キムチではなく“素”だった|樽の味がRakuten SHOP OF THE YEARを受賞するまで

その話は全てがつながっていた。商品はいかに想いを込めて作られ、そして戦略として太刀打ちできるように設計し直し、受け入れられて、一気に花咲く。「自然の食材と発酵で健幸に 樽の味」の話である。彼らは、Rakuten SHOP OF THE YEAR 2025のカテゴリー賞を受賞した。
商品の切り口は面白くて、キムチの素は、キムチではない。キムチの“素”なのである。添加物をできるだけ抑え、素材本来の旨味と発酵の力、植物性乳酸菌を活かした、健康志向の製品なのだ。
「キムチはたくさんある。でも、僕らがやったのはキムチじゃなかった」
ごく自然な問いから始まった対話は、気づけば「キムチとは何か」という話を越えて、商品開発、売れるまでの時間、そして点と点が線になる瞬間の話へと進んでいった。
まず話題に上がったのは、商品そのものだった。元々、漬物屋から始まっている彼らにとって、キムチはお馴染みだ。世の中に数え切れないほど存在する。そこで、革命を起こしたいと言っていたのが同社の常務だった。
それをこの日、嬉しそうに語り出したのが、代表取締役 細田幸平さんだった。
「キムチじゃなくて、キムチの素やったんです」
しかも、それは無添加で、粉状。当時は、そうした商品は世の中にほとんど存在していなかったという。これが不思議と、漬物屋としての起源と関わりを持っていて、彼らは、ずっと無添加の漬物を作ってきた背景がある。
実は、この業界では添加物を使うことが当たり前になっている中で、同じことをしても勝負にならない、という感覚があった。だから、キムチの素であり、無添加であり、パウダータイプ。
それまで世の中になかったもの。まさに彼らの言葉の通り、革命だった。そんな発想から、この商品は生まれている。
「やろうと決めても、すぐに“おいしい”にはならなかった」
ただ、商品として世に出すまでの道のりは簡単ではなかった。話を聞いていて印象的だったのは、「味」に対する率直な言葉だ。
徐々にその商品開発への熱意は、現場の本気度を高めて、敢えて味へのこだわりを徹底して、中途半端に結論を急ぐことをしなかった。彼ら自身で行った、品評会にも、一回目、二回目と挑戦する中で、「これだとちょっときついんちゃうか」と手厳しいコメントも飛び交った。
でも、それは愛情の裏返し。世の中に前例がない。売れるかどうかも分からない。それでも開発を続けられた理由を辿っていくと、そこには人の存在があった。
繰り返しになるが、開発の中心にいたのは、会社の常務だった。キムチ市場に何かを届けたい、という強い思いを持っていたという。だからこそ、最初の段階では、決して完成形とは言えない味だったが、妥協せず、何度も改良を重ねていったことで生まれ変わった。
「まだ伸ばせる」「もっと良くできる」。
そうやって、疲れても手を止めず、最高の状態になったときに、ようやく世に出そうと決めた。
「売れ出したきっかけは、商品そのものではなかった」
味が仕上がり、商品として世に出した。ただ、そこからすぐに大きな反応があったわけではない。最初の立ち上がりは、決して悪くはなかったが、爆発的、というほどでもなかったという。
ここにも実はドラマがある。
「悪くはない。でも、まだ足りない」。そんな感覚のまま、時間が過ぎていく。流れが変わり始めたのは、インフルエンサーに取り上げられたことがきっかけだった。
ここでキーとなったのは、大澤真弓さんの存在だ。
彼女は軽い気持ちで楽天NATIONSに参加したが、そこでの空気を味わい、変わっていく。NATIONSとは、楽天市場の出店者が売上成長を目的に、実践事例をもとに学び合い、行動まで落とし込むための公式支援プログラム。
「出たら、5倍の売上を半年間で伸ばさないといけない」。
そんな空気に触れて、やらなあかん!
そこで出会ったのが、インフルエンサー施策。それまで点として存在していた商品が、ようやく「人の手」によって語られ始めた。
商品が変わったわけではない。語られ方が、少しずつ変わっていった。
「ネイションズで知った、“やばい”という実感」
彼らは、ヘアゴムを販売している、のりちゃんという女性と、枕カバーを販売している、さわちゃんという男性の方が、やっている方法を見て自分たちでアレンジした。
そりゃそうだ。枕カバーやヘアゴムはキムチと似ても似つかない。とても大事な本質がここにあると思った。
インフルエンサーをただ使えばいいのではないということ。彼らも話していたけど、インフルエンサーは無数に存在して、自分たちと相性の合うインフルエンサーに巡り合うのは、「正直、運」とまで言い切った。
でも、運任せにしていたかというとそうではない。
そんな中にあって、変わらないことがある。それは、自分たちの商品である。いうまでもないが、ここまで商品開発に関して、どれだけの工数と想いをかけてきたかは計り知れない。上記に書いた通りだ。
だからこそ、それを誰に対して、どういう風に売っていこうと改めて、定義し直していくことで、インフルエンサーにとって魅力を感じてもらうことができるのである。
インフルエンサーもまた、自らの信用の上で活動しているから、その商品と自分との親和性が高ければ、熱量も高く、受け止める人たちの印象もよりインパクトが強くなる。
「点と点が、線になった瞬間の話」
つまり、インフルエンサー施策がうまくいった理由を聞いていくと、「誰に紹介してもらったか」よりも、「なぜ合ったのか」という話に辿り着く。
紹介してくれたのは、自然派の商品を扱う人、丁寧な暮らしを発信している人たちだった。ファッション系の派手な発信者ではなく、商品コンセプトと近い世界観を持つ人たち。
無添加であること。健康や発酵食に関心がある人に向けて作っていること。
その前提を、商品ページできちんと伝えていたからこそ、響く人に届いた。
さらに、この商品には特徴があったということになる。白菜だけでなく、ブロッコリーでも、アスパラガスでも使える。作る人それぞれの「マイキムチ」が生まれる。
商品そのものを紹介するのではなく、「この商品で作った私のキムチ」を見せられる。それが、インフルエンサーにとっても扱いやすかった。
自分たちがやってきた施策と、インフルエンサーの発信が、ある瞬間に一気に重なった。彼らはこう語るんだ。
「点と点が線になった」
その表現が、いちばんしっくりくる場面だった。
「四年越しに訪れた受賞と、その先に見ているもの」
印象的だったのは、この流れが起きたのが、発売から四年以上経ってからだったという点だ。四年間、何もなかったわけではない。
売れてはいた。それは商品への想いもあったし、だからありとあらゆる施策も行った。けれど、「これだ」という手応えが続いていたわけでもない。
それが、インフルエンサーのそのひと声を境に、一気に動き出した。すると、不思議なことに、歯車が回り始めて、テレビで取り上げられたのも、インフルエンサーの発信がきっかけだった。
誰かが紹介し、それを見て、また誰かが紹介する。連鎖のように広がっていった。そして、Rakuten SHOP OF THE YEAR 2025のカテゴリー賞。
本当に嬉しかった、と語る姿からは、この時間の重みが伝わってきた。運なんかじゃない。商品への思い、こだわり、そして、それを活かすための熱意と現場の動き、どれが欠けてもなし得なかっただろう。
キムチの話から始まったこの対話は、気づけば、商品をどう育て、どう信じ続けるか、という話になっていた。それが、このインタビューのいちばんの収穫だったように思う。
今日はこの辺で。







