これが陶芸?愛情をアートに“蛇口”のオブジェ 毛塚友梨さんの貫く人生
まずは、冒頭の写真をみてほしい。パソコンのようなオブジェ。それが何でできているか想像がつくだろうか。現代アーティスト毛塚友梨さんの作品で、これらは全て『陶芸』でできている。思うに、何かを創造するには人の思いがなければならない。それと同時に、何かを表現するには、人の知恵も合わせて必要。それらが合わさる事によって生まれるアートの意味を、この作品から感じたのである。
陶芸の製法を活用し愛情を伝える
1.ひもづくりという手法
とにかく驚かされた。続いて、こちらの写真も見てほしい。蛇口のようなオブジェである。これも陶芸。
これらは全て「ひもづくり」という陶芸の手法で作られている。要は、縄文土器などを作る製法で、粘土をこねて、それを紐状にして積み重ねる事で作り上げるのだ。「粘土が好きじゃないと作れませんよね」と毛塚さん。
2.込められた想いは“愛情”
ここに込められた意図は何か。そう僕が、たずねるとこう答えた。
「愛情って液体のようなもの。流れていくものだと思うのです」と。
どれだけ注いでも、受け止める側の“うつわ”が機能していなければ、受け止めきれないと。例えば、蓋をしていても入らないし、“うつわ”自体が壊れていたら、流れ出てしまう。それがどんなに大きな壺であっても、割れていたら貯まらない。
なるほど、これらを通して、彼女が伝えようとしているのは、受け止める側の深さであり、強さなのだ。
3.なぜ陶芸なのか
彼女は保育園の時から、アーティストになりたいと思っていたという。ただ、何を素材にするかはわからなかった。でも、彼女の父親が陶芸家であり、自然な流れで美術学校へ行って、専攻したのは陶芸だったというわけだ。
当然、伝統工芸を作る大学だから、延々と陶芸で器を作り続けたわけだけど、彼女は思った。自分は現代アートが好きで、素材として陶芸が好きなだけ。つまり、器を作りたくて、この大学に入ったのではないと。そして、大学の卒業制作の際に、これの元となる作品が生まれた。以来、10数年、こういう器とは言えない“うつわ”を手がけているのである。
アーティストになる夢を人生の軸に据えて
1.制作をやめたほうが楽。でも・・
失礼ながら、その生計はどう立てているのか。そう僕が聞くと、この作品を手がける以外に、陶芸教室をやっているという。勿論、ごくふつうの。
僕が毛塚さんに強く共感を受けるのは、自分の思いを軸に据えて、自分の人生設計をしている事にある。
彼女はこう話すのだ。「絶対に、制作活動をやめたほうが楽なんです。きっと、そのほうが生きるのも楽。会社に勤めるなりしたほうがいいんです」と。
でも、しっかり前を見据えて「生きる道として、アートをやると決めてしまった」と続けた。ここのアートの活動には徹底して打ち込む為に、必死でその陶芸教室ではしっかり稼ぐ意識を持っていると。その気概は素晴らしい。
2.アートを真ん中に据えると生き方も覚悟も変わってくる
一本気な性格。そういう人生を歩んでいくためには、と自分の考えを貫いた。それと同時に、もう普通の道を歩めないなと覚悟も決めた。実際に、経済面と制作活動を両立していくのは難しい。両方とも2倍くらい努力しなければ、人並み以上にはなれない。
しかも、子供もいる。だから、そこに家庭という要素も加わって、その一つ一つ相当な覚悟をもって、決断したと。
人間はどうしても最初に経済面から考えて何をしようかと動き出す。しかし、彼女の場合は、違うのだ。その中枢にこのアート活動を据えて、そこから人生を切り開いているから、全く違う生き方がひらけたわけである。
3.身近なところに主張すべきことはある
そこまで思いを込めた作品なら、恐らく後世に残していきたいと考えている事だろう。その時、彼女はその作品一つ一つに後世に残すべく、どんな意味を込め作っているのだろうか。
これが、最初に挙げた「蛇口のオブジェ」に繋がってくる。先ほど、彼女はそれを「愛情」だと述べていた。
なぜ、愛情なのかという話である。多くのアーティストは社会の中でもっとこういう風になればいいな、という思いを作品に込める。その意味では、政治や戦争をテーマに創作活動をしている人は多い。そう彼女は言って、敢えて「そこではない視点で世の中を見ている」と話す。
それは「もっと身近な視点」である。
「私たちは個々に人それぞれ、『身近な事』で悩んでいるんです。家庭のこととか、友人間の問題などです。それは、個人が集まって形成している社会だからこそ、生まれる課題。誰しもが実感するものです。私は、そういう日常的に起こりうることをテーマに気づきを与えたいのです。それを突き詰めていくと『愛情』とか『精神』などがテーマになったのです」。
4.今という時代を象徴する現代の土器
さて、では最後に、冒頭の「パソコン」の陶芸にはどんな意味があるのか、それを聞いた。やっぱりそれは「身近な問題」だった。
彼女曰く、それまで僕らは「触る」という事に対して無関心だった。しかし、コロナ禍で過剰なほどそれを強く意識するようになった。
だから、彼女はパソコンがあるデスク周りを陶芸で再現した。そして、そこにわざと人が触った後の痕跡をつけたのである。日常で僕ら人間はどれだけ「触る」行為を反復しているかを意識させる為にだ。
その痕跡は、過去ではなく、今の時代ではすごく重く受け止められる要素だから、逆に、それを今の時代の象徴として表現したのである。
加えて、パソコンを使った世界は、データしかり非物質的な世界であると。そんな非物質的な世界との接点を、結局、「触る」という行為なしでは、作り出せないという現実。痕跡にはそういう意図を込めた。
しかも、面白いのは、それを表現しているのが、人間が作った素材の中でも最古の陶芸である事。さらに、最も古い技法「ひもづくり」で表現しているのである。歴史上、最も古いもので。最新の姿を表現しているというわけだ。
まさに現代の土器だ。
だから思うのだ。何かを創造するには、人の思いがなければならない。それと同時に、何かを表現するには、人の知恵も合わせて必要だ。彼女なりの陶芸で学んだ一つ一つは、彼女の胸の内にある、とても身近な問題と優しく寄り添いつつも、濃厚でインパクトのある形で、人とは違った手法で、僕らに気づきをもたらしている。
今日はこの辺で。