“折れた筆を、もう一度握りしめた日──独学で才能を開花させた若きクリエイター chikame の物語”

渋谷サクラステージで行われた「SAKURA CREATOR’S MARKET XG」。 今回のイベントには、404 Not Found のプロデューサー・石川武志さんに誘っていただき、足を運んだのだが──そこで、ひと目見て“何か違う”と感じるクリエイターに出会った。福岡出身のイラストレーター chikame*(@chan_chikame) さんだ。
イラストの線は繊細なのに、世界観は揺るぎなく強い。色づかいは優しいのに、作品全体が放つエネルギーが確固としている。
話を聞くうちにわかったのは──彼女の才能が“偶然”ではなく、“涙と再生”の物語の上に立っているということだった。才能を言い訳にせず、痛みすら糧にして前へ進む人。その物語を、ちゃんと書き残したくなった。
■ 中学生の時、絵をやめた日
彼女は小学生の頃、息をするように絵を描いていた。漫画も、イラストも、毎日描いて、自分の世界を紙に写し取っていた。
でも、中学のある日、同級生に“圧倒的に上手い子”がいた。
心が折れた──いや、正確には「傷つきすぎて怖くなった」。
「筆を折った、っていう感覚に近くて。
傷つきたくないって思って……絵から離れちゃったんです」
その言葉を聞いた瞬間、僕は映画『ルックバック』を思い浮かべた。
見たことがあるだろうか。“描くことが好きすぎるがゆえに、それを超える人が現れたときに生まれる、比較や挫折で心が軋む瞬間”を描いた作品だ。
あの痛みとも重なるような、純粋な「好き」が崩れていく感じ。僕の中で、その情景と彼女の言葉が自然に重なった。
「初めて見た時、“私だ”って思ったんです」
と、彼女も静かに語っていた。
それでも、心の奥では絵への想いは消えていなかった。けれど「もう一度描く」には勇気が要る。その気持ち、よくわかる。
大人になるまで、彼女はその気持ちを抱え続けた。
■ 社会に出て、“アート”が戻ってきた
だから、美大ではない。進学校から普通の大学へ進み、経済を学び、社会に出た。ただ、就職した先の本屋で、本を売るだけではなく、アートと世界観をセットで見せる展示に触れたとき──「描きたい」という気持ちが再び灯った。
そこで、兄から譲り受けたタブレットを手に、彼女の世界は動き出す。
「デジタルで描いてみたら、急に、“好き”があふれ返ってきて」
何年も閉じ込めていたものが、一気に噴き出した。あの時折った筆は、実は折れていなかったのだ。
やっぱり彼女は、描く人だった。
■ テーマは“愛”。そして哲学
彼女と話して強く感じたのは、作品の深みは“技術”だけでは説明できないことだった。展示に並んだ作品を眺めながら、僕は「テーマの強さ」に驚いた。
「文章も好きで、哲学もよく読んでいて。言葉にならない“空気”や“質感”を絵で描けるのが好きなんです」
作品の一つに “Reflect Love(リフレクト・ラブ)”というシリーズがあった。
「恋に落ちた時、相手は鏡になる」という発想から生まれた絵だ。恋をして、その相手を通して自分を知る。素敵だなと思った。
口紅で鏡にメッセージを書くように、想いが滲み、混じり、反射して広がっていく。絵の奥に、ちゃんと“思想”がある。これは、ただ描いている人では届かない世界だ。
■ 「怖くて描けなかった」少女が、いま才能を放っている
彼女は、あの日の傷ついた学生時代の姿を自然と思い浮かべた。
“上手な子がいたから、やめた。”
これは誰にでも起きる。でも、ほとんどの人はそこから戻ってこない。彼女は戻ってきた。いや、戻るだけじゃなく、強くなって帰ってきた。痛みを知っているからこそ、彼女の絵はやわらかい。そして興味深いのは、「絵を描く人」でありながら「本が好きな人」だということ。
つまり、彼女にとって大事なのは「絵が描けること」そのものではなく、“伝えたいものをどう表現するか” であり、それが彼女の場合は絵が最適だったということだ。
哲学を読み、言葉を愛してきたからこそ、彼女の“絵”の世界観は深い。そしてなにより──もう、自分の作品で誰かを喜ばせることを恐れていない。
「楽しんでもらえたら、それが一番嬉しいんです」
その言葉を聞いた瞬間、ああ、この人は本当に“描くために生まれたんだ”と感じた。絵に限らず、胸のうちを“描く”ことを。
■ 最後に
独学。
挫折。
再生。
思想。
世の中には「絵が描ければいい」というタイプの人もいる。それはそれでいい。でも、彼女の場合、作品に宿る独特の美意識には、伝えたいメッセージがある。
そのために本を読み、世界を咀嚼し、もう一度“描くこと”を選んでいる。絵が力を持って羽ばたく理由がわかる。
企業からクリエイティブのオファーが来るのも自然だと思った。彼女の世界は確かに際立っていた。これからどんな作品を生むのか、楽しみで仕方ない。
今日はこの辺で。







