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商業施設のデジタル化の深層 パルコがその強みを“掛け算”して伸ばせた理由

 面白い表現をするものだ。1+2=3 に対して1×2=2。デジタル化って「掛け算」であり、それは元の数が大きくなければ、何をかけてもそれほど足し算と変わらない。1の部分が大きくなるほど、その数値は格段に大きくなる。つまり、1に相当する「自分達の強み」は何か。J.フロント リテイリングの執行役常務に就任した林直孝さんは、そうやってデジタル化の本質を語り、僕はうなづいた。

パルコ でデジタルを推進できたその舞台裏

1.強みは何かを考える

 林さんは、これまで「パルコ」のデジタル化を推進。今の役職もそこでの実績を買われてのことだ。では、彼は「パルコ」において何が自分達の強みだと考えたのか。また、どうやってそのデジタル化を第一線で引っ張ってきたのか。それを今一度、紐解くことで、今の時代を冷静に受け止めてみたいと思う。

 パルコにとっての強みは、大きく分けると3つ。商品、接客、セレンディピティ。どう掛け算したのであろう。

2.アフターデジタルの世界で何をする

 これに絡んで彼は「アフターデジタル」というキーワードを持ち出した。要は、一言でデジタルと言っても、ビフォーアフターで異なることを意図したのである。ビフォーデジタルでは、店は「来店してくれたタイミングだけで接客していた」。

 ところが、「アフターデジタル」では、その「来店前後を踏まえた接客」ができる。ではここの部分を強化していくために、何から始めたのか。それは、EX(Employee Experience)=従業員満足度だという。

 従業員が会社の中で働くことを通して得る全ての経験のこと。従業員の体験を向上させる中で、始める事が大事だとするのはなぜか。それは、いきなり顧客満足度(CX)を考えると、やることが多すぎるからだ。何をしたらいいかわからなくなるに違いないと。なるほど。

3.来店前から接客は始まっている

 だから、EXを深める過程で、従業員にデジタルを活用してもらう。それで、お客様との関係構築の向上を促すようにしたのである。

 さて、話を戻して「来店する前からお客様に価値を提供する」べく実行したことは何か。2014年から「カエルパルコ」を開始し、ウェブ上でテナントのスタッフがブログで自ら発信。お客様はそれをクリップできると共に、商品の取り置きと購入ができるようにしたのだ。

 お客様の満足度向上の過程でブログと連動し、カートを実装させるのは自然な流れだろう。今のデジタル化の主流である「スタッフの価値をそのまま、ECに活かす」手段を先駆けることになった。

 また、同サービスに連携させる形で、「ポケットパルコ」というアプリを作成。それらをいつでもどこでも確認できるようにした。そうなると、レジの場所にこだわりがなくなってくる。勿論、彼らは買った後のケアも徹底していて、アフターデジタルに舵を切っている。

 昨今、オムニチャネルなどと言われるが、それありきでやっていたのではないだろう。自分達の強みを活かした“掛け算”の先にオムニチャネルがあったのに過ぎない。

4.今は今でTikTokで成果「おかし食べすぎ会社員」

 そうやって、自分達の可能性が広がる度に、スタッフ自身も士気が高くなる。だから、スタッフの創意工夫の中で昨今、インスタグラムなどで投稿する事につながる。それこそ想定外の成果で、だから手元から改善していく事が大事だというわけだ。

 面白いのは、それはパルコに限らず、大丸松坂屋百貨店でもそのイズムが活きている。最近ではTikTokで活躍するスタッフも出てきたのだ。TikTokで「おかし食べすぎ会社員」というアカウントがあって、実はこれが大丸松坂屋百貨店のスタッフである。

 特徴的なのは、その投稿は、一切売り場では行っていないこと。寧ろ、殺風景な本社でただひたすらお菓子を食べ続ける(笑)。でも、それがスタッフそのものの人間性であり、面白さであって、それがウケて、フォロワーの数は激増しているのである。

 お店(ここでは大丸松坂屋百貨店)の価値は何か。そしてその価値を“掛け算する”。実は、その中身の媒体は変われど、その価値の一つとして、スタッフを尊重する本質はブレていないことがよくわかる。

5.商業施設としての価値も自然に体感

 先ほど、パルコに関連して価値として挙げたものに「セレンディピティ」があると触れた。和訳するなら、「偶然の出会いによって得られる幸福感」だ。

 それをどうデジタルで“掛け算”したのか。それについてはウォーキングという要素をあげた。実は、ここで今度は先ほどの「ポケットパルコ」が活きてくる。アプリでは店舗でチェックインができるとともに、館内で500歩、歩けば、パルコポイント500コイン(5円相当)が支給される機能がある。

 なにげないことだけど、パルコというハコには複数の店舗が存在する。だから何かしらを買いにふらりと来た人でも、少し歩数を増やすよう促すことで、他のお店の入店機会が増えるわけだ。つまり、セレンディピティを後押しするために、裏側でデジタルを活かしている。

 その効果は一目瞭然。半年間の計測で、チェックインとウォーキング機能を使ったお客様は「買い周りするお店の数が倍」となった。だからそこに連動してそれらのお客様は「単価が3割上がる」傾向が見られて、その成果を実感したのだという。

掛け算は未来にも応用できる

1.ウェブ3.0でもこうすれば強みを発揮できる

 繰り返すが、強みあってのことで、最初の掛け算の意味に気付かされる。そもそも強みがわからず、小手先でデジタル化をしても掛け算されない。だからそれほどの効果にはならない。そもそも企業ごとに存在する“元の数字”が何なのかを考えて、その施策をすることで、結果が伴ってくるというわけである。

 これはどの企業にも置き換えられる視点だから、すごく本質的である。

 その本質がわかった上で、では、これから先を見据えた時にどんな事があり得るのか。一見すると、「メタバース」に見られる「ウェブ3.0」の世界も掴みづらいものである。それをどう取り入れるかと頭を悩ませがちだが、彼はあくまで“掛け算”で好奇心を駆り立てる視点。その時代を予測していて面白い。

2.リアルお店の表現力が上がる

 例えば、AR。わかりやすい例で言えば、ポケモンGOの世界である。いずれメガネのようなデバイスを使って、そこに広がる世界を見る、という時代が来るだろう。でも、彼らは別にそれで動じる風でもない。逆に、彼ら曰く、リアルなお店の表現力が更に上がる。

  何をするにもリアル店舗は内装を凝らし、素材を魅力的に配置することで、空間を楽しむ。しかし、同時にスペースなど物理的な要因で限界がある。でも、それすらもARなどのデバイスを通して眺める事で、物理的な要素に関係なく、一気にその表現力が上がる。これこそ、リアルにしかできない魅力で、掛け算によって生まれる感動である。

 現に、渋谷パルコでは、今はコロナ禍でできていないけど、ゴーグルを使って段階的に、実現させている。空中という“空きスペース”をそれらのARで埋めて、エンタメ空間にしてみせたのだ。

3.拡張性で人はそこに付加価値を感じる

 では、どうする事で、そのポテンシャルを成果に繋げられるのだろう。一言で言えば「拡張性」と林さんは言っている。例えば、ミュージアムでも工夫は可能で、リアルとネット双方で取り組み、その価値を最大化できる。

 というのも、リアル会場ではAR体験でそこに映し出される作品や人と一緒に撮影できるなど、場所を最大化させる“デジタル”な取り組みで付加価値を高める。一方で、ネットではリアルと同じスペースを用意しつつも、ネット独自の部屋に入れる仕様になっているのだ。

 ベースはリアルにあるのに、バーチャルはネットとリアルのそれぞれに別の付加価値をつけている。だから、当然、それぞれの入場料を別々で回収できるわけである。

 先ほど書いた通りだが、リアルでは、物理的な要因がない利点を活かした。ネットでは、特別な部屋にはリアルにもない作品を展示し、バーチャル上でアーティストと交流を図ることができるなどの要素を盛り込む。その先にネットだけでしか買えない商品を用意し、ECサイトへと繋げるわけだ。一つのイベントの価値をフルに使い切っていると言える。

4.時を超える商業施設

 唸ってしまったのは、それは場所だけでなく、「時間」すらも超えていくという話。

 実は「渋谷パルコ」のリニューアルに際して、作りかけの建物を覆う壁に「AKIRA」の絵を書いた事があった。作りかけ状態すら通行人を楽しませようという試みだけど、実はこれが今に活きる。当然、建物が完成すれば、それらの壁は撤去される。

 ところが「渋谷パルコ」はデジタルを通して、その映像を今の光景に重ね合わせるわけだ。今書いた通り、ARを使えば、今の渋谷パルコの上に「AKIRA」の壁を存在させる事ができる。そうすれば過去と今を超越して、パルコの価値を最大化できるわけである。

 “掛け算”という言葉の意味が理解できたと思う。自分達が自分達らしく、その強みを発揮させることを派生させていく。そんな中で、デジタル化は真に機能する。1に何をかけても、それほど大きな数字にならないけど、元の数字が10なり、100なりであれば、その掛け算の答えは、無限に大きくなるのである。

5.ニューヨークで見た近未来

 先月、林さんは「NFT.NYC」というイベントに足を運んだ。それは、彼が関心を持っている日本のスタートアップ企業がジャパニーズアートを手がけていたからだ。それは、ニューヨークの街でスマホをかざすと一面、日本のポップカルチャーが映し出されるというもの。デジタルを使うことで、あのニューヨークを日本のポップカルチャーがジャックしているように見える。その構図は極めて面白い。

 しかも、この3DのアートをNFT化させるのである。考えるだけで好奇心が駆り立てられる。これも“掛け算”である。リアル自体の価値も受け入れ、それを倍化させるアイデアがデジタルによって再現されているのだから。

 シンプルに今一度、その強みは何か。そして、デジタルを通して、人をどれだけ触発できるか。それを考えてみる先に未来があるのだろう。そして、同時に、それは日頃、強み自体をより強固なものにしていく過程の中で、最大化されるということ。デジタルというのは確かに有効なツールであるけど、それあってのこと。両方の理解とリスペクトなしにはこれから先の未来は語れない。

 今日はこの辺で。 

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