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AIが「ケ」を担う時代、人間は「ハレ」を設計する。——江戸に学ぶ、熱狂が価値になる時代の仕事論

 生成AIによって、仕事は劇的に変わり始めている。文章を書き、画像を作り、分析までこなすAIは、人間が担ってきた「効率」の多くを肩代わりしようとしている。では、その先で人間に残される仕事とは何なのか。今回のD4DRフォーラムでは、「超江戸社会」という、一見するとAIとは正反対にも思えるテーマが語られた。しかし、議論を聞き進めるほど、その理由が見えてくる。

 江戸を懐かしむためではない。AIによって効率化が進む時代だからこそ、人間が本来向き合うべきものを、江戸の文化は教えてくれるのである。その鍵になったのが、日本人が古くから持っていた「ハレ」と「ケ」という考え方だった。

 日常を意味する「ケ」。祭りのような非日常を意味する「ハレ」。

 これまで企業は「ケ」をいかに効率化するかを競ってきた。しかしAIがその役割を担えるようになった今、本当に問われるのは、人が熱狂する「ハレ」をどう生み出すかではないだろうか。そんな視点でパネルディスカッションを振り返ると、藤元健太郎氏、細田将己氏、安川新一郎氏、奥野洋子氏の話は、別々のようでいて、一つの論旨へと収束していた。

① 江戸は懐かしむものではない。未来を考えるためのヒントである

 今回の議論の入口となったのは、藤元健太郎氏が提唱する「超江戸社会」という考え方である。ただし、これは「昔は良かった」という話ではない。藤元氏が語ったのは、AIによって工業化社会の前提が崩れ始めた今だからこそ、工業化以前の社会から未来を考えるヒントを得ようという提案である。

 明治以降、日本は「追いつけ、追い越せ」を合言葉に、効率化や大量生産、大量消費を追い求めてきた。その価値観は日本を世界有数の工業国へ押し上げた。一方で、AIは、その「効率」を誰よりも得意とする存在になりつつある。

 ならば、人間は何を価値にすればいいのか。藤元氏は、その答えを江戸に見いだそうとする。

 江戸は、単なる昔の日本ではない。長く平和が続き、人々が文化を楽しみ、推しや趣味に夢中になり、共同体の中で暮らしていた時代である。現代でいう推し活やオタク文化にも通じる熱量が、すでに町人文化の中には存在していたという。

 つまり、これからAIが広げていく未来は、「さらに効率を極める社会」ではなく、「何に夢中になり、誰と熱狂を共有するか」が価値になる社会ではないか。

 だから江戸を見る。未来を見るために、過去を学ぶのである。

② AIが奪うのは仕事ではない。「ケ」である

AIが得意なのは「ケ」である

 今回の議論を一本の線で貫いていたのが、「ハレ」と「ケ」という考え方だった。日本人は古くから、日常を「ケ」、祭りのような非日常を「ハレ」と呼び分けてきた。

 藤元氏は、この考え方をAI時代へ重ねる。

 これまで企業は、「ケ」を改善することに膨大な時間を費やしてきた。品質を高め、ミスを減らし、生産性を上げる。その積み重ねが競争力だった。しかし、その「ケ」はAIが最も得意とする領域である。

 だから藤元氏は、「ケはAIに任せ、人間はハレを担う時代になる」と語った。

 この話は、安川新一郎氏が講演で語った「未来思考」とも重なる。

人間に残るのは「ハレ」をつくる仕事

 安川氏は、効率とは、決められた方程式の中で最適化する営みだという。一方で、人間が本当に担うべきなのは、「どんな未来を実現したいのか」を決め、その未来へ向かって行動することだと語る。効率はAIが代替できる。しかし、熱狂は代替できないのである。

 だからこそ安川氏は、日本への危機感も口にした。長い停滞の中で、日本は「ケ」の最適化ばかりを磨いてきた。仕事を効率化し、無駄をなくし、ルールを整え続けてきた結果、「ハレ」を経験する機会そのものが減ってしまったのではないか、と。

 その象徴がAIの使い方である。AIによって仕事が短時間で終わるようになったにもかかわらず、その余った時間を新しい挑戦ではなく、コンプライアンスや確認作業で埋めてしまう。それでは結局、「ケ」を増やしているだけである。

 AI時代とは、効率を極める時代ではない。人間が「ハレ」を設計する時代なのである。

③ 熱狂は、経営者がつくる「祭り」から生まれる

最初は、一人だけが熱くなっていた

 では、「ハレ」はどうやって生まれるのか。その答えを最も体現していたのが、榮太樓總本鋪の細田将己氏だった。創業208年の老舗というと、伝統を守る会社という印象を持つ人も多いだろう。しかし、細田氏の話から伝わってきたのは、その真逆だった。

 変わり続けることへの熱量である。実際、この15年だけを見ても、百貨店中心だった販路を見直し、スーパーやコンビニへ展開し、新しい商品づくりにも挑戦してきた。その変化は、会社全体が自然に動いたわけではない。

 最初は、自分一人だけが熱くなっていたという。

「一人で何を言っているんだ。」

 そんな空気の中でも、細田氏は挑戦をやめなかった。成果が出るにつれ、少しずつ周囲が動き始め、今では逆に社員から「社長は一歩引いてください。自分たちで考えたいので」と言われるまでになったという。

 この話を聞いていて印象的だったのは、熱狂は自然発生するものではなく、誰かが最初の火をつけるものなのだということだ。そして、その火は仕事だけでは終わらない。

祭りは、会社の文化になる

 毎年、6月に行われる「山王祭」では70人もの社員が神輿を担ぐ。毎年、社員と田植えをし、草取りをし、稲刈りをする。社長自らカレーを振る舞う日もある。細田氏は、「みんなが喜ぶことを考えるのが社長の仕事」と語った。

 効率だけを考えれば、どれも必要のないことかもしれない。

 しかし、それこそが「ハレ」である。祭りとは、生産性を上げるために行うものではない。人と人との距離を縮め、「また明日も頑張ろう」と思える共同体を育てるために存在する。

 奥野洋子氏が「仕事だと思うな、祭りだと思え」という言葉を紹介していたが、細田氏の会社では、その祭りを経営そのものが設計しているように見えた。

 だから社員は、会社のためではなく、自分たちの祭りを守るように働く。AIでは決して代替できない価値が、そこにはあるのである。

④ 「粋」の反対は「野暮」だった

野暮とは、「ケチ」である

 細田氏の話でもう一つ印象的だったのが、「粋」の反対は「無粋」ではないという話だった。本当の反対語は、「野暮」である。そして江戸でいう「野暮」とは、「ケチ」を意味するという。

 この言葉を聞いた瞬間、僕は安川新一郎氏の講演で語られていた「未来思考」と重なった。未来思考とは、目先の最適化ではなく、自分たちが望む未来から逆算して今を考えることである。

参考:未来は予測するものではない──安川新一郎氏が語った「未来思考」の正体

 その視点で見ると、「野暮」とは、目先の利益だけを追いかける発想そのものではないか。

 細田氏は、その象徴として原価の話をした。例えば抹茶飴を作るなら、本来は抹茶をたっぷり使えばいい。しかし原価を固定すると、香料や着色料で代用したくなる。耳かき一杯ほどの抹茶しか入れず、「宇治抹茶」とうたう商品も世の中には少なくないという。

 榮太樓總本鋪は、その逆を選んだ。添加物を使わず、素材そのものにお金をかける。原価は上がる。

 しかし、それなら少しだけ価格を上げればいい。大切なのは、長い目で見たとき、お客様に本物は必ず伝わると信じることなのだ、と。僕は、この考え方こそ「ハレ」を設計する発想なのだと思う。

勝負どころは、過去が教えてくれる

 ケチることは、効率である。しかし、人が熱狂するのは、そこではない。人は、「ここまでやるのか」という覚悟に心を動かされる。細田氏の姿勢は、お菓子づくりだけに表れているわけではない。榮太樓總本鋪が長く商売を続けてきた日本橋そのものに対しても、同じ覚悟を向けている。

 細田氏は現在、日本橋一丁目の再開発に関わり、数百億円規模の借り入れをして投資しようとしている。しかも、建築費はコロナ禍以前のおよそ2.5倍にまで高騰しているという。全国各地で、採算が合わないことを理由に再開発計画が止まり始める中での決断である。

 目の前の数字だけを見れば、見送る方が合理的に映るだろう。それでも細田氏は、「ここが僕の人生の勝負どころだ」と語った。

 その判断には、過去の記憶がある。約60年前、高度経済成長期を迎えた日本で、細田氏の祖父は大きな勝負に出て、榮太樓ビルを建てた。そして今、金利が上がり、物価が上昇し、世の中が大きく動き始めている。その景色が、祖父が勝負した時代とよく似ているというのである。

 過去を知るとは、昔を守ることではない。

 過去に何が起き、その時に先人がどのような一手を打ったのかを知るからこそ、現在に現れた予兆を見逃さず、次の一手を選ぶことができるのである。

数百億円を投じて、江戸の熱狂を取り戻す

 細田氏が取り戻そうとしているのは、単なる不動産価値ではない。日本橋という町がかつて持っていた「熱狂」である。

 江戸時代の日本橋には魚河岸があり、越後屋があり、多くの人々が行き交っていた。朝は魚河岸、昼は買い物、夜は飲食や遊興によって大金が動き、「一日千両」と呼ばれるほどのにぎわいがあった。日本橋は、まさに江戸の熱狂の中心だったのである。

 ところが、戦後のモータリゼーションによって、町の主役は人や川から道路へと変わった。日本橋川の上には高速道路が架かり、川沿いの建物は川に背を向けた。効率的に車を走らせることを優先した結果、日本橋は次第に、働くためだけの町へと変わっていった。

 細田氏が進める再開発では、その構造をもう一度ひっくり返そうとしている。

 川沿いは低層に抑え、高層ビルを後ろへ下げる。道路ではなく川を正面に据え、人が歩き、集まり、楽しめる町へ戻していく。「川が主役の町」をつくり、江戸の熱狂を現代に取り戻そうとしているのである。

未来は、投資する人にしか見えない

 それは、すぐに利益を得るための投資ではない。2040年代の日本橋を信じ、次の世代が集まりたくなる「ハレ」を、今から設計する行為である。

 だから、僕は、この姿勢に安川氏のいう「未来思考」を感じるわけである。未来思考とは、目の前の条件から答えを予測することではない。どのような未来を望むのかを自ら決め、その未来を実現するために、今の行動を選ぶことである。

 ゆえに、細田氏は、建築費が高騰していても、日本橋へ投資する。目先の効率よりも、未来に生まれる熱狂を選ぶのである。過去を大切にする人ほど、未来への一手を恐れない。

 だから榮太樓總本鋪は208年続いたのではないか。そして、その一手を支えているのは、効率ではなく、「粋」であり、「ハレ」であり、人を熱狂させるという意思なのである。

⑤ AI時代、人間に残される仕事は「ハレ」をつくること

AIで生まれた余白は何に使うのか

 今回のパネルディスカッションを通して感じたのは、AI時代に必要なのは、効率化の延長線ではないということだった。もちろん、「ケ」は大切である。品質を高めることも、ミスを減らすことも、日々の仕事を改善することも欠かせない。

 しかし、その多くは、これからAIが担っていく。だから人間まで、「ケ」の取り合いをする必要はない。

 安川新一郎氏は、AIによって生まれた時間を、コンプライアンスで埋めてしまうことへの危機感を語っていた。仕事が早く終わるようになったのに、その分だけ確認作業を増やして忙しくなる。それでは何のためのAIなのかわからない、と。

 その空いた時間を、人が夢中になれることへ使う。人が集まりたくなる場をつくる。未来へ向かって挑戦する。それこそが、本来AIによって生まれた余白の使い方なのではないか。だから細田氏は、祭りを大切にする。だから原価ではなく、「粋」を選ぶ。だから日本橋へ未来を信じて投資する。

 その一つひとつは別々の話に見えて、その根底ではすべて、「ハレ」を生み出そうとしているのである。

熱狂は、企業の競争力になる

 藤元氏は、AI時代だからこそ江戸に学ぼうと語った。安川氏は、未来は予測するものではなく、自らつくるものだと語った。奥野氏は、仕事ではなく祭りのように、人が熱狂できる組織のあり方を語った。

 そして細田氏は、それを208年続く会社の経営で実践していた。皆が話していたテーマは違う。しかし、向いていた方向は同じだった。

 AIによって効率は誰でも手に入れられる時代になる。だからこそ、その先にある「人は何に心を動かされるのか」が、企業の価値を決める。

 効率では、人は熱狂しない。人が熱狂するのは、人が本気で未来を信じ、その未来を一緒につくろうとする姿である。AI時代とは、人間が「ハレ」を設計する時代なのだ。

今日はこの辺で。

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