北米最大級Anime Expoに学ぶ──越境ECとグローバルIP戦略、日本企業への示唆

これは、日本のコンテンツが海外でどのように受け止められているかを推し量るうえで、非常にわかりやすい例だと思う。先ほど、ジグザグの仲里社長と話していたときに「Anime Expo」というイベントの話題が出て、彼も強い関心を示していた。Anime Expoは、アメリカ・ロサンゼルスで毎年7月に開催される北米最大級の日本ポップカルチャーイベントである。
アニメ、マンガ、ゲーム、音楽といった幅広いジャンルを網羅し、世界中からファンが集まる。来場者はコスプレを楽しむだけでなく、アーティストによる展示販売や声優・クリエイターのトークショー、新作アニメの先行上映など、多彩な企画に参加できるのが特徴だ。興味深いのは、仲里社長がこのイベントを「越境EC」という視点から捉えていたことだ。
1. 実証フィールドとしてのAnime Expo
Anime Expoの価値は、規模の大きさにとどまらない。
日本企業にとっては、新作アニメやゲームを「世界最速」で体験させることができるマーケティングの実証フィールドでもある。日本国内で試写会や先行上映を行えば熱量は把握できるが、海外市場でどう受け止められるかは未知数だ。その点、Anime Expoでは北米のファンが直接作品を目にし、リアルな反応を示してくれる。
拍手や歓声、そしてSNSでの拡散スピード。こうした“生のデータ”は、単なるアンケート以上に説得力を持つ。さらに、グッズや限定商品の展開と組み合わせることで、購買行動と熱量を一体的に分析できるのも特徴だ。日本企業はこの場で「作品の魅力を伝える」だけでなく、「海外市場に投入した際の収益性」を事前にシミュレーションすることができる。
だからこそ、日本の企業が海外での自らの影響力を測るうえで、この熱狂は重要な参考値になる。まさにその実感をもとに、今この記事を書いている。
2. 熱狂が映す海外ファン文化
実際、会場は複数ホールが満員となり、“人がいないブースがほぼ存在しない”という異様な熱気に包まれていた。来場者は41万人規模。

メジャー企業から個人ブースまでが揃い踏みする“総力戦”の場であり、なかでも『鬼滅の刃』の体験型ブースや、Crunchyrollの圧倒的な存在感が象徴的だったという。
しかも来場者は若者に限られない。大人が堂々と趣味を表現する光景が当たり前に広がり、日本では“オタク”とひと括りにされがちな層も、海外ではオープンに楽しむ文化が根づいている。この“地続きの肯定”を肌で感じられることこそ、日本企業にとっての学びであり、越境ECを含む海外戦略を考えるうえで欠かせない視点となるのだ。
ジグザグの仲里社長も、「海外からネットでアクセスする顧客に商品を販売する重要性」を語る立場から、Anime Expoに強い関心を寄せていた。彼にとっても、このイベントは単なるカルチャーの祭典ではなく、日本企業が越境ECを含む海外戦略を考えるうえでの“実証の場”にほかならない。出展してみても面白いと語ったほどである。
3. IPを持たない強者──あみあみが示す存在感
Anime Expoの出展企業の中でも、物を売るという部分で特筆すべきは、ホビーショップ「あみあみ」の存在だ。
彼らは自社でIPを保有しているわけではない。むしろ、他社が生み出すアニメやゲームといったIPを起点に、キャラクターグッズやフィギュアを企画・販売することで成長してきた企業である。言い換えれば、IPそのものではなく“IPの周辺を支えるビジネス”で勝負しているのだ。
その彼らがAXに出展する意味は極めて大きい。
第一に、イベントに集まる膨大なファン層に直接商品を訴求できるという点だ。IPそのものを生み出していなくても、商品を通じてキャラクターの魅力を体感させることで、ファンの購買意欲に直結する。第二に、あみあみというショップブランドの国際的認知度が高まることだ。海外ファンは「日本のあみあみというECに立ち寄りたい」と考えるようになり、結果的に日本企業への需要を喚起する。
4. “IP周辺ビジネス”が持つ示唆
つまり、あみあみは「IPを持たないからこそ、多様なIPを束ねるハブ」として機能し、Anime Expoにおける存在感を通じて、日本に人を呼び込む起点にもなっている。
IPホルダーではない企業がここまでの影響力を発揮できるのは異例であり、その戦略眼は他の企業にとっても学ぶべき点が多い。そしてこの事例は、キャラクターグッズの小売業者やグッズメーカーなど、IPを直接持たない事業者にとっても“海外市場で存在感を示す道筋はある”ことを明確に示している。
5. IPの力:“露骨”でなくても刺さる──Super Groupiesの示唆
あみあみと同様に、Anime Expoの現場で存在感を示したのが、ジグザグの取引先でもある「Super Groupies」だ。
彼らが手がけるのは、キャラクターを大きく前面に出した商品ではない。むしろ“色・モチーフ・さりげないロゴ”を巧みに織り込み、キャラクターの世界観を腕時計という日常アイテムに落とし込むスタイルだ。
Anime Expoでは常に来場者が途切れることなく訪れ、購買に直結していたようだ。
一見するとキャラ物には見えないが、「わかる人にはわかる」表現がコア層のスイッチを押す。この“密やかなIP表現”は、大人の可処分所得と“誇示しすぎない所有欲”に刺さる設計であり、IPの活用の新しい形を提示している。
さらに現場の雰囲気も印象的だ。大人が趣味を堂々と表明し、なかにはメイド服で街を歩く人の姿もあった。日本では“サブカル”と位置づけられる領域が、海外ではメインストリームの熱量で受容されている。この開放的な空気こそ、仲里社長がAnime Expoを通じて実感した、越境ECに直結する重要な学びである。
6. アーティストアレイが示す“D2Cの可能性”
Anime Expoで注目されるエリアのひとつが「アーティストアレイ」と呼ばれる同人・インディー作家の展示販売ブースだ。
ここでは、プロ・アマを問わずアーティストが自作のイラスト、マンガ、グッズを販売し、ファンと直接交流する。日本のコミケ文化に近いが、Anime Expoではより国際的で、アーティスト自身が“ブランド”として機能している点に特徴がある。
大手企業のブースが華やかに展開される一方で、こうした個人や小規模クリエイターがファンと直につながり、収益を得る姿は、まさにD2C(Direct to Consumer)のビジネスモデルの縮図といえる。ここから見えてくるのは「小さな商圏」の誕生である。大企業が握るIP市場の周辺で、個人クリエイターが自作を武器にミニマムな経済圏を築き上げているのだ。
7. 小さな商圏は“越境EC”へとつながる
この現象は、越境ECの具体的施策とも直結する。たとえば、イベントで得た顧客リストをEC基盤とつなぎ、配送・決済ソリューションを活用すれば、Anime Expoで生まれた熱狂をそのまま「オンライン商圏」に延長できる。
会場で“推しの作品”を購入したファンが、その後ネットで追加購入や定期購入へとつながる仕組みを整えることで、小規模クリエイターでも国際的なリピーター市場を構築できるのだ。
つまりAnime Expoは、大規模IPだけでなく、個人クリエイターにとっても“グローバルEC戦略の実験場”である。
そしてそれは、コンテンツ産業に限らない。地域に根ざした伝統文化や工芸、さらには食といった分野も同じように「日本では当たり前、しかし海外では特別」と映る可能性がある。Anime Expoが示すのは、日本の“当たり前”を世界に届けることで、新たな商圏を切り開けるという普遍的な示唆なのだ。
8. 日本の“当たり前”が世界ではファンタジーに
Anime Expoでは、任天堂のレトロゲームコーナーに長蛇の列ができていた。ブラウン管テレビで『スーパーマリオブラザーズ』を楽しむ姿は、日本では懐古趣味にすぎないが、海外のファンにとっては「特別な体験」となっている。
さらに驚かされたのは、教室や電車の中といった、ごく日常的な日本の光景を再現したブースだ。長椅子にずらりと座るコスプレイヤーと一緒に写真を撮るために、外では順番待ちの行列ができていた。日本人にとっては見慣れた風景も、海外の人々にとってはファンタジーの一部であり、そこで過ごす時間そのものが“物語”として受け入れられているのだ。

この事実は、企業が「自分たちにとって当たり前の価値」を掘り起こせていない可能性を示唆する。越境ECにおいても同様で、日常的な商材や文化こそ、海外では特別な体験として受け入れられる余地があるのだ。
9. 世界に広がる“文化外交”と地域経済効果
Anime Expoは、もはやカルチャーイベントの枠を超えている。だから、ジャンル問わず、日本企業も実際に行ってみるべきだと仲里さん。現に、日本政府や自治体が公式ブースを構え、日本文化を広める「文化外交の場」としても活用しているという。
観光庁や地方自治体が特産品や観光地をアニメと組み合わせて紹介する事例も増え、自然な交流の中で現地ファンに浸透していく。
さらに、40万人以上が訪れることで現地での宿泊・飲食・交通に膨大な経済効果をもたらし、リトル・トーキョーはその受け皿として賑わった。
訪れた人々が「また来たい」とリピーター化し、観光需要の循環を生む。Anime Expoは文化力を示す舞台であると同時に、地域経済を潤すブースターでもあるのだ。
10. 次の10年──グローバル市場の実験場へ
Anime Expoは、日本の企業やコンテンツが世界市場でどう展開できるかを探る実験場である。
昨今は配信サービスの拡大により現地での熱狂は即座に世界へ拡散し、越境ECやクラウドファンディングの仕組みと結びつけば、熱量は持続的な市場へと変わっていく。もはやAnime Expoは海外進出の通過点ではない。グローバル市場で生き残るための主戦場であり、ここから次の10年の日本コンテンツビジネスが形づくられていく。
僕らが“当たり前”と思う価値をどう掘り起こし、何気ない自分たちの商品にどんな衣装をまとわせて届けるか──ストーリーを描こうとするその挑戦こそが未来を切り拓く。
今日はこの辺で。