TBSが語る「AIは敵か、相棒か」──ドラマ『VIVANT』に採用された生成AI「Veo3」が変えた現場の発想

AIは便利さと引き換えに、「人の創造性を奪うのではないか」という懸念とも常に隣り合わせだ。そんな中で、TBSはひとつの答えを提示した──。2026年放送予定のドラマ『VIVANT』で、Google Cloudの動画生成AI「Veo3」で作られた映像が本編として正式に採用されたのだ。AIが、ついに“最高峰の制作現場”に足を踏み入れた。
しかし、それは技術的な挑戦だけではなかった。提案の起点は現場のデザイナー、壁を越えたのは法務との連携、そして支えたのは制作トップの“AIと共に創る覚悟”だった。AIは敵か、それとも相棒か。TBSの挑戦は、クリエイティブの本質を問うものだった。
1|現場から始まったAIプロジェクト
TBSで進むAI活用は、最初から「トップダウン」ではなかった。デザイン、法務、ブランド、広報、総務など、複数の部門が関わる横断的なプロジェクトとして立ち上がり、現場の課題感から動き出した。中でも象徴的なのは、デザイナーの王さんが演出家・宮崎陽平さんに行った一言だった。
「ドラマ制作で難しい部分を、AIで解決できるかもしれません」。
その提案が、Google Cloudの生成AIツール「Veo」を活用した実験へとつながり、やがて本編採用にまで発展する。
「AI導入の起点は、技術への関心ではなく“現場のクリエイティブな課題感”だった」
この出発点が、TBSのAIプロジェクトの特徴であり、成功の鍵でもあった。
2|ドラマ「VIVANT」でVeo3を実用化
2026年放送予定の人気ドラマ『VIVANT』。この作品の一部で、Googleの動画生成AI「Veo3」で制作された映像が本編として正式採用された。これはTBSにとって、単なる技術実験ではない。
「最高峰のコンテンツ制作現場で、AIが“実用レベル”に達したことの証明」だった。
複数のトライアルを重ね、精度と表現の再現性を検証。「ニュースの背景動画」「説明パートの時事映像」などで活用したノウハウを生かし、
ついにドラマの“物語”そのものを支える映像として採用された。
「Veo3で生成された映像が、『VIVANT』の中で流れる──これはTBSにとってAI活用の歴史的な一歩でした」
3|著作権という壁と、全社横断の連携
ただし、本番採用に至るまでには大きな壁があった。それが著作権とリスク管理の問題だ。生成AIによる動画活用の事例はほとんどなく、ルールもまだ整備されていなかった。法務とAI活用プロジェクトチームは協働で、新しいガイドラインと確認プロセスを構築。第三者の権利を侵害しないよう、プロンプト設計を明確化し、AI出力に対しては人間の目で最終確認する工程を義務化した。
「AIを“プロの道具”として責任を持って扱う」
この姿勢が、TBSらしい堅実なガバナンスを生み出している。プロデューサーが戦略的判断を下し、デザイナーが課題を提示し、法務が支える。
全社横断の連携こそがAI活用の成功条件であることを証明した。
4|AIは創造を奪うのか、広げるのか
プレゼンの後半では、ドラマ制作の現場を率いる飯田和孝さんが登壇。TBSドラマの演出を担う立場から、AIと創作の関係を率直に語った。ちょっと個人的には面白かったので、下記の三つの視点で語る。
① ドラマとは「人間の人生が反映される構造」である
飯田さんは、ドラマや映画を「○○な主人公が○○をする物語」と言い切った。この“文型”のような言葉に、物語構築の根幹が詰まっている。主人公に何らかの“性質”を与える(○○な)。その人物が“行動する”(○○をする)。
その先に、葛藤・成長・変化が生まれる。
つまり、彼の言う「○○な主人公が○○をする」というのは、“行動によって内面を語る”という、物語の普遍的構造を指している。そして、その主人公像を形づくるのは、脚本家や演出家自身の人生だ。飯田さんはこう述べていた。
「自分の育ってきた経験や癖が、主人公に吹き込まれていく。」
つまり、テレビドラマとは「作り手の人生が投影された作品」だと。そこに、AIが作る物語との根本的な違いがある。
② 感情を揺さぶるのは“人の手触り”
飯田さんは、「AIはリサーチや表現を支えるツールだが、感情を揺さぶる物語は人が作る」と語った。AIがどれだけデータを学習しても、それは“平均化された物語”になりやすい。なぜならAIは、過去の傾向を学ぶ存在であり、“まだ存在しない感情”を描くことはできないから。彼は、AIにプロットを生成させたときのエピソードを紹介していた。
結果は「よくできているけど、どこかで読んだことのある話」。
その瞬間、彼は気づく。
「AIは優秀な壁打ち相手だけど、心を揺さぶるのは人間だ。」
AIが得意なのは“整った物語”。人が作るのは“整わないが、魂のある物語”。この差が、ドラマをドラマたらしめている。
③ AIと共に作ることで、人間はより“人間”に戻る
興味深いのは、飯田さんがAIを否定していないことだ。むしろ、AIを“壁打ち相手”として使いながら、自分自身の感情や信念をより深く見つめ直す契機にしている。
「AIと共に創ることで、人間は自分の心を再確認できる」
これは、AI時代のクリエイティビティの本質でもある。AIが作業を担うことで、作り手は「自分は何を伝えたいのか」という原点に立ち返る。そしてその先にあるのが、「AIは敵ではなく、発想を広げる相棒」という考え方だ。
5|“作業”を減らして、“考える時間”を取り戻す
テレビドラマ制作の現場は常に時間との戦いだ。撮影と放送が並走し、リスケや修正が日常的に発生する。その結果、スタッフは「間に合わせるための作業」に追われがちになる。
AIは、その状況を変える鍵になり得る。
飯田さんは語る。
「AIを使うことで、スタッフが“脳みそを使って考える時間”を取り戻せる」
すでに助監督がGeminiなどを活用し、ドラマ内に登場する新聞記事やモニター映像、背景資料を自動生成。CGチームもAIを使って“間に合わせ”の作業を軽減し、より本質的な表現づくりに集中できる環境を整えつつある。
7|技術ではなく、“挑戦できる環境”を選ぶ
放送という仕事は、ニュースもドラマも、秒単位で止まれない現場だ。そのためには、安定して動くシステムと、法務的な安全網が欠かせない。
また、TBSがGoogle Cloudの生成AIを使ったのは、そうした制作現場を守るための基盤としてだった。AIを扱ううえで最も重要なのは、「著作権やリスクをどう管理するか」ということ。Veo3を使った試行の裏では、法務部門と連携し、第三者の権利を侵さない運用ルールを整えた。
それによって、クリエイターたちは安心して新しい表現に挑戦できる環境を得た。飯田和孝さんが語ったように、AIは心を動かす物語を作るものではない。けれど、挑戦を支える仕組みとしてのAIは、確かにドラマづくりの可能性を広げている。その先にあるのは、人とAIがどう感情を共有できるかという問いだ。
8|AIと“人間の感情”の共存へ
最後に飯田さんはこう締めくくった。
「AIを通して世界を“知る”ことはできる。でも、“感じる”ことは人間にしかできない」
アゼルバイジャンの風の強さ、石畳の揺れ、登場人物の微妙な息づかい。そうした“感情の手触り”こそが、テレビドラマが生み出す価値であり、AIが補うのではなく、共に育てていくべき領域だと語った。そしてスクリーンには、生成AI「Veo3」で制作された『VIVANT』のティザー映像が流れた。
TBSが掲げる“現場の創造性と全社体制の融合”──その未来図が、静かに、確かに形になりつつある。
今日はこの辺で。







