谷中銀座ライブコマースの挑戦──老舗商店街とネットショップが生んだ奇跡の夏祭り舞台裏

2025年8月3日。午後の太陽がまだ容赦なく照りつける時間帯、谷中銀座の坂の下には、いつもと違う空気が漂っていた。氷柱が並び、浴衣姿の子どもたちが金魚すくいの袋を揺らしながら走り回る。その賑わいの中央に張られた一張のテント。いつもは通行人が気にも留めないその場所に、カメラや照明、配信機材が整然と並び、人の視線を集めていた。「ここで何が始まるのだろう?」──祭りに訪れた人々が次々に立ち止まり、ざわめきが広がっていく。
そう、ここが“令和の縁日ライブコマース”の舞台だった。商店街というアナログな空間に、デジタルの仕組みを大胆に持ち込む。従来ならスタジオや店舗の片隅で行うライブコマースを、あえて商店街のど真ん中で、夏祭りと同時進行で開催する。誰もやったことがない挑戦が、いま始まろうとしていた。

舞台裏で起きていたこと。
「夕やけだんだん」を降りた先、谷中銀座の心臓部。戦後の闇市から始まったこの坂の下で、長い年月を経て受け継がれてきた営みと、新しい流れが交差する。その意味は大きかった。テントに集まったスタッフや出演者は、舞台に立つ役者のように緊張と高揚を胸に抱えていた。

観客にとっては、夏祭りに一つ加わった余興のように見えたかもしれない。だが僕らにとっては、ここが「リアルとネットの境界を越える実験場」だった。商店街を歩く人と、全国の画面越しの人が、同じ時間を共有する。その光景はまさに“奇跡”だった。
猛暑のテント下で──舞台袖の現実
舞台袖では、フューチャーショップのスタッフが臨戦態勢で動いていた。(📸 写真)配信会場が予定時間になっても開かず、内海さんは、急遽、チームメイトが集まる拠点で準備に追われることとなった。

リハーサルの段取りが遅れ、思う通りに進まない時間が続いていた。焦りを押し殺しながら、ひとつひとつ確認を積み重ねる内海さん。そして本番直前、輪ゴムで髪をきゅっと束ね直した瞬間、表情は一変する。そこにあったのは迷いではなく、本気モードへと切り替わった眼差しだった。
稲生さんは会場の音や温度を読み取りながら、カメラワークを微調整し、物語を紡いでいく。舞台裏の一挙手一投足が、確実に配信の質を押し上げていた。
さらに、この日「氷柱(ひゃっこい祭り名物の氷の柱)の場所から始めましょう」と提案してくれたのも、稲生さんだった。本来なら固定で始めた方が安全だ。しかし、祭りの熱気と涼を対比させ、臨場感を高めるために、あえてその一歩を踏み出した。その判断が、画面に映る物語をより鮮やかにしていた。

これが撮影当初の様子。配信するチーム、試食に取り掛かるチーム、そして演者──間違いなく一つになっていた。

熱気と汗にまみれたテント下。それでもそこには「予定調和のない本気の舞台」を成立させるための覚悟があった。
そしてスタート
本番当日、気温は35℃を超えていた。テントの中は熱気がこもり、まるでサウナのよう。想像以上に集中力を奪っていく。そこに追い打ちをかけるように──バン!バン!と響き渡る輪投げの音。頭の中に言葉が入ってこない。台本さえ遠のいていく。
司会を務める僕は、背中を流れる汗を感じながら、それでも必死に進行を追いかけ続けていた。
とにかく台本だけは崩すまいと、口を乾かせながら喋り続ける。
そんなとき飛んできた声。「水、飲んでください!」。ハッとした瞬間、カメラはちょうど試食シーンに切り替わっていた。慌ててペットボトルを取ろうとしたら、手元から転がり落ち、ころころと下へ。掴めない自分に苦笑いしつつも、必死さの裏に「絶対にやり遂げたい」という執念が燃えていた。
予定になかった「試食」──突然の決断
このライブコマースが企画された頃、「試食をやろう」とは話していた。
ただ、想定外だったのは、人数が足りないという事実だった。店だけでも6店舗分。試食を配るのは、一人や二人では到底まかなえない。
「石郷さん、これ、二人じゃできないですよ」。
その一言が、心に突き刺さった。僕は「無謀だ」とわかりながらも、それを二人でやろうとしていたのだ。だが、ライブコマースにおいて“食べる瞬間のリアリティ”は最大の魅力。そこを削れば、この挑戦の意味が揺らぐ。──つまり、もう引き返せない状況だった。
迷っている暇はなかった。見に来ていたチームメイトたちが立ち上がる。
「やろう」「任せてください」──誰も迷わなかった。徒歩2分の九州堂を拠点に、湯煎、切り分け、運搬という一連の作業を自然に役割分担して実行していった。
見事な連携、役割分担
まず、写真左には九州堂の厨房に立つ佐藤裕さんが映り込んでいる。

熱気に包まれた会場へ、次々と運ばれる皿。そこからさらに小分けされていく。その一皿一皿に、裏方の走り続ける姿が刻まれていた。

最後には、それを待つ来場者の手に渡る。笑顔が広がる一瞬、現場の全員がひとつになった。

そう。役割分担をして、まるで駅伝の襷掛けのようにして、来場者の試食へと繋げていくアイデアを、僕のところに寄せてくれたのだ。
「それで行きましょう!」声を掛け合い、次の行動へ移る。
大体のタイムテーブルは渡していたが、進行に追われて合図を出せない僕に代わって、試食チームは現場で即断し、次へとバトンをつないでいった。その連携は、事前に練習したわけでもないのに、迷いがなかった。
そして──気づけば現場には、台本を超えた“もう一つの真剣勝負”が立ち上がっていた。
文化祭のような役割分担──全員が主役に
九州堂を拠点に料理を温める人、包丁を握って切り分ける人、商店街を駆け抜けて配膳を届ける人──。
その動きは、まるで駅伝の襷のように自然とリレーされていった。誰も指示を出したわけではない。ただ「やらなきゃ」という思いが重なり合い、瞬時に役割分担が生まれたのだ。
やがて試食は会場に届き、次々と観客の手に渡っていく。
「美味しい!」「想像以上!」──そんな声と笑顔が広がり、配信カメラはその瞬間を切り取って画面越しの視聴者へと届けていく。
その熱気は、まるで文化祭の屋台のようだった。
商店街も、観客も、配信スタッフも、そしてチームメイトも。誰もが一緒になって、一つの祭りをつくり上げる仲間になっていた。全員が主役だった。
QRスタンプがつなぐ──遊び心と導線
試食を盛り上げる仕掛けはもうひとつあった。コミュニティにいたハンコ職人が用意してくれた「QRコード入りスタンプ」だ。そこには「谷中銀座」と日付が刻まれており、試食した人に押して渡された。

受け取った人はその場でQRを読み込み、商品ページにアクセスできる。スタンプカードは「食べた証」であると同時に、購買への導線となった。子どもたちは嬉しそうに手を差し出し、大人はQRを読み込んで購入ページを開く。その光景は、遊び心と購買行動が自然に結びつく瞬間だった。
単なる試食に終わらず、「リアル体験→スタンプ→オンライン購入」という流れを実現したことで、リアルとネットの融合がさらに強まった。
「グダグダでおもしろい」──コメント欄の真実
配信中、コメント欄に流れた「グダグダでおもしろい」という一言。それは現場の空気を正直に言い当てていた。進行は完璧ではなく、想定外のことばかり。でも、その不完全さこそが人間味を生み、視聴者を巻き込んだ。
猛暑での奮闘、試食チームの即興、MCのハプニング──それらを笑いながら一緒に楽しむ視聴者。完璧な台本通りに進めるのではなく、「今ここでみんなが一緒に挑戦している」感覚が共有されていた。だからこそ、そのコメントは褒め言葉だった。
また、この日、アシスタントで参加した桜羽このはさんにとって、挑戦だった。
なぜなら、商店街もまた、自身のイベントに追われ、テント下のスケジュールがままならない。つまり、ライブコマースの準備が遅れると共に、彼女との調整も時間を割けない状況に陥ったのである。リハーサルもほとんどないまま本番に突入し、不安は大きかったはず。それでも彼女は自ら手書きで書き込みをした台本を手掛かりに、必死に食らいついた。

彼女の笑顔と真剣さが、現場の空気を和ませ、視聴者を引き込んだ。「アイドルだから」ではなく、「仲間として全力で挑んでいる」姿勢が、商店街の温度とネットの未来を結びつけた。
だから、グダグダ。でも、現場での支えとこの日を迎えるまでの準備は徹底していたので、放送事故もなく、概ね、時間通りに進行できた。だから、「グダグダでおもしろい」ということをイジってネタにする余裕があったのだ。
数字が映し出す挑戦の手応え──データで振り返る一日
奇跡のような一体感に包まれた一日。その舞台裏の熱狂を冷静に振り返ると、数字の上にも確かな足跡が残っていた。
まず、同時視聴者数はおおむね40〜60人台で安定して推移。特に25〜30分前後、そして50分前後に山場が訪れ、コメントや商品クリックが一気に増えた。これは、二部構成をしたことの功績によるものだ。実は内容のボリュームが相当数に及ぶことを察知した僕は、予め、前半と後半で構成すると明言したのだ。
それは準備段階でもそう。つまり、谷中銀座商店街の方々は、そのメインディッシュとなる後半部分に出てくださいと言って、後半部分専用のチラシも作ったくらいである。

このタイミングはまさに現場での盛り上がりと連動しており、リアルの熱がそのままオンラインに伝わっていたことを示していた。
流入はヤマトが7割、そのわけは
流入元を見ると、ヤマト運輸からの参加が568人と全体の約7割を占め、145マガジン(175人)、谷中銀座(69人)、伊豆河童(60人)、水郷のとりやさん(57人)と続いた。
実は、これは、ヤマトが配信した40万件のメルマガによるもの。
彼らは、クロネコメンバーズへ配送以外の体験をもたらすことを念頭に、ライブコマースの告知をした。そうすれば、メルマガ、ライブコマース(この日、ヤマトもジョブレイバーなど、自らに関連する商品を販売した)、配送と一気通貫で、サービスを届けられる。
だから、そこからの流入は568件、クリック率0.14%。10万〜20万件規模の平均値0.1〜0.2%の範囲に収まり、突出して高いわけではないが、確実に結果を残した。とりわけ「16時開始」の告知に合わせたアクセス集中は、事前設計が機能していたことを証明していた。
商品別のアクセスでもヤマトが寄与
商品別クリック数では、やはり「コラボ感の強い商品」が上位を占めた。
- クロネコヤマト×水郷のとりやさん限定コラボ:108クリック
- 高校生×クロネコヤマト×伊豆河童 限定コラボ:78クリック
- 三ヶ日みかんジュース:61クリック
- TJ805 キャリーブレイバー:51クリック
- 谷中銀座・福島商店×セレクトフードコパン:48クリック
ヤマト関連商品が軸となり、コラボの物語を背景にした商品ほど反応が高かったことは明確だ。
一方で、数字が浮かび上がらせた課題もある。
座組の構築や現場の実現度という点では大きな成果を残したものの、購買につなげるための演出や商品の打ち出し方には、まだ工夫の余地が残っていた。数字面で言えば“平均的”に終わったことは悔しさでもあり、同時に次への伸びしろを残したとも言える。
祭りの中で繰り広げられた“奇跡”は、リアルな人の温度が確かに形になった瞬間だった。そして、データはその挑戦が「単なる実験」を超え、改善すべきポイントを明確に示してくれた。人の心と数字の両輪がそろったとき、谷中銀座ライブコマースは、さらに新しい景色を描けるはずだ。
全員が主役だった──奇跡の一日
番組を終えて振り返ると、売上には反省も残った。もっと伸ばせたのでは、と感じる部分もあった。しかし、それ以上に大切だったのは「誰もやったことのない挑戦をみんなで成し遂げた」事実だ。
商店街の人、ネットショップ、ヤマト運輸、フューチャーショップ、桜羽このはさん、そしてチームメイト。誰ひとり欠けても成立しなかった。打ち上げで聞こえた「ほんっっとうに楽しかったね」という言葉が、この日のすべてを象徴していた。

これは奇跡だった。商店街とネット、プロと素人、地元と全国。あらゆる垣根を越え、人と人が本気で共鳴した一日だった。
今日はこの辺で。
特集はこちら。