キダルト消費が切り拓く未来──“懐かしさ”と“令和クオリティ”の交差点

「キダルト消費の現在と未来~玩具業界から始まり広がる新消費者行動をつかむには」と題し、株式会社ウサギ代表取締役でおもちゃクリエーターの高橋晋平氏が講演を行った。高橋氏は2004年に株式会社バンダイへ入社し、「∞(むげん)プチプチ」の開発をはじめ、玩具・ゲーム分野で数々のヒットを生み出した人物である。
現在は自社を率いながら企業の商品開発支援や企画創出セミナーを全国で実施し、TEDトークは200万回以上再生されるなど、多方面で注目を集めている。
今回の講演では、少子化時代を背景に広がった「キダルト市場」の歴史と進化、そしてSNSやコロナ禍によって加速する“推し活”やデジタル消費の動向について、具体的な事例を交えながら語られた。
1. 少子化が突きつけた現実──90年代に始まった大人向け市場へのシフト
1990年代、日本社会は少子化の現実に直面していた。
ニュースや報道では出生数の減少が頻繁に取り上げられ、子ども向けビジネスを中心に展開していた企業は深刻な懸念を抱き始めた。「子どもだけを対象にしていては、売り上げが伸び悩む」──その危機感が、玩具やエンタメ業界を突き動かした。
各社が模索したのは、“大人が買いたくなる商品”の開発である。
従来、玩具はあくまで子どものための市場であり、大人は消費者として想定されていなかった。
しかし時代の変化が、その前提を覆す。大人も魅了するキャラクター商品やフィギュアが次々と登場し、業界全体が新たな消費の可能性に気づいていった。高橋氏は「この頃から、子どもと大人を分断しない商品づくりが始まった」と振り返る。
キッズの心を持ったアダルト=キダルトマーケットの誕生である。
つまり、キダルト消費は少子化が引き金となり誕生した必然の市場だったのだ。
2. 『トイ・ストーリー』と『エヴァンゲリオン』が切り拓いた“大人が感動するアニメ”
1995年、この流れを象徴する二つの作品が登場する。
ひとつはピクサーの『トイ・ストーリー』。世界初のフルCGアニメ映画であり、子どもだけでなく大人も感動できる物語性を持ち、アニメを「世代を超えて楽しむもの」へと押し上げた。もうひとつは日本発の『新世紀エヴァンゲリオン』だ。斬新な演出と重厚なストーリーは、従来のアニメ観を覆し、いわゆる“オタク文化”を一般社会にまで浸透させた。
つまり、ごく限られた人で、引きこもって楽しむ時代ではなくなり始めた。
その証拠に、高橋さんは「同級生たちがエヴァの主題歌をカラオケで必ず歌っていた」と当時を回想する。
単なる娯楽ではなく、大人も熱狂するカルチャーとしてアニメが受け入れられたこの年は、キダルト市場の原点とも言える。アメリカと日本で同時期に“大人が楽しむアニメ”が生まれたことは偶然ではなく、世界的に新しい消費スタイルが芽生えた瞬間だった。
3. ガシャポンから超合金へ──玩具が「子ども専用」から解放された瞬間
また、90年代後半からは、玩具業界そのものが大人向けに舵を切り始める。
象徴的なのがガシャポンの進化だ。かつて100円が主流だったカプセルトイは、1990年代半ばから200円以上の商品が登場し、精巧な彩色フィギュアが人気を集めた。ウルトラマンやエヴァンゲリオンの立体化は、その流れを決定づけた。
さらに1997年、かつて子どもたちの憧れだった「超合金」シリーズが、大人向けブランド「超合金魂」として復活。精密なディテールで再現されたマジンガーZなどは、子ども時代に熱中した世代が“自分のために買う玩具”として飛びついた。
これにより、玩具は「卒業するもの」から「大人になっても楽しめるもの」へと立場を変えたのである。大人が財布を開く市場としての基盤が、ここで確立された。
つまり、大人対象を企業側が打ち出し、また、それに大人が呼応する土壌が、社会現象にとどまらず、消費の日常に定着し始めていくのである。
4. オタク文化とインターネット──「応援」消費が生んだ2000年代の転換
2000年代に入ると、インターネットと掲示板文化がオタクの価値観を大きく変える。
特に2005年に話題となった『電車男』は、2ちゃんねる発のストーリーが映画化され、オタクが“クール”として社会的に受け入れられる転換点となった。
この頃には「応援」という言葉が生まれ、好きな作品やキャラクターを堂々と支える行動が肯定されるようになる。いよいよ、ここまで書いた世の中の変化も背景に、オタクは進化を始める。
従来は内に秘めて楽しむことが多かった趣味が、インターネットを通じて共有され、仲間を得るスタイルに変わった。高橋氏は「からかわれていたオタクが、誇らしく語れる存在に変わった」と述べる。
これにより、消費行動そのものが“応援”の一環として位置づけられるようになり、後の「推し活」文化の土台となった。
5. SNSと“推し活”が普遍化した2010年代、そしてコロナ禍の爆発
そして、2010年代、スマートフォンとSNSの普及は、趣味の楽しみ方を根本から変えた。
好きなキャラクターやアイドルを「推し」と呼び、SNSで発信することがクールとされる時代へと移行したのだ。MixiからTwitter、そしてInstagramやTikTokへと移るなかで、推し活は子どもから大人まで広がり、生活の一部となった。
そして2020年、新型コロナウイルスの流行がこの文化を爆発的に加速させる。
現地参加が難しくなったライブは、配信チケットで数万人規模を動員し、芸人やアーティストがオンラインで収益を得る新たな道を切り開いた。高橋氏は「小学生ですら推しを持ち、語り合うようになった」と驚きを示す。
推し活はもはや世代を問わない普遍的行動へと変貌を遂げたのである。
6. ショート動画時代に輝く“懐かしさ”──レゴやベイブレードに見る進化の型
ただし良い話だけではない。TikTokを中心としたショート動画文化は、ヒット商品の寿命を短命化させた。1か月でバズり、翌月には新しいネタへと移り変わる。こうした消耗戦の中で注目されたのが“懐かしさ”である。
たとえばレゴは2020年に「大人レゴ」戦略を打ち出し、往年のデザインを高品質に進化させた商品で支持を集めた。またベイブレードやハイパーヨーヨーなど平成のヒット玩具も、ギミックや素材を進化させつつ再登場し、親世代と子どもが一緒に遊べる商品として成功している。
つまり、子どもだけで完結させずに大人に関心を持たせることで、流行りではなく“定着”を狙ったのである。昔を懐かしむ大人は、その時のトレンドとは捉えず、愛着を持って長く接する。その分だけ、ヒット商品の寿命を伸ばすことになったのだ。
ただ、高橋氏は「過去をそのまま出すのではなく、令和のクオリティに合わせることが重要」と指摘する。
変えすぎてもダメ、変えなさすぎても古臭い──この絶妙なチューニングこそが、懐かしさを武器にしたキダルト市場の核心なのである。
7. POP MARTがつくった新しい消費スタイル──ブラインドボックスとクオリティ戦略
さて、それでは今の時代で脚光を浴びているのは何か。そこに今という時代性を深掘りしていこうと思う。その意味で欠かせないのが、中国発のフィギュアメーカーPOP MARTである。2010年の創業からわずか十数年で世界トップクラスの売上規模へと成長した。その原動力は、消費者のコレクション欲を巧みにくすぐる仕組みにある。
まず注目すべきはブラインドボックス方式だ。
中身が分からない状態で販売されるフィギュアは、購入者に「次は何が出るか」というガチャ的な期待感を与える。しかも、デザインは人気アーティストによる描き下ろし。小さなフィギュアながらも、細部までこだわり抜かれた造形は「1500円とは思えない完成度」と評されるほどである。
さらにSNSと相性が抜群だ。開封動画はYouTubeや中国の動画配信プラットフォームで拡散し、「誰も見たことがないキャラクターとの出会い」を演出する。
従来のカプセルトイが子ども中心だったのに対し、POP MARTは「大人がSNSで語りたくなる玩具」として位置づけを変え、まさにキダルト市場を象徴する存在になった。
8. 世界を席巻するPOP MART──アートと投資対象としての側面
POP MARTの成功は中国国内にとどまらない。北京や上海の旗艦店は「美術館のような体験型店舗」として話題を呼び、香港や日本の原宿にも進出。展示演出の迫力は「買わずには帰れない」と言われるほどで、世界中のファンを魅了している。
成長を支えたのはインフルエンサー戦略でもある。人気配信者が開封動画を紹介すると、その日のうちに数億円規模が売れるケースもある。転売市場も熱を帯び、「買っても損をしない」という投資的な価値観が消費をさらに後押しした。2024年には売上が3000億円規模に達し、世界のフィギュア市場でレゴに並ぶ存在感を示したとされる。
高橋氏は「日本のカプセルトイ文化を参照しながらも、POP MARTはそれを圧倒的なクオリティと世界的なPR戦略で超えていった」と評価する。
もはや単なる玩具メーカーではなく、“アート×消費×投資”を融合させた新時代のカルチャー企業として、世界のキダルト市場を牽引しているのだ。
9 「推し」を刻む──岡田商会が仕掛けたキャラクター印鑑
そして、時代性を背景に、ハンコ業界に革新をもたらしたのが、大阪の岡田商会によるキャラクター印鑑ビジネスだ。コロナ禍やデジタル化で「ハンコ不要論」が叫ばれるなか、彼らは逆に“推し活”の発想を取り入れ、業界をV字回復させた。
仕組みはシンプルで、ポケモンなど人気キャラクターのイラストを印鑑に刻み、購入者の名前と組み合わせてオーダー販売する。
価格は1本2,500円。だが「推しキャラを自分のハンコにできる」という体験は、ファンの心を強烈に刺激した。単なる実用品ではなく、自分の趣味や愛着を示す“アイデンティティの証”として受け入れられたのである。
10. 一人一個から“コレクション”へ──ハンコが玩具化した瞬間
従来ハンコは「一人一個」が常識だった。だがキャラクター印鑑はこの常識を覆す。ファンの中には「全ポケモンを集めたい」と考える人も現れ、数百本をまとめ買いするケースも出てきた。
また、自分の名前ではなくキャラクター名を刻印し、SNSで披露する楽しみ方も広がった。
ビジネス的にも強みがある。受注生産方式のため在庫リスクが少なく、PRにも力を入れることで経済メディアからも注目を集めた。岡田商会の取り組みは、日用品を“推し活アイテム”へと転換させ、キダルト市場の本質を体現する事例となった。
日常の必需品がコレクション化することで、人々の消費行動は大きく変わる──そのインパクトは玩具以上に鮮烈だった。
11. 未来への挑戦──PR、コラボ、テクノロジーがつなぐ次世代キダルト市場
講演の締めくくりで高橋氏が強調したのは、「次のヒットを生むには挑戦とPRが欠かせない」という点だ。
流行のサイクルが早まる中、小さく始めて大きく育てる戦略が重要になる。そのためには、プレスリリースやSNSでの話題化を意識し、まずは小さなコミュニティで熱狂を作り出す必要がある。
また、在庫リスクを抑える仕組みや、個人クリエイターとの連携も欠かせない。さらに、メタバースやAIによる新しい表現も視野に入れるべきだという。とりわけ「日本発の遊びをつくること」や「初めての体験を提供すること」は、世界で戦ううえで強力な武器になる。
「懐かしさ」と「新しさ」をどう融合させるか。その問いに応え続けることこそが、次世代のキダルト市場を切り拓く原動力となる。
今日はこの辺で。