文具は日常を彩る遊び心──文具女子博トーキョーで見えた進化

そこは何気ない文具の集まりでありながら、まるでテーマパークのような楽しさに包まれている。先日、僕は「文具女子博トーキョー」のプレス内覧会に顔を出したのだが、やはり今回もその雰囲気を強く感じた。いわゆる必需品としてのペンやノート、レターセット。
けれど今、文具が脚光を浴びているのは「体験価値」に重きを置いているからだと思う。日常の余白にちょっとした遊び心を加え、気持ちを高めてくれる。それこそが、文具女子博が提案する新しい楽しみ方だった。
読書を彩る──ROKKAKU×みすゞうた ブックカバー
この日、僕が思わず購入してしまったのが、箔押しブックカバー「ROKKAKU×みすゞうた」シリーズだ。
布のような質感を持ちながら、紙のように箔押し加工ができる新素材「PAPTIC(パプティック)」を採用し、サステナブルな素材としても注目されている。
デザインの背景にあるのは、詩人・金子みすゞの世界観だ。彼女が言う「みんな ちがって みんな いい」は、まだ多様性という言葉が一般的でなかった時代に生まれた。だからこそ、今の時代にこそ響くメッセージを持つ。

このブックカバーに描かれた絵柄も、その思想と連動している。モチーフは「鯨法絵」という詩に基づくもので、そこに繊細な箔の輝きを重ねることで、詩の余韻をビジュアルで表現しているのだ。
御朱印帳のような仕上がりは高級感をまといながら、読書の情緒をさらに高めてくれる。本を守る(カバーする)ためだけではなく、文芸に潜む世界観を引き出すためのカバー。
それは日常の読書体験を、一段と豊かなものに変えてくれる存在だった。
読書の時間を「情報を得るため」ではなく「情緒に浸るため」に変えてくれる。そんなブックカバーは、単なる保護具を超えた“日常を彩るツール”だった。
映画を彩る──記録するスタンプセット
もう一つ印象に残ったのが「映画記念スタンプセット」。
フィルム模様のメモや、レーダーチャート型のハンコを押して、映画の感想や評価を書き込めるというものだ。

元をただせば、ただのスタンプ。けれど「映画を見た後の余韻をどう楽しむか」という体験に寄り添うことで、想像力をかき立て、会話のきっかけにもなる。
文具がシーンを拡張し、趣味の体験をもっと豊かにする──まさに文具女子博らしい発想だった。
人と人をつなぐ──マルアイ「こころふせん」
そして、時間がない中、一番長く滞在したのが、マルアイのブースだった。
ふと手に取った一枚の付箋。「おつかれさま」「ほんのきもち」──白い紙に赤い水引のモチーフが描かれた“こころふせん”は、少し照れくさくて、それでいて温かいコミュニケーションツールだった。
どこか懐かしく、でもちゃんと今っぽいその佇まいの奥には、137年の歴史を持つ“紙の老舗”の物語があった。
1. 和紙の行商から始まった、“こころ”の物語
1888年(明治21年)、創業者・村松富吉が、地元の手漉き和紙を仕入れて行商したところから、マルアイの物語は始まる。紙とともに、気持ちを運ぶ仕事。それはやがて、封筒や祝儀袋、包装資材へと進化した 。
けれど一貫して変わらなかったのは、「紙に想いをのせる」姿勢。だからこそ今も、マルアイの製品には、どこかぬくもりが宿っているのである。
2. のし袋という、気持ちのかたち
のし袋やポチ袋は、単なる“紙”ではなく、感謝や祝福、労いの「気持ちそのもの」を包む、日本独自の文化だと思う。その中で、マルアイは戦後まもない1945年から、日用紙製品の製造をスタート。高度経済成長期には、印刷機や製袋機を整備し、全国に販路を広げたという。
そして、昭和の終わり──マルアイは「こころコミュニケーション」というコーポレートステートメントを掲げる。紙が果たす役割を、“心の伝達手段”として、もう一度見つめ直したのだ。
最初はそこまで知らずに、ただブースで接したスタッフの方々が、どこか懐かしくて親しみやすくて。「この空気感はどこから来るんだろう?」と気になって会社の歴史を調べてみたら、そこにちゃんと“言葉”として書いてあった。──あぁ、なるほど、と妙に腑に落ちた瞬間だった。
3. 伝統がちいさく、かわいく、身近になる
137年の歴史を持つマルアイが、令和の今、Z世代の好奇心と感性に寄り添おうとしている。それが、ポチ袋の「ミニ化」や、「こころふせん」の誕生という、遊び心ある挑戦である。
大入り袋などは、本来フォーマルな場面で使うもの。

でも、それをミニサイズにすることで、「500円玉を包むお小遣い袋」になったり、「お菓子に添える一言ツール」になったり──
昭和の「贈答文化」は、令和の「カジュアルギフト」へ。“紙の伝統”が、ちょっと笑えて、ちょっとグッとくるものに変わっていく。
4. 「こころふせん」が生まれた理由
2013年、マルアイはついに「こころふせん」を発売 。そのひとことひとことには、ちゃんと相手を思いやる気持ちが込められている。
「うまい棒に“ありがとう”を貼ると、ちょっと贈り物っぽくなるんです」
そう語る広報宣伝課の安村和子さんや宮﨑千里さんの言葉が、忘れられなかった。ギャグのようでいて、実は“気持ちの翻訳”になっている、そんな不思議な付箋。
紙と人の距離が変わっても、「心を伝える」という本質は変わらない。だからこそ、ふせんは、今日もそっと誰かの背中を押している。
5. そして今、ふせんを添えて「ありがとう」を贈る
会場を離れるとき、宮崎さんが、お菓子にそっと付箋を貼って手渡してくれた。「感謝」と書かれた“こころふせん”に、手書きで「マルアイ 宮崎」と添えられている。
見慣れたお菓子が、それだけで“あなただけの贈り物”に変わっていた。

実際、こういうのって──いつ、どこで、誰に渡そうって考える時間が、もうワクワクするんだよね。その瞬間から、素敵さも、人間らしさも、もう始まってる。ほら、もう単なる付箋じゃないのさ。これが、大事だと思う。ここが文具の発掘すべき可能性でもある。
帰り道、カバンの中のふせんを見ながら、心がふわりと温かくなった。
文具は書くためなどの必需品としてだけにとどめておくのは勿体無い。こうやってこの会社の真心が進化して、文化を彩る。伝統は、ただ受け継がれるものじゃない。いま、あなたの手のひらで“遊び心”に変わる。そう思ったとき、「マルアイ」って、愛が丸く収まるってことなんだなって、ふと納得した。
文具は「必需品」から「文化」へ
こうして振り返ると、文具女子博トーキョーで出会った文具たちは、それぞれが「必需品」を超えて、日常を豊かにする役割を担っていた。
読書を補完するブックカバー。映画を補完するスタンプ。人と人の関係をあたたかく包むふせん。
文具は、ただ“使うもの”ではなく“楽しむもの”へ。
そしてその楽しさを、各社が知恵と遊び心で形にしている。だからこそ、文具女子博は単なる展示会を超えた“文具のテーマパーク”として、多くの人を惹きつけているのだ。
今日はこの辺で。