ワアクはチャットの「対話」で家具に新・マーケットを生み出した
一部の家具の業界でいえば、お店は案外、お客様を理解できていなくて、お客様もまた商品の理解をしていない。語弊を恐れず言えば、それは過去のやり方の弊害なのだ。けれど、ワアク 代表取締役 酒見史裕さんは、悲観する向きもなく、新しいマーケットを生み出したのだ。時を経て、生活も人々も変化していくから、それは当然。今は今で、答えが時代を生きる人の中にある。彼はお客様に、チャットで作り手の事情をダイレクトに伝えて理解を促すことで活路を見出したのだ。
時代によって購買シーンが異なる
1.文化や風習で家具を買うのが当然だった
ここでのキーワードは「(お客様とお店)互いの理解」である。それを紐解く上で、これまでの家具と生活の結びつきの変遷について語ろうと思う。そもそも、酒見さんは実家が家具を扱っており、それで生計を立てていて、父親も職人であった。だからその時代の変わり目を誰よりも強く感じていたのは事実だ。
今から80年ほど前に創業され、酒見さんで4代目。創業当初は「作れば売れた」と彼も伝え聞いていた。その理由は、文化として、婚礼家具などを贈る習慣があったからだ。家業の家具屋は、福岡の大川という場所にあり、この一帯ではそれで潤った。
ところが、その風向きが怪しくなる。彼は一度、20代半ばでその家業の家具屋に勤めた。その時はそのような文化は徐々に存在感を薄めていた。かつてのやり方が抜けきれなかったのは、今までが好調すぎたから危機感が不足していたのだろう。そう彼は振り返る。
2.試行錯誤の連続を超えて
ただ、彼はそこで家具に幻滅したわけではない。そういう業界の変容を感じ取って、新しい家具の構築を考えた。そこで30代に入る頃、デザイナーの友人が独立するのを機に、一緒にデザイン事務所を立ち上げるのである。なぜ、デザイン事務所か。
それは、依頼する側のリテラシーが必要だと思ったからだ。リテラシーが高くなければデザインを依頼しようにも、それを最大化できない。それを現場にいて肌身に感じていたからだ。酒見さん自身、20代半ばで入って以降、ブランドイメージやデザイン性の重要性を思い、デザイン事務所に発注をしていたのである。
ところが、成果物を含め、それが父には理解ができなかった。
チラシやパンフを作成して60万円程度。父にとってそれが到底、家具を売るために必要な費用だと認識するにいたなかったからだ。だから、上記の考えに至る。彼自身がデザイン事務所を立ち上げて、自ら受注する側の立場で物事を考えられれば、逆に発注する際のクオリティが向上すると考えたわけだ。
それができてこそ、デザイン性の大事さを伝えることができると思ったのである。だから、デザインを活用できるようになることが先決。ゆえに、このデザイン事務所を立ち上げることが、彼にとっては家業を救うことになると信じていたのである。
家具は変わらなければいけない時であった
1.いいものを作れば売れるわけではない。
ただ、会社の立ち上げで彼は一旦、家業を完全に離れる。そのこと自体が、当時の状況を顕著に示す。父は「いいものさえ作れば売れる」という考え方の持ち主。一方で、「ブランディングこそこれからの家具には大事」だとする酒見さんとの間で激しく対立した。
よそ見をすることなく、打ち込めとばかり、職人肌の父。そういう時代ではないとデザインの経験が家具の活況の糸口となると考える酒見さん。互いに家具の事を誰よりも想っているのは事実。しかし、譲り合えない価値観がそこにはあったのだ。
ただ、酒見さんがこのデザインに“打ち込んだ”ことで、光明を見出す。どちらの意見も正しいだろうが、まさに時代性である。
2.デザインと向き合いみえたのは?
デザイン業を請け負う中で、お客様のインサイトの大事さに気づき始めたのだ。要するに、消費者の行動や態度の奥底にあるものを探ることの大事さである。本人も意識していない本音の部分を見抜くことがいかに大切か。
裏返して言えば、それまでの家具はそれを考えなかった。父の言葉がそうであるように「いいものさえ作れば売れる」。それでやってこれたのは、婚礼家具という文化の恩恵があってこそ。だから、その文化が薄れた時に、お客様に自ら近づいていくことの大事さを身をもって実感したのである。
ちなみに酒見さんは興味深い話をしてくれた。その時代、デザインと共にコピーライトを学んだ際、生涯忘れぬ、谷山雅計さんの言葉と出会った。「コピーライトとは描写ではなく、解決である」と。解決するための答えは自分たちではなく、お客様にしかない。
3.お客様も家具の事を知らない
これが冒頭の話にもつながってくる。家具を作る側もお客様を知ろうとしていない。けれど、お客様もまた、家具を作る側のことを知らない。つまりこの乖離こそが、家具業界全体の衰退につながっていく最大の要因になっていく。そこに彼は一旦、家業から離れたことで気づくことができたのである。
こんなエピソードがある。家具関連の業態では、売上が伸び悩む中で、次第に、特注家具を多く引き受けるようになったという。お客様の要望を小売店が聞いて、彼らのような作り手が図面を引いて、一つ一つ、作っていくわけである。
すると、どうしても作り手側からすれば、その都度、新作を作るような状態に陥って、効率が悪くなる。そうなるのもやむを得ない。なぜなら、小売店はそういう設計のプロではないではないからだ。例えば、バリューエンジニアリングといって、同じものを作るにしても、コストを抑えながら作っていく発想が小売店にない。必死に取ろうとするほど、なりふり構わず提案するほど、作り手にその皺寄せがくる。
4.お客様が理解できないのはお店も理解していないから
たかが1mm変えるだけでも、どれだけ価格が変わるか。そんな現実も分からずに、お客様からオーダーを受け付けてしまう。そこで酒見さんはいうのである。「お客様に1mm変われば、どれだけお金が上乗せさせられるかをきっちり説明すれば、いいだけのこと。きっと、お客様も理解をしてくれる」と。その必要性に応じて、価格を上げてまで、それをやるべきかをお客様の側で検討してくれるからだ。仮に、それであれば、値上げをしても納得して購入してくれるだろう。
しかし、お店は「お客様がそれを要望しているから」の一点張り。だから、彼は声を大にして言う。大事なのは「その1mm伸ばさなければならない」というお客様の真意が何なのかのほうだと。お店側も、その真意がわかろうとしないから、値段を上げさせてくれという作り手の要望もお客様に伝えない。ゆえに、作り手はお客様の気持ちとは裏腹に、お店の意向によって、涙を飲むのである。
それは言い換えれば、値下げなのである。お客様のインサイトを考えることなしに、商談を決めてしまうことの理不尽さだけが残る。つまり、お客様が家具を理解していないし、お店も理解できていない。そして、作り手もお客様を理解しようとしない。完全に、バラバラなのだ。
これからの家具はどうあるべきか?
1.真にわかりあうことを第一に
この話が興味深いのは、これが徐々に今の話へと繋がってくる。彼は、2019年に「ワアク」という会社を立ち上げることで、自らの考えを結実させていく流れへと至る。まずは、BtoBを念頭に、オフィス向けのデスク周りで、ECサイトを立ち上げたのである。
デザイン事務所の経験を活かし、クリエイティブなサイトデザインを構築。ブランドイメージを丁寧に訴求しながら、感度の高いデザインをデスクに取り入れた。その一方で、カスタマイズできるようにして、それを共通化させて、効率化を図った。お客様に寄り添った設計の原型はここにあったのだ。
特に、強みとなるのは、その裏側の製造。家業の職人技が活かされている。これが素地になって、より柔軟性を持たせた提案が可能になった。人生とはわからないものだ。流れを変えたのは、コロナ禍である。
それまで、彼が抱いていた違和感は、それ以降、生まれる環境によって、打破することになった。つまり、逆にずっと抱いた違和感こそ他の家具系の企業にはない差別化要因を手にする契機となったのだ。
要するに、リモートワークの必要性から、彼らのSNSに関心が集まり、「BtoCの需要」が拡大した。最初に悩んでいたお客様のインサイトを理解して、商品提案に繋げる土台が思いがけず、整うのである。そして、彼らのビジネスの方向性が正しかった事を、決定づけたのは“チャネルトーク”の利用であったのだ。
2.わかりあう手段としてのチャット
チャネルトークは一見、チャットのようである。だが、会話と変わらぬ交流の機会をチャットによって自然に生み出し、人と人との関係性を深める事を意図した点で、チャットボットとは異なる。導入する事で、少しずつ問い合わせが来るようになって、やり取りを重ねるうちに気づく。
「我々の提案する、30万円もの高価なデスクを、サイトを見ただけで、即決できる“消費者”はいない。それをフォローする上で、この会話のようなチャットツールは接客として利用価値があるかもしれない」と。
その証拠に、サイズオーダーに関する商品はドラスティックに導入前と後では変わった。確かにサイト内に、サイズオーダーに関しての詳細を書いておけば、事足りるかもしれない。勿論、それをチャットボットで拾って、そのページを案内すれば、それで済ませる事もできただろう。
しかし、ここで、彼のインサイトという部分が頭をよぎる。それではなかなかお客様が意図する答えが見つからない。お客様の気持ちに立てば、そこまでして探したのに、答えが出なければ、怒りすら覚えて離脱していく。その後、お店にすら来てもらえないだろうと。
3.知らず知らず自分が思い描いていた世界が実現
そこで、チャネルトークのチャットを通してひと手間かけてみる。例えば、サイズオーダーの会話で「お部屋の広さはどのくらいでしょう」などと問い掛ければ、お客様から平面図が送られてくることだってある。
「この広さであれば、こうした方がいいです」。平面図があれば密な提案が可能となる。各々ちゃんと答えを見出して、商品が絞られる。だから、お客様の満足度も高い。
すると、酒見さんの何年か前の会話に戻ってくるわけだ。もっとお客様に近いところでやり取りをして、自分たちの事情も理解してもらいながら、家具を提案すること。それこそ、これからあるべき家具の提案の姿である。彼がかつて、口にしていた理想的な世界が思いがけず、チャネルトークの会話をやりながら、見出したわけである。
極論、サイズオーダーのデスクは競合他社の2倍であるけど、それでも購入するお客様が生まれた。それは何何故だろう。お客様は購入時に、その理由をこう語ってくれたという。
「デザイン、価格、機能性、諸々全てがクリアできる家具は「ワアク」しかなかった」。
だから一方通行ではないところに、正当な価値と対価が生まれる。語弊を恐れず言えば、最高品質のものを作ればいいのではない。大事なのは互いの理解である。各々のお客様に必要な要素を、必要なだけ、盛り込んで適正な価格を無理なく、提示することなのである。
そして家具の革命へ
1.もっと違う売り方で納得できる買い物を
それは、家具が本来、見落としていた価値なのである。店が通り一辺倒の商品を売ろうと、安さで勝負する傾向をすすめていく。だから、お客様も消去法で家具を買わざるを得なくなった。その比較対象は価格でしか無くなってしまい、だから、皆が疲弊する。ただ、過去のやり方を云々、いうつもりはなくて、時代によりビジネスは変容するということに意味がある。
不思議な話だけど、酒見さんが言っていた要素も正しいことがこのサイトによって証明された。お客様に聞くと、サイトのデザインとブランディング、そして商品のデザイン、価格、機能性が揃って初めて、相応しい単価に反映される。
そこで彼は気づくのである。きまったものを「売る」のではなく、そこにお客様と一緒に作り上げていく作業こそが大事だと。例えば、彼らは天板も天然木を使っている。つまり、天然だからその模様に同じものはない。木目が気に入らないと言って返品されたこともあった。
けれど、最近では「お客様に今、ストックがある天然木はこちらです」と写真で見せて、選んでもらうのだという。それも、チャネルトークのチャットなら、ライトにできる。
つまり、気がつけば、自分たちはお客様の理想の追求に一緒に寄り添っていることになって、だから、この店で買おうという付加価値になっているのである。倍近い金額でも買ってもらえる秘訣はまさにこの部分なのだ。
2.互いの理解で売り方はまるで変わる
そして、彼らはこうやってお客様との距離が近いから、今後は「リセール」バリューも実施したいと抱負を語る。購入した商品を、何年か経過した後に、最大40%程度、キャッシュバックしていく。そういう保証をしていく動きだ。
それこそがまた違った家具の革命だ。かつての婚礼家具は、それこそ高い価格で購入して長く使ってもらう事を意図したものだった。けれど、逆転の発想。これだけ深い関係を築けているなら、回収して、また違った価値を生み出せばいい。
今は都心に住む傾向が強く、部屋のサイズも小さくなった。転勤のリスクもある。高価な家具はその意味で購入を躊躇されるからこそ、それが活きる。今の時代のインサイトに答えうる、向き合い方にしたいというわけだ。
つまり、お客様と作り手の両方に理解が生まれた。だから、そこに新しい価値が生まれ、これまでにない価格帯の家具のマーケットが生まれたということなのだ。単純に出来上がったものを一律安くして、職人が苦しむような流れはそこから脱却していくわけである。
旧態依然の家具の売り方は逆風下にあった。けれど、ワアクはデジタルをとりいれ、その工夫によって、時代に即して、職人にも、お客様にも優しく家具を設計できる事を示したのである。家具が悪いのではない。変えるべきはやり方なのだ。
今日はこの辺で。