心を動かす人。TOMORROWLAND仁藤はるかが示す「接客という創造」

みなさんは、アパレルブランドの接客と聞いて、どんな光景を思い浮かべるだろう。多くの人にとって、それは「コーディネート」という言葉に集約される世界かもしれない。服の特徴を把握し、お客さまに似合うものを選び、提案する──いわば“技術”としての接客。僕自身もずっとそう捉えてきた。けれど、その理解は、この日まったく新しい角度から覆された。
TOMORROWLAND の 仁藤はるかさんと話したとき、接客とは「服を人に合わせる」技の積み重ねではなく、もっと根源的な“創造”に近い営みなのだと気づかされた。
接客。それは、本来とてもクリエイティブな世界線
何もないところから作品をつくり出すように、相手の心の動きを読み取りながら、その場にしか生まれない景色をともにつくり出していく行為。そんな接客の姿が、確かにそこにあった。
仁藤はるかさんは、TOMORROWLAND 丸の内店で働く販売員だ。
そして先日、約8万人が参加する「STAFF OF THE YEAR 2025」で頂点に立った人物でもある。
アンミカさんら審査員によって選出されるこの賞は、ロールプレイング審査を含め、極めて高いレベルが求められる。そこで年間グランプリに選ばれたという事実が、彼女の接客に宿る本質を雄弁に物語っていた。
では、その本質とは何なのか。何が、他の販売員と決定的に違うのだろう。
そう考えたとき、僕はふと気づいた。彼女の接客には、独特の「待ち」がある、ということに。
人と人との会話で生まれる“間”は、多くの場合、会話が途切れた、流れが止まった、とネガティブに捉えられがちだ。しかし仁藤さんは、その“間”そのものを味方につけている。
「急かさない」というより、「待つことによって相手の輪郭が浮かび上がる」ような接客。この瞬間にこそ、彼女の創造に近い営みの本質がある。
接客は「技術」ではなく“創造”だった
その瞬間に、彼女は何を考えているのだろう──。
“間”を大切にするその接客の裏側には、どんな原点があるのか。それが気になって仕方がなかった。辿ってみれば、おそらくその答えは、この一言に集約されるのだと思う。
「好きであることが大事なんです。」
仁藤さんは、ただファッションが“好き”だった。
謙遜して「私は勉強が得意なタイプじゃなくて…」と笑うけれど、その分、机の上では身につかない“感性の蓄積”に向いていたのだと思う。理屈で理解するのではなく、自分の生活の中に取り込み、体験し、失敗し、噛み砕き、自分の血肉にすること。彼女はそれをずっと続けてきた。
たとえば、背中がざっくり開いた、日常ではなかなか着ないような服も、まずは自分で買ってみるのだ。いざ買うと、デザインは素敵なのに着こなし方に苦戦して、自分のものになかなかしきれなかったりしたこともあったという。
そんな失敗があっても、彼女は手を止めなかった。
なぜそこまで続けられるのか──その理由は驚くほど単純で、そして強かった。「好きだから」である
“好き”が積み重なって生まれる、彼女だけの創造
商品という“個性”を、自分の肌で受け止め、生活の中でじっくり噛みしめることでしか、見えない何かがあると分かっていたからだ。
つまり、仁藤さんの接客は、単にお客様のための「準備」ではない。商品を深く理解し、お客様に届けるためのレッスンでもない。
“好きだから、やらずにいられなかった”──ただその連続なのである。
だからこそ、彼女が提案するとき、それは単なる「似合うと思います」という提案では終わらない。自分が体験してきた世界を、お客様とともにもう一度歩き、別の景色を一緒に見にいくための“旅の誘い”になる。
それはいうまでもなく、お客様を魅了する。
提案は目的ではなく、「一緒に新しい世界へ行くための入口」。彼女が服と人をつなぐとき、そこにあるのは技術ではなく、好きであり続けることから生まれた“創造の営み”だ。
細部から人を描く、“観察と想像”の接客
僕は仁藤さんに、こう伝えた
仁藤さんの接客は、まるで、ゼロからキャンバスに絵を描くようなものですね。
技術でもテクニックでもなく、“創造”に近い営みと書いた所以である。
だとすれば、仁藤さんは、お客様とはどう向き合っているのだろう。聞いてみると、彼女は、お客様の隅々まで見るという。靴下の遊び心。ピアスの揺れ。色の選び方。シルエットへのこだわり。
それらは、そのお客様がすでに持っている“色”だ。
そして、そこに、接した時の様子を上書きする。控えめな性格なのだろうかとか、その人のおおよその人間像も自分の中で想像しながら、キャンバスの中の絵の素材を埋めていく。
なるほど、これが彼女の“間”の理由であり、彼女の真骨頂だ。
だから、彼女は“待つ”のである。その“待つ”の意味も深い。自分の中のひらめきが立ち上がる瞬間を待つのである。そして、当然ながら、コーディネイトは相手があってこそ完結するものだから、彼女は強調する。
「お客様が動くまで待つんです」と。
創造としての接客が立ち上がる“距離感”の美学

だから、彼女はコンテストでも臆することなく“待つ”という選択を貫いた。逆説的だが、待つことは勝負には不利に見える。テンポよく畳みかけたほうが「上手に接客している」と判断されがちな場であるにもかかわらず、彼女は急がなかった。
しかし、その“待つ”という姿勢こそが、結果として大きなプラスに働いた。表面的なテクニックに頼らず、接客の本質──目の前の人の呼吸に寄り添うこと──を最後まで貫いたからだ。
自分の中で育ててきた感性をそっと重ねると、まだ誰も見たことのないコーディネイト──一枚の絵が静かに立ち上がる。
これは、理屈ではなく、感受性の問題であり、おそらく、先ほどのコンテストの受賞も、目には見えないそういう心の動きをもたらした結果なのだろう。彼女の話を聞いて、僕は独りごちた。
だから、接客は安易なコミュニケーションでもない。面白いのは、たとえ2回目の来店でも、彼女は同じであることだ。
「覚えてますよ!」と押しつけず、相手の反応を見て距離を測り、その人のペースで関係を育てていく。以前いらっしゃったなと思っても、それをすぐには出さず、その時その時のお客様の気持ちも含めて、提案に繋げていく。
余計なノイズを消して、真摯に相手に向き合うためだ。そうすることで、その創造力は研ぎ澄まされる。自ずとその姿勢は、関係を構築せずとも、強い信頼で結ばれる。
“好き”が仕事を創造に変える
では、原点に立ち返れば何か。それはやっぱり「好きであること」。
実にシンプルな話であり、誰にとっても共感できるから、夢がある。「好き」を仕事にするということのヒントでもある。ただ、甘くはないのは、「どれだけ好きになれるか」ということだ。
あえて彼女は、そこに至る道筋として、こんなことを話してくれた。
「1年目・2年目の若い子には、いいものを身につけてほしい」
いいものを身につけ、本物の素材の変化を体で理解し、「服が持つ気配」を自分の感覚に取り込む。
そうやって、自分はお客さまとの間でそのクリエイティブを切り開いてきた。だからこそ、そうした経験を若い販売員にも味わってほしいということなのだろう。
トレンドではなく、“ひとりの美意識”を届ける
そして、オンラインではどうあるべきか。僕の関心は自ずとそこにも向いた。──その考え方も実に感受性に訴えるもので、トレンドには左右されない。
彼女の口から出たのは、雑誌の偉大さ。
かつて雑誌が隆盛を極めていた時代、メディアは人の顔色を伺いすぎなかった。確かに今のようにアルゴリズムで人を引き合わせるわけではない。人がメディアを参考にしながら、「自分はこうあるべきかもしれない」と想像した。
だから仁藤さんは、トレンドだからでも、売れるからでもなく、自分のフィルターを通した「本当に美しい」と思うものを発信する。それゆえ、そこに彩られるのは、気に入られるためではなく、発見し、何かを踏み出すきっかけとなるような衣装となる。
確かにそれは、実は雑誌との出会いに近い。そう考えると、彼女の接客は、その感性によってお客様を“編集”しているのである。
やっぱり、クリエイティブであり、ファッションとは体験であると気づく。
ブランドと“共鳴”するということ
そして、彼女にとって幸運だったのは、TOMORROWLANDと巡り会えたことだ。
このブランドが掲げる“エレガンス”は、外見だけではなく“生き方”に宿っている。清潔感、丁寧な所作、心のあり方──その美意識が、彼女と自然に重なっていた。
「違和感がない。好きだから働けている」
という彼女の言葉は象徴的だった。
ブランドを“演じる”のではなく、ブランドと“共鳴する”。だから、服装の自由度が高くても迷わない。そういう環境だからこそ、自分という軸を確立できて、どんなスタイルであっても“仁藤はるかのエレガンス”になる。きっとそういうことなのだろう。
このブランドとの出会いが、彼女を飛躍させた部分も大きいはずだ。
ファッションの本質と、接客が生む“創造”
改めて聞きたい。
みなさんは、アパレルブランドの接客と聞いて、どんな光景を思い浮かべるだろう。
僕は、少なくともこの日を境に、その光景がまるきり違うものに変わってしまった。
ともすれば、服すらも消耗品のように扱われ、ただ着用するだけで終わりになってしまう。それが悪いとは言わない。でも、僕らは日々、いろいろな気持ちを抱えて生きている。その服を身につけるだけで、自分に自信が持てたり、前向きに踏み出せたり、颯爽と街を歩けたりする。
洋服がそんな人々の“スイッチ”になるとしたら、そこにこそファッションの存在意義がある。だから、画一的ではなく、感受性に訴えかけるものでありたい。
仁藤さんと話して感じたのは、接客とは“創造”に近い営みであり、作品づくりだということで、接客における大事な本質に触れた気がした。
創造するから、未知なるその先にも、踏み出せる。
人と人が向き合い、そこにある色を重ね、まだ誰も知らない美しさを描いていく仕事。その瞬間に立ち会えることこそ、販売員という職業の尊さなのだと。
今日はこの辺で。







