地域に寄り添う『ロリアン洋菓子店』が50年以上愛され続ける理由|神奈川県さがみ野の優しさを紡ぐケーキ屋さん

桜が咲く季節になると、ふと思い出す風景がある。神奈川県・さがみ野の駅を降りて歩くと、かつて桜並木が続いていた商店街の跡が今も残っている。いまでは高層マンションが立ち並び、街の姿は少しずつ変わってきた。そんななかで、ずっと変わらずそこにあるのが「ロリアン洋菓子店」。
昭和40年創業から50年以上、季節の移ろいを見つめながら、まるで地域の時間を静かに刻んできたようなお菓子屋さんだ。
僕がこのお店を知ったのは、ネットショップがきっかけだった。でも実際に訪れ、2代目の店長・小島有加里さんとお話をしたときに感じたのは、“商売”というよりも、“人と人とのあたたかいつながり”だった。
一つひとつのケーキ、一つひとつの言葉が、人生の中の大切な時間に寄り添っている。この場所に流れる“やさしさの正体”を、今日は一緒に紐解いてみたいと思う。
地元と共に育った、まるで「家族」のようなケーキ屋さん
ロリアン洋菓子店があるのは、神奈川県海老名市。パンをメインにスタートした店は、時代の流れとともに洋菓子専門へと変化していった。現在は2代目の小島さんご夫婦、そして3代目となる息子さん夫婦も店に加わり、家族のリレーでお店を繋いでいる。
店の見た目はとても素朴で、派手さはない。
けれど、ここには「ただのケーキ屋」では語れない関係性が育まれている。あるお客さんは「小さい頃に買ってもらった誕生日ケーキを、今は自分の子どもにも」と話す。まるで家族のアルバムのように、この店のケーキが人生の節目を彩ってきたのだ。
「地元のお客様は、みんな顔馴染みなんですよ」と小島さんは微笑む。
リピーターという言葉では足りないほどの信頼関係が、日々のやりとりの中に息づいている。地域の“あたりまえ”として、静かにそこに在り続けるロリアン。それは、“店”というよりも、むしろ“家族の一部”なのかもしれない。
店を続けること。それは“想い”を守るということ
創業当初、この地域はまだ“田舎”と呼ばれた時代。仕入れ業者すら来てくれず、初代である小島さんの義父が横浜まで電車で粉を担いで帰ってきたという。その粉でパンを焼き、ケーキを作った。始まりは、そんな“手で運ぶ想い”からだった。
初代は、いわゆる“ガチの職人”。「作り置きはしない」「できたてをすぐに出す」が信条で、研究熱心で、妥協を知らない人だった。味で勝負する。それだけを信じてやってきたからこそ、少しずつ人が集まり、信頼が育った。
2代目として受け継いだ小島さんは、「その信頼を絶対に途切れさせてはいけない」と心に決めたという。味を守るだけでなく、関係性を守ること。今も来店するお客様から「おばあちゃん元気?」と声をかけられるたび、初代が築いてきた関係の大きさを実感するのだ。
子どもたちが通う道に、“楽しいお店”があってほしいから
ロリアンの前を通るのは、幼稚園、小学校、保育園に通う子どもたち。その姿を見て、「この子たちに何か楽しいことができないかな」と思ったのが、ケーキコンテストやイベントを始めたきっかけだった。
「ただ“買う”だけじゃなくて、“遊びに来たくなる店”でありたい」。その想いで始めた取り組みは、地域の家族との距離をぐっと縮めた。
子どもたちはお店に来るたびにワクワクし、親たちは「自分も昔、ここでケーキを食べて育ったんですよ」と懐かしそうに話してくれるとか。
そして、その輪が今も広がっている。特別なイベントがある日だけじゃない。たとえば、ふとした午後に「今日、クッキー焼けてるかな?」と覗いてくれるおじいちゃん。学校帰りに「ママにケーキ買って帰ろうかな」と呟く小学生。
ロリアンは、地域の“楽しい記憶”を日々育てている。
会話の中に宿る、“たった一言”の魔法
ある日、小島さんのもとに1通のメールが届いた。差出人は、かつて妊娠中に来店した女性だった。
「実はあのとき、すごく辛くて、生きることさえ諦めかけていた。でも、最後にケーキを食べようとお店に行ったら、接客してくれたおばあちゃんが『いつ生まれるの?』『生まれたら見せに来てね』って言ってくれて…」
その一言で、思いとどまったのだという。
いま、その女性の子どもは中学生。命を繋ぐきっかけが、ほんの小さな会話の中にあった――その事実に、小島さんも涙をこぼした。
「私たちの仕事は、ただ商品を届けることじゃないんです」と小島さんは言う。
「誰かの人生の時間に、そっと寄り添うこと」。
ケーキには、人の人生に関われる力がある。それは、目立たなくても確かに存在する、“日常の奇跡”なのだ。
「影法師みたいな存在」でありたいと願う気持ち
「ケーキって、晴れの日に食べるもの。でも、悲しい時にそっと元気をくれる存在でもあるんです」
だからロリアン洋菓子店は、“前に出すぎない店”であることを大切にしている。
「影法師みたいに、後ろから支えられる存在でいたいんですよ」
お客様にとって、何かがあったときにふと立ち寄りたくなる場所。前向きな日にも、立ち止まりたい日にも、そっと寄り添ってくれるようなお店。たとえば、小さな子どもが500円玉を握りしめて、お母さんの誕生日ケーキを買いに来る。
その硬貨のぬくもりに、「この子、一生懸命貯めたんだな」と感じる瞬間がある。きっと、その一切れのケーキが、家族の忘れられない思い出になる。
それを支えることができることに、店としての誇りと使命を感じている。
クッキーがつなぐ、小さな幸せの贈りもの
人気商品のひとつが、焼きたてのクッキーだ。
特別な材料や奇抜な装飾があるわけじゃない。むしろ、どこか懐かしい素朴さが魅力で、日持ちもするから“ちょっとした贈り物”にぴったりだ。
「焼いても焼いてもすぐに出ちゃうんです」と笑う小島さん。
平日はひとつだけを買っていくお散歩中の方もいれば、土日は手土産としてまとめ買いをする人も多い。
焼き立ての香りが店内に漂うと、それだけでお客さんが「今日はある?」とやってくる。日々の中で、ほんの少し甘い気持ちになれる。
ロリアンのクッキーは、まさにそんな“小さな幸せの象徴”なのかもしれない。
最後に:店が変わらなくても、時代は巡っていく
今では商店街の姿はほとんど残っていない。でもロリアン洋菓子店は、変わらずそこにある。街の姿が変わっても、人の心に残るものはある。
「また来よう」と思える場所がある。それだけで、人は前を向いて歩いていけるのかもしれない。小さなケーキ屋さん。
でもその場所は、地域の人々にとって、大きな存在だ。ロリアン洋菓子店。その名前を聞いただけで、思い出が浮かぶ。
そんな場所が、誰かの人生の中にあるということ。それこそが、街の“豊かさ”なのではないだろうか。
今日はこの辺で。