メタバースで企業はどこに可能性を感じている?―Virtual Market 2024 winterが描く未来の体験
仮想空間を歩くと、伝える手法が多様化していることに気付かされる。VR法人HIKKYの事務所にきて、今回もいち早く「Virtual Market 2024 winter」を体感させてもらった。12月7日から22日までの開催だという。案外、長丁場である。バーチャルの世界に「富士山」「ラスベガス」「お台場」が出現。単なるデジタルイベントを超えた没入型体験を生み出している。そこにクリエイターだけではなく、多くの企業が関心を持っていて、そこにはやっぱりワケがある。僕なりに三つの気づきをもとに、それを解き明かしていこう。
「Virtual Market 2024 winter」三つの気づき
Virtual Marketとは何か。VR法人HIKKYが「VR chat」というメタバースのプラットフォームの上に作り出した巨大な仮装空間である。そもそも「VR chat」のユーザーが数多く存在する。だから、国内外の人たちが期間限定で、彼らが興すこのイベントに興味を持つようになった。
2018年から始まり、その時の来場者は1500人だったのに、前回では130万人(2024年夏)である。ここに時代の進化を感じたから、僕も度々、取り上げてきた。これまではイベントの内容に寄せたものだったが、今回は、企業がなぜここに関心を抱くのかに焦点を当ててみた。
今回、HIKKYと話して、気付いたのは、大きく分けて3つである。
一つ、「擬似体験で説得力を持って伝える」
二つ、「企業の姿勢を自然に感じ取らせる」
三つ、「没入感により、体に染み込ませる」
実は、共通して、これらはリアルでは訴求できない。だから、企業はメタバースというプラットフォームに価値を見出している。期間限定で、多くが集まるという特性に魅力を感じて、このイベントに出店しているのだと思う。単純に、集まる数の多さだけではない所以がここにある。
1:リアルを超えた体験――静岡競輪場の新たな挑戦
例えば、静岡競輪場は、今回が初出店で、メタバース空間で「投票体験」を展開。
ミニチュアコースでリアルなレース結果に基づき、仮想の投票ゲームを楽しむことができる。実は、競輪の主なユーザー層は70代男性。(えええ?驚いてしまった)。だから、それ以外の若年層に向けて、競輪の魅力を広める狙いがある。
そして、ターゲットがコアで熱狂的な分だけ、一見さんの入りづらい雰囲気が、間口を狭めている。静岡競輪場が考えたのは、その敷居を低くすることである。そして、まずはやってもらおう。そこでの楽しさを、このメタバース空間で体感することで、リアルにも行く契機になるだろうと考えたわけだ。
実際に体験してみて感じたこと。それは「体験が持つ説得力」の強さなのだ。
競輪を知らなかった若者が仮想空間で遊び感覚で楽しむうちに、リアル競輪場への興味を持つ。これは、パチンコのサミーなどでも評価している点。現にサミーは連続して出店していることが何よりの証。エンターテインメントと限られた世界や文化の融合が、新しい価値を生む。そんな可能性を感じたわけである。
2:ゲーム感覚で伝えるSDGs――靴ブランドKEENの挑戦
そして、アウトドアブランド「KEEN」は、それとは別の切り口でアプローチしている。リサイクル素材を活用した靴作りをゲーム形式で体験できる展示を設けた。そのフォルム自体は、実在する靴でありながら、カラーリングで自分だけの靴をデザインすることができる。この縫い目までの再現度の高さたるや。
つまり、こういう体験を通して、製品や企業の価値観を楽しく学べる仕掛けである。アトラクションがあるから、自らのSDGsへの取り組みを、自然とユーザーに伝えられる。ここがみそである。
確かに、SDGsのようなテーマは、企業が直接的に伝えると説教臭くなりがち。
だからこそ、KEENはメタバースを活用して「体験で感じ取らせる」ことに注力するわけである。確かに、ゲームであれば、抵抗なく楽しめ、自然とその姿勢が浸透する。何か大きなイベントをするよりは遥かにコストを抑えて、企業ブランディングができる。これこそがメタバースの強みだと感じた次第である。
3:押し活でブランドの新たな魅力を――大丸松坂屋百貨店の挑戦
さらに、没入感のメリットである。それは、小売業においても大きく、9回連続で出店してメタバースに注力する「大丸松坂屋百貨店」の演出から多くを学べる。幻想的な門構えで来場者を迎え入れ、イメージキャラクターのさくらパンダが控えめに百貨店の個性を演出している様子は印象的。
彼らはそこで独自キャラクターのアバターを登場させ、メタバース空間に新たな物語を作り出している。アバターは「正装」をテーマにした高品質なもので、30,000円程度の高価格帯で提供されている。先ほど、触れた通り、VRchatというプラットフォームが常に動いている。だから、利用者は購入後、それを着用して、年中、仮想空間上で遊ぶことができる。
それぞれが個性豊かなデザイン。空気を纏うようなふわふわとした独特の雰囲気を持つ「風璃」など、それぞれが細部までこだわり抜かれた美しい仕上がりである。美しく気品に満ちたデザインは、押し活の対象となりうる。さらに、そのキャラクターが登場する「謎解きゲーム」も体験できる。
このゲームを通じて参加者は自然と長時間、滞在し、大丸松坂屋というブランドとの関わりを深める。若い世代にも百貨店の新しい魅力を伝える挑戦。それが、ここには詰まっているのである。
「ただ商品を売る場所」ではなく、ブランド自体が体験の一部として認識される姿勢が印象的だ。
4:没入感が生むブランド価値――キャノンのVR体験
長い滞在時間に意味を見出しているのは、老舗メーカーキャノンも同じ。彼らのブースでは、VR映像を撮影できる専用レンズを体験できる。
そもそも、彼らが提供する専用レンズは、VR映像に初挑戦する人にもプロ並みの高画質の動画などを作り出すことができる。小型で扱いやすいデザインと充実したサポート機能により、3D VR撮影のハードルを大幅に下げている。
手持ちのカメラに取り付けるもの。それを使うと、レンズの向こうの光景がVR的に表現され、その没入感が尋常ではない。それは既存の伝え方では伝わりづらい。だから、メタバース空間で、ヘッドマウントディスプレイを装着してもらって、それを体感してもらうわけだ。
僕も覗いてみた。すると、自分が映像の中に入り込んだような没入感が味わえる。犬を撮影したものだけど、自分がその周りを飛んでいる虫の如く、犬が大きく、迫り来る感じがする。
この体験は、ブランドや製品への強い興味を引き出す絶好の機会となる。
「滞在時間が長いほどブランドへの好感度が高まる」。そんなマーケティングの基本が、このVR体験で実証されている。リアルでは実現しにくいイマーシブな体験が、メタバースならではの魅力。それが滞在時間を引き延ばす。
5:メタバースの未来とその役割
Virtual Market 2024 Springは、単なる仮想空間ではない。リアルを補完し新しい価値を提案する場として機能している。
HIKKYの松澤さんとも話して、「長く地道に続けることの価値」を思った。メタバースを一過性のもので受け止め、過大評価することなく、「体験を通じた新しい表現手法の一つ」として捉えることが重要である。
まだまだ技術的に追いつかないことも多い。ただ、限られた制限の中で、地道な試行錯誤を積み重ねていくことも大事だ。なぜなら、まだそこは未開拓。その分、企業や地域が新しい顧客層にリーチするための強力なツールになりつつあるのも事実である。
その一端を垣間見ることができ、未来への可能性を確かに感じさせてくれる。Virtual Market 2024 Springで感じたのは、メタバースが持つ可能性とそのリアルとの補完関係である。
これをきっかけに、企業がどのように体験の価値を広げていけるのか。改めて考える機会にしてもらいたい。そして、この記事を通して、この魅力を感じられたあなたには、自分の目で確かめてほしい。
今日はこの辺で。