スヌーピーミュージアムで楽しむアメリカ文化と日本の繋がり―ピーナッツの“HOLIDAY”の魅力に迫る
良質な作品はどの角度から切り取っても、素敵なエピソードがある。「スヌーピーミュージアム」で、新しい企画展「HOLIDAY」が開催される。季節ごとのホリデー(祝祭日)をピーナッツはどのように描いたか。それをテーマにしており、作者チャールズ・シュルツは、楽しさや喜びだけでなく、時に寂しさや悲しみも描いている。そして、この企画展により、また一つ、ピーナッツと日本との新たな関係性を発見できたことが、僕として純粋に嬉しかった。それについては、追って説明することにしよう。
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スヌーピーミュージアムの魅力―祝祭日の展示が描く感情の幅
思えば、この「スヌーピーミュージアム」は年に二回、企画展を開催してきた。しかも、先日、記事にした通りだが、この施設自体も、リニューアルを行い、時代に合わせて変化している。
参考記事:シュルツの漫画に生きた人生 かけがえのない「PEANUTS」スヌーピーミュージアム 刷新によせて
だからこそ、企画展も新しい演出が必要。そう語るのは、企画に携わったクリエイティブディレクター草刈大介さん。その言葉ににっこりするのは、シュルツ美術館&リサーチセンターのナターシャ・コクランさんである。
新しい企画展のイメージとして、着目したのが「季節」である。
ハロウィンやクリスマス、新年、バレンタインデーといった定番のホリデーは勿論、アメリカで大切にされるサンクスギビングやイースターも取り上げられている。
合わせて、季節性を意識した展開で、定番的に来てもらうことを意図するとした。それを念頭に置いて、年間パスポートの販売も開始する。約二回分の入場料で年間、何回でもという大盤振る舞いだ。
当たり前の中に潜む違和感
さて、海外の作品ゆえに、日本に馴染みのないHOLIDAYもあるというのは書いた通りだ。
例えば、サンクスビギングというのは11月最後の収穫期の終わりを祝うイベントである。この時には感謝祭といって、メイシーズ百貨店などがパレードを行ったりすることでも有名。こういった感謝祭にまつわる話題を21回、シュルツが取り上げている。でも、彼なりのセンスとアレンジが効いている。
例えば、こんな感じ。鶏肉料理を食べることが習慣になっている。だから、ウッドストックが主張するわけだ。
「人間って変なことをする。感謝を表すためにどうするか、知っているかい?鶏肉を食べるんだよ。想像できるかい?」。
この人間の賑わいぶりに対して、子供が純粋に抱くような違和感。物事の本質を突いていて、それを受けてのこのタイトル。
「永遠にわかりあえない関係」
甘酸っぱさもまた子供目線のピーナッツの魅力
つまり、こうやってシュルツがそれぞれの季節の中で表現した多様な感情が、訪れる人々に新たな発見をもたらす。愛嬌があり、それは甘酸っぱさも持っている。
例えば、バレンタインデーの時期。郵便受けの前で、バレンタインカードについて、あれやこれやと想いを巡らせるチャーリー・ブラウンに一言。「日曜は郵便配達がおやすみだよ」。
シュルツ・ミュージアムのナターシャ・コクランさんがお気に入りなのは、こちら。
クリスマスの時期、チャーリー・ブラウンが本を読んでいると、その読書灯の電源を抜くスヌーピー。見れば、しっかり、自分の犬小屋にイルミネーションをつけている。タイトルは「電源が必要な季節ですから」。
昭和28年、人気者になる前のシュルツが日本の新聞に漫画を描いていた
この日、僕は、この場所にやってきて、まさに“HOLIDAY”がもたらした、小さな充実感を手にすることができた。それは今まで誰も知ることのない、新しいエピソードに触れることができたこと。それを、ここに記しておきたい。
時は、1953年(昭和28年)のこと。スヌーピーがまだ世界的な人気を持つ前、実は、日本の新聞でピーナッツが掲載されていた事実が、今回の企画展で判明した。ちなみに、1950年に連載を開始したことを考慮すれば、それがいかに最初の頃のことかがお分かりいただけるだろう。
そして、掲載されていたのは、毎日新聞の英語版である。これがレアであるのは、英語で書かれていながらも、読んでいるのは、毎日新聞英語版を読む「日本人のみ」だからである。
ことの発端は、シュルツ・ミュージアムにベンジャミンという学芸員がいて、「HOLIDAY」の企画展を契機に、それにまつわる作品を熱心に調べてくれていたことにある。そこで、「こんなのがあったよ!」と日本のスタッフにメールが来たのは、わずか数ヶ月前。
まさにそれが今、挙げた新聞への掲載作品なのである。
日本に対しての特別な愛情を感じる
当時、日本でまだほとんど知られていなかったシュルツが、なぜこのような作品を描いたのかは明らかになってはいない。でも、確かに作品は存在し、そこには、チャーリー・ブラウンが凧揚げをするシーンが描かれている。(原画の展示ではなく、そのまま下記のように紹介文の横に印刷されている)。
よく見れば、鳥居や下駄を履いたキャラクターなど、日本文化を取り入れた要素が数多く見られ、シュルツが日本に対して特別な愛情を持っていたことがうかがえる。
この時、僕は、スヌーピーミュージアムの館長、中山三善さんに、こう教えられた。
「実は、ピーナッツの作品で、凧は結構、出てくるんです。でも、ちゃんとシュルツはアメリカと日本の文化を書き分けていて、ほら、凧が四角い形をしているでしょう」。
互いの文化を、受け入れ、そして敬意をもってその“HOLIDY”を表現する。それでいて、らしさは失わない。
作品の新たな視点に浸りながら・・・
凧というのは購入時には“あし”がついていない。自分でつけなければならないのだ。だから、チャーリー・ブラウンがそのまま上げようとして、全然上がらなくて、嘆いたわけである。それで、そこに“あし”をつければいいんだということを知るなり、スヌーピーが逃げるわけである。
「そうか“あし”が必要なのか、、、もしかしたら、その“あし”の代わりとして『自分の“しっぽ”が取られるかもしれない!』」スヌーピーは、そう考えたから。そんなオチだ。
その漫画がいかに想定外だったか。それは、その「原画」がここに展示されていないことで分かる。
まだスヌーピーも今のような顔つきをしていない時代の事。当時から輝くシュルツの深い洞察力と物事への敬意を垣間見ることができた。幸福な気持ちのまま、隣のピーナッツ カフェへ。
ホリデー気分に浸る
テーマと連動したメニューがやっぱり用意されていた。
まずは「HOLIDAY!ピクニックボックス スープ付き」だ。ピクニック気分で、アメリカンクラブサンドにかぶりつく。ぎっしり、卵やら、ボリューム満点。ポテトはオバケの袋に入れて、味付けしながら、シャカシャカ!
そして見た目に可愛い「SNOPYのBOO!BOO!ブルーベリーヨーグルト」。
掘り起こせば、続々出てくるその洞察力と愛に満ちた作品
仕掛けに心に染み入る部分が随所にある。
一度、僕は取材でこの場に来ているし、プライベートでも足を運んだ。そのたびに思うのは、当時を生きた人は、次を期待して、作品を待っていたのだと思うけど、今となってはかなりの数量。だから、問われるのが、作品を尊重する為の掘り起こしなのだ。必要なのは、時系列では語れない編集力で、それは今を生きる人の役目だ。そんな意味でのミュージアムというのは価値を持つのだと思う。
シュルツが書き残した作品を様々な視点で紐解くことで、見えてこなかった世界が見えてくる。
何度来ても、発見と心の動きがある場所、それがスヌーピーミュージアムなのだ。確かに、年間通して、折に触れて来るのもいいかもね。
今日はこの辺で。