表現のために“手段”を変える──AIもNFTも、美を追いかける一人の表現者・長谷川春という生き方

「なぜ、その手段を選んだのか?」そう問われたとき、そこに“芯のある答え”が返ってくるかどうかで、その人の本質が透けて見える気がする。NFT、AI、そして会社という器までも──それらを自在に行き来しながら、“表現すること”にひたむきであり続ける人がいる。株式会社既読の代表取締役・長谷川春さん。
彼の歩みを辿ると、どんな時代の変化も、「自分らしい美を届ける」ための素材へと昇華されていく。ツールに左右されるのではなく、目的を見失わない。その生き方こそが、今を生きる私たちに多くの示唆を与えてくれる。
■第1章 表現のために技術を選ぶ──AIとNFTの“乗りこなし方”
彼に最初に会ったとき、「AIのプロフェッショナルですか?」と聞いたら、たぶん笑って首を振るだろう。けれど今、彼はAIを使ったクリエイティブサービス「AI Creative One」を提供し、企業からの引き合いも増えている。
AI Creative Oneは、株式会社既読が開発した生成AIによるビジュアル制作ソリューションである。撮影を行わず、AIによって商品画像や広告ビジュアルを自動生成することが可能で、従来数日かかっていた制作を数時間で完了できるスピードと効率を持つ。
特徴は、単なる自動化ではなく、人間の感性とAIの精度を融合した“共創”型の制作プロセスを採用している点にある。
とはいえ、案外、AIにこだわりが強くないのは、少し前は、NFTに関心を抱いたことからもわかる。NFTは、デジタルデータに「唯一の所有者」を証明する技術である。コピー可能なデジタル画像や音楽などにも、“誰が持っているか”という証明書を与えることができる。
これにより、アートも、デジタル上に“所有する価値”を生むことが可能になる。長谷川さんはNFTを自らの表現の手段としてその世界に飛び込んだ。
そして、ブームが終わればスッと引いた。「流行ってるからやってるんでしょ?」──そんな問いが浮かんでも不思議ではない。でも実際は、まったく逆だった。その選択に未練はない。そこにあるのは、「表現するために、時代の手段を使いこなす」という極めて本質的なアプローチだ。
■第2章 「芯」のある使い方──AIは“もうひとりの自分”
だから、AIもまた、そうした“使いこなす対象”にすぎない。
けれど、その使い方が深い。彼と話していて強く感じたのは、AIが「正解を出すもの」ではなく、「自分と一緒に考える道具」だということ。
思考の過程を蓄積し、次なるヒントを提示してくれる、いわば“もうひとりの自分”であり、表現の土壌を豊かにする伴走者のような存在。
AIを使った表現を、単なる道具扱いにせず、共創のパートナーとして向き合っているからこそ、そこに“芯”がにじむのだ。わかるだろうか。結局、AIは表現したい自分を後押しするのである。だから、彼はそこに関心を抱いたのだ。
彼の話を聞けば聞くほど、現在手がけているAIサービスは、あくまで「手段のひとつ」でしかないことが見えてくる。だから、流行りに飛び乗っているようでそうではなく、捉えどころがないようで、しっかりした芯があるということになる。
■第3章 感性の原点──少年時代の「美しいものへの衝動」
そんな彼のルーツは、小学生の頃にさかのぼる。
兄が好きだった。それゆえ、兄の影響で美に目覚め、「自分も表現したい」と強く思った少年時代。子供の頃は、本気でファッションデザイナーを目指していた。そして、美しいものを追い求める目と感性は、そのまま大人になっても失われることはなかった。
だから、社会に出て広告代理店で働く中でも、違和感があった。
表現に困っている人が広告を依頼してきたはずなのに、こちらが提案すると「これじゃない」と言われる。いや、それなら最初から自分でやればいいじゃないか──そんな理不尽を越えて、「もっと自分らしく、美しいと思えるものを作りたい」という衝動が、彼を突き動かした。
既読という会社を立ち上げ、最初は広告も扱っていた。
けれど、それを“主軸”にする気はなかった。「それなら会社辞める意味がない」。広告の延長線上ではなく、もっと自由に、美を追いかけられるフィールドを作りたかったのだ。
■第4章 広告の外へ──既読という会社の発展
驚いたのは、彼が既読という会社でAIビジネスを立ち上げた時のこと。実は、エンジニアでもなく、プログラミングができるわけでもなかった。
それでも、YouTubeやTwitter、海外のフォーラムを徹底的に読み漁り、AIツールの組み合わせを独自に試行錯誤して組み上げ、業務委託スタッフを雇って体制を整え、営業にも自ら立った。それが、AI Creative Oneなのである。
まさに「作って、売って、広げる」──一人で完結させた事業だった。
■第5章 作る・売る・広げる──ビジネスもまた“作品”
でもここでも、彼の中ではすべてが「作品」だという感覚がある。あえて言えば、AI Creative Oneも彼にとっては“作品”なのだ。
AIを使ったサービスも、「美しいものを届ける」という目的のために自分が手がけたひとつの作品。経営も営業も、“手段”でしかなく、「誰にどんな感情を届けたいか」が明確だからこそ、何の迷いもなく前に進める。
営業がしたいわけじゃない。もっと多くの人に自分の“表現”を届けたいから、営業する。
ChatGPTに営業のノウハウを聞きながら、独自の営業スタイルを組み立てていく。そこにあるのは、「ビジネスのための努力」ではなく、「表現のための試行錯誤」だ。
すべては、伝えるためにやっている──その覚悟が、かえって彼の事業に“真の説得力”をもたらしている。
■第6章 常識を壊して、生きる──仕事も、会社も、素材にすぎない
常に「自分の“作品”であること」にこだわる。
だからこそ、結果として独創的で、世の中にまだ存在しないものが生まれてくる。けれどそれは偶然ではない。イノベーションとは、今ある常識に縛られず、本質を見つめる視点の先にこそ生まれるもの。
彼は、まさにその“見つめ方”を実践している。
そして彼は、今この社会で「当たり前」とされている手段や価値観すらも、いずれ変わるかもしれない──そんな未来を、どこかで予感している。なかでも印象的だったのが、彼のこの言葉だ。
「仕事なんて概念は、せいぜいここ350年の話でしょ」。
実に面白い。労働に対して報酬をもらうという“常識”に、彼はあえて疑問を投げかける。なぜそんなルールが、これほど当然のように続いているのか? それが未来永劫、正しい形である保証はない。だったら、自分の生き方も、常識に縛られずに選びたい。
彼は将来的には、会社の売却=エグジットを視野に入れている。会社というものの価値が変わる瞬間が来るかもしれないからだ。
「会社を売ったら、彫刻でも音楽でも、好きな表現をやりたい」。
そう話す彼の目には、迷いがなかった。AIもNFTも、会社も、全部“表現の素材”。執着すべきは手段じゃない。いつだって、表現したいという情熱にこそ価値がある──そう彼は体現している。
■第7章 AIがトレンドでなくなったとき、人はどう生きる?
ここまで読めば、きっと伝わるはずだ。彼の中での芯は、いつもなにも変わっていない。「AIのプロフェッショナルですか?」と聞いたら、たぶん笑って首を振るだろう。そう僕が冒頭書いた所以だ。
いずれ、AIは“当たり前の道具”になるし、NFTのようにシュリンクすることもあるかもしれない。それは神のみぞ知る。要するに、ツールは移ろう。
けれど、それをどう使いこなすかは、人の芯にかかっていて、人の芯は変わらない。
彼が大切にしているのは、流行に乗ることではなく、自分の表現が時代とどう響き合うかという視点だ。「正解より、面白い選択肢を」。彼が繰り返し語るその言葉の裏には、常識にとらわれない強さがある。
そして同時に、彼の生き方から学べるのは、「手段にとらわれない自由さ」と「その手段すらも活かせる、確かな“芯”」の両立だ。表現者であることに忠実である限り、ツールが変わっても、自分は変わらない。むしろその変化の中でこそ、また新たな表現が生まれていく。
未来がどうなろうと、自分は自分でいられる──彼のように芯を持って、時代と対話しながら生きていく姿勢は、これからのクリエイター、表現者、そしてすべての働く人にとって、大きなヒントになるはずだ。
今日はこの辺で。