AIで「似合う」を届ける──ZOZOが切り拓くファッションの未来戦略

これからのプラットフォームのあり方は、豊富なデータをどの切り口で集め、顧客接点をどれだけ豊かにできるかにかかっている──そう感じたのは、ファッションワールド東京(FaW)で登壇したZOZO執行役員・風間昭男氏の講演を聞いてのことだ。彼の講演は単なるAI活用事例の紹介に留まらず、ファッション産業が「検索」から「対話」へと進化する時代において、ZOZOがどう次の一手を打とうとしているのかを鮮明に示すものだった。
ユーザーごとの体験を最適化し、購買だけでなく「似合う」を届けるという挑戦。その背景には、AIを道具としてではなく「時代そのもの」として捉える視点がある。本稿では、風間氏の講演内容を整理しながら、ファッションの新しい地平を描いていく。
1. AIを「道具」ではなく「時代」として捉える
AIは、業務効率化や自動化のツールとして語られることが多い。
しかし風間氏は、AIを単なる「技術」ではなく「時代」として捉えるべきだと強調する。過去20年間、私たちはGoogle検索を通じて情報探索をしてきた。しかし今やChatGPTなどの生成AIが普及し、「文字を入れて調べる」という習慣そのものが変わりつつある。
特にファッションの世界では「こんな雰囲気」「なんとなくこういう感じ」といった曖昧なニーズが多い。そこに対して既存のAIは、答えきれない部分も多い。その曖昧さを言語化し、提案に変える役割を担うのがZOZOが蓄積してきたデータである。つまり、AIは、ZOZOのデータを備えることで、検索体験を根本から書き換え、ファッション購買の在り方に大きな転換をもたらしているのだ。
2. パーソナライズが進化する「ZOZOTOWN」
ZOZOTOWNのアプリを開くと、ユーザーごとに全く異なるホーム画面が表示される。
これはAIによるパーソナライズ機能の成果だ。過去の購買履歴や閲覧行動、さらには天候や季節性まで加味して最適な提案を行っている。
たとえば寒波到来時には防寒アイテムを、トレンド志向のユーザーには最新ファッションを提示する。さらに「ジャンル診断」機能では、好みの写真を選ぶだけで自分のスタイル傾向を可視化できる。これは「言葉にできない好み」をAIが翻訳する試みだ。
従来のECは「欲しいものが明確な人」向けだったが、ZOZOは「欲しいものを探せない人」に寄り添う体験を提供し始めている。この辺は、AIを理解する入り口としてわかりやすいところだ。
3. バーチャルメイクからXRファッションへ
ただ、ZOZOのAI活用は購買支援に留まらないところが真骨頂だ。
ZOZOは「バーチャルメイク」機能を通じて、美容領域にも参入している。顔の特徴をAIが解析し、ファンデーションやリップを試せる仕組みだ。ある種、個々人に存在する顔の凹凸データをベースに、ふさわしいメイクを提案する。また、インフルエンサーのメイクを表示し、それを自分の顔に当てはめるなどのこともできるようにしている。
まさに、データがなせる感性のAI活用である。これは「挑戦しにくい領域」をAIが後押しする好例である。
さらに中長期ではXR(拡張現実)やVRを通じた「バーチャルファッション」の開発にも着手している。だからそこを広げていくというのが、ZOZOのこれからの未来像でもある。
仮想空間で服を着せ替えたり、Apple Vision Proなどのデバイスで体験したりする未来は目前だ。リアル店舗とデジタル空間の境界をなくし、どこでもファッションを楽しめる世界──そこにZOZOは投資を進めている。
4. 「似合う」を可視化するリアル店舗実験
そして、ZOZOが近年注力するキーワードが「似合う」である。案外、自分にとっての「似合う」はわからない。購買を超えて、だから、あらゆるリソースをもとに、ユーザーに「あなたらしさ」を届けることを目的とした環境づくりを行い、それを実現する。
実際、リアルの場で実験店舗を立ち上げ、プロのスタイリストが顧客一人ひとりに時間をかけて最適なコーディネートを提案した。
その象徴が「niaulab(似合うラボ)」である。
その体験は「カルテ」として持ち帰れ、顧客満足度は大幅に向上。訪問頻度は1.5倍、購買単価は2倍に伸びたという。
特徴的なのは、顧客が「似合う」を実感した瞬間に自然と笑顔になることだ。ECの世界では直接見えなかった「顧客の表情」を、リアル店舗とAIを掛け合わせることで可視化できるようになった。リアルで得た学びを、デジタルにも広げようとしている。
5. データとスタイリストの知見を融合させる
改めて、AIの精度を高めるために必要なのは「データ」であると思う。
その意味では、ZOZOは膨大な購買データやレビュー、ブランドからの登録情報をAIに学習させ、商品分類やレコメンドの最適化に活用している。しかし、それだけでは十分ではない。
重要なのは「人の知見」との融合なのだ。
例えば、スタイリストが持つ経験や接客ノウハウをテキスト化し、AIに学習させる取り組みが進んでいる。AIが提示する答えは、単なるアルゴリズムではなく「プロの目線」が反映されたものになる。こうした“人×AI”の掛け合わせこそ、ファッション分野における差別化の源泉となる。
6. 「ファッションといえばZOZO」へ──新時代のビジョン
ZOZOが目指す未来は「買いやすいECサイト」から「ファッションといえばZOZO」への進化だ。買うことを含めたファッションの指南という意味である。
言い換えれば、購買の瞬間だけでなく、日常的にファッションに触れる場を提供する。
そのためにAIエージェントを活用し、ユーザーが「似合う」を相談できる存在へと成長しようとしている。最終的なゴールは、ZOZOの理念である「世界中をカッコよく、世界中に笑顔を」を実現することだ。デイリーユースを促し、日常から、私はどうあるべきかをファッションの観点で支援すれば、結果、それが購買につながるという意味である。
人力でやるには無理があることも、AIを活用すれば、ZOZOにあるデータをもとに、それができるわけである。強力なサポーターとして、機能する。まさに秘書的存在、エージェントである。
AIはあくまでそのための手段であり、人が自分らしく輝ける世界をつくることが目的である。風間氏の講演は、ファッションとAIの融合が単なる効率化ではなく、人の表情を豊かにし、社会を元気にする可能性を秘めていることを教えてくれた。
今日はこの辺で。