未来はもう始まっている──AI時代に再定義される“人間の価値”とサプライチェーンの行方(秋葉淳一・モノプラス会長と語る)

この言葉は深かった。『桜が咲いているのを見て、「桜が咲いている」と思っていてはダメなんだ──』。秋葉淳一さん(モノプラス会長。サプライチェーンマネジメントの第一人者)との対話の中で生まれた、この一言である。目に映る「桜が咲いている」という現実は、実はその瞬間すでに“過去”だ。散り始める姿、そのとき周りの人々がどんな表情をしているのか──その先まで思い描いてはじめて、人間は“未来を捉える”ことができる
この“先を想像する力”こそ、人間の特権であり、AIと向き合う上で絶対に手放してはいけない判断基準だ。なぜなら、AIをはじめとするデジタルは未来を推論できても、それはあくまで「過去の統計」を延長した線にすぎないからだ。
変化し、散りゆくその瞬間にこそ、人間の想像力は息づく。秋葉さんとの対話を通して、そんな“人間の未来”を静かに見つめ直す時間となった。
序章:人類は進化して、これからも進化する
すごく壮大な話に聞こえるかもしれない。けれど、人類の歩みを辿れば、そもそも僕らは進化を積み重ねてきた存在だ。
狩猟から農耕へ。
農耕から共同体へ。
宗教から産業へ。
そして産業からサプライチェーンへ──。
人間はいつだって、“才能の外部化”と“拡張”を繰り返しながら、社会の形そのものを変えてきた。では、AIは人間を置き換えるのか?僕が秋葉さんとの対話で辿り着いた結論は、その真逆だった。AIは、人間をより“人間的”にする。AIは、人の才能と感性を最大化する装置だ。
なぜなら、胸の内側にある根源的な衝動は、狩猟時代から一度も変わっていないからだ。今回の記事は、秋葉さんとの濃密な対話をもとに、“これからの社会と人間の未来”を見通す物語 として再構成したのだ。
1.AIは“人類の歴史的拡張”の延長線にある
AIを語ると、とかく“便利になるか”“仕事が奪われるか”という表層の議論になりがちだ。しかし、秋葉さんの口から最初に出た言葉は、もっと大きかった。
「産業革命と同じ規模の変化が、今まさに起きている。」
もしこれを “言い過ぎでは?” と感じてしまうなら、それは歴史の見方がまだ浅いのかもしれない。
そもそも、人間は狩猟から農耕へ移ったとき、“計画”を手に入れ、ムラという共同体をつくった。そこから自然崇拝と宗教が生まれ、やがてその“共同体を束ねる力”として宗教は機能を広げていく。
そして近代に入ると、その役割は徐々に“企業”へと置き換わった。火を“力”として扱えるようになった瞬間に産業が生まれ、蒸気機関が工場を生み、工場がサプライチェーンを生んだ。この一連の流れはすべて、「人間が自分の才能を“外部に任せてきた歴史”」である。
2.人類は“才能の外部化”で社会を進化させてきた
要するに、本来は人間の身体や感覚で担っていたことを、道具や仕組みに“委ねる”ことで社会を進化させてきたのだ。そしてAIは、その外部化の“最新形態”。おそらくは頭脳の領域で。ただしそれが無意識に進むからこそ、本質的に怖い。
秋葉さんが言う。
「スマホだって、いつの間にか産業構造を変えていた。でも、誰も“革命”とは言わなかった。AIも同じです。気づいたら世界が変わっている。」
だが、それは人を無力にするのではない。むしろ、人間が再び“人間らしさ”を取り戻すための道のりなのだ。だから、そういう変化した後の社会を意識して行動できるか。だって、AIは無意識である以上、ここを人間が無意識になってはいけないのだ。
ここを自分で握っておくことこそ、これからの時代の“人間の役割”なのだ。
3. 「フィジカルAI」と“複数の自分”が生まれる世界
こうして“歴史の中で人間が何を外部化してきたか”が鮮明になったとき、秋葉さんの話は、さらにもう一段、深い領域へと踏み込んでいった。AIを「サーバーの奥で動く計算機」だけだと思っていると、世界の変化を見誤る、という話だった。
「確かに、AIにはバーチャルな領域もある。けれど、AIはすでに物理世界にも浸透しはじめている。工場のロボットも、これからは“AIエージェント”として振る舞う時代に入っているんです」
つまり、従来はロボットをデバイスとして認識していた。しかしAIが搭載されることで、“工場にいる自分と同じ能力を持つA’、B’、C’が大量に複製される世界”が現実になりつつある。
4.AI時代の能力格差は“境界線の設計力”で決まる
ただ、それは恐れる話ではない。
本質は「人間が、何をAIに任せるかを決める側に回るようになる」という点だ。どこまでをAIに外部化し、どこから先を人間の判断として残すのか──その“境界線の設計”こそが、新しい能力になる。
これは産業革命と同じである。
ここで存在“意義”を問われる存在は、全体を俯瞰するマネージャーでもなければ、唯一無二の技を極めた職人でもない。
秋葉さん曰く、問題なのが、大量の作業をこなす“真ん中のレイヤー”の仕事だ。これは産業革命以降の分業を前提に生まれた役割であり、AI時代にはそのままでは価値が通用しない。
この領域は、AIに置き換わる。だからこそ、いまは転換期だ。失われる役割のその先で、
- ・人間にしかできないこと
- ・人間がやりたいと思えること
- ・人間だから価値があること
この三つが、これから爆発的に重要になる。AIを“てこ”として、それを発揮した人が未来の道を切り開く。そして、その先にあるのは恐怖ではなく“希望”だ。
5.サプライチェーンが“狭く”なる未来──そして人間の仕事が変わる
秋葉さんは、それを踏まえ、自らの専門領域であるSCM(サプライチェーンマネジメント)の未来をこう語った。
「ロボティクスとAIが進めば、いまのグローバルなサプライチェーンは“土地代”を除けば意味を持たなくなる。だから、サプライチェーンは“狭く”なる。」
一見すると物流が縮小するように聞こえるが、意味はまったく逆だ。“不要な距離”がなくなるだけで、“意味のある距離”はむしろ際立つ。原材料はこれまでどおり動く。消費者への配送も必要だ。しかし、その間に挟まっている「属人的ゆえに生まれていた工程」は、AIによって整理され、圧縮される。
するとどうなるか?
人間は“管理する人間”から、“価値を生む人間”へと役割が変わる。
秋葉さんは言う。
「結局、人間がやるべきことは、イメージを持つことなんですよ。」
この言葉にすべてがある。どんな未来をつくるのか。顧客をどう喜ばせるのか。どんな体験を届けたいのか。人間の仕事はそこに戻ってくる。そしてその領域こそ、これからの時代において、より拡張され、より豊かになる。
6.HRMの未来──重さが消え、人間性が変わる
もう一つ、今までと変わるであろうことがある。
そもそも、人間には感情があり、相性があり、好き嫌いがある。だからこそHRM(Human Resource Management)は難しい。例えば、「あいつは有能だけど、ウマが合わない」などということでも、精神的な疲労を伴いながら、やってきたのである。
だが、相手がAIとなれば、それは違う。かつて、依頼先として存在していたAがAIとなり、A’やA’’となれば、性格の良し悪しはない。だから、管理コストは限りなくゼロになる。
「これは良いことなんだけど、同時に“気持ち悪さ”もある。」
秋葉さんは正直にそう言った。人と関わることで発生していた葛藤、相性の悪さにも向き合うことで生まれた成長、「この人とやりたい」という感覚。
そういう“重さ”が人間を人間にしていたからだ。
つまり、そうした煩わしさから解放される一方で、それは“人間そのものの在り方”すら変えていく。
7.“意識のある側”としての人間──AI時代の最後の責任
難しいのは、かつての人間らしさ――葛藤し、向き合い、成長してきたその良さを踏まえながらも、過去にしがみつくべきではないという点だ。AIによって環境が変わる以上、人間の変容も避けられない。
問われているのは、変わりつつある“現在”ではなく、変わった“その後”の社会をどうイメージし、その世界に意識を置けるかどうかである。
それが先ほどの話に戻ってくるわけだ。その社会の変容を意識できるかどうか。意識できるのが人間。
「AIに任せる範囲を決めることも、AIが出した答えに責任を持つことも、すべて“人間の意識”なんですよ。」AIには“意識”がない。これがすべてだ。意識がある側──人間──が、AIの未来を決めていく。
8. “散る前に桜を見る”──未来志向が人間を選び続ける
繰り返すが、AIで置き換わった後の人間世界の方を想像することが大事なのだ。すると、秋葉さんが、「人間にとって大事なこととは」そんな話の流れの中で、桜の話をし始めたのだ。
「桜を桜として見ているだけではダメなんです。」
最初、意味がわからなかったが、次の言葉で一気に理解する。
「現実はすでに過去なんですよ。」
咲いた桜を見てから動くのでは遅い。散りゆく姿を“前もって思い描けるかどうか”で、人間は未来を掴む。AIは “いま目の前にあるデータ” を積み重ねて最適解を出す。しかし、“まだ起きていない未来を想像する”ことは、人間だけの領域だ。
だからこそAI時代には、未来を直感し、まだ存在しない価値を拾える人が必要になる。
AIが“最適”を作るなら、人間は“逆張り”を選ぶこともできる。
成功確率30%の道をあえて選び、70%に育てていくのは人間だけだ。これこそが人間性であり、未来を切り開く力だ。人間を見てこそ、その決断ができる。それはAIには決してできない。
それで、僕は、それは無駄から得られる感覚って大事なんじゃないかと話を持ちかける。
9.無駄こそが人間の源泉だ──AIでは生成できない価値
AIは生産性を高める。しかし“無駄”は生み出さない。
山に登る。映画を見る。誰かと歩く。風の音に耳を澄ます。
それらはいずれも、生産性ゼロ。しかし価値は無限。つまり、AIが生産を担うほど、その分、人間は“無駄をする自由”を手に入れることができる。そこにこそ、創造性が宿る。
これは“副産物としての気づき”ではなく、もはや未来の社会の根幹だ。
無駄が個性を生む。個性が価値を生む。価値が新しい産業を生む。
この循環こそ、AI時代の人間らしさだ。それをAIを通して、人間自身を拡張していくこと。ゆえに、人間が意識することで意味を持ち、意識できる人間こそが、人間たる所以となる。
10.教育・評価・仕事がすべてアップデートされる
そうすると、これまでの常識の縦割り構造も崩れていく。対話の終盤、話題が教育へ移ったのは、ごく自然な流れだった。今の教育は記憶力テストが中心だ。だが記憶はAIが最も得意な領域だ。秋葉さんは言う。
「偏差値という1本の線に価値があった時代は終わります。」
教育は“知識を詰め込む”から“個性を伸ばすエンジン”に変わる。その外側の価値に思いを馳せた。そのとき、模範解答を生む力よりも、“自分なりの見え方”が価値になる。
AIが論文を書ける世界では、論文そのものよりも「それをどう語れるか」「どう思考するか」が重要になる。AIを制限するのではなく、表現できることを前提に、そこで自分のうちなる考えを、AIなどを通して、より人の心に届けるようにできるかが価値となる。
つまり、評価軸が根こそぎ変わる。そして、教育・仕事・キャリアの境界すら溶ける。未来の子どもたちは、AIを使いこなしながら、“好き”を軸にしたまったく新しい時間の使い方を手に入れる。
これは恐怖ではなく、希望だ。実はテーマが変わったように見えて、ずっと同じことを語っている。
11. AI時代に、人間は何になるのか──結論:もっと「人間」になる
秋葉さんとの対話は、最後に美しい場所へ着地した。AIは人間を奪わない。AIは人間を“拡張する”。そして行き着くのは──「もっと人間らしく生きる未来」だ。
サプライチェーンは再構築される。
教育は変わる。仕事は変わる。価値軸も変わる。
しかし、人間が人間にしかできないこと──感情、無駄、直感、逆張り、未来への想像、人と会って感じること──これらはすべて、AIが後押しすることで、むしろ輝きを取り戻す。
AIは敵ではない。AIは“人間性の復興”を後押しする存在だ。未来は、“桜が散る前にそれを想像できる”人間が切り開いていく
今日はこの辺で。







