たった1本のハンコが命を救う──谷川商事×WWF「WITH STAMP」に見る“個性と寄付”の新しいかたち

見慣れたハンコに、動物が寄り添う。それは、認印という日用品に、命の重みと希望を刻み込む行為かもしれない。WWF(世界自然保護基金)と日本の老舗メーカー・谷川商事株式会社が手を組み、名もなき日常の道具を「命を守るツール」へと変えた。それが、“名字+絶滅危惧種”を組み合わせたオリジナルスタンプ「WITH STAMP」だ。
だがこの商品は、ただ可愛いだけのスタンプではない。そこには、“一個から作る”ことにこだわり続けてきた谷川商事ならではの、「ものづくりの思想」が貫かれている。
ロットとカスタムを両立させる、ハンコ屋の矜持
谷川商事は、印鑑を手がけるメーカーである。とは言え、いつも、彼らはそれをフックに楽しいアイデアで僕らの気持ちを和ませる。例えば、ペンとネーム印が一体化した「スタンペン」がそうだ。
あらかじめボディ部分(ペン本体)をロット単位で製造し、印面部分(名前部分)はそのペンに差し込めるようになっていて、ユーザーごとに一個ずつ彫刻するという仕組みで構成されている。つまり、本体を買った後で、自分の名前を注文するのだが、顧客は送る必要はない。名前を伝えれば、その印面だけが送られてくるので、ハメるだけというわけである。
単なる“ハンコ屋”とは視点が違う。だから、印鑑を通してちょっと遊び心を。あらゆる人の心に寄り添う、それが彼ららしい姿勢の根本なのである。
そして、僕が注目したのが「WITH STAMP」。
動物と名字が融合した“世界に一つだけのスタンプ”を作ったのである。そのために、まずWITHと刻印された本体のスタンプを一定数製造し、そこに個別に動物と名字を組み込んだ印面を制作する。

考え方としては今の話と同じだ。これは、谷川商事が培ってきた「個を支える量産技術」と「心に寄り添う手仕事」の合わせ技だ。
600円の寄付に込められた、「つくる人の意志」
ネットでも購入できるし、ヨドバシカメラなどの家電量販店でもお目にかかれる。このスタンプの価格は2000円(税込)。
実は、そのうち600円がWWFジャパンに寄付される仕組みになっている。つまり、ユーザーが「押す」だけで、野生生物の保護活動に貢献できるのだ。
だが、注目すべきはここからだ。
一般的に、商品価格から寄付を捻出するとなると、製造側が薄利に甘んじるケースも多い。だが、谷川商事は高品質素材・環境配慮型製品というモノとしての価値を一切下げなかった。それが先ほど、触れた本体部分へのこだわりである。
利益を削るのではなく、思想を込めてモノを届ける。このハンコは、「誰でも気軽に参加できる寄付の形」を、道具という形で提案している。
名字と動物の出会い──1個のハンコに宿る“あなたらしさ”
配慮はそこに止まらない。「WITH STAMP」は、22,000以上の名字に対応し、それぞれに異なる絶滅危惧種が割り当てられる。
割り当てられる?
それは、世界で危機に瀕しているトラ、ゾウ、コアラなどの動物たちと、「あなた」という個人が、偶然のように出会う瞬間でもある。論より証拠。下記のサイトで、自分の苗字を入れてみてほしい。
つまり、その苗字のシルエットが一部、絶滅危惧種の動物へと変わる。

例えば、僕の「石郷」という名前を入れたら、石の部分が「ハイイロペリカン」へと変わって出てきた。
それがたとえ知らない動物だったとしても、自分の名字の中にその姿があるだけで、不思議と愛着が生まれる。ハンコを押すたびに思い出す。「この動物を知ったきっかけは、このハンコだった」と。
そんな記憶のかけらが、環境保全の最前線にいる動物たちを、遠い世界から少しだけ近づけてくれる。
ハンコは“ただの印”ではなく、人の心に触れる道具だ
谷川商事はこれまでも、アニメ『ゆるキャン△』や『mono』とのコラボで、キャラクターの好物を商品化し、地域と物語をつなぐグッズを生み出してきた。
そこにはいつも、「人の気持ちに寄り添うものづくり」がある。そしてこの「WITH STAMP」は、その姿勢をもっともよく表すひとつのかたち。遊び心があり、印鑑に“その人らしさ”がにじみ出る。
押すたびに会話が生まれ、笑顔がこぼれる。でも、それだけではない。そこには、大切なメッセージもそっと込められているのである。
日用品を通して、人の気持ちに触れる。自然に、動物に、社会に、“やさしい接点”を届ける。“ただの印”を押すだけでは終わらない。
ハンコは、谷川商事にとって「誰かの想いをかたちにするクラフト」であり、「社会にやさしさを届けるメディア」でもあるのだ。
あなたの名字と、動物たちの未来が、ひとつのハンコでつながる。それは、谷川商事が「一個からつくる」という思想のもとに紡ぎ続けてきた、“心あるものづくり”の結晶だ。
今日もまた、誰かの手元に、小さなスタンプが届く。それは単なる道具ではなく、人と命の距離を埋める、やさしい橋渡しなのかもしれない。
今日はこの辺で。