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文化はつくるものではない──辻信太郎が人生を通して証明した「みんななかよく」の正体

 桜が咲く、晴天の中、実に華やかな幕開けだった。「なんて可愛いのだろう」。タクシーの運転手がそう言いながら、車はロータリーへと入っていく。この日、僕が訪れたのは、富士山の麓、山梨いちごの王さまミュージアム。いちごの王さま?そう聞いてピンときた人は鋭い。サンリオ創業者・辻信太郎、その人を指す言葉だ。この場所は、彼の軌跡を辿る記念館である。

 だが僕にとっては、単なる取材ではなかった。起業のきっかけとなる言葉をくれた、その人の人生に改めて向き合う時間だった。そしてこの場所で、僕の中にあった「文化」という言葉の意味は、大きく揺らぎ、やがてひとつの確信へと変わっていくことになる。

そこにあったのは、企業の歴史ではなく“生き方”だった

 展示を見て最初に感じたのは、サンリオという会社の歴史だけではなく、そこに流れる彼の“生き方”だった。「サンリオ歴史館」と書かれている。

 中に入ると、そこには「いちご新聞」のコーナーがあった。1975年に創刊され、今なお辻信太郎が巻頭メッセージを書き続けているこの冊子は、単なる広報物ではない。

 サンリオを好きでいてくれる人と、直接つながるための装置であり、言葉を通じて関係性を築くための媒体だ。

 実は、僕自身、購読者である。読み始めたのは最近で、起業してからのこと。サンリオにいる親友から、読んでみたらどうかと勧められてのことだが、巻頭メッセージの言葉は、実に感受性豊か。

 花が咲き始める春の訪れを口にしたり、ハーモニカにチャレンジしたりと、優しく、ポジティブである。そして、その根底を流れるのは、「みんななかよく」。

 どこか切実でもあるこの言葉の背景には、戦争体験があることも感じ取れる。

 つまりこの会社は、最初から商品や売上だけではなく、「人と人とのつながりがもたらす体験」を起点にしている。その思想が、時間をかけて形になっていったのだと、この場所は静かに語っていた。

幼少期の“贈る体験”が、すべての原点だった

 二棟あるうち、奥が「辻信太郎記念館」。彼の執務室を再現した場所があり、彼のヒストリーが展示されていた。

 ここで幼少期のエピソードに触れたとき、僕の中で、すべてがつながった。彼は幼少期、カートメル幼稚園に通っていた。

 ああ、あの話は、ここにつながるのか。実は、僕は、新卒時代に、新聞記者として、辻信太郎さんにこう聞いたことがある。

 「なぜ、サンリオという会社をやっているんですか?」

 すると、彼は子供の頃の経験として、プレゼントの習慣を口にして、こう語った。

 「受け取る人も嬉しいけど、僕の記憶に残っているのは、渡す人の笑顔なんだ」。

 展示の説明にもこうあった。幼稚園で、誕生日にプレゼントやカードを贈り合う文化、不要品を持ち寄って寄付する活動があったと。僕が新卒の頃に本人から聞いた話と重なる。

 つまり、サンリオのビジネスの原点はここにある。ギフトとは単なるモノではない。

 人と人の間に入り、関係性をつくるものだという感覚。それは後から作られた理念ではなく、幼少期の体験として身体に刻まれたものだったのだと思う。

 この時点で、すでに“すべての設計図”は運命的に存在していたのかもしれない。

戦争が、その思想に“確信”を与えた

 その感覚は、やがて現実によって試された。

 それは、戦争である。甲府空襲、焼け野原、失われた命。展示には、その時の状況が淡々と記されているが、その重みは計り知れない。妹を背負いながら逃げたという話、甲府の7割以上が消失し、1127人が亡くなったという現実。

 僕は起業して5年目のある日、「そのきっかけが辻信太郎さんにある」ことを伝えるお礼の手紙を書いたことがある。そのとき、秘書を通じて教えてもらったテレビ番組のことを思い出した。覆いかぶさるように子を守りながら亡くなった親の姿も見た。そうしたことを口にしていた。

 それらを目の当たりにしたとき、「なぜ人は分かり合えないのか」という問いが辻信太郎さんに生まれる。

 そして、多くが皆こう言ったのだ。「戦争だから、仕方がない」。同じテレビ番組で、「仕方がないなんてことはない。話し合えばわかりあえるはずだ」と。

 その言葉は、フロアでも語られていた。理想論ではない。現実を見た上で、それでもなおそう思いたいという、強い意志だ。

 幼少期に芽生えた“つながりの喜び”は、この体験によって「だからこそ必要だ」という確信へと変わる。ここで、「みんななかよく」という言葉は、単なる優しいスローガンではなく、生き方そのものへと昇華していく。

付加価値との出会いが、思想を“ビジネス”に変えた

 その後、彼は、公務員として働く中で、社会の構造に触れる。きっかけは、山梨県東京事務所への異動。県の特産品を販売する外郭団体の監督を務めることになる。

 そして、彼は山梨シルクセンターを立ち上げる。絹織物の作成にあたり、自らデザインをするなどして奔走し、デザインがもたらす価値に、先ほどの「みんななかよく」の精神が結びつき、戦争体験を経て抱いた自らの問いへの答えが、ここで見えてくることになる。

 商品には、花をあしらった草履、フラワービーチサンダルなどもあった。それを、手がけ、気づいたのは、何気ない商品でも、模様やイラストを加えることで価値が変わることだ。この体験は決定的だった。

 ここで彼は、“モノそのものではなく意味が価値になる”という構造を理解する。

 だから、グリーティングカードという事業が生まれるのも自然だった。それが、サンリオグリーティングという会社の設立となる。気持ちを伝える手段としてのプロダクトを作り出すためだ。

 それは幼少期の体験とも、戦争で得た確信ともつながっている。つまり彼は、人生の中で得た感覚を、ビジネスという形に翻訳し始めたのだと思う。ここで初めて、「思想が事業になる」という構造が成立する。

  かわいいという概念を表すものとして、まず手がけたのが「いちごシリーズ」だったのである。

キャラクターは“思想を語るための言葉”だった

 やがて彼は、外部の作家を起用するなどして、その“かわいい”商品の幅を広げることになる。ところが、ここで限界を感じる。作家の気持ちを思えばこそ、他人のキャラでは自らの思いは載せきれない。

 まさに、自社キャラクターの開発へと踏み出すことを決意するに至るのである。

 もはや、いうまでもない。数多くのキャラが生まれた。コロちゃん、パティ&ジミー、そしてハローキティ。これは単なるヒット商品開発ではない。

 自分たちの思想を、自分たちの言葉で語るための手段だったのだと思う。キャラクターとは、その思想を運ぶ媒体であり、いわば“人格を持ったメッセージ”である。

 だからこそ、それらは一過性の流行として扱われることはない。何十年前に生まれたキャラクターも、今のキャラクターと同列に扱われる。「生き続ける存在」として設計されているからだ。

 ハローキティが世界に広がったのも、単に可愛いからではない。辻信太郎さんの奥にある信念と執念が、世の中を動かしたのだと僕は思う。

 そして、その大元には、「みんななかよく」思想があって、それが、人の心に触れたからだと考える方が自然だろう。

いちご新聞は“読むもの”ではなく、“関係性を生む装置”だった

 そう考えると、その展示で述べられている、彼の行動が理解できる。

 例えば、やなせたかしさんとの対話をきっかけに、出版を決意したのもそうだ。彼の詩集に胸打たれたからである。山梨シルクセンターという社名からは想像もつかない、「愛する歌」という書物の発表である。

 思えば、「いちご新聞」は読むものではなく、参加するものだった。

 投稿型の編集方針のもと、読者は単なる受け手ではなく、誌面を共に作る存在となる。いちごメイトという呼び名が象徴するように、そこにはすでに「顧客」と「企業」という関係性は存在していない。

 投稿を送り、誌面に参加し、イベントで顔を合わせる。フェスティバルには多くの人が集まり、地方に住む人のためには出張イベントやミニパーティーまで開催される。つまり、距離のある存在としてのブランドではなく、会いに行ける存在としてのサンリオが設計されていたのだ。

必要ないことだから価値がある

 ここで一度、立ち止まって考えてみたい。

 もし、単純に商品を売ることだけが目的であれば、ここまでのことをする必要はないはずだ。冊子を作り、投稿を受け付け、イベントを開催し、全国を回る。そこには明らかにコストがかかる。

 だが彼は、それでもやった。なぜか。

 それは、商品だけでは、自分の伝えたいことが伝わらないと知っていたからではないかと思う。だからこそ、商品に込めたメッセージを補完するための手段として、メディアがあり、イベントがあり、関係性そのものが設計されていったのである。

売るのではなく、“体験させる”ことで価値は最大化されていく

 さらに直営店「サンリオギフトゲート」に目を向けると、その思想はより立体的になる。

 そこでは商品は単に陳列されているのではなく、「どう見せるか」「どう感じてもらうか」まで含めて設計されている。空間に入った瞬間に、その世界観に触れ、商品を通じて何かを感じ取る。

 つまり、売り場は販売の場ではなく、体験の場へと変換されているのである。田園調布に存在した「いちごハウス」もまた、その延長線上にある。人と人が集い、触れ合い、その中で自然とサンリオの思想に触れていく。そこには“買う”という行為を超えた意味がある。

 こうして見ていくと、彼がやっていたことは明確だ。商品を売っていたのではない。

 関係性を設計していたのだと思う。そしてその関係性は、言葉としてのいちご新聞、モノとしてのキャラクター商品、空間としてのサンリオギフトゲート、さらにはイベントや出会いといったあらゆる手段を通して、途切れることなく接続されていく。

 それは、相手の負担にならない小さな贈り物“こまちゃま”を持ち歩いていたという彼自身のエピソードや、リボンの代わりにプレミアムマスコットを添える店頭の工夫にも、よく表れている。

 そして、その積み重ねの先に、文化と呼ばれるものが立ち現れる。

文化は結果であって、目的ではなかった

 ただ、その文化に対しての印象すらも、この場所を巡りながら、僕の認識は大きく変わっていくこととなる。

 最初は、商品を含めた、文化を作った人だと思っていた。しかし違った。逆説的になるけど、彼は文化を作ろうとしたのではない。

 例えば、戦争体験のように、自分の中にあるメッセージを、どうすれば届けられるか。その問いに対して、人生をかけて答え続けてきただけなのだ。

 幼少期、戦争、仕事、事業、キャラクター、メディア、空間。

 そのすべてが、「伝える」という一点に収束している。

 一つ一つの経験を無駄にせず、それを自分なりに咀嚼して、次のメッセージを伝える“手段”へと変えていく。その積み重ねの結果として、文化が生まれた。だからこそ、それは強いし、長く続くのだと思う。文化とは、意図して作るものではなく、積み重ねの先に立ち現れるものなのだと、はっきりと理解できた。

 先ほど挙げた「戦争」経験にしても、もしも、ただ反対であることを口にするだけだったら、こうはならない。「仕方がない」ことではなく、話し合えば分かり合える。

 そのメッセージを自らの人生の積み重ねで得てきた一つ一つを丁寧に、自分なりに紡いで、形にしてきたのが、今のサンリオだ。

 会社はそれによって大きくなり、「みんななかよく」は世界に伝えられるものとなったのである。

だから僕は、自分の人生でもそれをやりたいと思った

 それゆえ、思うのである。このオープニングセレモニーで、辻信太郎さんは、98歳で、ハーモニカを器用に弾きながら、皆をおもてなしした。しかし、何度も、表に出て話すほどではないと口にした。

 それは本音なのかもしれない。言い換えれば、もう僕はこれだけやったから、次は君たちの番だと言っているようでもある。不思議と、そんな彼を遠巻きに見ながら湧いてきたのは、自分の人生への想いだった。

 人それぞれに、やるべきことがある。なぜなら、それぞれが異なる人生を歩んできたからだ。

 その人生は、一人ひとりの経験の中で生まれた想いを、誰かに伝えるために使うことができる。積み上げてきた時間を、自分の想いを届けるために翻訳し、未来を切り開いていく。その営みこそが、この場所には確かに現れている。

 辻信太郎という人がそれをやり切ったとき、僕たちは何を感じるだろうか。

 可愛いで終わらせてはいけない、大事なメッセージがそこにある。僕は、それを痛感した。

 「己の人生でできることとは何か」。

 そして、この訪問を通して、ひとつの夢ができた。

 自分が何かしらで結果を出したとき、その歴史を振り返った中に、「辻信太郎がいた」と言えるような人生を、自分も歩みたいと。そう思わせる力が、この場所にはあった。

 今日はこの辺で。

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