決済が決め手?ECで売り方を工夫 したら躍進をした意外な商材「卒塔婆」の話
欲しい時に欲しい分だけ、手に入れる。その事が実は、競合他社に対しての“卒塔婆”を売る上での強みになる、なんて誰も気づかないだろう。卒塔婆?僕は耳を疑ったが「卒塔婆屋さん」の話を聞いて、ユニークな商材以上に、ECの可能性を感じた。それは商品に固執するのではない。売り方を変容させて、商品の価値を高めることにある。最初はECの決済を味方につけたけど、もっと別の視点でポテンシャルを感じて、次なる一手を考える。だから、店長はECマニア(失礼!)の道を追求していて、すえは「IT企業となる」と宣言してみせた。
卒塔婆を売る?
1.お墓の後ろにある「アレ」
まず最初に、卒塔婆と聞いて、驚いた人がいるのではないか。よく墓参りに行くと、墓の後ろに立てかけてある木の棒である。お寺のお坊さんが書き込んで、それを立てかける。このECサイトはそれを販売している。
最初は笑われた。「卒塔婆屋さん」を運営する谷治新太郎商店の谷治大典さんはそう振り返る。でも彼の話を聞くと、どんな商品でも売り方次第だなと思う。見違えるような実績を叩き出すに至って、感心させられる。
それを考える上で、卒塔婆のビジネスを研究してみることにしよう。
卒塔婆は基本、節目の法要ごとに新しいものに交換する。 ということは、それらを購入するのはお寺。いわば、BtoBのビジネスだ。人の生死に関わるものだから、歴史は古く彼自身も6代目(!!)であり、100年以上の歴史を誇る老舗である。
実は、元々サラリーマンをやっていた谷治大典さん。縁あって婿養子となり、この会社の代表取締役になる。そして、その収支を見て驚いた。
高齢化社会で「卒塔婆」の需要は増えそうな気もするし、お寺も減っていない。けれど、その発注数量が減少。これが奥が深い。その理由は、日本人の生活に余裕がなくなっているからで、一回あたりの発注本数が減っているのである。今まででは家族全員で塔婆をあげていた。しかし、それが、代表者だけでいいだろうという具合。
だから、当然、全体の売り上げは明らかに下がっていく。自分の代で終わってしまうかもしれない。そう思って、奮起したのが始まりだ。
2.営業も行き渡っていて絶望の日々
僕もこの場所に行って思ったが、結構、外に卒塔婆らしきものが置かれている。聞けば、この地域では塔婆屋が盛ん。彼らがいる日ノ出町だけでも、30件は存在するそうだ。彼らの特徴は、仏具を扱う会社というよりは、自ら卒塔婆を手がけ、それを販売するメーカーである。事務所の裏も見せてもらったが、卒塔婆を作っている工場兼倉庫ができていて、ここから出荷するわけだ。
自ら木を削り、凌ぎを削って今があるわけだ。
ただ、逆に言えば、固定化された業界でもある。つまり、もう“営業”は行き渡っていて、既存の顧客を守る事で精一杯。危機感を感じて、営業して歩いたものの、2ヶ月やって成果は0件(!)。
理由は簡単で、卒塔婆を提供する企業とお寺との関係は歴史が長い分、強固だからだ。彼は思う。これで日本中回ったところで獲得できて数件だろうと。到底、新規で入り込む余地などなかったのである。
3.欲しい時に欲しいだけ。それが価値となる
今から10年ほど前、ワラをも縋る気持ちで、始めたのがECであった。製造現場で作業をしながら、独学で本を買ってきて、読んで空いている時間で運営する。作業場で卒塔婆の写真を撮って、50SKUほど、掲載したのが始まりだ。極力、コストを抑え、無料のテンプレートを使っていたので、見栄えがいいとは言えないものであったのは事実だ。
最初の2013年度年間で27万円。ところが、翌年からその売上は100万円を超えるに至り、彼の顔つきが変わり始める。
そもそも卒塔婆は仏具売り場の端に売られているようなもの。だから、そういう販売会社がECをやり始める中で売られる例が見られた。つまり、徐々にネットにも広がりつつあって、タイミングとしては良かったのかも知れない。その矢先に彼らと同じ卒塔婆の製造業の会社がECサイトを始めて、気合が入った。
気合いの理由は説明の余地もない。製造業なら生産から販売まで抑え、顧客との間にマージンがない。彼らもまた自分達と同様に、その分、価格訴求ができるからだ。それに、製造に関わっているというのは、品質面でも自信が持てるから、そこが本気を出してきたというのは、潮目が変わったとみた。
しかも、そちらはプロのデザイナーに依頼。見た目もクオリティが高い。風向きが変わりつつある時代背景も含めて、会社としてECに舵を切り始めるのである。つまり、社長自ら工場を離れ、ECに専念する。2015年〜2016年の話である。
ECマニアの卒塔婆革命
1.独学で学ぶほどに売り上げが伸びる
面白いのは(失礼ながら)谷治さん自身がECマニア。その後、足繁く、セミナーなどにも足を運び、全て独学。広告施策から、クリエイティブに至るまで全てこなして、それを自社サイトに反映させた。それこそが経営上、プラスになると考えたからだ。
売り上げが伸びていること自体、新規顧客0件の過去を思えば、ECが営業を兼ねているわけである。だから、ECに専念することで、それらのコストが軽減。実際、先ほどのように固定化された業界だ。製造業は営業力を持たず過去からの顧客に依存しがち。つまり、卒塔婆の製造業である彼らがECに専念することで、他の製造業よりも効率よく強い立場に立てるはずだと考えたわけだ。
しかしながら、僕は、谷治さんに言う。「自社でECサイトを構えるのは何もない空き地に店を作るようなものだ。大変ではなかったのか」と。そこで彼はだから、コンテンツ力なんですよと語るわけである。
僕は改めて感心させられるのであるけど、最近、彼はECサイトと連動する形でメディアを展開している事を明かしてくれた。へ?と思ってしまった。
2.コンテンツ力を高めて商品価値が上がる
例えば、お寺の経営はどうあるべきか。彼自身が卒塔婆を売りながら、実感するのは他のお寺がどういう経営をしているのかという話。それをメディアにした。
要するに、お坊さんも他人が気になるのである。だから、彼はそれを逆手にとって、それらをメディア化していく。探せば、住職でライターの人などがいたりするし、その人にコラムを書いてもらう。あるいは、お寺のお嫁さんに「寺嫁日記」を書いてもらう。そうすると、そこに潜在的な顧客が集まってくるのであると。メディアが集客を担っているのだ。
つまり、卒塔婆そのものではなく、いかにして“卒塔婆まわり”のブランディングを構築していくか。比較対象もなく、周りに何もないから、ブランディングから逆算してみることの大事さを彼は言っているのである。だから、SNSもGoogle広告もしてきたけど、自らのブランディング力を高める事が、結果、自社ECサイトの運営では大切という事なのだ。
なるほど。空き地の上に、店を建てるということは、いわばそこに足を運んでもらうだけの「世界観」を作る事が優先されるべきだというわけである。だから、僕は“卒塔婆まわり”と書いた。結構、本質的である。
売り方革命で会社が変わる
1.決済を味方につけた
そして、ここまで聞いたところで、最初の話に戻る。彼の話を聞いて一番痛感したのは、ECがもたらす可能性である。僕は「欲しいときに欲しいだけ」と書いた。つまり、彼らが手にした強みは、ずばり「決済」なのである。
それには卒塔婆の文化を紐解くとわかりやすい。実は、お寺は「卒塔婆」をある程度、前もって、まとまった数量、仕入れて保管し、それをお寺に販売していた。すると、それが常識となり、誰も疑わないけど、やり方としては効率が良いとは言えない
例えば、1年に2回、ないし一回という少ない回数でまとめて1000本位に大量に注文をかける。しかも、それが納品されるのは2カ月後。それもそれだけの本数であれば、保管する場所も寺側で、その時期に合わせて確保しなければならない。加えて、請求書が送られるのは、1ヶ月後。銀行振り込みする手間もかかって、その額も大きい。支出で大きな山が生まれるだけではなく、作業的にも工数が多いわけだ。
ところが、ECを使えば、翌日には50本を納品ができるこまめな対応が可能。また、決済もクレジットカードなどで済ませていて、一切の手間がかからないわけである。卒塔婆をお寺から買うユーザーに余裕がなくなっていることからすれば、このような対応の方が好まれるのは一目瞭然。
2.クレジットカード決済で手軽に処理を終えられる
普段、ECサイトで当たり前にこなしている事。それが実は、このビジネスで大きな差別化要因となったわけである。要するに、臨機応変に「欲しいときに欲しいだけ」注文することが可能となって、それを知るともう顧客は離れない。
煩わしかった卒塔婆に関する商取引に劇的な利便性向上をもたらした。便利に勝るものはない。
あれだけ谷治さんが、売り込んでも響かなかったお寺。それがこの利便性を知るなり、一気に「卒塔婆屋さん」に切り替えてきたのである。便利であるがゆえに、お寺同士の話題にものぼり、人伝てでその存在を知って乗り換えるところが続出したのである。
マニアックであるほど、お客様に優しく
1.営業せずともECなら営業できる
だから、売り上げは当然伸びる。ここで大事なのは、卒塔婆を売り込むのではない。卒塔婆を通した取引の環境をより良くしていく工夫なのである。
それは従来の視点で捉えていては気づかぬこと。彼はECの知見を取り入れることで、そこに気づけた。これは正直、ECを始める時には考えもしなかったことだから、面白い。ECサイトを駆使して、売り買いの環境をもっと改善できないかと考えることになるわけだ。
ゆえに、自分でも趣味と言えるくらいに、ECにのめり込んでいく。なるほどな、と痛感させられた、そこで然るべきパートナーの存在も見えてくる。自分にとって必要なのは何かと。
「最近、ECの仕組みをフューチャーショップに切り替えましてね」。そう谷治さんが嬉しそうに語る。その話を聞けば聞くほど、フューチャーショップ 星野裕子社長が聞いたら、喜ぶだろうなと思って聞いていた。それを谷治さんに言うと、ニッコリ。
2.大企業に匹敵する総合的な「独自カラー」
少し「卒塔婆屋さん」から少し話が逸れるけど、極めて本質的でKPIの設定の仕方で、取引先が変わる好例だと思うので、聞いてほしい。
以前、フューチャーショップと話をしていたら、こう言っていたのだ。「大きな資本を持たずとも、中小企業が自社でECを構える事で、大企業と渡り合えること」を願っているという。特に、僕が関心を持ったのは、スケールしながらも、数を追わないという姿勢。要するに、声をかける会社が増えるほど、相手の顔が見えなくなる。中小企業が大企業と渡り合えるのは、独自カラーを手にする支援をすることだとしているのである。
まさに、この「卒塔婆屋さん」はそう。唯一無二の手法で自らを変えた。こういう存在が日本を救うと考えているのだ。
一方で、谷治さんの売り方の革命は、まだその延長上にあるわけだ。でも、それはこれまでと同じく、学ぶことで得られること。つまり、それはフューチャーショップの個々の個性を引き立たせるために、数を追わずに、カスタマーサービスを充実させる姿勢に見事に合致しているわけだ。
最近も、卒塔婆も洋服のように捉えて、販売し始めた。形状やその厚みなどのバリエーションごとにパターン分けする。そこから更に発注できる個数、価格帯、内容ごとに振り分けをしていくと、お客様は、きめ細やかな発注ができる事になる。こういう面倒な作業は即時対応させて、いく事で、彼らはその成長の速度を早める事ができる。
3.カスタマーセンターの質が自らの独自性に直結
だから、嬉しいのだ。いつ何時、電話をしてそういう相談をした時にも、フューチャーショップで電話に出た人自体が、それに対応できるだけの知見を備えているから。かくして、先ほどの決済と同様に利便性を上げることで、購入者の多様性に応えられる。それと同時に既存顧客の購入の幅も広げられれれば、相対的に売り上げが上がるというわけだ。
頭ごなしに商品に固執して、「どうですか!」と売り込んでいた時代とは異なって、極めて現実的。ECをてこに「売り方を工夫する」中で、彼は自らECマニアになるために、今日も、カスタマーセンターに連絡をする。
谷治さんの先ほどの「ニッコリ」の理由がわかるだろう。フューチャーショップは中小の独自カラーを重んじる姿勢のおかげで、カスタマーサービスの質が極めて高い。たかがそれだけのことだけど、されどそれだけのものなのだ。
「電話をした先ですぐに解決するという事がどれだけありがたいか」と谷治さん。
だから、理に適っているし、星野さんが喜ぶだろうなと僕は思ったわけだ。実際の店舗の生の声にとにかく注意深く耳を傾ける姿勢を徹底していること。それは、谷治さんのようなECマニア(失礼!)と出会うことで、最大化されている。また、谷治さんのような人が必要だと述べる機能は、自動化よりも優先して、比較的ニッチでも早く実装を検討しくれるという。だから、彼はその連携に自信を深めて、「卒塔婆を扱いつつ、IT企業になる」と口にするのである。
4.やっていることは同じ
こうやって、彼らはそれこそ、10年前には想像できない姿へと変わっていくのだろう。ただ、繰り返すが、大事なのは考え方は少しも変わっていないということではないか。
その昔は「欲しい時に欲しいだけ提供する」で売上が上がった。それは売り方の変容における一つの答えであり、それはその時代ごと、変化していく。
購入における利便性を時代ごと、必要なリソースを使って、向上させていくことで、実はそれが販促効果に繋がる事が彼らはわかっている。さきほど触れたメディアなどが、認知に寄与して、その売り方の変容が時代に受け入れられた時、利用者は確実に増える。かつてのような自ら足繁く、営業して、売り込むことをしなくても、である。
5.NOと言える環境が整う
最後に印象深かったのは、これらの意義が、健全な働く環境を引き寄せるたこと。固定化された売り買いの関係により、弊害が出ているのもなくはなかったのだ。例えば、お寺の建て替え時に、廃材が生まれる。その廃材を引き取ってくれ、といった理不尽な要求も当然に受け入れることもあった。続いていることにあぐらをかいて、注文内容で彼らが利益率の低くなるような取引も強いられることもなくはかった。
固定化された関係による弊害だ。そんなのは、おかしいですよね。彼は語気を強めていう。
ECはまさにそこの救世主となった。お寺にとって的確に適量、発注する仕組みが定着して、適正価格を維持することで、お寺の経営も安定。互いにWin-Winであるという実感のもと、条件に合わない事柄に対しては、断固としてNOを主張した。それで、業務が健全になっていく。結果、あるべき姿を取り戻したのである。
かくして、彼らは本当に卒塔婆をテコにIT企業になるのだろう。しかし、元をただせば、卒塔婆という商品に固執することなく、その売り方に柔軟性を持たせたことで、手にした功績である。
その売り方が多様化していくなかで、良質なカスタマーサービスの力を得ながら、熱心に“学習”を繰り返す、谷治さんが、IT企業を作り上げるのはいつになるのか今から楽しみである。
今日はこの辺で。