知っているだけでは、人は来ない──セブン‐イレブンがLINEで挑む「For AllからFor Oneへ」

日本人なら知らない人は、まずいない。そんなセブン‐イレブンが、今、あえて「店に来てもらう理由」をつくり直そうとしている。2026年10月27日の「LINEヤフー BIZ Conference 2026」で、その背景を語ったのが、セブン‐イレブン・ジャパンの執行役員 マーケティング本部長、岡嶋則幸氏だ。
印象的だったのは、「For AllからFor Oneへ」という言葉。マスへの告知を捨てるのではない。誰もが知る存在だからこそ、一人ひとりにとっての購買動機をつくり、広く知られる店から、広く深く選ばれる店へと変わろうとしている。その具体的な取り組みから、商売のあり方が変わり始めていることが見えてきた。
誰もが知る店なのに、「来る理由」が薄れている
何より印象に残ったのは、セブン‐イレブンの「客数」の数え方だった。同社では、一人の顧客が一日に三回来店すれば、客数は三人と数えるという。つまり、店を利用した実人数より、何度足を運んでもらえたかが事業の重要な指標なのである。
考えてみれば、コンビニという業態をよく表している。朝に飲み物を買い、昼に弁当を求め、帰りに日用品を買う。同じ人が一日に何度も立ち寄ることがあり得る。だからこそ、一度の来店で終わらせず、次の来店理由をどうつくるかが問われる。
ところが、その前提が変わり始めている。原材料費や人件費の上昇に伴い、価格に対する消費者の目は厳しくなった。働き方も変わった。通勤の途中に立ち寄っていた人が在宅勤務になれば、そこにあった来店機会は消える。近くに店があるという便利さだけでは、以前と同じように利用してもらえるとは限らない。
セッションでこの変化を語った岡嶋氏は、店舗指導や商品部門を経て、2023年に新設されたマーケティング本部を担うようになった人物だ。LINEヤフーの執行役員、小野雄紀氏との対話で、日本人ならセブン‐イレブンを知らない人はおそらくいないという趣旨を述べながら、「お店に来る理由がどんどん希薄化している」と話した。
知られていないから来ないのではない。十分に知られているのに、わざわざ行く理由が弱くなっている。そんな課題に、国内約2万2000店、日々約2000万人が利用する企業が直面している。
ここに、時代の変化が表れている。
品揃えを変えても、伝わらなければ選ばれない
では、店に行く理由をどうつくるのか。まず手を打っているのが、品揃えそのものだ。セブン‐イレブンはダイソーの商品を店頭に並べ、and ST(アンドエスティ)と連携したファッション雑貨も展開している。さらに、スムージーや揚げ物など、店頭で出来立てを楽しめる商品の充実にも力を入れる。急いで食事を済ませるためだけではなく、「あれが欲しい」「あれを試してみたい」と思って足を運んでもらうためである。
ただし、ここに難しさがある。
いくら魅力のある商品を並べても、お客様がその存在を知らなければ、買いに行く理由にはならない。誰もがセブン‐イレブンを知っているからこそ、逆に「いつものコンビニ」という漠然としたイメージで捉えられ、売場で起こっている変化までは伝わりにくい。
そこで登場したのが、岡嶋氏の語った「For AllからFor Oneへ」という言葉だった。
多くの人に支持される商品をつくり、テレビなどを使って広く知らせる。これまでのやり方が間違っていたわけではない。今もマスへの告知は重要だという。ただ、それだけで一人ひとりの買い物のきっかけをつくるのが難しくなっている。
例えば、衣料品を探している人にはファッション雑貨の情報を、出来立ての商品に関心がある人には、その情報を届けられればどうだろう。商品を増やす努力と、それを必要とする人へ伝える努力がつながって、初めて来店の動機が生まれる。
「誰にでも便利」な存在から、「自分が欲しいものがある」存在へ。
セブン‐イレブンの挑戦は、品揃えの拡充だけでなく、それを誰にどう知らせるのかというところまで広がっている。
レジで開く自社アプリと、店に行く前に開くLINE
そのための手段として選んだのがLINEだった。もっとも、セブン‐イレブンには自社アプリがある。そこで、なぜLINEなのかという問いが生まれる。岡嶋氏の説明は実にわかりやすかった。
自社アプリが開かれるのは、店に着いてから、あるいはレジで会計する直前が多いという。クーポンや会員サービスを使うには便利だが、その時点では、すでに店に行くことが決まっている。企業が本当に情報を伝えたいのは、その一歩手前ではないか。
昼食をどうしようかと考えている時、移動中に買い物を思い立った時。まだ行き先が決まっていない時に商品を知ってもらえれば、セブン‐イレブンへ向かう理由が生まれる。
しかし、月に一度しか利用しない人は、そもそも自社アプリを入れていないかもしれない。入れていても、プッシュ通知をオフにしていることがある。
一方、LINEは買い物をするためではなく、普段から人とのやりとりに使うものである。その日常の中にセブン‐イレブンの情報が届けば、店に行く予定がなかった人にも接点が生まれる。同社のLINE公式アカウントには、講演時点で約2100万人の友だちがいるという。
これは自社アプリをLINEに置き換える話ではない。
会計時や来店時に役立つ自社アプリと、生活の中で次の来店理由を伝えるLINE。それぞれが異なる場面を受け持つことで、接点を広げられる。スマートフォンを、単にクーポンを提示する道具として捉えるのか。それとも、店に足を運ぶ前からお客様と関係を育てる場所と捉えるのか。
その違いは大きい。岡嶋氏がLINEを「店舗送客のゲート」と表現した意味も、そこにある。
キャンペーンを「知る」ことが、買い物のきっかけに変わる
実際、LINEを通して情報が届くことで、行動が変わる兆しも見えている。一つは、7月11日の「セブンイレブンの日」だ。キャンペーンの情報をLINE公式アカウントで配信すると、多くの人がその内容を見に行ったという。
重要なのは、知名度の高いセブン‐イレブンであっても、何をやっているのかは、改めて伝えなければ知られないということだ。「近くにある店」が「今、こんなことをやっている店」へと変わる。その小さな認識の変化が、来店を考えるきっかけになる。
もう一つは、クーポンの利用だ。自社アプリ内で展開している無料クーポンについて、LINEからも告知したところ、アプリのプッシュ通知をオンにしているかどうかにかかわらず、LINE配信を組み合わせたグループの利用率が高まったという。クーポンを用意することと、クーポンが使われることの間には、情報が届くかどうかという壁がある。ここにLINEが果たす役割があるわけだ。
そして「ちいかわ」とのスタンプラリーも興味深い。
これまで紙の台紙で行っていた店舗巡りをLINE上で完結できるようにした。スタンプを集めたい、グッズが欲しい。そんな動機で、普段は立ち寄らない店にも足を運ぶ。参加するために専用アプリを新たに入れる必要がないことも、参加のしやすさにつながる。
値引きだけが来店理由ではない。知らなかった商品や企画を知ること、参加したくなる楽しさがあること。その体験が次の買い物につながる。
さらにLINE公式アカウントとの接点が残れば、一度の企画で関係が終わらない。セブン‐イレブンは今、販促を単発の告知ではなく、次の来店につながる接点として組み直し始めているのである。
全国一律の先にある、地域の「好き」を動かす力
この考え方を、さらに一歩進めたのが長崎県での取り組みだ。
2026年1月、長崎で開催されたBリーグのオールスターに合わせて、セブン‐イレブンは県内の店舗を巡るスタンプラリーを実施した。スタンプを集めるとオリジナルグッズがもらえるという企画である。岡嶋氏によれば、取り組み期間中には来店客数にもプラスの動きが見られたという。
ここで人を動かしたのは、必ずしも値引きではない。
バスケットボールが好きな人、オールスターを楽しみにしている人が、その気持ちをきっかけに店を訪れる。いわば、ファン心理が買い物の動機になったわけだ。コンビニに足を運ぶ理由を「お腹が空いた」「喉が渇いた」から広げる、一つの例といえる。
岡嶋氏は、これまで全国約2万2000店を前提に、全国一律でどんな成果を出せるかを考えるのが基本だったと語った。
確かに、全国に同じ看板を掲げ、同じように商品を届けることは巨大チェーンの強みである。しかし、地域によって関心のあることも、暮らし方も、応援しているチームも異なる。長崎の人にとって大切な出来事があれば、長崎の店舗から、その地域に合った情報を伝える。全国で一斉に同じことを言うより、その場所で暮らす人の心を動かせるかもしれない。LINEなら、そうした地域に絞った案内もしやすくなる。
全国に店があるという強みを、全国一律で使うだけではもったいない。むしろ、各地に店があるからこそ、地域ごとに異なる「行きたくなる理由」をつくれる。
広く知られている企業が、地域の人にとって身近な存在になり直す。その変化を象徴する施策だった。
7NOWがつなぐ、認知の先の買い物体験
さらに、この考え方は「7NOW(セブンナウ)」にもつながっている。7NOWは、セブン‐イレブンの商品を自宅や職場に届けるデリバリーに加え、店内で調理した揚げ物などを事前に注文して店頭で受け取るモバイルオーダー、季節商品の予約注文にも対応するサービスだ。
ただ、サービスが便利でも、存在を知られていなければ利用されない。専用アプリのダウンロードが必要だと思われれば、試してもらうまでの壁も高い。そこで10月22日、7NOWの全機能がLINEミニアプリに搭載された。普段使っているLINEから、新たなアプリのダウンロードや会員登録なしに注文できる。注文後の状況もLINEで通知を受け取れる。
LINE公式アカウントで接点を持ち、サービスを知り、そのまま使うところまでつながる。ここではLINEが、情報を伝える場所から買い物の入口へと役割を広げている。
一方、講演終盤で印象的だったのが、AIへの距離の取り方だ。岡嶋氏は、最先端を先取りすることよりも、「お客様の中でマジョリティになった段階でいかに早く対応できるか」が重要だと話した。新しい技術だから導入するのではない。多くの人が自然に使えるようになった時を見極め、生活に溶け込ませる。約2万2000店を持つ小売業らしい判断である。
7月に発表したLINEヤフーやPayPay、ソフトバンク、三井住友カードなどとの戦略的パートナーシップも、同じ方向を向いている。各社の顧客基盤やデジタル技術を掛け合わせ、新たな来店のきっかけをつくる構想だ。マスで広く伝えることは、これからも重要だ。ただ、それだけでは足りない。
一人ひとりの関心を捉え、地域の「好き」に寄り添い、欲しいものへ迷わずたどり着けるようにする。誰もが知る店が、「知っているから、たまたま寄る店」から「自分の理由があって行く店」へ変わろうとしている。
広く浅くから、広く深くへ。そこに「For AllからFor Oneへ」の本質があるのだ。
今日はこの辺で。







