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越境ECの主語が、静かに入れ替わり始めた──ジグザグ代表・仲里氏と、台湾法人社長・松野氏が描く「次の必然」

 いきなり余談で恐縮だが、最近、僕が知り合いの個人作家たちからよく耳にするのが、「台湾」というキーワードである。海外のイベントで作品を販売すると、台湾の人たちは総じて友好的で、作品そのものにきちんと向き合ってくれる、そんな話を立て続けに聞くようになった。

 そんな折、台湾に現地法人として子会社を設立するという、ジグザグの話を耳にした。なるほど、と素直に思った。そこで、台湾法人の社長に就任予定の松野 亘さん、そしてジグザグ代表の仲里一義さんに話を聞いたのだ。

これは「海外進出」の話ではない

 とはいえ、僕はこのニュースを、単なる海外進出の話として扱うつもりはない。

 なぜなら、少し逆説的になるが、これは「どの国に進出したか」という話ではなく、越境ECという事業の“考え方そのもの”が、静かに変わり始めている兆しだと感じたからだ。

 それを、台湾という場所で語るから、なお面白い。まず印象に残ったのは、二人とも「売上」より先に、「関係」「理解」「解像度」という言葉を使っていたことだった。

 越境ECを「海外で売る仕組み」としてではなく、「世界とどう向き合うかの構造」として語っていたのである。

なぜ最初の海外拠点が「台湾」だったのか

 台湾を最初の海外子会社設立先に選んだ理由について、仲里さんの語り口は終始一貫していた。それは「市場規模」や「成長率」ではなく、日本の商品や価値観が、きちんと“伝わる”土壌があるかどうかという視点だった。

 台湾は、日本文化への親和性が高いと言われることが多い。だが実際には、「日本のものが好き」という単純な好意ではない。ファッション、キャラクター、ライフスタイル雑貨などを見ても分かるように、台湾の生活者は「背景」や「文脈」を含めて価値を受け取る傾向が強い。

 さらに越境ECという文脈で見ると、物流環境やECリテラシーの成熟度も高く、日本企業が“最初に本気で向き合う市場”として現実的だ。

 台湾は、試しに売る場所ではない。世界に向けて構造を磨くための、起点として選ばれている。

「待ちのインバウンド」から始まった思想

 では、この会社は何をするのだろう。

 台湾法人の事業内容は、基本的にはマーケティング支援という色彩が強い。今まさに書いた通りだが、これまでジグザグはウェブインバウンドでの越境ECを重視してきた。

 つまり、海外からのアクセスを待つ姿勢である。

 そして、その姿勢が意味を持つ理由は、何か。それは、ネットが世界をボーダレスにし、日本のECサイトに海外の人が自然と訪れる環境があったからだ。だからこそ、そのアクセスを取りこぼさず、きちんと売上につなげる。そのために、コストと手間をかけず、タグを一つ入れるだけで、海外ユーザーに代わって“買い物代行”を行い、橋渡しをしてきた。

 しかしながら、今回の話は、そこから一歩踏み出した動きに見える。もう少し、攻めの姿勢がちらつくのだ。

「現地に触れる」という次のフェーズ

 これは、冒頭で触れた個人作家の話とも通じる。実際に海外に足を運んでみると、思いの外、日本のブランドは歓迎される傾向が強い。言い換えれば、次のフェーズとして、海外からのアクセスを待つだけではなく、実際に現地で触れ合うことの大切さを、きちんと取りにいこうとしているのである。

 その具体的な形が、台湾の現地法人だ。

 現地の生活者の文脈の中で、ポップアップイベントを実施したり、イベント出展をアシストしたりする。そうした“場”への関与を、現地に滞在しながら日本企業につないでいく。

 ここに、ジグザグの越境EC観がはっきりと表れている。これまで同社が“買い物代行”にこだわってきたのも、単に売るためではない。購入者と直接つながり、購買体験を磨き、その先でブランド価値を高めていきたいからである。

 確かに、個々の企業が海外に拠点を構え、同じことを実践するのは簡単ではない。だからこそ、ジグザグがその間に立ち、現地の顧客体験に触れるきっかけを、日本企業に提供するのである。

ブランド価値は「ローカライズ」ではなく「拡張」される

 まさに、越境ECのオムニチャネルですねと僕は言った。

 また、面白いなと思ったのは、そこに、松野さんのこれまでのプロダクト担当としての視点が重なることだ。日本の商品は質が高い。だが、その価値をどうパッケージし、どう伝えるかという点では、うまく届いていないケースも少なくない。

 だからこそ、その土地で実際に暮らす人たちの生活や習慣に触れながら考えることで、ブランド価値を地域に合わせて再構成し、提案することが可能になる。

 台湾で売れるプロダクトを支援するとは、単に台湾向けの商品を作ることではない。

 生活者の文脈に寄り添いながら、価値の伝え方そのものを調整していくことなのだ。「なぜそれが心地よいのか」「どんな文脈で使われているのか」を理解する。そうすることで、日本側のものづくりにも新しい示唆が返ってくる。

 越境ECの主語が、日本から現地へとずれる。海外の視点が、日本の売り方を更新していく。

インバウンドと越境ECは、一人の時間軸でつながる

 台湾市場を語る上で欠かせないのが、インバウンドとの関係だ。訪日体験をきっかけに商品を知り、帰国後にECで購入する。この流れは、すでに数多く起きている。

 仲里さんは、越境ECを単体で捉えるのではなく、一人の生活者の時間軸として考える必要があると語っていた。リアルでの体験、そこで生まれた記憶や感情。それらが、あとからECにつながっていく。

 ここがまた面白いのだが、松野さんはそれに先駆けるように、台湾市場を理解するため、仕事として現地に滞在し、生活者の視点から向き合ってきた人物でもある。実際に現地に身を置いた経験があるからこそ、松野さんは「台湾の人たちが、どういう生活をしているのか」「何が当たり前で、何が違和感になるのか」を、感覚として理解している。

 例えば、日本では成立する配送の常識が、台湾ではまったく別の前提で動いていること。住環境、セキュリティ、働き方、受け取り方。そうした生活の細部は、データや資料だけでは掴みきれない。

 つまり、今度はマーケティングの視点から入り、そこから物流などの実態を踏まえながら、顧客体験全体の底上げを図っていく。これは、先ほどから触れている、ジグザグが目指す「ブランドとしてのファンをつくる」という考え方とも通じている。

 台湾法人は、その一連の流れを、立体的に設計するための拠点なのだ。

「点」が「線」になり、「起点」へと変わる

 そう考えると、この台湾法人での取り組みは、決して唐突に生まれたものではない。むしろ、ジグザグがこれまで越境ECの中で一貫してやってきたこと、いま取り組んでいること、そしてその先に見据えている未来が、ここで一本の線としてつながっていく。

 彼らが越境ECでずっと大切にしてきたのは、繰り返しになるが、海外のお客様を“ファン”にしていくことだった。単に海外で売るのではない。自社ECを通じて、ブランドと顧客の関係性を、自分たちの手で育てていくという思想である。

 だからこそ、物流を自ら担い、オペレーションもジグザグで行ってきたのだ。それは効率のためではない。モールに委ねるのではなく、自社ECという場を通じて、ブランド体験そのものをコントロールするためだ。海外でファンを獲得し、関係を続けていくために重要なのは、「どこで買ったか」ではなく、「どんな体験として記憶されたか」である。

 さらに彼らは、最近、単に売る手段を提供するだけにとどまらなくなっている。そこで得られるデータをマーケティングツールとして活用してもらう。要するに、「どの国に、どんなものを、どう売るべきか」を考える機会そのものを、日本企業に提供してきたのである。

 思うに、台湾法人で進めようとしているマーケティング、インサイトの獲得、そして現地での接点づくりは、すべてその延長線上にあることが分かる。

 点だった取り組みが、線としてつながり始めているのである。

台湾は「点」ではなく、「起点」である

 彼らの話を聞いていると、日本のマーケットは、ある意味でテストの場と言ってもいいのではないか、という気にさせられる。海外で受け入れられてこそ、ブランドである。そのためには、まず国内で受け入れられ、海外からのアクセスをきちんとものにする必要がある。そして、その先で、攻めに転じる。これが、いま彼らが描いている流れだ。

 だから、その延長線上には、昨今、MetaやGoogleと連携し、広告を通じて海外にアプローチする手法の提案もある。

 明らかに、待ちの姿勢ではない。だが、いきなり闇雲に攻めるわけでもない。待ちの姿勢の中で見えてきた適性をもとにマーケティングを行い、そこから広告を用いた“攻め”のフェーズへとつなげていく。

 ただし、その労力を無駄にしないためには、海外の人たちとのエンゲージメントを、きちんと高めていく必要がある。その行き着く先にあるのが、現地法人の存在だ。今回の台湾子会社設立は、ゴールではない。仲里さんの言葉を借りれば、これは「始まり」に過ぎない。

 現地起点で理解し、現地起点で考え、その学びを日本に返す。この循環が回り始めたとき、越境ECは単なる販路ではなく、ブランドを育て続けるための装置になる。

 ジグザグが目指しているのは、越境ECを「簡単にする会社」ではない。

 世界と日本を、構造としてつなぎ続ける存在である。

今日はこの辺で。

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