AIは仕事を奪うのではない。「会社の前提」を変える──サプライチェーンの第一人者・秋葉淳一氏が見据える、組織と人間の未来

AIによって、どの仕事がなくなるのか。どの業務を自動化できるのか。生成AIが急速に広がるなか、そんな議論を耳にする機会は増えた。だが、サプライチェーンマネジメントの第一人者であるモノプラス会長・秋葉淳一氏の視点は、そのもう一段奥にある。そもそも、いま存在している会社や組織、業務プロセスは、「人間が見る」「人間が判断する」「人間が動く」ことを前提につくられてきた。ならばAIがそれを担えるようになったとき、既存業務の一部をAIへ置き換えるだけでいいのだろうか。
秋葉氏が問いかけるのは、むしろ逆である。AIが存在することを前提に、会社そのものをゼロから考え直したらどうなるのか。
そこから見えてきたのは、部署ではなく「責任」でつながる組織、日々の対話そのものが資産になる「フィードバックループ」、そして、AIによって価値を失う人間ではなく、むしろこれまで以上に「何を目指すのか」を問われる人間の姿だった。
AIは、人間を置き換える技術なのか。それとも、産業革命以来続いてきた会社の形そのものを組み替える存在なのか。秋葉氏の言葉を追っていくと、AI時代に考えるべきものが、少し違って見えてくる。
「侵入されない」ではなく「侵入されたらどうするか」──AIは、経営の前提を変えた
① 人間が判断していては、もう間に合わない
秋葉氏が最初に挙げたのは、サイバーセキュリティの話だった。
AIによって攻撃のスピードが上がれば、侵入を検知してから人間が状況を確認し、上司へエスカレーションし、対応を決めるという従来のプロセスそのものが間に合わなくなる。人間が判断している間にも攻撃は進んでしまうからだ。
だから発想を変えなければならない。
これまでは「どうすれば侵入されないか」を考えてきた。だが、これからは「侵入されることを前提に、被害をどこまで小さくできるか」を考える。秋葉氏の言葉を借りれば、攻撃される側は基本的に「負ける」。重要なのは、勝つことではなく「どれだけ負けを小さくするか」なのである。
② 物流が止まれば、一企業の問題では済まない
これは、彼が主戦場とするr物流にとって、とりわけ重い問題だという。多くの荷主とつながり、生活必需品まで扱う物流会社のシステムが止まれば、その影響は一企業の中では収まらない。物流は社会インフラだからこそ、攻撃対象としてのインパクトも大きくなる。
しかも、優れた対策をしている企業ほど、その方法を詳細には公表できない。セキュリティ上、自ら手の内を明かすことになるからだ。「あの会社の成功事例を学べばいい」という従来型のベンチマークにも限界が出てくる。
③ リスク対応は、経営そのものになった
だからこそ、これは情報システム部門やリスク委員会だけに預けておくべき問題ではないと秋葉氏は指摘する。月に一度の取締役会で数字を報告する。それだけなら「資料を送ってくれればいい」。むしろ経営陣が集まるべきなのは、変化するリスクをどう捉え、どれだけ早く手を打つかを考えるためではないか。
AIが変えるのは作業だけではない。
「何をリスクと考え、経営者が何を判断するのか」という、経営そのものの前提を変え始めている。
「この仕事をAIにできないか」から考えるから間違える
① 既存業務にAIを当てはめるだけでは足りない
企業のAI活用では、既存業務を並べ、「この部分をAIにできないか」「ここをフィジカルAIに任せられないか」と考えがちだ。
だが秋葉氏は、その発想自体に危うさを見る。
なぜなら、現在の会社組織も業務プロセスも、人間が情報を見て、人間が判断し、人間が伝え、人間が行動することを前提につくられているからだ。その構造を残したまま、一部分だけAIへ置き換えようとしている。
それでは、従来のITシステムや産業用ロボットを導入するのと発想が変わらない。
AIという全く異なるものが登場したのに、AI以前につくられた仕事の形を基準にして、「どこへAIを入れるか」を考えているのである。
② AIがいる前提で、会社をゼロから考える
秋葉氏が投げかける問いは、もっと根本的だ。
AIとフィジカルAIが最初から存在する世界で、いまゼロから会社をつくるとしたら、どんな業務プロセスにするのか。この問いから考えると、「部署」というものさえ絶対ではなくなってくる。
産業革命以降、企業は仕事を分けることで生産性を高めてきた。一人ですべてを担うより、専門ごとに分業し、それぞれを習熟させる方が効率がいい。その積み重ねによって、営業、経理、物流、情報システムなどの機能と組織が形成されてきた。
しかしAIが複数の専門領域を横断できるのであれば、分業によって得てきた生産性を、別の方法で実現できる可能性がある。
つまりAI時代とは、既存の分業をさらに効率化する時代とは限らない。むしろ「なぜ、そもそもこの仕事は分かれているのか」まで戻って考える時代なのだ。
部署ではなく「責任」で会社をつくる
① AIには仕事を任せられても、責任は任せられない
では、AIを前提に会社をゼロから組み直したとき、人間には何が残るのか。秋葉氏が挙げた言葉が「責任」だった。AIに仕事をさせることはできる。判断を補助させることもできる。しかし、最終的な責任までAIに負わせることはできない。
だからAI時代の組織では、「営業部」「経理部」といった既存の組織図から考えるより、商売のプロセスを描き、「ここからここまでは、あなたが責任を持つ」と人間の責任領域を定める。その中でAIを最大限に動かしていく方が自然ではないか、と秋葉氏は考える。
② 会社のデータから「部署の境界」が消えていく
会社に蓄積されているものを突き詰めれば、事業の情報、取引の履歴、契約、数字、顧客とのやり取りなど、多くはデータとして扱える。それを部署ごとに囲い込む必要もない。会社全体のデータがあり、それを必要に応じて営業を担うAI、経理を担うAIなどが読み込めばいい。
そうなると、「営業部だからこの情報を持つ」「経理部だからこの仕事をする」という組織の境界線は薄くなる。
一方で、人間の責任はむしろ重くなる。自らが任された領域について、「AIに何をさせるのか」「どこまで任せるのか」「何をさせてはいけないのか」を考える必要があるからだ。
秋葉氏は、AIを使う人間には「何がダメなのかを教える」役割もあると話す。AIは自由に動かせばいいわけではない。方向を定め、制約を与え、結果に責任を持つ人間が必要になる。
AIによって人間の仕事がなくなる、という話とは少し違う。作業を担う人から、AIを含めたプロセス全体に責任を負う人へ。会社における人間の役割そのものが変わろうとしている。
AIとの「会話」が、会社の仕事そのものを記録していく
① AIとの会話は、すべて仕事のデータになる
秋葉氏がもう一つ注目するのが、「フィードバックループ」である。たとえば業務システムの使い方が分からないとき、これまではヘルプを開き、マニュアルやPDFを探し、自分で答えを見つけていた。
それをAIとのチャットへ変える。「これはどうやるのか」「こんな情報は出せるのか」「こういう形でまとめられないか」。利用者はAIと対話しながら仕事を進めていく。
重要なのは、便利になることだけではない。そのやり取り自体が、すべてデータになることだ。対話が蓄積されれば、その人がどんな仕事を、どんな順序で、どんな頻度で行っているのかが見えてくる。
② AIが「次にやるべき仕事」まで見つけ始める
毎週同じ作業をしているなら、AIの側から「これは毎週やっているから自動化しておこうか」と提案できるかもしれない。似た仕事をしている人が複数いれば、統合した方がいいと判断することもできる。
そして担当者が変わっても、蓄積された対話と仕事の履歴を引き継げば、前任者がやっていた仕事の続きから始められる。そこには、従来の「組織図」では見えなかった会社の姿が現れる。
誰がどの部署に所属しているかではなく、実際に誰が何をし、何に困り、どう解決し、何を繰り返しているのか。仕事の実態そのものがデータとして蓄積されていくのである。
だから秋葉氏は、フィードバックループが回れば「組織名もいらない」とまで言う。
同時に、少し恐ろしいことも起こる。会社の中で、本当はやらなくてもいい仕事を続けている人や、必要性の薄いプロセスまで浮き彫りになってしまうからだ。
AIは単に仕事を効率化するのではない。「この会社では、本当は何が行われているのか」を可視化してしまうのである。
AIの能力は、それを使う「人間の器」に左右される
① 知識量では、もう人間はAIにかなわない
AIは膨大な知識を持っている。その量だけを競えば、人間が追いつくことは難しい。秋葉氏も「最後の最後はAIの方がすごい」と認める。
しかし、だから人間の価値がなくなるとは考えていない。むしろ逆だ。AIをどこへ向かわせるかを決めるのが人間である以上、最終的に生まれるものは、そのAIを使う人間の能力や「器」に左右されると秋葉氏は考える。
「ずっとずっと人間が試されている」。この言葉は、AI時代を考えるうえで象徴的だ。AIは、すでに存在する膨大な情報を読み込み、整理し、組み合わせることができる。
② 「まだ存在しないもの」を求めるのは人間である
だが、人間はまだ存在していないものを求めることができる。何を実現したいのか。どんな会社にしたいのか。どんな顧客体験をつくりたいのか。何を良しとし、何を良しとしないのか。
そうした方向を決めるのは、人間側である。だからAI時代に重要になるのは、AIそのものの性能だけではない。AIに与える「フィルター」を、人間がどれだけ持てるかということになる。
そのフィルターは、単なるプロンプトの巧拙ではない。経験であり、価値観であり、判断基準であり、そして結果を引き受ける責任でもある。AIが優秀になればなるほど、人間は楽になる。同時に、「では、あなたは何をしたいのか」という問いから逃げられなくなる。
月次から週次へ。そして「昨日の失敗を今日変える」会社へ
① AIによって、改善のサイクルが一気に短くなる
AIが企業にもたらす変化は、人を減らせることだけではない。秋葉さんがもう一つ挙げたのが、仕事を改善するスピードそのものが変わることだった。これまで企業では、月次で結果を振り返っていたものを週次に変えるだけでも、「PDCAが速くなった」と言われてきた。だが、AIによって日々の仕事や判断、その結果までがデータとして蓄積され、すぐに検証できるようになれば、その単位はさらに短くなる。
「昨日の結果でダメだったことを、今日変えられるか」
秋葉さんはそう話す。昨日やったことがログとして残り、その結果をAIとともに振り返り、今日の仕事を変える。これを毎日繰り返せば、企業の改善速度はこれまでとは比較にならないほど速くなる。
② 高速化すれば、間違える速度も速くなる
ただし、速く回ればいいわけではない。秋葉さんは「方向を間違わなかったら、会社はすごい勢いで成長するはず」と話す。
裏返せば、方向を間違えたままAIで高速化すれば、間違った方向へ進む速度まで上がってしまう。
だからこそ、AI時代の会社には「何を目指すのか」という中心が必要になる。
③ だから、会社の中心には「人間の意思」が必要になる
秋葉さんが挙げたのが、クレドのような存在だった。組織や部署が細かく仕事を管理するのではなく、会社として大切にするものを真ん中に置く。その方向を人間が確認しながら、AIによって仕事を高速で改善していく。
ここまで来ると、AIによる効率化とは、単なる業務改善の話ではなくなる。
仕事の多くをAIが担い、改善まで高速化できるからこそ、人間には「どちらへ進むのか」を決める責任が残る。秋葉さんは、そんな世界を「健全だと思う」と話していた。
AIが人間から仕事を奪うのではない。むしろ、これまで組織や業務の中に埋もれていた「会社は何のために存在するのか」「人間は何を決めるのか」という問いが、否応なく表に出てくる。AIによって会社から人間が消えていくのではなく、最後に残る人間の仕事が、むしろ鮮明になっていくのである。
AIは「知識」を持つ。では、人間に残る「知恵」とは何か
① AIの「知識量」には、人間はかなわない
AIによって、企業は昨日の失敗を今日変えられるほどの速度を手にする。だが、速く進めるようになればなるほど、別の問題が浮かび上がる。
どちらへ進むのかを、誰が決めるのか。秋葉さんは、AIについてこんな表現をしていた。
「AIって僕の中では、どこまで行っても知識でしょ」
AIが持つ知識量に、人間は到底かなわない。膨大なデータを読み込み、過去のやり取りを蓄積し、そこから必要な情報を瞬時に取り出す。人間が同じことをしようとしても、量でも速度でも追いつけない。
② 知識があっても、「行き先」は決められない
けれど、知識があることと、どこへ向かうべきかを決めることは同じではない。だから秋葉さんは、AIを前提にすると、むしろ人間が試されると考える。
会社の仕事をAIに任せるとしても、「何を良しとするのか」「何をしてはいけないのか」を決めるのは人間である。AIが生み出すものも、それを使う人間の能力や器に左右される。そして、まだ存在していないものを「こうしたい」と求めることも、人間から始まる。
つまり、AIの能力が高くなれば、人間の価値がなくなるとは限らない。むしろ、知識を処理する仕事をAIが引き受けるほど、「何を目指すのか」という人間側の意思が露出してくる。
③ 組織ではなく「必要な機能」から会社を考える
その視点から会社を見ると、組織の姿も変わってくる。
「会社としては、必要な機能しかいらない」
秋葉さんはそう話す。営業部、経理部、情報システム部といった既存の組織を前提にAIを当てはめるのではない。まず、会社として果たすべき機能がある。そのプロセスの多くをAIが担い、人間は責任を持つべきところを担う。
そう考えれば、「いまある組織のどこにAIを入れるか」という問いそのものが小さく見えてくる。問われているのは、AIを導入した会社ではない。
AIがいることを最初から前提にしたとき、そもそも会社とはどんな形であるべきなのか、なのである。
AI時代、最後まで残る仕事の価値が上がる
① 「優秀な人を引き留める」という常識まで揺らぐ
では、AIを前提に会社から「必要ではない仕事」が減っていったとき、人間には何が残るのだろう。
秋葉さんが最後に持ち出したのが、少し意外な話だった。近年、ある程度の規模の企業では、40代前半から半ばを対象にした早期退職が見られる。かつて企業にとって怖かったのは、早期退職を募ると優秀な人から順に辞めてしまうことだった。そのため、どうすれば優秀な人材を引き留められるかが議論された。
ところが秋葉さんは、最近はその発想自体が変わりつつあると見る。
AIが担える領域が増えるなら、これまで高い給与を得ていた人が担ってきた仕事であっても、人間がやり続ける必然性は薄れていく。
② AIが代替できない仕事ほど、希少性が高まる
一方で、AIやフィジカルAIが進化しても、簡単には置き換えられない仕事がある。
物流でいえば、入荷や出荷に伴う現場作業、開梱や梱包。あるいは住宅でいえば、部屋の内装を仕上げる職人の仕事。秋葉さんの周囲では、こうした仕事は最後まで人間が残るのではないかと話されているという。
そこで、価値の逆転が起こる可能性がある。
これまで「頭を使う仕事」とされ、高い報酬を得てきた人が、そのまま現場の仕事を担えるわけではない。むしろ、簡単には代替できない技術を持った人の希少性が高まっていく。
「いわゆる職人技の人たちが、もっとすごい収入をもらえる」
秋葉さんは、そんな未来を口にした。
③ AIは、仕事の「価値の配分」まで変えていく
これは単に、ブルーカラーの賃金が上がるという話ではない。
産業革命以降、企業は仕事を細かく分業し、人がなるべく関わらなくても回る仕組みを作ることで生産性を高めてきた。そして、その仕組みを設計し、管理する側に高い報酬が支払われてきた。
だが、その「管理する仕事」までAIが担えるようになったらどうなるのか。逆に、人間にしかできない仕事、人間が実際に手を動かさなければ成立しない仕事の希少性は上がっていく。
AIは、人間の仕事を一律に奪っていくのではない。これまで会社の中で、どの仕事に価値を置き、誰にその対価を分配してきたのか。その構造そのものを組み替えていく可能性がある。
AIによって問われるのは、「人間の仕事が残るか」ではないのかもしれない。人間がやるからこそ価値のある仕事とは、そもそも何だったのか。秋葉さんの話を聞いていると、AI時代の先に見えてくるのは、そんな問いなのである。
AI時代に問われるのは、「人間は何をするのか」
① すべての変化は「人間がどう動くか」に行き着く
ここまで様々な話が出てきた。しかし、俯瞰してみると、すべては同じところにつながっていることに気づく。人間が何を決断し、どう行動するのか。そして、その行動にはAIが当たり前のように伴うようになる、ということである。
だからこそ、従来の枠組みのまま組織を見ていてはいけないのだと思う。人間が動くためにつくられた部署や業務プロセスが、AIとともに動く人間にとっては、かえって妨げになる可能性があるからだ。
② AIを使うことは、「人間の仕事」を考えること
AIを当たり前に使うということは、単にAIの操作方法を覚えることではない。AIがいることを前提に、「では、人間は何をするのか」を考えることである。
それを考えないまま、いまの仕事をただ効率化しているだけでは、いつか「これは、そもそも人間がやる仕事ではない」となり、仕事そのものが、あるいは部署そのものがなくなっていくかもしれない。
この記事に出てきた様々な事例も、その変化の一端にすぎない。
大事なのは、一つひとつのAI活用を見ることではなく、その先で会社の何が変わろうとしているのかを俯瞰することだ。そして、その変化の中で、自分は何を決断し、何に責任を持ち、何を生み出すのか。
それを考えられる人材こそが、これからの時代のデフォルトになっていくのだと思う。
AIは仕事を奪うのではない。「人間がやるべき仕事とは何か」を、改めて僕らに突きつけているのである。
今日はこの辺で。







