくるのは、サービスを減らす発想ではなく、店と客がフラットに手を取り合うことで、全体をより良くするという発想なのである。
④ 「ポイントを配れば喜ぶ」も、日本側の常識かもしれない
「後で得する」より、「今、安くなる」
物流だけではない。販促の話に移ると、今度は「お得」の作り方そのものが違っていた。日本のECでは、ポイントは非常に馴染み深い。購入金額に応じてポイントが貯まり、次の買い物で使える。楽天市場をはじめ、ポイント還元そのものが購入先を決める理由になることさえある。
一方、韓国の販促を見ていくと、日本との違いを感じさせる施策の一つに、クレジットカード会社による即時割引がある。
決済画面にはカード会社が並び、その時点で行われているキャンペーンも表示される。「このカードなら3000ウォン引き」「こちらなら5000ウォン引き」といった具合に、その買い物でどれを使えば得なのかが、その場で分かる。
普段はA社のカードを使っている人でも、今日はB社のカードの方が安いからそちらを選ぶ、という行動が自然に起こる。
また、韓国ではカード会社のアプリなどを利用し、ECサイト側にカード情報を直接登録しなくても、比較的簡単に決済できる仕組みが広く使われているという。つまり、カード会社は単に「割引を提供する存在」というだけではなく、ECでの決済体験そのものにも深く入り込んでいる。
ポイントは「次の購買を生む情報」に使う
クララさんによれば、韓国にももちろんポイントはある。ただ、日本ほど経済圏における長期的な視点で、ポイントで還元するという感覚はない。むしろ、将来使えるポイントよりも、その場で値引きされる方を強く打ち出しているのである。
ならば、韓国ではポイントに意味がないのか。そうではない。むしろ話を聞いていくと、ポイントを使う場所が違うことが見えてきた。
象徴的なのがレビューである。
韓国のECでは、商品が届いた直後にレビューを書くことでポイントを付与するだけでなく、「1カ月後レビュー」という仕組みもあるという。
商品を一定期間使った後、改めて使用感を書いてもらい、そこにもポイントを付けるのである。ここで、ポイントの意味が変わってくる。
購入直後のレビューでは、「配送が早かった」「梱包がきれいだった」という評価はできても、商品そのものが本当に良かったのかまでは分からないことがある。ところが一カ月使った人のレビューなら、商品の実際の価値に踏み込める。
店舗にとっての利点が働く時にポイントが持ち出される
つまり、顧客にとってはポイントというメリットがあり、店舗にとっては次の購入者を動かすレビューという資産が残る。
例えば購入時には、その場でメリットが分かるカード会社の即時割引という選択肢がある。一方、商品を購入した後には、ポイントによって店舗にとって価値のある行動を促す仕組みもある。
すべてを一つの「お得」で括るのではなく、目的によって役割が分かれているのである。
日本では「ポイントを何倍にするか」が販促の議論になりやすい。しかし、それも日本のECに慣れた僕らの「当たり前」に過ぎないのかもしれない。
値引きなのか、ポイントなのか。その大小だけを見るのではなく、**誰に、いつ、何をしてもらうための還元なのか。**韓国の仕組みを見ていると、「お得」を設計することと、EC全体を設計することは、実は同じ話なのだと気づかされる。
⑤ メールを送るのではなく、顧客の日常に店との接点がある
メールではなく、カカオトークが顧客接点になる
商品を買ってもらった後、顧客とどう関係を続けていくのか。CRMの話に移ると、ここでも日本とは違う「当たり前」が見えてきた。
その象徴が、カカオトークである。
日本ではECサイトに会員登録すると、メールアドレスがIDとなり、注文確認や発送通知、キャンペーンのお知らせなどもメールで届くことが多い。しかしクララさんによれば、韓国ではそもそもメールを見る習慣が日本ほど強くないという。
その代わりに生活へ深く入り込んでいるのがカカオトークである。日本におけるLINEに近い存在だが、ECにおいても、商品を購入した後の通知や問い合わせへの返信など、顧客と店をつなぐ接点として日常的に使われている。
これは単に「韓国ではメールよりカカオトークが人気」という話ではない。
EC事業者の立場から見れば、顧客との関係をどこで作るのかという話だからである。
例えば、日本のEC事業者が日本で成功したメールマーケティングの方法をそのまま韓国へ持ち込んでも、そもそも顧客がメールを日常的に見ていなければ、同じ成果は期待できない。逆に、普段から友人や家族とのやり取りに使っている場所にECからの連絡も届くのであれば、顧客にとってそれは特別な行動ではなくなる。
だからこそ、韓国では自社アプリを持つ意味も大きい。スマートフォンで買い物をすることを前提に、アプリをインストールしてもらい、プッシュ通知を通じて顧客との接点を作る。そのために、アプリのインストール自体にクーポンやポイントを付ける施策も行われているという。
距離が近いからこそ、ルールも必要になる
ただし、近い距離で顧客とつながれるからといって、好きなようにメッセージを送っていいわけではない。
広告メッセージには同意が必要で、広告であることも明示する。取材では、夜間の送信にも制約があるという話が出た。個人情報の利用についても、2年ごとに利用者へ改めて通知する仕組みがある。
つまり、顧客との距離が近いからこそ、その距離の取り方まで仕組みに組み込まれているのである。
ここまで見てくると、会員登録、物流、販促、CRMは、実は別々の話ではないことが分かる。
韓国のECでは、消費者が普段使っているもの、普段取っている行動を前提にして、商売の仕組みが組み立てられている。本人認証が当たり前なら、それを入口にする。翌日届くことが当たり前なら、それを前提に物流を組む。即時割引が響くなら、その場で得を見せる。そして、カカオトークが日常のコミュニケーション基盤なら、そこに顧客との接点を作る。
海外へ出るときに必要なのは、日本でうまくいったECをそのまま持っていくことではない。
自分たちのやり方に顧客を合わせるのではなく、その国の人たちがすでに持っている「当たり前」の中へ、自分たちの商売をどう順応させるか。
グローバルコマースという言葉の意味が、ここまで来ると少し違って見えてくる。
⑥ 海外へ売ることではなく、自分たちの「当たり前」を疑うためのグローバル化
近い韓国にも、越えなければならない壁がある
そして最後に、避けて通れないのが法令である。
韓国では個人情報に関する規制が厳しく、第三者へ情報を提供する場合にも、その扱いを踏まえた対応が必要になる。EC事業を行ううえでは通信販売に関する申告・表示もあり、商品カテゴリーによっては詳細ページに掲載すべき情報も定められている。さらに韓国外で事業を行う企業であっても、韓国の消費者の個人情報を扱うのであれば、現地法令を意識する必要があるという。
ここだけを読めば、「韓国でECをするのは大変そうだ」という結論になってしまうかもしれない。
実際、身近な国だからと、日本と同じ感覚でいきなり進出すれば、思わぬ壁にぶつかる可能性はある。リアル店舗などを通じて韓国での手応えを得て、「ではECでも売ろう」となったところから、本人認証をはじめとする現地特有の仕組みが立ちはだかるケースもあるという。
他国を知ると、日本の「当たり前」が見えてくる
しかし、今回の話を聞いて、僕はむしろ逆のことを感じた。
だからこそ、海外へ出る意味があるのではないか。
韓国で商売をするのであれば、韓国のルールを知らなければならない。韓国の消費者が何を便利だと思い、どこで買い物をし、何を「お得」と感じ、どう商品を受け取っているのかを理解しなければならない。
そして、それを一つひとつ理解していくと、今度は日本で自分たちがやっていることが、本当に最適なのかが気になってくる。
再配達を何度もすることは、本当に「お客様のため」なのか。ポイントをたくさん付けることは、本当に顧客が求める還元なのか。メールを送り続けることは、本当に顧客との関係構築になっているのか。
韓国のやり方をそのまま日本へ持ち込めばいい、という話ではない。
それぞれの文化に学ぶ
日本には日本の文化があり、韓国には韓国の文化がある。大切なのは、違いを知ったうえで、「では、自分たちならどうするか」と考えることである。取材でも、他国の文化ややり方から情報を持ち帰り、日本に合う形へアレンジすることの価値が語られていた。
ここに、UZENがグローバルコマースを掲げる意味も見えてくる。
UZENは「G1 Commerce」などを通じてECプラットフォームを構築しながら、企業ごとの要望に応じてカスタマイズすることで、それぞれの商売の個性を形にしてきた。通り一遍のECサイトを作るのではなく、その企業に合わせて仕組みを変えていく。その考え方を国という単位にまで広げてみれば、グローバルコマースも同じ延長線上にある。
日本の仕組みを翻訳して海外へ持っていくのではない。
その国の法律、インフラ、プラットフォーム、そして何より消費者の「当たり前」を理解し、自分たちの商売をそこへ合わせて作り直す。
もちろん、日本国内だけを見ていれば、市場の伸びにはいずれ限界も見えてくる。海外に新しい売上を求めることは、企業にとって現実的な成長戦略の一つである。
当たり前が当たり前ではないことに意味がある
しかし、グローバルへ出る価値は、それだけではないと思う。
海外へ出れば、自分たちとは違う商売の仕組みに出会う。それによって、日本では疑うことすらなかった「当たり前」が、数ある選択肢の一つに過ぎなかったことに気づく。そして、そこで得たものを持ち帰り、日本の事業まで見直すことができる。
取材の最後に話していたのも、まさにそこだった。韓国のハードルを知って「では、やめよう」と考えるのではなく、それを理解することで、自分たちの日本での事業を見直す。その学びまで含めて、他国を知る価値がある。
海外で売るために、自分たちを変える。そして、海外で変わった自分たちが、今度は日本での商売も変えていく。
そう考えると、グローバルコマースとは、単に商圏を海外へ広げることではないのだろう。
知らない市場へ踏み出すことで、自分たちの商売の可能性そのものを広げていく。その先に新しい売上があり、新しい仕組みがあり、また次の成長がある。
韓国という近い国の「意外と知らなかった当たり前」は、その最初の一歩を考えるには、実に面白い材料なのである。
きょうはこのへんで。







